金曜日の夜に浅日の部屋に転がり込んでそのまま過ごす。それは春から毎週のようにしていることだった。しかしベットの中で抱き合っても何もしないのは浅日の意気地がないためか。あるいは彼が年齢のわりに淡白だからかもしれない。
現に4月から秀吉は一度も彼から触れられた事がなかった。何も求めてこない浅日の腕の中は暖かくて心地よい。けれどそれはぬるま湯のようで退屈な腕でもあった。
土曜の昼、後輩と別れるべきかと悩んでいた秀吉は憂鬱な気分のまま寮を出る。バスで山をおりて街を少し歩き昼食などの買い物をして遊園地へ向かう。そこはここ数ヶ月、毎週のように行ってきたことだった。
だが買い物をしている途中、秀吉は見知らぬ男に路地裏へ引きずり込まれた。路地には他にも二人の男がいたが、彼らは近くの不良校の制服を着ている。そしてさらにひとり、かなり前に遊園地で遭遇した男がいた。
「なんや、またあんたか」
「相変わらず生意気だなぁ」
どうせ学園に嫌がらせの手紙を出したのもこの男だろう。そう考えつつも秀吉は逃げ道を探すべく視線を走らせる。そんな秀吉のそばで男はビデオカメラを取り出した。
「まぁ、その生意気な口もすぐにきけなくなるけどね。君のハメ撮り動画が手に入れば」
「相変わらずきしょいヤツやなぁ」
人を突き飛ばしたり手紙を送りつけたり、あげくいかがわしい事まで考えているらしい。そんな男に心底引いた秀吉は逃げるように後ずさった。しかし背後にいた男のひとりに腕をつかまれひねりあげられる。
「…っ」
腕を背中にねじられた秀吉は痛みに顔をしかめる。するとそれを見た男が楽しげに笑だした。
「ははははは!ざまぁ……」
笑いながら言葉を向けようとした男だったが、不意に笑みが固まった。同時に秀吉の腕をつかんでいた手が離れて別の手に腕をつかまれる。新たな手につかまれた秀吉は驚きに目を丸めたまま腕を引かれて走り出す。
全力で路地を飛び出した秀吉は手首をつかまれたまま走り続けた。背後から男たちの怒声が聞こえるため走る速度を緩められない。そのため秀吉は、なぜこの一年生が自分を救いに来たのかわからないでいた。
やがて駅のバス停でバスに乗り込むと追いかける男たちから逃れることができる。そこでやっと座ることのできた秀吉は走り出したバスの中で息も絶え絶えになっていた。すると隣にいた後輩がリュックからボトルを取り出す。
「お茶ですけど、良かったらどうぞ」
「ありがと……」
商店街から駅まで全力疾走したはずの後輩は既に呼吸を整えてしまっている。ボトルを受け取った秀吉は、その平然とした様子を横目にお茶を飲んだ。
「長政クン、あの不良倒したん?だとしたらよう倒せたな」
おっとりさんなのにと、お茶を飲み一息ついた秀吉がつぶやく。すると浅日はまぐれですよと返してきた。
「後ろから少し突き飛ばしただけなので」
「それにあそこからバス停まで走っても平気そうやん」
「体育を真面目に受けているからですかね?」
「こっちが不真面目みたいなこと言わんといて」
不良を倒して、さらに秀吉の腕を引いて走る。そんなものは体育の授業を受けた程度の体力でできる事とは思えない。そうして生まれた疑念を抱えたまま、秀吉は横目に浅日を見た。
「それに毎週末は用事があるとか言うてたやん。あれ、実家に帰っとったんやろ?なんで今回だけこの街におるの」
「僕は実家はないですよ。施設育ちなので」
「んなわけないやろ。うちの学園は由緒正しい坊っちゃん校やん」
「特待生で授業料など免除してもらってるんです。でもそれだけでは生活できないので、成績が下がらない事を条件にアルバイトしてて」
「毎週末?」
遊園地に向かうバスの最後部で秀吉は後輩の知らない事情を耳にしていた。今まで抱いていた後輩へのイメージがすべて跡形もなく崩れていく。
「ほんま長政クンがわからへんわ……なんやのそれ」
もうこの後輩が何を考えているのかもわからない。そう口をとがらせた秀吉は、手をそっと握られて目を向ける。するとそこにはいつもと変わらない後輩がいた。ただそれだけで秀吉の中に暖かなものが灯る。
後輩の浅日長政は虫除けであると同時に寂しさを埋めるための存在だった。それは
今も変わらない。そして本気で好きだと思っている相手はこの後輩とは別にいる。けれど今は目の前の後輩から目が離せなかった。