HACHIMAN VS 八幡 〜 オレハオマエデオマエハオレデ・いやちげぇから。こっち見んな 〜   作:匿名作者Mr.H

2 / 6
2話目にしてアンチのメインディッシュです


人の気持ちを考えない女・由比ヶ浜結衣の章

 

 豪雨でチャリ通が不可能な日でもなければ、学校に向かう為にはまず使用することなどない電車に揺られ、さらに駅から歩くこと十数分。

 チャリなら数分で到着するはずの駅から学校までのこの距離も、徒歩だとなんとももどかしい。

 

 ようやく校門を潜る頃には予想通り放課後に突入していたようで、帰宅の為に俺とは真逆の方向へと足を進める生徒達とすれ違う。

 

 俺はそんな生徒達を横目に見ながら、逸る気持ちを抑えてすぐさま部室へと……とは思ったのだが、いくらなんでもこのわけの分からない事態にはさすがの俺も動揺しているわけで、ノドがカラカラに渇いている事に意識が集中してしまっていた。

 それはもう、あまりの渇きにノドが機能を停止して、このままでは声が出ないのではないのかと錯覚してしまう程に。

 

 ――仕方ない……まずはノドを潤そう。ここに来るまでのあいだ脳が様々な事を考え過ぎて、不足状態となってしまった糖分の補給も兼ねて。

 

 思い立ったが吉日とばかりにダッシュで自販機へと向かうと、そこには今日も今日とて警戒心をすこぶる煽る危険な色彩の缶がどんと控える。

 即座に購入しプルタブをカシュッと開いてやると、甘ったるい香りと申し訳程度の芳醇なコーヒーの香りが脳とノドと心をこれでもかと刺激し、俺はそれを一気に煽る、煽る、煽る。

 一気なのに3回煽っちゃった。

 

 よし、さすがは千葉の甘味処マッ缶さんだ。カラカラに渇き切ったノドを十分に潤してくれたと同時に、乾ききった脳も十二分に潤してくれた。

 それにより、狭まっていた視界が一気に開ける。

 

 ――開けた視界に映ったのは俺の居場所、ベストプレイス。そしてそこで小さくうずくまっている…………由比ヶ浜の姿だった。

 

***

 

「ど、どうかしたか……?」

 

 この異常な事態に対してあれだけ覚悟していたというのに、情けない俺は未だに現実を認めたくないのだろう。由比ヶ浜に掛けた声は、みっともない程に弱々しく震えている。

 

 しかしそんな弱々しい声でさえも今の由比ヶ浜を驚かせるには十分だったようで、彼女は俺の声掛けにビクッと全身を震わせた。そして俺の顔を見た由比ヶ浜は……。

 

「ヒィッ!」

 

 ……あ、これついさっき経験したばっかのやつや。

 俺の姿を確認した由比ヶ浜は、光彩を失った虚ろな瞳からポロポロと涙を溢れさせ――

 

「ごめんねヒッキーごめんねヒッキーごめんねヒッキーごめんねヒッキー……」

 ぶつぶつと呟き始める。

 

「あたしは恋愛脳で無責任などうしようもないピンク頭です」

 

 これはやっぱ駄目なやつだ。早く正気に戻さなければ。

 小町と違い気安くボディタッチをしてしまう事は躊躇われたが、今は緊急事態だ、仕方がない。

 俺は由比ヶ浜の全身から漂う甘酸っぱい柑橘系の香りを極力意識しないよう、小町同様肩を掴んで激しく揺すった。

 

「おい! しっかりしろ由比ヶ浜! 俺だ! 比企谷だ! 大丈夫だ、俺はメガネも掛けてないし大したイケメンでもないキモい比企谷だぞ!」

 

 言っててなんだか涙目になってしまった。これが噂の自己犠牲って奴か(白目)

 

「……え? ヒ、ヒッ、キー……? メガネ、掛けてないヒッキー……? 大したイケメンじゃなくてキモいヒッキー……? ほ、本物……?」

 

 おうふ……悲しい事に効果テキメン! あと由比ヶ浜の口から本物とかいう言葉が出るとちょっとキツいっす。

 我々は犠牲と共に大きな勝利を獲たのである。

 

「ひ、ひぐっ……! ヒ、ヒッキーだぁ……! 本物のヒッキーだぁ……! やっぱりさっきのは偽者だったんだぁ! うわぁぁああぁぁんっ」

 

「おわっ! ちょっ?」

 

 もう一度言おう。我々は犠牲と共に大きな大きな勝利を2つ獲たのである。

 

「おおおおちちゅけ! も、もう大丈夫だから、その……は、離れてくれると助かる」

 

「ふぇ? あっ……」

 

 途端に真っ赤な顔で俺から離れる由比ヶ浜と2つのメロンちゃん。なにあれ、あんなに柔らかいもんなの?

