にぎやかだった秋が終わり、冬にな入ると秀吉はカイロを持ち歩くようになる。朝の寒さに背を丸めながら登校して下駄箱で靴を変えた。そこで前方を歩く浅日の背中を見つけた秀吉は前髪を直しながら足速に近付く。
「真琴!」
だが浅日の明るい声が秀吉の足を止めさせた。驚きに目を見張る秀吉の目の前で浅日は見慣れぬ生徒に駆け寄り抱き付いている。
「おはよう真琴。ここには慣れた?」
「編入二日で慣れると思うか?」
「えへへ、それもそうだよね」
浅日が嬉しさに緩んだ表情と声を向けた相手は落ち着いた風貌の持ち主だった。そんなふたりの様子に驚いた秀吉は思考が停止したように硬直する。しかし浅日はそんな秀吉に気づくことなく歩いていく。
徳川真琴という一年生は帰国子女の編入生だった。編入試験で満点を取るという優秀ぶりを見せた真琴は、生徒会長のお気に入りらしい。そのため編入早々、生徒会の手伝いを始めている。そして浅日はそんな真琴と誰よりも親しい態度を見せていた。
授業を終えた秀吉は寮へ帰る気になれず図書館に来ていた。本を広げてそれを眺めるが内容が頭に入らない。そんな秀吉の向かい側では二年生らしい生徒が真剣に手紙らしいものを書いていた、
文を書いては消し、書いては消しを繰り返す。その様子を眺めていると不意に生徒と目があった。
「あの…風紀委員長」
「風紀委員長やけど相談事か?」
「男が男を好きになるって、おかしくないですよね」
向かい側に座っている生徒は真剣な顔で質問を投げ掛けてくる。それは秀吉が一年生を恋人に持つという噂から来ているのだろう。
「人が人を好きになるのにおかしな事なんてあらへんよ。むしろ自分の心を偽るほうがおかしい事やろ」
「ですよね! やっぱり風紀委員長はミルトンが言ってたとおり良い人です」
「ああ、あの子な」
夏に寝ぼけて押し倒した後、あの生徒から正式に謝罪された事がある。しかしその後に彼は秀吉のストーカーを捕らえるために力を尽くしてくれた。その時のケガも今ではすっかり癒えているが、他にもいろいろ助けられている。
そして目の前の彼は、秀吉にとっての恩人の友人でいるらしい。
「風紀委員長はどうやってお付き合いしたんですか?」
二年生の問いかけに秀吉は春のことを思い出す。付き合うきっかけは浅日に告白された事だ。しかしあの頃の自分は恋をする予定ではなかった。それが今では浅日のことを誰よりも大切に想っている。
そこまで考えを進めた秀吉は、ふと肩を叩かれて振り向く。すると生徒会役員の前木が困ったような顔で立っていた。
「ちょっと話があるんだけど……いいか?」
「ええよ。なんやろね」
前木に誘い出された秀吉は図書館を後にする。普通ならこの時間の前木は生徒会の仕事をしているはずだ。だとしたら話の内容というのは生徒会に関係するものだろう。
図書館を離れて中庭近くの渡り廊下に出ると前木が口を開いた。
「あのさ、長政のことなんだけど」
「長政クンがどないしたの」
「最近すっごい勢いでコクられてる!」
秀吉が問いかけた先で前木は勢いよく振り向き言い放った。その意外な話題に秀吉は驚きに目をしばたかせた。
「それがどないしたの?」
「秀吉は長政を虫よけにしてるんだよな? だったら解放してやれよって話!」
今日の前木はいつになく真剣な顔で、しかも大きな声を向けてくる。そんな前木の態度は、虫除けという単語で納得した。
「なんでそれ知っとるん?」
「長政から聞いたからだよ。長政は秀吉が幸せならそれで良いって言うけどさ。それじゃ長政が可哀想過ぎるだろ!」
「イヤイヤイヤイヤ、なんでそれを長政クンが知っとるん」
「そんなの知らないけどさ。でも俺は夏にそれを聞いて驚いたんだからな! ホントはもっと早く言いたかったけどストーカーのこととか大変だったしさ。けどそれは文化祭の時に片付いたし、今の長政はあの演劇のおかげでモテ期なんだよ!」
だから解放してやって欲しいと、前木はまっすぐな正義感と親切心で言う。だが告げられた秀吉は思考が停止したまま前木を見つめていた。
「……ぜんぶ、しっとったんか」
「だから!」
罪悪感と危機感が渦巻く中で、秀吉は視線をさ迷わせた。自分は虫除けでしかないと、そんなことを承知で恋人役を買って出る人間などいない。だとしたら浅日はそれを知った時から恋を捨てていたのだろうか。
「すまんけど……話、せなあかん」
だとしたら今は虫除けなど考えていないと告げなければならない。秀吉はそう思う一心で駆け出していた。