僕のヒーロー(オリキャラをそれなりにぶちこむ)アカデミア 作:チョコラータ・フォンドゥータ
ビルIは七階建てでどの階層にも窓が複数取り付けており、日当たりと風通しのよさそうな建物だ。
瀬呂は麗日を先にビルへと進ませると肘の口から個性による産物であるテープを吐き出し、キープアウトテープのように張り巡らせて入り口を封鎖する。
瀬呂の生み出すテープは粘着性が高く、これを撤去するだけでヒーローチームの時間を消費させることができるだろう。ここから入ろうとせず窓や侵入できそうな箇所を探させるだけでも同じく時間の消費だ。そしてそのまま瀬呂は1階層のすべての部屋の窓にテーピングしてちょっとやそっとでは破れないようにしていく。
「瀬呂くん、"核兵器"どこに置こうか?」
麗日がそれを見ながら作戦の要となる"核兵器"の配置を相談する。
「そうだなあ。やっぱいっちゃん上じゃない? 葉隠も緑谷もちょっと正面から相手したくない個性だし、時間稼ぎできるならしときたい」
「そうだね、ほかのヴィランチームのみんなもだいたい最上階だったし。あと葉隠ちゃんなんて見えないもんね」
「緑谷もあの超パワーはやっべえよ。正面対決で殴り合いとかマジでしたくないわ」
そんなことを話し合いながらテーピングを済ませて階段を登っていく。瀬呂は当然のように麗日のあとを行き、4階層の階段あたりからテープを適度に張り巡らせて障害物を設置する。本当は1階層から階段をうめつくす勢いで貼り付けたかったのだが、終了後このビルから出て行くときのことを考えてしまったのだ。
緑谷たちが素直に階段を登りテープを一枚一枚剥がして進んできたのならそれでいい。だがそうしなかったら? 入り口や窓、さらに階段のテープを見れば持久戦を狙っていることは気づかれるだろう。ならば"核兵器"を最上階に設置することにも考えつくはず。ついさっき赤熊がやったような壁面登りを緑谷があの超パワーで再現してやってきたとしたら? 帰り道がただただ面倒くさくなる。
そんな庶民的と言えるようなしみったれた考えが頭に浮かんでしまったのだ。もしそうなっても瀬呂なら自分のテープで固定してラペリングするようにビルの壁面を降りられるだろうが、同い年の女子をそれで運ぶのは気が引ける。失敗したら怖いし。
とはいえ時間稼ぎはやれるだけしておきたい。そんな思考が4階層階段からのテーピングという行動に出させたのだ。
そんな感じで最上階につき、大部屋に"核兵器"を設置すると、瀬呂は例によって部屋中にテープを所狭しと張り巡らせる。これは葉隠対策だ。隙間を縫って接近してきても必ずどこかで姿勢に無理が来て転倒するだろう。
本当なら扉もテープで封鎖したいところだが終了後に出るとき面倒臭いからやめる。というか想定された状況だと自爆するわけでもないなら、"核兵器"をさらに移送するなりヴィランたちが退去するなりというリアリティを持たせるためにもここはこれでいいのだ。瀬呂はそう思った。
「ふう。まあこんなもんだろ。あとは待ちだな」
「あーなんか瀬呂くんに任せっきりになっちゃったね……」
なにやら申し訳無さそうに麗日が言い出す。
「俺がベストだと思ったからやってるからいいんだよ。麗日の個性って待ちとか罠とかあんま向いてなさそうじゃん? ヒーローチームがやってきてからが勝負よ」
「うん。そうだね」
ヒーローチームがビルの入り口に差し掛かるとそこにはべたべたに封鎖された様子が目に飛び込んできた。
「うわ~。これ絶対瀬呂くんの嫌がらせだよ!」
「う、うん。効果的なやり口だね」
透明人間少女・葉隠が装備しているグローブとブーツがばたばたと動く。地団駄を踏んでいるらしい。
「どうする緑谷? 窓とかから入る?」
