醜悪
000.
唐突だが、僕は自分が嫌いだ。
何も出来ないし、しようとしない。
出来ることしかしないし、出来ないことはしない。
そんな性格が嫌いだし、好きになれない。
顔は昔はよかったらしい。が、今は大火傷に覆われている。三つ下の妹を、焼け崩れていく家から救い出した時についた傷なのだが、これのせいで随分といじめに遭った。
結果的に、妹は左手に軽い火傷跡が残る程度に済んで良かったと思う。大事な、残された家族だし、見捨てるなんて選択肢はありゃしなかった。
けれど、今はどうだろうか。
自分はこんな辛い目に遭っているのに、妹だけ同情される、まぁもちろん同情なんてされたくないが。少なくとも『可哀想』などと思われたことなど無かったのだから、少しくらい卑屈になってもいいだろう。
とかく、何故、こんな事考えているのかというとどうやら僕は、これから死ぬらしい。
走馬灯というのは人間が死ぬ間際に、生き残る術を模索するため見るモノらしいのだが、電車に撥ねられたらもはや生き残るなど無理だ、不可能だ。だが、これは僕が足を滑らせたのではなく、意図的に背中を押された形で今、線路上に落ちていっている訳である。要するに、殺人だ。好き好んで電車に飛び込むような性格ではない、断じてない。
(いやしかし、もっとマトモな死に方は無かったのか。何故ミンチに成らねばならないのか? 理不尽だ)
ゆっくりになっている時間の中で僕は頭の中でごちゃごちゃ言っているが正直言って死にたくない。まだ十七年程度しか生きていないのにこれはない、ありえない。
(現実逃避もこれまでか、あーやだやだ死にたくない死にたくない。死んでも来世は美少女になりたいぞ僕は)
眩い光に包まれたところで、僕の意識はふつり、とブラックアウトするのであった。
ーーーこれから語るのは、僕の幻想郷でのセカンドライフの始まりのお話だーーー
001.
(なんだこれは、冗談じゃないぞ)
目が覚めたら天国、ではなく薄暗い森の中だった。鬱蒼と生えた木々は陽の光を遮り、自然と暗がりを作りあげ、見上げると葉の隙間から青々とした空が覗いていた。
(なんてこった、トリップだ。頭がトリップしてる、僕は危ないおクスリなんて使ったことはないぞ)
非常に混乱している。何故かって? 死んだと思ったら死んでなかったからだよ!
死ぬ前の服装と同じ、高校の学ランと教科書の詰まった鞄のみだ。電車のホームに突き落とされたと思ったら森の中だった、なんて夢にしちゃリアルすぎるぜ、まったく。
「とりあえず、こんなところにいると流石に危なさそうだ、熊とか出てきそう」
もしそうなればたまったもんじゃない、死ぬわ普通に。
移動しようと辺りを見渡すと、獣道のようなものを発見した。直感だがこれを辿ればどこかに出そうだ。というか辿るしかない、というか……
「ええい、ままよ! 熊に食われるよりマシだ!」
そのままヤケクソじみた勢いで獣道を登っていく。なんか視線を感じるが気のせいだろう、きっと、多分、めいびぃ。
002.
「ぜぃ……やっと……はぁ……のぼれた……」
アホみたいに長い獣道を登っていくと、幸い神社みたいなところに出た。とても綺麗に整備されてる社はどこか幻想的であった。
しかし、人の気配が無さそうな…寂れすぎたと思うんですが。
ぐるりと見渡すが、人っ子一人いない、いなさすぎる。確かにこぢんまりとしてはいるが、一人や二人誰かいてもいいと思うんですが。
それと、どうやら自分が出たのは裏口だったみたいで、のそのそと左側からまわると『奉納』と力強い字で書かれた賽銭箱と紅白の縄についている鈴があった。それを見ているとなんとなく、そうなんとなく利用したくなったのだ。財布から五円玉を取り出すと、そのまま賽銭箱に投げ込む。ちりんと軽快な音を立て五円玉がしっかりと入ったことを確認すると、作法に習い今後の身の安全を願った。
顔を上げると何やらドタドタと神社の中から聞こえたと思ったら、赤が飛び出してきた。まさに飛ぶような勢いで。
「貴方お賽銭入れてくれたのねありがとうとりあえずお茶を出すから上がりなさいそうしなさい」
…めっちゃ笑顔でとても早口に至近距離でまくし立てられ正直ドン引きしてしまった。
