「……太平洋海域の戦線拡大に伴い、イタリア艦の太平洋海域への投入が決定しました。イタリアの艦娘はこれまで地中海や大西洋での対深海棲艦作戦で戦果を挙げてきました。今回の投入決定により、日本、アメリカ、中国、イギリス、ロシア、ドイツに続く七カ国目の太平洋作戦の参加国として、さらなる活躍が期待されています。続いて……」
食堂内のラジオが、勇壮な音楽と共にニュースを流している。その中で、摩耶は昼食の鯖の塩焼き定食を箸でつつきながら、何気なくつぶやいた。
「イタリアか……ヨーロッパくんだりからはるばる地球の裏側に来るなんて、本当にご苦労だな」
「これが助け合いの精神よ、摩耶。日本からだって、地中海に艦娘を送っているわ」
そう摩耶の対面の席から答えるのは、摩耶と鳥海の姉妹艦、一番艦の高雄である。黒いショートヘアに水兵帽、会社の受付嬢かエレベーターガールを思わせる服装の彼女は、高雄型四姉妹で構成される艦隊、「第四戦隊」の旗艦であった。長女らしいしっかりした性格で、摩耶と鳥海の二人にとっては頼りになる姉であり、時には厳しく諭してくれる存在であった。
この日の午前の哨戒任務を終えた高雄たちは、昼食をとりに食堂に来ていた。そんな中。
「どうやら戦線も拡大するみたいだし、もしかしたらこの中から誰かが自分の艦隊を持つことになるかもね」
何気なく高雄の口にしたことばに、摩耶は目を輝かせた。
ついに自分の艦隊をもつチャンスがきたかもしれない、そう感じたのだった。艦隊旗艦への任命は、艦娘にとって自身の能力が認められた成果と言われている。そのため武勲艦としての表彰や連合艦隊旗艦、秘書艦を目指す艦娘たちは皆、まずは自分の艦隊を持つことを目標にする。
勿論摩耶もその例外ではなく、どうすれば自分の艦隊を持てるかについて時折鳥海と話したりしていた。
「ところで姉貴、姉貴はどうして艦隊旗艦になれたんだ?なんか理由でもあったのか?」
「うん、そうね……実はどうして旗艦になれたのか、私にもよく分からないの」
「えっ?」
「ある日突然呼び出されて、君は本日付で第四戦隊の旗艦だ、なんて言われてね。正直実感わかなかったわ。しいてあげるとすれば、高雄型の一番艦だったから、かもね」
「ふーん、そんなもんかぁ……」
「私はその理由、なんとなく分かっちゃったかも~」
口をはさんだのは、高雄型の二番艦、愛宕である。彼女は他の姉妹と違いブロンドの蒼眼という出で立ちのためか、よく欧米の艦娘と間違えられることがあった。もっとも、その豊満な体と底抜けに明るい性格は、欧米の艦娘のそれに近いものがあった。摩耶と鳥海の二人には比較的毅然として接する高雄と比べ、愛宕は二人を甘やかす傾向があった。中でも摩耶は特に可愛がられており、愛宕からの過剰なまでのスキンシップをうっとうしく感じる程であった。
「きっとそれは、提督のお気に入りだったからよ!」
「愛宕!」
愛宕のたわいもないからかいに、高雄は赤面する。一方の摩耶は、高雄から期待したような答えが返ってこなかったためか、どこか冷ややかな態度で魚の骨を箸でいじりはじめた。
「そんな馬鹿なことがあるかよ……ふぇっくしょん!」
摩耶の大きなくしゃみに、真っ先に反応したのは愛宕だった。
「摩耶、大丈夫?熱測ってあげよっか?」
「そんなんじゃねえよっ!うっぜえなあもう!」
近寄って額をくっつけようとする愛宕を押しのける摩耶。
「もう寒くなってきたものね。そろそろ摩耶たちの冬服も出してあげないと」
「えーっ、今年も姉貴たちのおさがりかよぉ。そろそろあたしたちも自分の冬服が欲しいところだぜ。なあ鳥海?」
隣から声をかけられた鳥海は箸を止めると、たしなめるように告げる。
「文句言わないの。私たちは姉さんたちの冬服を使わなきゃいけないって言われてるのよ。分かってる?」
「鳥海、お前最近ちょっと生意気だぞ?言っとくけどあたしは一応お前の姉貴だぜ?もう少し言葉に気をつけろよな」