「そうだね。一応確認するだけしてみようよ。僕は右回りに行くから葉隠さんは左回りにお願い。ちょうど入れそうな窓があったら通信機で連絡するね」
「りょーかーい」
二人は左右に展開してビルの外観を見て進む。そして入り口の反対側で再会。
「窓もべったべたでダメだったよ!」
「うん……なんていうか徹底してたね。こうなったら普通に入り口から入るしかない気がする」
とぼとぼと入り口へ向かう二人。緑谷は手を口元へとやり何やらぶつくさ考え事をしているようだ。
「このテープは剥がすしかないね。僕がやるよ」
緑谷はグローブでテープを無理矢理引き剥がす。
その間に葉隠はなにやら本気出すからと言いながらグローブとブーツを脱いだ。不自然に浮いている超小型通信機がなければ、彼女がどこにいるか肉眼では察知できないだろう。個性による特殊な感覚器官や視界を持つものならば見抜けるのだろうが、あいにくヴィランチームの、いやA組の生徒にもそのような個性を持っている生徒はいなかった。
緑谷のグローブに貼り付いたテープは壁に拭うようにしてもなかなか取れない。かなり力を込めてごしごしこすってようやく取れるというしつこさだった。
その間に葉隠が先行して1階層の探索をし終えていた。階段を登り2階層の探索をする。1階層と違いテープの障害がまったく見当たらず、不意打ちの恐れもあるため警戒しながら緑谷が部屋を一つそっと侵入し内部を探ってる間に、葉隠が手早く他の部屋を確認していた。
「さすが透明人間だね……。こういうミッションだと心強いや」
「戦闘力ほぼないけどね~」
朗らかに声が聞こえるが具体的にどこにいるかは判然としない。あ。通信機あった。
そんな感じで探索をしながら上階へ向かう。葉隠はどうだか全くわからないが緑谷は顔つきから察するにかなり緊張しているようだ。そして4階層の探索を終わらせさらに上へ向かうと葉隠がうんざりしたような声色で
「うわ……出たよ」
と思わずこぼしてしまった。
粘着テープ地獄が目の前に広がっているので無理からぬことだろう。
せっせと緑谷がテープを剥がしていき葉隠が階層の探索をする分担作業。そのたびに壁面に拭いつけて無理矢理テープをグローブから剥がしていたからか、それは新品だったものがすでにかなりヘタレてきていた。
そして最上階。
ここもやはりテープ地獄だったが階段と違うのは頑張れば通れそうな隙間があることだろう。
ふたりは若干疲れ気味にのそのそとテープに触れないように隙間を通って行く。そのまま通路を行くと開けた入り口から同じようにテープまみれになっている広い部屋が見える。交差するテープのせいではっきりとは見えないが、"核兵器"らしき大きな物体が見え隠れしている。
葉隠がそれを確認すると内部のヴィランチームに聞こえないように、小声でささやくように通信機を介して緑谷へ声をかける。
『私が先に行くね。通信機は不自然に見えちゃうから持ってて。私がまずったら声かけるからお願いね』
「う、うん。わかった。気をつけて」
どんな小声でも明瞭に伝える性能の通信機を緑谷へと放ると葉隠はそのまま部屋へと入っていく。無論テープに触れないようにぎりぎりの隙間をくぐったりまたいだりしないといけないのでかなり難易度の高い進行に思える。
緑谷は受け取った通信機をスーツのポケットにしまうと、足音を立てないように部屋の入り口へと近づきかがむとこっそりと中の様子を伺う。
葉隠が今どこらへんを進んでいるのかまったく分からないが、それはヴィランチームも同じで麗日と瀬呂の二人は窓や入り口のほうを警戒している。
幸いと言ってよいかはわからないが、張り巡らせたテープは瀬呂たちの視界も塞ぐことになるので、緑谷が入り口から少しばかり顔を覗かせてもあっさりと見つかるという心配は無いようだ。
