摩耶さまの名のもとに   作:ゆずた裕里

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七 苦難の海

 砂浜の上に、コンクリ製のブロックで造られた小屋が立っている。

 その光景を見ただけでは、ほとんどの人は海水浴場のシャワー小屋か何かだと思うことだろう。

  

 大きな南京錠のかけられた、鉄製の大きな扉がついている点を無視すれば。

 

 その扉から、小屋に入って左手側に、同じような鉄扉のついた部屋が三部屋ある。今はいずれの部屋も暗くしんとしているが、その半日前には、

 

「ふざけんな!ここから出しやがれ!あたしはただ……」

 

 と叫ぶ声が、もう止むことはないのではないかというほどに鳴り響いていた。

 もちろんこの声は小屋の外に届くことはなく、その声の主……摩耶の願いは聞き届けられることはなかった。

 

 

  

 この地は、東京より南方はるか数百キロの海に浮かぶ、南沖島。ここの泊地は軍紀が乱れた無法地帯で、本土各地から窃盗・喧嘩・上官反逆といった前科もちの艦娘が送りこまれることで悪名高い。

 しかし最近では摩耶のように、大きな前科のない艦娘でも増員のために送られることもあった。もっともそれは、本土や外地で必要とされていないことの裏返しでもあったわけであるが。

 深海棲艦との戦いにおいて、この島は前線であるものの重要性は低く、もし危機的状況におかれたとしても増援は見こめない。もし大規模な戦闘が始まれば、脱走者がでることは確実である。

 そのような島なので、本土や外地の艦娘たちからは、いろいろな意味で「艦娘たちの墓場」といわれている。

 

 重巡洋艦・摩耶がこの島に送りこまれて、はや半年が過ぎようとしていた。摩耶は第八九三遊撃艦隊という、いたって不名誉な番号をつけられた艦隊に配属された。しかしそこは幸運にも荒れ切った艦娘たちの艦隊ではなく、摩耶はいたって普通の歓迎を受けた。

 古参の艦娘によれば、大きな前科がなければマシな連中の艦隊に配属されることもある、とのことだった。

 新入りのため古参の駆逐艦にいろいろと言われることはあったが、特に問題もなく日々は過ぎていった。

 

 

 

 そんなある日のことである。

 

 その日の訓練が終わり日が暮れた頃、摩耶たち第八九三遊撃艦隊は、ある倉庫の整理を命じられた。

 一団は倉庫に着くと、名簿に名前を書くように指示を受けた。

 

「順番は関係ないから、とりあえず書いてくれ」

 

 と艦隊旗艦の重巡に言われ、摩耶は真っ先に名前を書いた。

 

 そのあとはひたすら、倉庫番の輸送艦の指示を受けながら荷物を動かしていった。

 外から来た荷物を倉庫の奥まで運ぶ作業だったが、灯火管制下のためか、明かりはランプがいくつかあるだけだった。

 

 そして倉庫の整理は難なく完了し、その日は艦隊全員で酒盛りをして終わった。

 

 

 それから数週間後。

 その日の昼に行われる迎撃作戦の準備をしていた第八九三遊撃艦隊のもとに、黒い服を着た艦娘が現れた。

 この連中の姿に、摩耶は見覚えがあった。

 腕に「憲兵」の腕章をつけた、陸軍所属の艦娘だ。

 

 そして突然、彼女たちは摩耶を拘束した。

 

 摩耶は砂浜につくられた独房に閉じ込められ、尋問を受けることになった。担当するのは、この泊地の指揮艦である。

 東沖島のような小さな泊地では提督がつけられることはまれであり、指揮権を与えられた艦娘が各鎮守府や大きな泊地から指令を受けて指揮を執ることが一般的であった。

 ちなみにこの泊地の指揮艦は近々退任する予定であった。そのため、艦娘ではあるものの一般社会に入るための通り名である「三島」と名乗っていた。

 

 摩耶が三島たちから聞いた「罪状」は、以下のものであった。

 