「そんな大して変わりないでしょ。江田島では試験前にいつも泣きついてきたのに、こんな時ばっかりお姉さんぶって……」
「なら、演習で駆逐艦相手に散々外したあげく、ブイにつまずいてズッコケたのはどこの誰だったかなぁ?しかもそん時……」
「もう!そんな前のこと!それ以上言ったら怒るわよ!」
「やってみろよ!お前が怒ったって全然怖くないもんな!」
「なによっ!」
「やるかっ!」
「やめなさい二人とも、食事中に喧嘩しないの!」
高雄のたしなめる一言に摩耶は、怒られてやんの、と言わんばかりに鳥海を肘でつつく。そのからかいに、鳥海は摩耶の肩をぴしゃりと叩いて返すと、そのままぷっとふくれてしまった。
宿舎に戻る途中、高雄たちは主計課に寄り早速冬服の準備をした。艦娘たちの予備の制服は一隻分ずつ箱に納められ、まとめて倉庫に保管されている。
食堂ではあれだけ文句を言っていた摩耶も、自分たちの冬服が半年ぶりに出されるとその目を輝かせた。
毎年着ている服でも、衣替えとなるとどこか新鮮な気持ちになるのだろう。摩耶は宿舎に戻りそのまま冬服に着替えると、愛宕とともに姿見の前でいろいろなポーズを決めていた。
「んー、やっぱちょっとダボついてんなぁ。愛宕の姉貴のだから仕方ねえかぁ」
「ちょっとゆとりがあった方が、いろいろと着こめるから私はいいと思うけど?」
「着こんだら着こんだで動きづらくなるんだよなぁ。それにデブに見えるし……」
「気にしたら負けよ~」
一方鳥海は、耳に飛びこんでくる摩耶と愛宕の明るい会話を聞きながらふと、もしも高雄姉さんが昼食の時言ったように、誰かが自分の艦隊を持つようになったら、もうこんな他愛もない話も聞けなくなってしまうのかしら、と考えていた。身内の艦隊旗艦への昇進は誇らしいことだが、鳥海の繊細さはその裏側をとらえていたのであった。鳥海は冬服をベッド脇の棚に納めると、楽しげな摩耶と愛宕を去りゆくものをどこか惜しむかのように見つめた。その時。
「鳥海、摩耶と一緒に箱を返しに行ってくれる?」
高雄の呼びかけに鳥海は頷くと、いつもの調子で摩耶を呼んだ。摩耶は調子よく返事をし、箱を小脇に抱えると、鳥海に続いて扉の向こうへと消えていった。
主計課へ向かう間も、鳥海は言いようのない切なさにとらわれ、どこかぼんやりとした表情をしていた。
そんな鳥海に、摩耶は心配げに話しかける。
「……どうした?気分でも悪いのか?」
「う、ううん、何でもないわ、大丈夫」
鳥海は摩耶に作り笑いで返した。
その反応に一度は静かになった摩耶だったが、しばらくすると今度は明るく楽しげに呼びかけた。
「なあ鳥海、今日はもう何もねえしさぁ、これ返したら一緒に遊びに行こうぜ!」
「えっ、駄目よ!姉さんたちには何も言ってないのよ!」
「でもさぁ、なにも箱を返しに行くくらい一人で行けるのに、二人で返しに行かせるなんて、そんなの遊びに行ってこいって言ってるようなもんじゃねえか」
「えっ、で、でも……」
「それに折角冬服に着替えたんだから、どっか出かけたくてたまんねえんだよっ!」
「いや、私は衣替えしてないし……」
「ほら、つべこべ言わねえでお前もつきあえよ、なっ!」
摩耶はそう言って鳥海の手を掴むと、そのまま引っぱって駆けだした。
摩耶と鳥海は箱を返すと、そのまま外出許可証を貰いに行った。しかし旗艦を通しての申請がないのに許可が出るはずもなく、結局鎮守府内で遊ぶことにした。鎮守府内には外ほど数は多くはないものの、遊べる場所はいくつかあった。
まず二人は鎮守府のはずれにある映画館へと向かった。映画館といっても、空いた倉庫にたくさん椅子やゴザの並んでいるだけの貧相なものである。それでも艦娘たちにとって映画は大切な娯楽のひとつであり、映画館はいつも満員であった。