このまま葉隠が"核兵器"を確保して終了になるかもしれない。じわりとそんな発想が緑谷に浮かぶ。
それだと自分はただテープを剥がしていただけで、個性も使わずなんの役にも立っていないことになってしまう。憧れのオールマイトに見られている実践訓練でほとんど何もしなかった。自分はそれでいいのか? そんな考えが緑谷の脳裏に染み渡っていくが、だからといって無闇に突撃するほど彼は無謀でも自分勝手でもなかった。ただじっと部屋の入り口に膝立ちになって待機している。
このままパートナーの葉隠が勝利条件を満たすならそれでいい。透明人間である彼女に粘着テープを触れさせずここまで連れてこれたことこそが自分の成し遂げたチームへの貢献だ。だがもしなにかしくじりがあったらその時はさっき彼女が言ったように自分がフォローしよう。やれることはひとつしかないけど、持てる力の全力で。決意しながら緑谷が固唾を飲んで見守る。気づいているかどうか、彼の顎先から汗が一筋垂れて床にうっすらと滲んでいた。
「タイムアップもそろそろ近い感じかあ? ん~~、やっぱヒーローチームが最上階に来てないってことは無いんじゃねえかって思うけど、どうよ麗日?」
瀬呂が訝しげに部屋中を見渡し麗日へ言う。麗日も頬を指でかきながら
「そうだね。まだ何にも無いのが怖いかな? 下からテープを剥がす音は聞こえてたもんね。あれで雁字搦めになってたら、多分終了の合図がされてるだろうし」
「そうだよな。そう思うよな! 警戒しようぜ麗日。葉隠がもういるかもしれねえし、緑谷がでかい一発狙ってるかもしれねえ」
開始からの時間経過でも推測で改めて気を引き締めて警戒心を上げる二人。
部屋の中のどんな異変も見落とさないと言うような目で探るように見渡す。しかし葉隠はよほどうまく進んでいるのか、テープは微動だにしておらず、二人にはなんら変わったところは見いだせなかった。
だが当の葉隠はわりと苦境に立たされていた。
隙間が狭い! 葉隠は"核兵器"まで残り4メートルほどというラインまで接近できていた。
慎重に足音を立てずかつテープに接触しないようにゆっくりと焦らず進んだ結果だ。だがそれもここで通れる隙間が無くなり進退窮まってしまった。一旦退いて改めて別ルートを模索するのが正攻法なのだろうが、瀬呂が言ったようにタイムアップが迫っている感じがひしひしとする。瀬呂の妨害工作を功を奏しているのだ。
葉隠が狭い隙間を無理をして通り抜けようと博打に出るか、それとも一旦退いて道行きを改めるか、はたまた緑谷に応援を頼むか。
葉隠は今手元に通信機のないことを悔やんだ。自分の個性に不満を持ったことなどないが、不便に思うことはたまにある。今回もその事例のひとつになっただろう。
瀬呂テープの粘着性は緑谷がグローブについたそれを剥がすときに苦心していたことから、例えば床の埃を手につけて少し隙間を広げようなんてことをしても、さほど粘着力が落ちることなく手に貼り付いたままになりそうだ。さらに言えば警戒の上がった瀬呂たちはテープの揺れを見落とさず、こちら目掛けてテープを射出してくるだろう。
つまり無理矢理隙間を通ることそのものが無謀と言える。
だから葉隠は決めた。このままではジリ貧だしヘタをすれば負ける。それならば――
「緑谷! お願いテープふっ飛ばして!!」
突然室内から上がった叫びに麗日と瀬呂はぎょっとして声の発生点あたりへ顔を向ける。
その声は緑谷に自分の位置を知らせる葉隠の指示。あの超パワーの余波を出来る限り葉隠へ向けないようにするために緑谷を動かす声だった。