 

「ご、ごめん」

 

「いや、ごちそうさ……なんでもない」

 

「?」

 

 あぶねぇ。危うく手の皺と皺を合わせちゃうとこだったぜ……。

 

「それよりも、だ……なにがあった」

 

 本当は聞かなくたって分かっている。メガネを掛けた葉山並みのイケメン八幡に酷い罵声を浴びせられたんだろ?

 分かってはいるが、やはり小町以外の誰かの口から直接聞かないと、頭では理解したってどうしても心が理解してくれそうにもないのだ。

 

 すると由比ヶ浜は随分と泣き腫らしたのであろう充血した瞳を真っ直ぐに向けて口を開く。

 それは、俺の想像を軽く超えていた。遥か斜め方向に。

 

***

 

「……今朝もね、ヒッキーはクラスの女子にモテモテでね――」

 

「ちょっと待て。まずスタートから大きくつまずいちゃったわ。え、なんの話?」

 

「へ? いやだから……って、あれ!? なんでヒッキーがモテモテだし!?」

 

「いや知るかよ……」

 

 いや、まぁそりゃ葉山並みのイケメンさんじゃしょうがないよね。問題は“今朝も“ってとこなのだろうが、それはもうこの際スルーの方向でいこう。

 

「……まぁいい。話の腰を折って悪かったな」

 

「え!? ヒッキーぎっくり腰かなにかになっちゃったの!?」

 

「で、なにがあった?」

 

「流された!?」

 

 なんだよこれ、シリアスになれないよ。

 

「むー。……んで、ね? 特に今朝はすっごいモテモテでね? って言うのも、通学中に不良にナンパされてたメアリーちゃんを助けたからなんだって」

 

 誰だよメアリー。

 

「あ、あー……誰だって?」

 

「もー! 相変わらずクラスメイトの名前も覚えてないし! メアリーちゃんだよメアリーちゃん! 折広メアリーちゃん! ゆきのん並みかそれ以上の、ウチの学校で一番の美人で才女の!」

 

 やー、なんか頭痛くなってきたわー。

 

「な、なぁ、そのオリヒロとやらは、本当にクラスメイトか? この一年間、本当にクラスに居たか?」

 

「はぁ? あったりまえじゃん! だってクラスメイトだよ? 昨日だって一緒に…………あ、あれ? メアリーちゃん、昨日見たっけ……? てかこの一年、教室で見掛けた事あったっけ……」

 

「……オーケー、とりあえずそれはもういい」

 

 ああ、なんかもう色々と理解してきたかもしれん。とりあえず記憶が改ざんされてる事だけは理解した。

 

 にしてもあれだよね。どうして世の二次創作オリヒロって、メアリー・スーにしなきゃ気が済まないんだろうね。学校一の美少女とかって設定がないと存在しちゃいけない決まりでもあるのかな?

 いちいち雪ノ下を比較対象にして踏み台にしないと個性が得られないのん? いいじゃん、別に学校一の美少女じゃなくたって。でも逆にそれのおかげで、個性どころか判を押したかのような無個性完璧美少女(笑)ばっかりだからッ!

 こら八幡! 今回もおメタが過ぎますよ?

 

「で、そのナンパされてたメアリーちゃんとやらを俺が助けた……と」

 

「うん! なんかね、何人も居た不良達を、しゅ、しゅんさつ? したんだって!」

 

「ああ……そう」

 

 そっか。俺って実は超強かったんだなぁ。

 すげぇな俺。趣味が人間観察だから、相手の目線とかちょっとした動きとかで攻撃を瞬時に見切って、無双しちゃったりするんだね!

 うん、喧嘩なんかしたことねー。

 

「……で? それとお前がここで泣いてた事はどう関係してくるんだ……?」

 

 まさかとは思うが、こいつ暴力振るわれたりしてねぇだろうな……!

