秋も深まり文化祭を迎えた秀吉は風紀委員長として学内の巡回を行っていた。ただ気になることがあったため、取り巻きをよそにやってひとり体育館へ向かう。時刻は10時半を過ぎて父兄など外部からの客が増えている。
11時から体育館では一年生の有志による演劇が行われる予定だった。レッドの正体を知ってから1ヶ月間、秀吉は浅日と恋人らしい事をしていない。秀吉はいつでも浅日に触れていたかったが、この演劇にすべて邪魔されていた。
体育館の舞台裏に入ると一年生たちが慌ただしく準備をしている。その中に黒い鎧の騎士を見つけた。演劇のタイトルはアーサー王で、黒い鎧の役名はアーサー王の甥であるガウェイン。敵の罠によって死んだと思われた騎士ガウェインが黒い鎧をまとって王を救うというストーリーらしい。
演劇内で浅日の役はあくまで黒騎士だけで、言わばスーツアクターの役目だ。ガウェインは他の一年生が行い、実質そちらが主役だった。しかし黒騎士を浅日がすることで着替えの時間を短縮していた。
「手首は痛ないか?」
「はい」
問いかけた秀吉の目の前で黒い騎士は兜をよそに向けつつ返す。1ヶ月前からずっと浅日との会話はこんな調子だった。聞けば、恥ずかしくて目を合わせられないらしい。
「あんまりムリせんと、がんばりや」
自分を見てくれない恋人に言葉を向けた秀吉は体育館を出た。裏口から外に出ると演劇で使う大道具がいくつか置かれている。
「寂し…」
こぼれかけた言葉を途中で飲み込んだ秀吉は代わりのように吐息を吐き出した。
1ヶ月前あのレッドに告白した直後、その中身が浅日だと知る。それは告白に緊張していた秀吉に安堵感を与えられてくれた。けれど告白された浅日は遊園地から帰る間もその後も気落ちした様子を見せている。
そしてそのまま文化祭の準備が始まり、浅日は一年の有志からスカウトされていた。主役は既に学年一のイケメンとやらに決まっている。テニス部に所属するその生徒は風紀委員から見れば悪目立ちする生徒だった。
春から何度となく秀吉も誘いの言葉を向けられている。しかし秀吉には虫除けとして彼と同程度にスタイルがよく成績優秀な浅日がいた。そのためその生徒もさほど率先して秀吉を誘うことはしなかった。
ただ、噂として今回のキャスティング理由について聞いたことがある。勉強しかできない浅日に背格好が同じだからと黒騎士をやらせる。そしてろくに剣も振れない無様な姿を舞台の上から見せつけるつもりらしい。
だが秀吉はそんなくだらない話に乗るつもりはなかった。演劇を見てほしいと主役を含め複数の生徒から言われている。しかし浅日からは一度も言われていない。それは風紀委員長としての役目を把握しているからこその事だろう。
「こんなところにいたのかい」
ぼんやりと大道具を眺めていた秀吉の元へ緋色の髪の生徒がやってきた。夏までは持っていた鋭さもすっかりかげった生徒会長は疲れた瞳で秀吉をにらむ。
「君、これから一時間は体育館にいなよ」
「なんで生徒会長さんに指示されなあかんの」
「君のストーカーという物好きの存在は、君のナイトから聞いているよ」
「ナイトて、それ……」
それが誰のことか理解した瞬間から秀吉は顔を赤く染めていた。気恥ずかしさに目をそらした秀吉の目の前で生徒会長の緋田信長が腕を組む。
「君に学内をうろつかれると目障りなんだ。ストーカーの事は生徒会に任せて、彼の雄姿を見てあげなよ」
それは三年近く一緒にいて初めて向けられた緋田の優しさだった。どんな気の迷いかと驚きと疑念に包まれながら目を向けると緋田は肩をすくめる。
「君の事は嫌いだけど、彼の事は評価してるんだよ。新入生代表を務めるほど優秀な一年生だからね。あれで僕に口答えできる度胸があったなら生徒会長を任せていたよ」
「それくらい長政クンならできるやろ」
何せ彼は多くの人の前でヒーローショーの主役を張れるほどなのだ。緋田に意見するくらいたやすくできるはずだ。そう考えている秀吉の目の前で、緋田がため息を漏らす。
「君は彼の何を見ているんだろうね」