緑谷はその声が聞こえるやいなや部屋へ突入する。その場で踏ん張り個性を発動させ、
「DETROIT SMASH!」
そう叫び気合一閃! 葉隠の声がした位置とは逆側目掛けてテレフォンパンチ気味に右拳を空打ちする。
効果は劇的だった。
激音と激震がビル全体を揺らし全階層のガラス窓が振動でヒビ割れ、高層階には砕け散るものまであった。そして発生した衝撃波が最上階の壁面とその付近の床面を打撃し、激流に押し流される土くれのように砕け散らせながら吹き飛ばし崩壊させる。さらにはその余波で生じた突風が室内を乱打し、天井からこぼれ落ちた埃や塵が撹拌され、テープすらも剥がれそれぞれあらぬ方向へと乱れ飛んでいく。
「なんじゃあ、こりゃあああ!!」
「きゃああああ!!?」
「にゃああああああ!」
緑谷以外の3人から悲鳴が上がり、麗日と瀬呂は体勢を崩し床へ転び、それ以上動かされないよう四つん這いで体を支える。
やがて揺れがおさまると室内は乱れに乱れており、緑谷が立つ位置から先はほぼ建材が消滅してる勢いでぽっかりと抉られたように崩壊している。もはや風通しがどうのという領域をはるかに超えた様相を呈していた。爆薬でも使ったのかと思わされる状況だろう。
「~~~~~~ッ!!!!」
声にならない呻きを挙げて涙目で緑谷がその場に膝から崩れ落ちる。
衝撃ではじけ飛んだのかスーツの右袖が先から上腕半ばまで破れ落ちており、青黒く腫れ上がった素肌を見せていた。ソフトボール投げの時と同じく超パワーの反動だ。変色した肌と肩から脱力したようにぶらりと垂れ下がってる様子からしておそらく最低でも前腕の骨が折れているに違いない。
「ひっでえなこりゃ」
瀬呂が起き上がりながらごちゃごちゃになっているが外の様子はよく見えるようになった室内を見渡す。"核兵器"は衝撃と振動で横に転がってしまっていた。
「タッチしたよー」
「は!?」
そんな声が"核兵器"のもとから聞こえてきた。テープが何枚か張り付いている葉隠が平手で何度か叩いて主張している。
『WINNER! ヒーローチーム』
○
「と、まあヒーローチームが勝利条件を満たしはしたが問題点もあったんだけどな! わかる人! なんでかな!」
重傷を負った緑谷をハンソーロボが保健室へと運搬するのを見届けたオールマイトはモニタールームへ戻るとこれまで通りに生徒たちへと水を向ける。
ずびっ! と音が聞こえそうなかっちりした動きで挙手する飯田。ほかにも紙木城や八百万などなどこれまで意見を述べていた生徒たちもそれにならっていた。
「ン~~、最後だからみんな張り切ってるのかな? では飯田少年に聞いてみようか!」
アメリカンな笑顔で場を見渡し一言述べると指名するオールマイト。
飯田は手を下ろすときちっと腿の横に両手を添え指先をびっと地面へ向けて直立不動の姿勢をとる。
「はい! 今回ベストだと思うのは瀬呂くんです。
ビルの入り口や1階層の窓を封鎖し侵入口を妨害すること。またある程度登った階層から階段にテープで封鎖し始めたこと。そして"核兵器"のある部屋でテープを罠として張り巡らせたこと。すべてがヒーローチームの侵入と"核兵器"の奪取を妨げるために効果的な行動であり、事実それは奏功していたと思います。
また緑谷くんが透明人間である葉隠くんの隠密性を保つために、ヴィランチームの設置した罠であるテープを一人で解除し、最上階まで無傷で保てたことも効果的な行動だったでしょう。ただし彼はそれ以上に、"核兵器"のある場所で個性を絞ることなく使用し、建物全体に甚大な損害を出したことが失点だと考えます。本来丁重に取り扱うべき"核兵器"が転倒するという結果も出ていたので、それが問題点だとオールマイト先生はおっしゃっているのではないかと!