 

 

「あ、それとこれは直接繋がりは無いんだけどぉ……」

 

 じゃあなんで話したんだ。メアリーも不良瞬殺も関係ないのかよ。

 俺の知らないところで俺TUEEE! を聞かされるこの地獄。

 

「でも、ね? メアリーちゃん達に向けて「別に大したことしてねーから気にすんなよ」って優しく微笑んでたヒッキーが……放課後に話がしたいから、俺のベストプレイスに来てくれないか? って、言ってきたの……」

 

 と、散々無意味な話をした挙げ句、ここでようやく本題に入るようだ。

 それにしても優しく微笑む俺とか気色悪い。

 

「わざわざ呼び出すなんて珍しいし、なんかすごい真剣な……てゆーか恐いくらいの顔してたから、ゆきのんにも誰にも聞かれたくない話なのかなー? って思って、不安だったけど来てみたら……」

 

 

 由比ヶ浜は、辛そうに苦しそうに顔を俯かせる。

 

「ヒッキーに……んーん、偽ヒッキーに言われちゃった」

 

 

『お前は本当に馬鹿だ。その無責任な恋愛脳で、一体どれだけ俺を苦しめれば気が済むんだ。無責任に勝手に受けた依頼を俺に任せきりにしたクセに「人の気持ち考えてよ」とか、よく恥ずかしげもなく言えるよな』

 

『お前はことあるごとに人をキモいキモい言うけどさ、それがどれだけ俺を傷付けてるか分かってっか? 人の気持ち考えてよ(笑)じゃないのかよ』

 

『大体お前さぁ、犬救けてやったのに一年もお礼に来ないとか常識的にどうなの? 人の気持ち考えたら、普通お礼に来るだろうが。本当にお前はどうしようもないクズだな、このピンク頭が! お前なんかハブられて学校居づらくなって転校させてやるよ! 制裁だ!』

 

「……って」

 

「」

 

 

 はぁ〜、やっぱりだ。小町の時と一緒で、完全に薄っぺらい表面しか見てない第三者の戯言だ。

 そもそもピンク頭とか言ってる時点でお察しだろ。だって由比ヶ浜はピンクがかった明るい“茶髪“なのだから。

 

 あれだよね。原作読まずにアニメだけ観てる人って、髪の色を語らせるとすぐ分かるよね。あれでしょ? 葉山は金髪、川崎は青髪、折本は茶髪とか思ってんでしょ?

 バッカお前、そしたら戸塚白髪になっちゃうだろうが! 戸塚に白髪とか言ってみろ、殺すぞ!

 

「ひくっ……ごめんねヒッキぃー……! 全然そんなつもり無かったけど……グスッ……あたしってヒッキーにすごい酷い――」

 

「待て由比ヶ浜。お前が謝るとこなんてどこにも存在しねーよ」

 

「……え?」

 

「その罵倒は、俺達の一年間を表面しか見てない人間の、一方的な価値観の押し付けでしかない。俺がお前の無責任さで傷付けられただ? そんなもん俺が初耳だ。ソースが俺なんだから間違いない」

 

「ヒ、ヒッキー……」

 

 確かに由比ヶ浜にはよくキモいと言われるが、実際リアルにキモいしね!

 そもそも、俺初対面の由比ヶ浜に「ビッチ」とか言っちゃってるし。初めて話した女の子に対して、見た目だけでビッチ呼ばわりとかスゲー最悪だろ。今の世の中なら普通に訴えられて賠償金を支払わされた上、世間様に「差別だ!」と騒ぎ立てられて断罪されちゃうレベル。

 

 

 あと由比ヶ浜が一年間お礼に来てないとな? いやいや、こいつ事故のあと菓子持って家までお礼に来てるから。

 小町言ってたろ。「お兄ちゃん寝てたからね」って。

 つまり俺が昼寝してなきゃ、その時点でお礼は済んでましたから。

 

 まぁ学校に復帰してからも直接お礼には来なかった。でもな、違うクラス、それもぼっちの異性に声を掛けるのがどんだけ難易度が高いと思ってんだ。

 

 こいつはルミルミの件の時に苦しそうな笑顔で言っていた。

 

『周りの人が誰も話しかけないのに話しかけるのってかなり勇気いるんだよね』

 

 と。

 これは想像でしかないが、由比ヶ浜の性格をそれなりに理解しているヤツなら誰でも辿り着く想像だろう。一年生の頃、由比ヶ浜は俺に声をかけようと何度も何度もオレのクラスを覗きにきたものの、あと一歩の勇気が足りずにそのままズルズルと時間が過ぎていき、ずっと苦しんでいたのではないのだろうかと。

 これを当事者でもない第三者が文句言うとか、まさに価値観の押し付け、余計なお世話でしかねーから。

 

 

 あと無責任とか恋愛脳ってなんだよ。友達に恋愛相談されて、ノリノリになって何が悪いというのか。

 一体ヒロインにどんだけの清らかな心を求めてるのん? ヒロインは聖人君子じゃなきゃ許せないのん?

