五月の週末をすべて遊園地で過ごした秀吉は恐ろしい事実を知らされた。ヒーローショーは雨が降ると中止になるらしい。前木からそれを知らされた秀吉は愕然としたまま梅雨を迎える。
雨が降り続けたある日、秀吉は寮の食堂で折り畳み傘をぼんやりと眺める緋色の頭を見つけた。週末に遊園地で見る赤色は本当に格好良くて刺激的で心奪われるほどだ。しかしこちらの緋色は季節を過ぎるごとに刺激から遠ざかっている気がする。
「それ返さへんの?」
「返せたら苦労しないよ」
秀吉の問いかけに生徒会長は覇気のない声で返してくる。この有り様では自分がじりじりと成績を落としている事にも気付いていないだろう。優秀なはずの生徒会長だが先日の中間テストではついに三位に転落してしまっている。もちろん石黒がいなければ二位だったため、周囲はそのおかしさには気付いていない。だが秀吉はそんな緋田の変化が気に入らなかった。
週末も雨が降るという予報を聞いた秀吉は退屈な気分を抱えて校舎を歩いていた。優しいだけの恋人は週末の昼には決まって用事があると出掛けている。おそらく実家にでも帰って優しい両親のもとで楽しい一時を過ごしているのだろう。
つまらない気分で廊下を歩いていると音楽教師に呼び止められた。あげく話があるからと風紀委員室へ連れていかれる。
無人の風紀委員室に入ると音楽教師は青い目を細めて封筒を取り出した。
「学園宛で届いたんだけど、送り主に心当たりは?」
そう告げられ差し出された封筒から便せんを取り出す。すると脅迫状のような切りぬきの文字が並び、秀吉を中傷する内容が書かれていた。
中学時代から不良で、複数の人間と淫行を繰り返してきた。あげく周囲の人間に物を買わせて貢がせている。
さほどデタラメではない内容に笑った秀吉は厳格な音楽教師に手紙を返した。
「インコーの部分はデタラメやけど。貢ぎ物の部分は当たっとるかもしれません。なんや知らん人からプレゼントもらうのはよくあることやったから」
「それは断るべきことじゃないかな」
「あの手のヒトらは断ったらエスカレートしはるからなあ。笑顔で受けってありがとなーって返しとくのがええんですよ」
教師の問いかけに最後まで笑顔で返した秀吉は話は終わりとばかりに部屋を出た。窓の外を見ると強い雨が硝子窓をたたきつけている。
憂鬱な思いで雨を眺めていると部屋から出てきた音楽教師に話しかけられた。
「君は浅日君と親しいのだったね」
硬い性格を表すような硬い口調に問われた秀吉はにこやかな笑顔を見せる。
「仲良うさせてもらってます」
「新入生代表を悪い道に進ませないようにね」
警告なのか注意なのかわからない言葉を残して音楽教師が去っていく。その細やかな背中を見送った秀吉はひとりになると苦笑いを浮かべた。
「そーいえば入学式の間は緋田クン以外見てなかったわー」
あの浅日が新入生代表を務める優等生だとは知らなかった。しかしだとしてもあのマイペースな浅日がこちらの影響を受けるとは考えにくい。
「何度誘っても最後までしてくれへんし……」
いつも笑顔の浅日は能天気なほどに笑顔と態度を崩さない。しかも天然なのか秀吉が向けるアピールにすら気づかないでいた。その点で、成績は良いかもしれないが愚鈍だと思う。
そしてそんな浅日の与える平和な一時は嫌いではないが退屈なものになりつつあった。
金曜日の夜から降りだした雨は土曜の朝になってもやむことがなかった。雨音を聞きながら目を覚ました秀吉は背中にぬくもりを感じる。いつものように浅日の部屋に転がり込んだ秀吉はそのまま浅日と眠っていた。もちろんそんな状態でも浅日は何もしてこない。恋愛感情を持って告白してきたはずの一年生は本当に性欲とは無縁の男だった。
秀吉は寝返りを打つといまだ眠り込んでいる後輩を眺める。穏やかな顔で眠る後輩はおそらく目覚めはしないだろう。そんな後輩の寝間着の襟元をわずかにつかむ。
首元に痕をつけたら、相手はどんな反応を見せるだろうか。笑って流すか、あるいは困ると訴えてくるかもしれない。しかし少なくとも怒ることはしないだろう。
けれどももしこれがあのヒーローなら、悪戯するなと怒ってくれそうな気がする。顔も名前も知らない相手だが、あの力強い腕に抱かれたいと思う時が多々あった。
倒すべき相手である緋田は日を追う事にひとりの世界に入り込もうとしている。話しかけても流されてはケンカのし甲斐もない。そういう部分もあって、秀吉は新しい刺激を求めていた。
「……おはよ……ございます」
後輩の鎖骨部分を見つめていると寝惚けたような声が忍び込む。目を向けると後輩が眠そうな目でふわりと微笑んだ。その笑顔は秀吉に安堵感を与えてくれる。けれど、今の秀吉が欲しているのは強い刺激だった。