これらのことからヴィランチームは敗北したとはいえ、瀬呂くんがベストだったと考えました。以上です!」
「サンクス飯田少年! まあ言いたいことは概ねそんな感じだ! 瀬呂少年のあれも出るときのことを考えたらやりすぎなところもあったりするんだけどね! それを補って余りある周到さが光っていたな!」
オールマイトが飯田の講評を補強し、モニターの電源を消す。そのまま退室するように良い、グラウンドに整列させた。
「よし! みんなおつかれさん! 目立つような大きな怪我は緑谷少年と口田少年以外なかったし、皆持てる全力を尽くして真摯に取り組んでたぜ! 初めての実践訓練ってことを差し引いても上出来だったさ!」
オールマイトが生徒たちを見渡し賞賛する。胸を張り腕を腰にやり堂々とした立ち姿でそう言われるとどこか誇らしい気持ちが湧いてくる。平和の象徴ならではの畏怖を生徒たちは感じ取っていた。
「でも相澤先生のあの嘘除籍付き個性把握テストがあったからどうなるかと思ったけど、結構まっとうなヒーローの授業って感じだったね」
「心が身構えてた分拍子抜けした」
「HAHA! 授業内容をどうするかもまた教師たちの自由ってことさ! 口田少年はきちんと保健室へ行くように! 間違っても自分で判断なんかしちゃだめだぜ! 次の授業に遅れず着替えて教室へ戻るようにな! 私は保健室で緑谷少年と蛙吹少女に講評を聞かせるお仕事が残っているから失礼する!」
言い残して突風に乗るように駆け出すオールマイト。土煙を上げながらあっという間に走りぬけ豆粒のように小さくなっていく。残された生徒たちはそれを見て思い思いにオールマイトの凄みを口にしていた。
○
蛙吹が目を覚ますとそこは保健室のベッドだった。
柔らかな天井灯が優しく室内を照らしており、傷病者を刺激しないように気を使われている。
ゆっくりと起き上がると、横には右腕をギプスで固定した緑谷が、規則正しい呼吸で眠っているのが見えた。
「目、目が覚めたか。あ蛙吹。りかリカバリーガール! あ、蛙吹がめを目をさ、覚ましました」
「赤熊ちゃん。どうしたの?」
制服の赤熊が、ベッド脇にパイプ椅子を引っ張ってきて座っていたのだ。あまり表情が受け取りにくい顔だが、どことなく心配してるように感じたのは蛙吹の気のせいだろうか?
「い、いや。お俺のせいでし、失神させてしまったからな。やす休み時間のうちに、み見舞っておこうとおも、思っただけだ」
机で書きものをしていたリカバリーガールがそれを中断してやってくる。
「頭は痛くないかい? 体でどこが痛むかね?」
「蹴られた胸元が少し痛むくらいで頭は大丈夫です。他に痛むところはありません」
リカバリーガールが蛙吹の大きな目を覗き込みペンライトでちらちらと瞳孔反応を確認する。
「そうかい。それじゃあ教室に戻っていいよ。もし痛みが酷くなったら我慢せず病院へ行くこと。いいね?」
「はい。ありがとうございました」
ベッドから降りようとする蛙吹にリカバリーガールは紙を一枚差し出す。
「オールマイトからだよ。あんたに授業の講評だってさ。心配そうに様子を見に来たんだけど、そっちの子と二人揃って眠ってたからね。預かっといたんだ」
しっかりした足取りで立ち上がりそれを受け取る蛙吹。
「ありがとうございます」
「うん。ふらついたりはしてないようだね。きちんと学んで良いヒーローにおなり」
蛙吹と赤熊の二人は挨拶して退出すると肩を並べて歩き出す。
蛙吹はまず更衣室で着替えをする必要があるが、赤熊もその途中の階段までは方向が同じだ。
「あ、歩き読みはあまりぎ、行儀が良いとは言えないな」
「わかってるわ。でも講評も気になるのよ」
そのまましばらく無言で廊下を進む二人。
「ああ、緑谷ちゃんは個性を使ってああなったのね。ソフトボール投げのときも思ったけど不思議な個性だわ」