 由比ヶ浜なんてイマドキの女子高生そのものだ。良い面だってあれば悪い面だってある。そこから色々学びとって成長してくのが人間らしさってもんだろ。

 そんなんだから“雪ノ下以上の美少女“のガワだけ被った無個性なメアリーしか愛せねーんだっつの。

 

 それに無責任もなにも、こいつ修学旅行中、戸部が気持ち良く告白できるように超頑張ってたじゃん。

 なんなら俺はそれに付いてって肉まん食ってただけだし。

 

「だから由比ヶ浜、その偽者の言葉にはなんの価値もない。気にするな。……す、少なくともあれだ。俺はお前のそういうアホなところに今まで何度も救われたことがありこそすれ、傷付いた事なんてねぇから。……それでもまだ納得できねぇって言うんなら、また今度ちゃんと聞いてやる」

 

 ぐふっ! 別に偽者の戯言を潰すぶんにはなんの問題もないのだが、こういうクサくてむず痒いフォローを入れなきゃなんねーのが俺に一番効く!

 

「うん……! ありがと! ヒッキー」

 

「お、おう」

 

 あまりの熱さに、手をウチワがわりにパタパタ扇ぎながら考える。

 

 

 ――この偽者騒動。俺の予想が外れていなければ、その偽者はたぶん……

 まさかこんな非現実的なことが自分の身に降り掛かるだなんてな。

 だがしかし、これで当初の緊張はようやく解けた。残るのは、その偽者に対する怒りだけ。

 

 

 これはあれだ。読書家としての見解を述べさせてもらうなら、これは典型的な“文字列しか読めてないヤツ“のイメージだ。

 

 現実世界には、文字列だけではない“行間“というものが存在している。

 当たり前だ。活字だけで人の生活すべてを表せるわけがないのだから。

 

 だが小町への罵倒や由比ヶ浜への罵倒を聞けばすぐに分かる。ああ、この文句言ってるヤツは、行間、つまりその合間合間にあるであろう出来事を想像出来ないヤツなんだな、と。

 事故謝罪の件にしても恋愛脳の件にしてもそう。きちんと物語の裏側まで読めれば見えてくる、想像出来る物事も、文字列しか読めないから薄っぺらい表面だけが全てだと思い込んで、そこで思考が停止してしまうのだ。

 

 ま、ピンク頭とか言ってる時点で、その文字さえも読んでるかどうか疑問が残るけれど。

 

「ヒッキー……! あたしはもういいから、ゆきのんのトコに行ってあげて!」

 

 そんな思考の海に潜っていると、不意に由比ヶ浜から力強い声がかけられた。

 

「あたしをわざわざこんなトコに呼びつけて部室から離したってことは、たぶん偽ヒッキーはゆきのんのところにも行ってるんじゃないのかな。……ごめん……あたし、今はまだ腰が抜けちゃってて早く走れそうもないの。すぐ追いつくから、先に行ってゆきのんを救けてあげてて!」

 

 

 ――ほらな。やっぱり由比ヶ浜は優しい女の子だよ。

 ついさっきまであんなに震えてたのに、あんなに泣いてたのに、こんなに弱々しいのに。

 それなのに、まず心配するのが他人なのだ、こいつは。

 

「おう。とりあえず行ってみっから、ゆっくり休んでから適当に来い」

 

 

 そう言って、俺は由比ヶ浜の返事も待たずにすぐさま駆け出す。

 俺が行ったからといってなにが出来るのかも分からないけれど、それでもたぶん俺が行かなきゃこのふざけた騒動は終わらない気がする。これはもう想像でも予感でもなく確信だ。

 

 今行くぞ、待ってろ偽者。

 




ちなみにこの作品で折広メアリーさんというオリヒロの方は別に登場しません


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。