北大阪 千里山高校にて 作:JP
「愛宕先生もあそこまで怒んなくてもいいのに……」
怜と雑談しながらのんびりと歩き、結局三限目の途中で学校についた俺を待っていたのはかれこれ既に三年間連続で担任である愛宕先生による説教だった。四限が終わり昼休みに入るとともに職員室に強制送還され、こってりと絞られた。遅刻した俺が全面的に悪いのだが、あそまで怒らなくともいいと思うのは俺だけだろうか。
「またこれか……」
とりあえず、昼飯を食べに食堂へと向かう足取りは重い。右手には職員室で渡された原稿用紙が二枚。ふらふらと歩くたびにペラペラと力なく風に揺れていた。古今東西、怒られた後に貰う原稿用紙の意味は反省文だと決まっている。今回遅刻した罰として俺には四百字詰めの原稿用紙二枚の反省文の刑が言い渡されていた。
「はぁ……」
懲りずに遅刻しまくっている俺が悪いとはいえ、何時もは一枚の反省文が二枚に増えるとその分、気が滅入る。思わず出たため息に更に気分が重くなった。自業自得と言えばその通りなのだが、それでもため息が出るのは止められなかった。
――まぁ、とりあえず食堂で昼飯食うか。
昼休みが終わるまで残り二十分はある。これだけの時間があれば食堂で適当な物を食べるには十分だ。まぁ、人気メニューは売り切れているだろうから、余りものになるだろうけど、それでも食べないと食べるとでは大違いだ。
「どーしたんです? ため息何てついて」
そんな時だった。側方から声を駆けられた。首だけをそちらに向ければ、人懐っこい笑みを浮かべた一風変わった女子が一人。一風変わったというのは女子の癖に千里山高校の女子生徒用のセーラー服を着ずに何故か下は短パン、上は学ランと言ったファッションをしているからだ。
「何だ、セーラか」
彼女の名前は江口 セーラ。人懐っこい笑顔に、明るく元気が特徴の千里山高校の二年生。俺の後輩にあたり怜と同じくもうかれこれ長い付き合いになる腐れ縁だ。ちなみに彼女が来ている学ランは俺のおさがりだったりする。セーラは確かに女子にしては身長は高い方だが、男子でも大きい方の俺の制服を着るとやはりダボダボであり、学ランの袖を折らなければ指先が少し顔を覗かす程度にしか出ないありさまだった。当たり前と言えば当たり前だが制服に着られているという印象を抱く。
「先輩、こんちはーっす! それで、どうしたんですか? ため息何てついて」
「あぁ、これだよ」
ヒラヒラと原稿用紙を見せてやれば、
「なるほど、いつも通り遅刻したんですね」
と、屈託のない笑顔で返された。
「まぁ、そういうことだ」
ため息交じりにそう返すと、セーラは笑顔のまま、
「それで、監督にこってりと絞られたんですね!」
元気良くそう続けた。
セーラが言う監督とは俺の担任の愛宕先生のことだ。麻雀界隈では知らない人はいないほどの名門校、千里山高校の監督を務めるのがウチの担任だった。もちろん、その愛宕先生を監督と呼ぶセーラは麻雀部の部員である。どこからどうみても利口のりの字も見えない、はっきり言って馬鹿そうな外見をしているセーラだが、こと麻雀に関していえば、非常に強く、何とこの千里山高校には麻雀特待で入学したほどの実力者だ。麻雀のプロを幾重にも輩出してきた我が高校において一年生の内からエースの称号を冠しているセーラは去年のインターハイでも大活躍だったらしい。
ちなみに勉強の方は言うまでもなく赤点常連だ。そこは見た目を裏切らない。勉強はサッパリなくせに、麻雀は矢鱈滅多ら強いとはこれいかに。麻雀もそこそこの頭の良さがないと出来ないゲームだと思うのだが、何故、セーラがあそこまで強いのかは疑問である。そして、これから先も恐らく解決することはない謎だろう。
「ご名答。しかし、愛宕先生もあそこまで怒らなくてもいいとおもうんだよなぁ」
「そんなに説教が嫌なら、ちゃんと起きて学校に行けばいいじゃないですか」
「朝の睡眠は何事にも変えれんのよ」
――そう、たとえそれが反省文と引き換えだったとしても。
「はははははは。それは何とも先輩らしいですね!」
彼女はそうひとしきり豪快に笑うと、
「そう言えば、今日、先輩って怜と一緒に学校に来ました?」
そう続けた。
「あぁ、たまたま駅前であってな。そのままなし崩し的に一緒に来たけど……なんで、お前が知ってるんだ?」
もしかして、怜と一緒に登校したことが噂にでもなっているのだろうか。それならそれで非常に面倒くさい。怜とはただの腐れ縁であり、後輩であるだけの関係なのだが、怜を狙っている男子からするとそんなことは知っちゃこっちゃないだろうし。そもそも、俺からすれば怜は女性というよりも少し手のかかる我儘な妹いう感じに思っているし、そして、怜からしても俺は異性というよりは、近所のお兄ちゃん的な存在だろう。だから、決してそんな男女の関係になるなんて有り得ない。ほら、昔の凄い作家さんも言っているだろ?
『あなたもご承知でしょう、兄妹の間に恋の成立した例のないことを』
つまり、そういうことだ。
「いや、何だか怜の機嫌が良かったんで、もしかしらと思ったんです」
「あぁ、そう言えば俺と会った時から機嫌が良かったからな。きっとあれじゃないか、病院での検査の結果がよかったんじゃないか?」
セーラの言葉を受けて今朝の様子を思い出しながら応える。
「はぁ……。先輩、それ本当に言ってます?」
すると、何故かセーラに盛大なため息をつかれてしまった。
何かため息をつかれるようなことをしただろうか、と考えてみたが、思い当たる節はない。そして、こういう時に理由を聞くとまたため息をつかれるのは間違いないことなので、ここはスルーすることにしておく。
「おう、まじめに言っている」
「そうですか……あっ、それはそれとして、先輩今からお昼です?」
セーラはふと思いついたようにそう言った。
「あぁ、そうだな。後、二十分くらいあるし、食堂で余りもの掻き込んでおこうと思ってな」
「それなら一緒に行きません? うちも食堂に用あるんですよ」
「なんだ、飯食い足りなかったのか?」
からかいも込めてそう言って笑えば、
「先輩は、うちんこと何と思ってるんです……?」
そうジト目で睨まれた。
「ジョーダンだよ冗談。どうせ、ジュースじゃんけんで負けでもしたんだろ?」
「わかっとるやないですか。そういうことです。じゃんけん負けてもうて買い出しの途中です」
我が千里山高校でジュースを売っている所は二カ所ある。購買と自動販売機だ。購買で買おうとも、自動販売機で買おうとも、購買は食堂の横に併設されているし、自動販売機は食堂の入り口にあるため、行き先は殆ど同じだ。
「おう、それじゃあ行こうか」
「あっ、先輩待ってください!」
セーラと並んで食堂へと足を進める。ちなみに今日の昼食のメニューは売れ残っていたCセット定食となった。こうして、ある日の昼下がりは過ぎていった。