「そ、そうだな。こ個性の成長と、か、噛み合っていない印象がす、する」
「私の試合は口田ちゃんがベストなのね。てっきり赤熊ちゃんがそうかと思っていたわ」
顔を赤熊へ向けながら蛙吹が言う。
「こ、講評にもあるように、あ、あれはこ口田のじ情報収集ありきだ。そ、それに爆豪が独断専行、したのも大きい」
「爆豪ちゃんの独断専行はどうするのが正解だったかわからないわ。あれ以上引き止めても聞かなかったと思うし。かと言って一緒に行っても、今度は"核兵器"がおろそかになってしまう」
顎を指先で撫でながら蛙吹は首を傾げる。
「俺はあれがあ、蛙吹があの場でできるベストだったとお、思うがな。お、俺のき、奇襲もやり過ごして、ば爆豪の助けもよ、呼べていた。二人の性格とこせ個性から考えると、アレ以上できることはた、多分無かったろう」
赤熊が慰めてるつもりなのか、それともただ単に事実を述べているだけなのか、表情や声色からはわからない。
蛙吹は講評の用紙を綺麗に折りたたむとポケットへと仕舞いこむ。そしてため息をひとつ。
「ヒーローへの道は険しいわね」
「そうだな。だ、だが、だからこそ、の、乗り越え甲斐があ、ある」
やがて階段にさしかかり、赤熊は軽く挨拶し教室へと向かった。
更衣室で着替えを済ませた蛙吹が教室の自席につくころには、休み時間もちょうど終わる頃合いだった。
次の授業は「ヒーロー情報学」、座学だ。
プロ免許を取得するための知識を叩き込むための授業で、ヒーロー活動においてプロが知っておけなければならない、知っていて当然の法律や各種過去の事例から個性別で適応される例外的措置などを学ぶ。
例外的措置に関しては、数年前にデビューした女性プロヒーローのマウント・レディがわかりやすい例だろう。
彼女の個性は巨大化することであり、自らの体の大きさを基本身長162㎝から2062㎝にできるというものだ。だがしかし、細かな調整が不可能なことから、二車線以上の道路にしか進入してはならず、また同条件以外での個性の使用が禁じられている。
A組生徒たちの中にも将来プロ免許取得時に進入禁止地域を申し渡されるものもいるだろう。
午前のいたって普通な授業でもことさらに騒がしくしていたわけではないが、ヒーローを志す生徒たちだからかこの授業はより一層集中しているように見えた。
そして最後の授業とホームルームも終わり放課後――
「なあ皆ちょっと聞いてくれ!」
相澤が教室を退出し扉を閉めると切島が立ち上がり皆へ呼びかける。
「せっかくだし訓練の反省会しねえ?」
その提案にほとんどの生徒が賛成し、提案者の切島の席にこぞって集まってくる。
ほとんどと言ったのは乗り気じゃない生徒もいるからだ。
爆豪などはその言葉を無視する勢いでカバンを肩にかけると無言で帰宅しようとする。
当然切島はそれを見逃さない。切島以外の賛成者も皆一様に爆豪を引き止めるが、彼はそれを一瞥するだけで何も言わず教室から出て行ってしまう。何やら据えた目つきでどことなく乾いた印象を受ける顔つきだった。
……反省会、反省会ねえ。春臣は戦闘訓練を思い返し、自身にそのような点があったか考える。
数秒。
無いわ。うん、飯田に任せっきりだったし、とくに反省して改善点を模索するようなとこ全然無かったわ。
「私は反省も何もほとんど手出しせず終了してしまったので、反省会と言われましても……」
智満のそんな少し申し訳無さそうな発言が聞こえたのかどうかはわからないが、轟の体が多少揺れる。ヤタがつばを吐き捨てるジェスチャー。
「ハルくんはどうします?」
「ボクは帰ろっかな。飯田を囮……もとい飯田に任せっきりで最後の一手で良いとこ持ってっただけだからなあ」
「いいや! あの作戦が本当に正しかったのか? もっとよりより行動はなかったのか? そういうことを考え、また第三者から指摘・提案されるのも皆でやる反省会の意義ではないだろうか!」