 数週間前に横須賀から「夜間戦闘用の内服薬」が大量に無くなっているとの話を聞き、憲兵が調査を進めると東沖島に運び込まれたことが分かった。そして実際に運びこんだ輸送艦を拘束して尋問したところ、東沖島の重巡が闇屋として、南方に「内服薬」を運ぶ仲介をしていると吐いたという。

 

 その時輸送艦が見せたのが、一番右に「重巡洋艦 摩耶」と書かれた、倉庫整理の時の名簿だったのである。

 

 当然、摩耶は納得がいかない。摩耶たちの艦隊が関わっていたとしたら、一番怪しいのは倉庫番をさせた、あの旗艦の重巡である。そもそも、薬を運んだ輸送艦が、適当に共犯者をでっち上げようとした可能性もある。

 不幸にも尋問した輸送艦は、すでに横須賀に連行された後で、面通しはされなかった。無実を証明するためには、旗艦の重巡への尋問にかけるしかない。第八九三遊撃艦隊は迎撃作戦を終え、明日この泊地に戻ってくる予定だった。

 

「なんだってあたしがこんな目に!」

 

 摩耶は三島たちのいなくなった営倉の中、念仏でも唱えるかのように悪態をつきまくっていた。

 しかし、ひたすら悪態をつくのもさすがに疲れたようで、暗闇の中、雑に敷かれたゴザの上に寝転がって天井を見つめた。

 

 ようやく冷静になった摩耶は、このことについて思いをめぐらせはじめた。

 

 まず、この泊地に薬が運ばれたことは確実だろ。ここで薬の仲介をしていたのが、うちの艦隊の旗艦だったとする。

 そうしたら、あの時の倉庫の整理は薬を運ぶためのものだった、ってわけだ。当然司令部からの命令じゃない。

 そして、あたしに名簿を真っ先に書くのを急かしたのも、最初からあたしに疑いがかかるように仕向けたものだった……?

 

 でも、もしあいつも騙されていた側だったとしたら……。

 

 そこまで考えて、摩耶はもう嫌になってきた。ただでさえ辛気くさい場所なのに、考えれば考えるほどどんどん気が滅入ってくる。

 昼間騒いだ疲れがどっと出てきて、摩耶はそのまま眠りについた。夢なんてものは見なかった。

 

  

 

 営倉は扉の開け閉め以外に外の光が差し込むことはなく、正確な時間は分からない。

 ただ、麦飯に漬物という粗末な食事が一日三度運ばれてくるので、その回数と外の明かりで、何日経ったかと昼か夜かくらいは分かる。

 

 そして、摩耶がここに入れられてまる二日経ったころに、営倉に指揮艦・三島が戻ってきた。

 

「なあ、尋問は終わったのか?」

 

 そう聞いた摩耶に、三島は重い口を開いた。

 

「……第八九三遊撃艦隊は、敵機動部隊に遭遇した後、行方不明になった。同時に作戦行動をしていた艦隊によると、空襲を受けて全滅した可能性が高い」

 

 摩耶は息が詰まった。と同時に腹の底から、何かが沸き起こってくるような感覚に襲われた。最悪の事態が来た時の、恐怖のような、不安のような感情が、とめどなくあふれてくる。

 それでも摩耶はどこか冷静なようにも見える。感情を押し殺しているのか、それとも感情を表に出せない程混乱しているのか。

 摩耶は静かに、しかし震えた声でつぶやく。

 

「……ってなるとあたしは」

「不正な取引をした、ということであと一週間、ここに入ってもらおう。出た後は予備役だ」

 

 瞬間、摩耶の中で、何かが弾けた。

 

「クソッタレ!ふざけんじゃねえ!あたしは何も知らなかったんだ!」

「うるさい!問題が起きれば、誰かが責任を負うのが当然だ!恨むなら、貴様の旗艦を恨め!」

 

 その一喝と同時に、摩耶の悪態は嗚咽に変わった。

 

