柔らかな笑顔の浅日長政は見た目通りのんきで欲とは無縁の生徒だった。そのため品行方正で何の問題も起こさない。さらに言えば秀吉の言うままに従う忠実な犬のような存在だった。
そんな浅日と付き合いはじめて1ヶ月が経つ頃、秀吉は遊園地のチケットをもらう。食堂で素うどんを食べていた秀吉の隣には二年の生徒会役員である前木慶次がいる。そこに現れた浅日は、貰い物なんですけどと前置きしてチケットを差し出してきた。
「僕は週末の昼は…その、用事があるので、行けなくて」
「それって海近くの遊園地だろ?」
馴染みの薄い二年生がいるためか控えめな浅日に前木が笑顔を輝かせた。
「そこ今レッドヒーローのショーやってるんだよ。しかもクオリティが高いって噂でさ」
「それなら前木クン一緒に行こか」
ヒーロー好きの前木に、秀吉は笑顔で誘いを向けた。すると前木は戸惑いつつ浅日を一瞥して首を横に振る。
「いいいいや、恋人差し置いてデートとかだめだろ」
「その恋人さんが忙しくて遊んでくれへんもん、しゃーないやん」
一年生と付き合っているという噂は既に学園内の隅々まで広まっている。おかげでうるさかった虫たちもおとなしく静まり返ってくれた。さらに最近は秀吉の希望で夜も一緒に寝ているが、浅日は無害でおとなしいままだ。嫉妬もせず文句も意見も何も向けてこない。そのため秀吉は自由気ままに遊び歩くことができていた。
「けど……浅日はいいのか?」
「はい。このままだとチケットがもったいないので」
「それならいいか。オレも凄いって噂のレッドヒーロー見たいし」
笑顔の浅日にほだされたのか、前木は笑顔を取り戻すとチケットを一枚手にした。そして嬉しそうに笑いながら浅日に礼を向ける。
「ありがとな、スッゲー楽しみ!」
晴天に恵まれた日曜の昼下がり、秀吉は子供たちの歓声を耳にしていた。隣で前木がステージ上のヒーローに熱い声援を送っているのも聞き流す。前木が言うクオリティの高いヒーローとやらは確かに機敏な動きを見せていた。すらりと長い足で繰り出す蹴りもショーとは言えない早さだ。
ただ、と秀吉は氷の溶けかけたジュースを飲んだ。スタイルの良さで言うなら浅日のほうがよっぽど良い。のんびりした人物に反して引き締まった長い腕は優しく秀吉を抱き締めてくれる。望む通りの優しさで、望まなければ触れることもしてこない。それは刺激とは無縁の行為だが、ちょうど良いぬるま湯のようなものだった。
けれどたまに刺激が欲しいと思う時もある。その部分が浅日の存在より強くなった時は、彼を捨てて新しい人間を捜そうか。それともどこかで見繕ってつまみ食いをすれば良いか。もちろんそれをすれば浮気になるだろうが、あの犬はそれを責めないだろう。育ちが良すぎるためか、彼はおとなしく忠実で本当に刺激とは無縁な男なのだ。
ヒーローショーが終わると握手会が始まる。子供たちにまざってヒーローと握手をした前木は誰よりも喜んでいる。それらを眺めていた秀吉は感涙する前木に適当に遊ぶかと声をかけた。すると前木は勢いよく振り向いた。
「そうだな。午後のショーまでまだ時間があるもんな!」
「えー、前木クンまだあれ見る気なん?」
「せっかく来たんだから見ないともったいないじゃないか」
「そういうもんなんか」
普通は乗り物に乗ることを考えるのではと思いつつ、秀吉は苦笑いを浮かべた。
ショーの会場を出て売店へ向かう合間に子供たちの人だかりを見つける。先程のヒーローが何やらチラシを配っているらしい。ご苦労な事だと思いながらも秀吉は階段に向かった。緩やかな階段を上がった先に売店やレストランがあったはずだ。
階段を五段ほどあがったところで前方の人影に気付いて見上げる。するとどこかで見たような男が立ちはだかっていた。
「見つけたよ、豊白君」
「は? 誰やあんた」
嬉しそうに笑う男へ反射的に返す。すると一緒にいた前木が知り合いじゃないのかと問いかけてきた。そのため秀吉は知らんときっぱり返す。ただ男の口から出た関西なまりだけが気になった。故郷で知り合っただろうかと頭を巡らせるが思い出せそうもない。
すると男は顔をしかめてこちらに向かってきた。
「ぼくの贈り物を受け取ったくせに!」
憤然と駆け込んできた男は反論しようとした秀吉を強く突き飛ばした。前木の呼ぶ声を耳にしながら秀吉は襲い来る衝撃に備えて目を閉ざす。
だが落下の衝撃は弱く痛みすら襲ってこなかった。驚き目を開かせるとつい先程まで遠目にしていた赤いヒーローがいる。
「ぼくの気持ちを無下にしてただで済むと思うなよ!」
呆然自失の秀吉の耳に男の捨て台詞が届く。しかし秀吉はそんな男の遠吠えに意識を向けていられなかった。ヒーローに抱えられた秀吉は子供たちの歓声に囲まれながら顔を赤く染め上げる。