飯田が角ばった動きで春臣に振り返り言う。
「おお……熱いな」
すでに皆で和気藹々と話し合っていた切島が思わずそう漏らす。
「だから二人とも第三者視点で反省会に参加してほしい」
まっすぐに視線を向けて言葉を放つ飯田。その生真面目な眼差しを受ける2人は
「申し出はたいへんありがたいのですけど、あいにく今日は家の手伝いをしないといけなくて……。ですので今回は帰らせていただきますね」
「ボクは智満ほど蚊帳の外状態じゃなかったし、飯田がそこまで言うなら付き合うよ」
「優柔不断」
智満がぼそりと告げた一言が春臣に刺さる。露骨に舌打ちして不満をあらわにするヤタ。
春臣は目を合わせないように顔を背け
「うっせ。さっさと帰れお前。そんで境内でも掃き掃除してろ」
と言い捨てる。同時に冷や汗を浮かせながら席を立ち、クラスメイトたちの会話の輪の中へと逃げ出した。智満からの穿つような目が春臣の背中を粟立たせる。
「いいの? 智満ちゃんあれ怒ってない?」
浮いた制服が動いてるようにしか見えない葉隠の発言だ。顔色が見えないから好奇心なのか老婆心なのか発言意図がまったく読めない。純粋に心配であろうかと春臣は思った。
「いまさらだからいいの」
「幼馴染だっけ? 付き合い長いだけの信頼があるね」
「それより今は誰の反省会?」
自分の話題を打ち切らせるように、やや声量を上げた春臣に芦戸が顔をにやつかせる。
「今は砂藤だよん。自分たちはどうすればよかったか? って議題ね」
「ああ……。ひどかったね紙木城の完封劇」
春臣のしみじみとした言い方に、改めて砂藤と上鳴という当事者を始め皆がうなずく。
「あれは彼女がヴィランチームだった時点でどうしようもなかった気がする。これ轟もそうだね」
「さすがに囲まれたときは紙を俺の電撃で燃やせると思ったんだけどな。落雷で山火事とかよく聞くしよ。捕まるよりは小火が出ても"核兵器"確保がいいかなって思うしさあ」
その上鳴の発言にそれまで黙っていた紙木城が口を開き
「一応入学する前から訓練していましたから。でも、上鳴くんの電撃が、私の紙々と相性が良くなかったことは間違いないですよ。あとは爆豪くんも相性は最悪でしょうね。ただ電撃に私の紙を燃やせるほど熱量が無かっただけです。お互いに改善点の見つかる実りある訓練でしたね」
にこりと微笑みながら言う。顔は笑っているがしかし目には喜びも楽しみも浮かんではいなかった。
訓練のときは外していた角縁の眼鏡の奥にある目に潜む、その笑っていない理由がなにに起因するものまでかは付き合いの浅い春臣たちにはわかるはずもない。
「砂藤さんは単純な増強系でしたから、ああいう状況で封じられると手のうちようがないのが困りものですわね」
「ああ。単純だから力負けすると本当にどうしようもないって思い知らされたよ。紙もあれだけ巻き付くと脅威だな」
八百万の言葉に砂藤が頭をかきながら応える。
「焼き払うのが一番の対処だと思うが、それはヒーローの所業にあらず。かといって"核兵器"を防衛する役割があるから立場が逆だったとしても下の下だな。光鎧路の言うとおり、轟と紙木城はヒーローとヴィランの、そのどちらの役回りでも完封してきそうだ。志を同じくする朋輩であるが、実践訓練においては勝利したい好敵手と言ったところか」
しょぎょう……。ほうばい……。
机に腰を掛け椅子に足を置きながら、なにやら格好をつけて独特の口調で発言する常闇。その言語センスからひねり出された熟語を口々につぶやく女子。しかし常闇の耳には入らなかったのかそのつぶやきを気にも留めない。
そのような感じで残った生徒たちは、授業とは違う軽い空気の中でそれぞれの試合での反省点、改善点、感想、意見を思い思いに語り合っていたのだった。
つづく