 結局この一件はうやむやのうちに終わり、実際に薬を流した輸送艦は軍法会議にかけられ、主犯の重巡は作戦中に戦没、加担をした中で唯一生き残った摩耶は営倉入り、という処分になった。

 誰が薬の横流しの事実を知っていて、加担していたかは結局分からずじまいである。第八九三遊撃艦隊の面々は皆騙されて薬を運んだのかもしれないし、もしかしたら摩耶以外全員知っていたのかもしれない。

 

 摩耶は営倉の中で、必死に皆が騙されていたと思いこむようにしていた。

 半年という短い間だったが、皆が自分に嘘をついていたと思いたくなかった。もう全員この世からいなくなった今だからこそ、誰も薬を不正に流すような悪党じゃないと信じたかった。

 

 一週間後営倉から出た摩耶は少し細身になり、顔色も悪くなっていた。営倉での生活に慣れてくると時々筋トレに励むようにしていた摩耶であったが、やはり粗食が響いたようだった。

 摩耶は司令部で自身の持ち物を受け取ると、予備役の艦娘たちの入れられる宿舎に向かった。

 

 

 

「あ、みんな新人さんだよ!」

 

 摩耶が八号室の扉を開けると、中にいた十人ほどの艦娘が一斉に目を向けた。

 予備役の艦娘たちの部屋は制限がないので、大所帯になることも少なくない。摩耶の入ったこの部屋もその例に漏れないようだ。

 

「あんた、名前は?」

「摩耶ってんだ」

「辛い目にあっただろうけど、ここならもう安心だよ。これからよろしくね」

 

 この部屋のリーダーらしき、ふくよかな娘が摩耶の手を握った。身長は摩耶より少し低く、やさしげだがどこか老けた顔をしている。

 

 摩耶はあたりを見回した。部屋の中にはいろいろな艦娘がいる。こっちを向いてニヤニヤしている者から、窓の外を見て絵を描く者、部屋の隅に座りこみずっと俯いている者までさまざまだ。

 

「こいつらは……」

「みんなあんたと同じ、生き残っちまった連中だよ」

 

 リーダーは言った。

 

「最初はみんな仲間を失ったショックで不安定だったけど、なんとかみんなでやっていけてるよ。まあ、中にはまだ時間のかかる子もいるけど。そう考えるとアンタ、案外しっかりしてるね」

「まあな。再編成はされないのかよ?」

「みんなここで再編成を待ってんだけどね、時々頭数合わせに使われるだけさ。中には頭数合わせに呼ばれて、そのまま帰ってこない子もいるんだよ」

 

 摩耶は再び部屋の中を見回した。皆まだ戦えそうな連中ばかりだった。あたしならこいつらを引きつれて敵と一戦交えて勝ち星を獲るくらいはできる。でも、とりあえずここなら、特に問題もなく暮らせそうだな。

 そんなことを考えていると、再びリーダーは口を開いた。

 

「で、アンタ、前はどこの艦隊に?」

「第八九三だ」

 

 答えたその時、恐ろしいような寒気が摩耶を襲った。部屋の艦娘たちから向けられる視線が明らかに違っていた。

 ある者は生気のない目で摩耶を見つめ、ある者はひそひそと隣の者に耳打ちする。あれだけ親しげにしてくれたリーダーも、どこかきまりが悪そうに摩耶から目をそらす。

 その豹変ぶりに、摩耶は戸惑いを通り越して怖くなった。摩耶は平静を装ってどういうことか聞いた。しかし、尋ねたその声は、明らかに震えていた。

  

「お、おい、どうしたんだよ?」

「いや……あたしらね、噂で聞いちまったんだよ。第八九三に、沈みたくないからチンケな軍紀違反で自分から営倉入りして、自分の仲間を見殺しにした艦娘がいたってさ。アンタだったのかい……」

 

 リーダーがつぶやくように言ったのに、摩耶が言い返さないわけがなかった。

 

「違う!あたしはチンケな軍紀違反なんかしてねえ!それにあたしは騙されて……」

「黙れ!この嘘つき!」

 

