梅雨があけて初夏に入ると制服が夏服に変わる。半袖となって露出が増えると秀吉はさらに日焼けを気にするようになっていた。
木陰を求めて中庭を歩いていると茂みの向こうに倒れている生徒を見つける。
「行き倒れやん!」
慌てて駆け寄った秀吉は生存確認のためそばで膝を着いた。すると生きていたらしい生徒に胸ぐらをつかまれ地面に引き倒される。
「なななななんやー!」
「とんこつらーめんばりかたでー」
突然引き倒した生徒は寝惚けているらしく謎の発言とともに覆い被さってくる。だがやはり男子学生だけあって身体は重く秀吉の腕力で押し返す事は困難だった。
「こらー!起きーや!」
なんとかもがいて上に覆い被さる生徒をどかそうとするがびくりとも動かない。秀吉はその態勢や重みより、密着した事による暑さにダウンしかけた。
「うう……もうあかん。死ぬ……」
暑さにゆであがるとつぶやく秀吉の上で、不意に男子生徒の身体が動いた。ベルトとシャツをつかまれた生徒はポイと転がされる。
「大丈夫か」
枝葉の隙間から差し込む光に照らされた緑の髪が弱い風に揺れた。同時に別の方向から長い腕が差し伸ばされて秀吉の腕をつかむ。
腕を引かれて立ち上がった秀吉は茫然自失のまま制服についた草を払われた。秀吉のそばにはクラスメイトの伊達川と真葉がいる。上に覆い被さっていた生徒をどかしてくれたのは生徒会副会長の伊達川だった。
そんな三人のそばで行き倒れが起き上がり自分の首をさすっている。
「うー、首グキッていったー」
「こんなところで寝ていてはならんぞ」
首を痛がる行き倒れに伊達川が笑顔で注意を向けた。すると行き倒れは驚きの顔で三人を見上げ、そして秀吉を驚きの顔で見る。
「風紀委員長!」
「こんなところで風紀委員長を押し倒すとか、大胆だナ」
驚く行き倒れに真葉がからかうように告げた。とたんに行き倒れは顔を赤らめ勢いよく立ち上がる。
「すみませんっした!」
直角に身体を曲げて頭を下げた行き倒れは逃げるように走り去ってしまう。その後ろ姿を眺めた秀吉は改めて自分を助けてくれたふたりに礼を向けた。
明るい日差しが照らす中庭を眺めることのできる二階廊下で浅日はじっと外を眺めていた。ちょうど日陰になったそこは移動教室の並ぶ区画で行き交う生徒もいない。そのため笑顔で話す風紀委員長を見つめていてもとがめられる事はなかった。
「あっ、長政じゃないか!」
不意に廊下の向こうから明るく声とともに金髪の二年生が走ってくる。その声に気付いた彼は窓から入り込む風に前髪を揺らしながら振り向いた。
「こんにちは、前木先輩」
「こんなところでなにやってんだ? って秀吉見てたのか」
「はい」
別段隠すことでもないだろうと浅日は素直に返す。すると前木はなぜか少し困ったような顔を見せた。
「あのさ……前に遊園地のチケットくれたろ? あの時のレッドヒーローさんに……」
惚れてるみたいなんだ。そう言おうと言葉は前木の喉を通らなかった。そんな前木をほんわかとした笑顔で眺めていた浅日はそのまま首を傾ける。
「ヒーローショーの人ですか?」
「あ、うん。そうなんだ。レッドヒーローのショーだから主役だな! えっと秀吉はすごいそのショーにハマってさ。あれからよく遊園地に通ってるみたいなんだ」
事実を告げて傷付けたくない一心で、前木は誤魔化すように話をそらす。そんな前木の話に浅日は、それは本当に良かったと笑顔を見せた。しかしそれとは対照的に前木は傷付いたような顔で浅日を見つめる。
「あのさ……もし、だけど。好きな人が他に好きな相手を作ったら、どうする?」
「大切な人がそれで幸せになれるなら応援します」
「じゃあもし秀吉が……」
「前木先輩、僕は本当の恋人じゃないんです。先輩に言い寄る人を妨げるためだけの虫除けのようなもので」
いつもと変わらない柔らかな笑顔のまま浅日は驚くべき事を言い出す。そのため前木は驚きに思考回路が停止してしまった。
「虫、よけ?」
「僕は見た目だけは良いらしくて、豊白先輩に言い寄る方々を避けられるらしいです。ですから豊白先輩が他に好きな相手ができるというのは、おかしな事ではないですよ」
「それは……良いのか? 長政はそれで……その」
「良いんです」
最後まで笑顔で告げていた浅日は再び窓の外に目を向けた。中庭では秀吉が生徒会役員ふたりと談笑しながら歩いている。
「あの人のそばにいられれば、それで」
そうつぶやいた浅日は胸ポケットからウサギのキーホルダーを取り出す。それは前木の目にも薄汚れて見え、とても古いものに思えた。