遊園地に着くと浅日はバイトがあるからと秀吉の前から去っていった。どんな仕事をしているのか知らないが、浅日の事だから監視員など緩い仕事だろう。あるいは迷子センターなどで子供相手の仕事というのも似合うかもしれない。そんな事を考えながら秀吉はいつものルートを歩いて野外会場へ向かった。
週末しかやらない期間限定のヒーローショーはいつも盛況だった。最前列に子供たちが集まりレッドヒーローに歓声を向ける。そんな客席の後ろに座り、秀吉は白パンを食べながらショーを眺めていた。
レッドヒーローは今日もいつも通り機敏な動きで怪人と戦っている。その姿に見とれていると背後から疑念の声が飛んだ。
「あーれ、あのヒーロー手首捻挫してるっぽいね」
すぐ後ろから聞こえた指摘に、秀吉は自然と肩越しに背後を見る。すると金髪にピアスという派手な見た目の男が退屈そうな顔を見せている。男の隣にはふわふわとレースをあしらったスカートをはいた女性がいる。
女性は真面目な顔でショーを見ていたが、すぐに連れの男へ目を向けた。
「普通に戦えてますけど、まただまそうとしてません?」
「こんなところでウソついてどうすんの。ほら見なよ、ヒーローが右手をかばってるから」
そう言い放った男の視線が不意に秀吉とぶつかる。男はにっこりと微笑んで見せたが、どことなく底意地の悪さがにじんでいた。
ショーが終わると、いつも通り会場の片隅で撮影会と握手会が行われる。その列を尻目に会場を出た秀吉は帰りのバスまでの時間をつぶすため歩いていた。遊園地への入場は年間パスポートを買ったため無料で入ることができる。しかしそれでは乗り物などには乗れない。
園内を歩いていると前方に見覚えのある男がいた。ビデオカメラを片手にした男の登場に秀吉は自然と周囲に目を走らせる。しかし先程は一緒にいた不良たちの姿は見当たらなかった。
「なんやお仲間さんは帰ってしもうたんか」
人徳ないなぁと言いながら秀吉はゆっくりと後ずさる。だが男は笑みを浮かべるとそんな秀吉に向かって勢いよくこちらに向かってきた。そのため秀吉も顔をしかめ慌てて踵を返す。そんな秀吉の視界に赤色が飛び込んできた。
秋の入り口である今の季節では早すぎる紅をまとった彼は秀吉のそばに立つ。そうして男と対峙しながらも秀吉の肩を強く抱き締めた。
レッドヒーローの腕にすっぽりと収まった秀吉は驚きに目を丸め硬直する。
「来ると思ってたんだ」
そんな秀吉の耳に男の余裕を含んだ声が届く。その瞬間、秀吉は先程の不良たちが潜んでいる可能性に気づいた。
「あかん!あいつ近くの不良ども連れとったんや。危ないからあんたは逃げとき」
逃げろと訴えるそばで、秀吉の肩を抱くヒーローの手に力がこもる。それは決して逃げないと言っているようだった。
「レッドヒーローがんばれー!!」
「がんばれー!!」
緊張と嬉しさに身を固めた秀吉だが、幼い声援が耳に飛び込み我に返る。それに驚く秀吉の視界の中で男もぎょっと目を見開いた。そして子供たちの姿を確認すると一緒に保護者の姿も見つける。男は周囲に集まる人の視線戸惑い逃げるように駆け出した。
男が立ち去ると入れ替わりのようにショーのスタッフがやってくる。
「突然走り出すから何事かと思ったら」
彼なんだねと、スタッフが笑顔で秀吉を眺めていた。ヒーローは無言でうなずくと秀吉の手をそっと握り歩き出す。
声援を向ける子供たちに手を振り返しながら歩くヒーローに手を引かれたまま歩き進むと事務所らしい場所にたどり着いた。
「君、毎週来てくれてるだろ。いつも真っ白だからよく覚えてるよ」
スタッフが微笑ましげな顔で秀吉を眺めてくる。その笑顔の意味がわからず秀吉は疑念に包まれたまま事務所へ入った。
「まだ会場で握手会をやってるけど、レッド君はこのまま帰って良いよ。後は代理がやっとくから君は手首を診てもらってくれ」
事務所に入るとすぐにスタッフが笑顔のまま告げた。どうやら手首の捻挫は本当だったらしい。
「あ、君はしばらくここで休んでいくと良いよ。さっきのあれ、ストーカーなんだろ? ああいうのは怖いからね」
やはり微笑ましい顔で言い放ったスタッフはそのまま事務所から出ていく。そのため笑顔の理由がわからず、秀吉は取り残されたような気分を抱いた。そうしてヒーローに目を向けると彼はロッカーを開かせ着替えようとしている。
秀吉は顔を赤らめると慌ててヒーローに背を向けた。
「あ、あのな……」
緊張に背を縮こまらせながら秀吉は眉間に力を込める。そうしてつまりかけた息を吐き出すとゆっくり吸い込んだ。
「俺、あんたの事がめっちゃ好き……なんやけど」
寒さを感じる季節でもないにもかかわらず手の震えが止まらない。秀吉が震える手を握りしめていると背後から伸びた手が秀吉の手を包む。大きく暖かな手に包まれていると手の震えが収まっていく気がした。ただ捻挫しているという右手首が赤く腫れ始めているのが気になる。
「なんで捻挫したん? レッドさんめっちゃ強いやん」
「……強くありません」
問いかけた秀吉の耳元になぜか聞きなれた声が忍び込んだ。その声に驚く間もなく秀吉の肩に頭が落ちる。
「俺は弱い男です」
秀吉の手を包んでいた手が離され代わりのように強く抱き締められる。長い腕に包まれた秀吉は白い顔を真っ赤に染め上げていた。