 叫んだのは二段式の寝台の、上の段から摩耶を見ていた艦娘だった。

 

「嘘じゃねえ!あたしが仲間を見殺しにしたってその話こそ、どっから聞いたんだ!」

「でも、火のないところに……って言うだろ?」

 

 今度は部屋の奥で本を片手にした艦娘が言う。

 

「確かにあたしが営倉に入ってたのは本当だ、でも……」

「やっぱりそうなんじゃない!あたしの妹を返せ!」

 

 一人がどこかからそう叫んだ途端、部屋の中は一気に大声で満たされた。我慢していたものを吐きだすように、皆一様に摩耶を攻撃しはじめたのだ。摩耶も負けじと言い返すが、この部屋の中では誰にも届かない。

 

 摩耶を罵倒する面々も、みな仲間を失った悲しみを抱えているのだ。それを知ってか知らずか、摩耶はその相手をするたびに切なさにとらわれていき、言葉数がどんどん少なくなって、最後には黙ってしまった。耐えるように罵声を浴びていた摩耶は、しばらくしてようやく口を開いた。

 

「……わかったよ。出てくよ、出てきゃいいんだろ!フンッ、こんなしけた連中の吹き溜まりなんかで毎日過ごせるか!」

 

 言い切った摩耶の声には、涙の色が混じっていた。そして摩耶はいささかも引き留められることもなく部屋を後にした。

 

 摩耶は涙をこらえながら廊下を歩いていった。生まれてこのかた、ここまで誰かに拒絶されたことは初めてだった。ただ憂さ晴らしのいじめなどではない、心の底からの拒絶。その理由が事実であれば摩耶も多少は受け入れられたのかもしれないが、実際は根も葉もないうわさなのだ。摩耶はその程度のことでここまで自分が貶しめられたことが悔しくて仕方がなかった。

  

 摩耶は工廠の建物の裏手、二階へと続く階段に座り、昂ぶる気持ちを落ち着けていた。どうやら疲れているみたいだ……そう感じた摩耶は、この日まだ何も食べていないことに気がついた。

 営倉のメシも考えると、かなり長いことまともなメシを食ってねえな……そこまで腹減ってねえけど、食いに行くか。

 摩耶は食堂に行こうと思い立ったことで、ほんの少しだけ、元気が出たような気がした。

 

 

 

 この泊地の食堂は小さく、長机が四台、三列並べられている程度の広さであった。

 それでも昼下がりの時間であるためか、食堂は艦娘たちでそこそこ混みあっていた。

 食堂に足を踏み入れた摩耶は、配膳をするカウンターに向かうまでの間に、他の艦娘の視線が次々突き刺さるのを感じた。

 

 こいつらも、あたしのことを知ってるんだろうか……

 

 しかし、気にはなるもののいちいち相手していても仕方がないので、ひたすら無視を決めこんでいた。

 

 摩耶は食器を置くトレーを取り、昼食券と引き換えに皿を食堂勤務の補給艦から受け取っていた。補給艦たちの摩耶に向けた視線は、ガンづけに近いものだった。摩耶もそんな補給艦たちを睨み返していたところ、補給艦の一隻がカウンターから摩耶のもとに近づいてきた。

 

「待ちな。お前、第八九三の奴だろ?」

 

 その補給艦の呼びかけを無視して、摩耶はカウンターから皿を取った。その反応に、補給艦は摩耶のトレーをつかみ、派手にひっくり返した。摩耶の昼食は広く床に飛び散っていった。それを見たカウンターの補給艦や、座席の艦娘たちはニヤニヤと笑っている。

 どうやら、摩耶の悪い噂はすでに泊地全体に知れ渡ってしまっているようだ。

 

「八九三の奴だな!いいか?ここは艦娘様がメシを食うところなんだ。お前みたいなくたばり損ないなんか艦娘じゃねえ!」

「なんだとてめえ……」

 

 腐っても艦娘。そのことだけが自らの支えとなっていた摩耶にとって、今の発言は聞き捨てならなかった。

 侮辱を受けた摩耶の左手は、無意識に拳となっていた。

 