その日上映されていた映画は、明治時代を舞台に人力車夫の男が軍人の未亡人に恋をするが、彼女のためにその思いを秘めたまま病でこの世を去る、という筋書きの作品だった。鳥海はこの切なさと優しさがいっぱいの映画に、どこか今の切ない気分が重なったのか、上映時間の一時間半の間スクリーンにじっと見入っていた。
だが一方の摩耶はもっと違った作品を見たかったらしく、上映中になんども寝落ちしかけ、見終わった後も
「なんかしけた内容の映画だったぜ。アレもう一回かけてくんないかなぁ、なんて言ったっけ、柔道のやつ!アレ面白かったんだけどなぁ」
などとうそぶいていた。
映画を見たあと、二人は酒保に入った。ここの酒保は日用品を売っているだけでなく、広い店内に洒落た椅子やテーブルが並べられ、簡単な喫茶店のようになっていた。
最初は二人でコーヒーを飲みながら他愛もない話をしていたが、摩耶が部屋の奥に何かを見つけると、二人の興味はそちらに移った。
それは、大きな台にトリガーの二つついている、今時珍しいレトロなピンボールマシンだった。おそらくアメリカで作られたものが払い下げられたのだろう。
パドルでボールを当てると色々なギミックがガシャガシャ動く様子に、二人は完全にはまってしまった。
「おおっ、これ面白えぞ!おら!おらおら!」
「ちょっと摩耶だけずるい、私にもやらせてよ!」
「……あっ」
「ハハハ、ヘタだなぁ、ほら代われよ」
こうして二人はしばらくピンボールで遊んでいたが、摩耶は突然台の底を軽く持ち上げると、左右に揺らし始めた。
「摩耶!何してるの!?」
「こうしてやれば、たくさん点が稼げるぜっ!」
摩耶の言う通り、ボールを打ちながら台を左右に揺らすとうまくギミックに当てることができ、スコアはどんどん増えていく。しかし。
「……あれ?」
「どうしたの?」
「動かなくなっちまったぞ」
摩耶がどれだけトリガーを引いても、固くて動かない。摩耶が台をあまりにも揺らすので、インチキ防止のストッパーがかかったのだ。だが摩耶はそんなこと知すはずもない。
「おい!あたしは百円余計に入れてんだぞ!動かないんなら返せよクソがっ!」
摩耶は機械が故障したと思ったのか、さらに激しくガタガタと台を揺らしたり、叩いたりし始めた。
「待って!そんなことしたら……」
鳥海は止めようとしたが――
「ちょっとあんたたち!何やってんの!」
「あっ、すみません!ほら摩耶も!」
結局二人は、酒保の店員に謝るはめになってしまった。百円は返ってこなかった。
そのあとも二人は、鎮守府の広場で曲芸や手品、ダンスをやっている艦娘たちのパフォーマンスを見たりした。艦娘たちのなかには、趣味として一芸をもっているものもたくさんいた。いろいろと見て回っているうちに日は暮れて、気づけば外に出ている艦娘の数もまばらになっていた。
「外にいけなかったのは残念だったけどよ、なんだかんだで楽しかったなぁ!」
「鎮守府の中だけど、普段は出撃や姉さんたちの手伝いであまり行くことなかったもんね。秋祭りのときはどこも混んでたし……」
摩耶はふっと一息つくと、今度は少し落ち着いた声で鳥海に話しかけた。
「どうだ?元気でたか?」
「えっ?」
「えっ、じゃねーよっ。お前は頭いいから、何でもねえことでも深刻に悩んじまうとこあるだろ?
昼間そんな感じだったから、ちょっと遊びに行ったら元気でも出るかと思ってさ……とかいって、本当はあたしが遊びたかっただけなんだけどな」
「摩耶……ありがとう」
「おう、まあ元気になってくれたんなら良かったぜ。お前が辛そうな顔してると、あたしまで気が滅入ってくるからな」
摩耶はそう言うと、ふたたびニッとはにかんだ。
「よし、行くか。早く帰らねえと、また姉貴たちに怒られちまうぜ」
鳥海が頷いたと同時に、二人は競争するかのように走り出した。
摩耶も鳥海も、これから先もこんな毎日がずっとずっと続くものだと思っていた。