「つまりここには、お前に食わせるメシはねえんだよ!とっとと出て失せろ!」

 

 補給艦が言い切ったのとほぼ同時に、摩耶は右手で相手の襟を掴み、その頬に左の拳を叩きこんでいた。

 次の瞬間、仲間を殴られた補給艦たちはカウンターを乗り越え、摩耶に一斉に襲い掛かった。摩耶が一人目を投げ飛ばし、続く二人目、三人目に蹴りをぶちこんだその時。

 

「あっ!」

 

 摩耶は右頬に、焼けるような痛みを感じた。

 補給艦のうち一人が、煮立った味噌汁を摩耶に浴びせたのだ。お玉一杯程度の少量ではあったが、摩耶がひるむのには十分だった。

 さらに摩耶は左側頭部に強い衝撃を受け、カウンターに叩きつけられた。摩耶は頭を殴られた衝撃で脳内がくらくらと揺れているような感覚をおぼえた。その意識の中で、フライパンか何かで殴られたと察した時には、摩耶は腹部に蹴りを入れられ、地面に伏していた。

 そこから先の喧嘩は、一方的な集団リンチと呼ぶべきものと化していった。

 

「お前みたいな艦娘がいるから沈まなくていい奴らが沈む羽目になるんだ!」

「くたばれこの畜生!くたばりやがれ!」

 

 降り注ぐ暴言や足蹴、鈍器、熱湯の雨の中、摩耶はただ出口に向かうことだけを考え、テーブルの間を芋虫のように這いずり回った。

 食堂の有線放送が能天気な音楽を奏でる中で、摩耶はその場にいた艦娘のほぼ全員から、何らかの暴行を受けた。

 摩耶が床を這いまわっていた時間は数分にも満たなかったが、彼女にはそれが何時間も続いたかのように思えた。そしてようやく、食堂の床を自らの血で汚しながら、摩耶が出入り口の扉に手をかけた、その時だった。

 

「行くんだよオラァ!」

 

 その叫びと共に摩耶は食堂の外に蹴り飛ばされた。地面に叩きつけられた摩耶の口の中に、土の味が広がった。摩耶はその味を赤黒い唾と共に吐きだした。直後、

 

「塩撒いとけ、塩!」

 

 声と共に塩の壺を持ってきた補給艦が現れ、満身創痍の摩耶の体に何度も塩を浴びせた。いや、この場合は『ぶつけられた』という表現が正しいだろう。傷口に塩が入り、しみるような痛みにうめき声をあげジタバタとのたうち回る摩耶を尻目に、食堂の扉はぴしゃりと閉められた。

 

 数分後、塩まみれの摩耶はドックに向けて這いずりはじめた。ただ、今は先ほどとは違い、なにかをブツブツとつぶやきながら進んでいた。

 

「艦娘じゃねえ、か……クソが……チクショウ艦娘ってなんなんだ、前線に出てくたばるだけが艦娘か、じゃああいつらはどうなんだ、補給艦のくせに海にも出ねえ腰抜けどもじゃねえか、クソ……」

 

 

 食堂を離れて三十分が過ぎた頃、摩耶はドックの風呂場にたどり着いた。ドックには誰もいなかったが、何も知らない者が見れば、摩耶が任務で酷く大破したようにしか見えなかっただろう。摩耶が服も脱がずにバスタブの中へ転落するように入ると、全身の傷を鋭い痛みが刺した。摩耶がうめくと同時に、バスタブ内の湯は、血や砂でみるみるうちに汚れていった。それからしばらく経ち、痛みもやわらいだ頃。

 風呂場に張りつめる冷たい静けさの中、摩耶は黒く澱んだ湯を虚ろな目で見つめていた。

 

 前線に出て、くたばるだけが艦娘、か……。

 

 摩耶のぼんやりとした意識の中に、ふとそんな考えがよぎった。摩耶の体の傷が治っていくほどに、心の傷は深くなっていった。

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