中から出てきたのは、美少女だった。艷めく黒髪を大きな赤いリボンで結んだ、大きな目と通った鼻筋、綺麗に生え揃った真っ白な歯。自分が言うのもなんだが、年頃の育ち盛りの女の子が、この、見た目醜悪な人間に対し鼻息を荒らげ、キラキラした目で見つめられると浄化されそうになる。やめてくれ、僕はただ賽銭を入れただけじゃないか。
僕の願いが通じたのか、さっと顔を背け恥ずかしそうに地面を蹴りながら改めてお互いの身元を確認することにした。
「さっきは、その、本当にごめんなさい。ここに来る人なんて滅多にいないし、来ても賽銭なんか入れていかない無礼なやつしかしないのよ」
「そ、そうなんですか。あ、僕は金糸雀 昴(かなりや すばる)です。一応高校生、です」
「私は博麗霊夢、この神社の巫女で博麗大結界の管理をしているわ。その『コーコーセー』とかいうのは聞いたことがないわね、貴方もしかすると外来人ね?」
「が、外来人、ですか?」
そうよ、と一呼吸置いて彼女…博麗霊夢さんは僕が外の世界から何かしらの方法で迷い込んだこと、この世界における力関係のこと、そしてにわかに信じ難いがこの世界では魔法や神様や妖怪など、僕が住んでいた世界では空想上の存在がいるということを聞かされた。
…まるで理解が追いつかない。実際訝しげな視線を送ると、感じ取ったのかそのまま宙にふわりと浮いてみせたのだ。開いた口が塞がらないとはこの事だろうか? まぁ、とりあえず戻りたい意思を伝えると快く許諾してくれた。なんでも、時たま迷い込む人もいるのだとか。
「そうね、まあ最近迷い人も少なかったし、特別にタダでしてあげるわ、感謝なさい」
「あ、ありがとうございます!」
たどたどしくお礼を言うとニコリと微笑む博麗さん。とても綺麗で思わず見とれてしまうが、すぐに視線を下に向ける。だめだだめだ、こんな奴がニヤニヤしてたら気持ち悪がられるだけだ。
「それじゃあ少し待っ…、ちょっと紫、何覗きなんてしてんのよ」
にこやかな顔から一転、まるで怨敵の様に虚空を睨みつけ、毒を吐く博麗さん。正直縮み上がりそうだった。しかし、直後に宙へ真一文字に線が浮き上がると、それが裂けて中からぎょろりと覗く大きな目玉と蠢く手足のようなものが見えた。そのおぞましいモノの中から紫色の上品なドレスに身を包んだ金髪の美しい女性が裂けた空間の端に腰掛けた。
「あらあら霊夢、そんなに睨まなくてもいいじゃない。やだわーこわいわー」
「うっさい黙りなさいこの顔面崩壊ギョロ目ババア」
「小便臭いヒョロヒョロチビがよく言うわね。ああ、醜さに拍車がかかってしまったわね」
突然、2人が顔を合わせるとまるで怨敵かのように睨みつけ罵倒を始めてしまった。どうやら容姿のことを貶しあっているようだが、自分の目にはとてもその内容に当てはまる部分が見当たらない。
そう、おかしいのだ。仮定だが、この世界における醜美の価値観は自分が生きていた世界と違うのではないだろうか。それが本当ならば、2人がこうやって罵詈雑言を浴びせあうのも理解できる。
…しかし、聞いてて耳が痛くなる内容だ。とても、その、うら若き乙女たちが言っていると思うとドン引きしてしまうレベルだ。どうしよう、この状況。
「はぁ、もうこのクサレビッチの相手をするのも飽きたし、スバルさん? だっけ、もう一度言うけど貴方は元の場所に帰りたいの?」
霊夢さんが罵倒を止め、自分に向き合ったかと思うと唐突にそう問うてきた。それを聞き、どきりとした。よく考えてみれば、戻れる可能性があるという事実と、もうあの世界に居たくないという拒絶反応が入り交じる。しかし、答えは安直に、素直に、単純に出てしまうのだ。
「僕は…やっぱりできればもうあそこに戻りたくはないです。逃げているという自覚はあるんですけど、向こうにいると死ぬより辛い羽目に会うかもしれないし、妹は…多分周りの人の理解があるから大丈夫だと思うので。僕が守るより、ずっといいはずですから」
妹の事は、祖父母も叔父叔母も近所の人もみんな理解してくれているから安心だ。心残りがないと言えば嘘になるが、それでも、答えは出したくないが。
「僕はただ、自分ひとりが助かりたいだけなんですよ」
下唇を噛み、悔しみが全身を支配する。そう、これはただの逃避だ。とうとう僕は、僕って人間は現実から目を逸らしたんだ。
「……そう、なら此処で暮せばいいわ。『幻想郷は全てを受け入れ』ますので」
紫のドレスを着た女性は優しく、慈愛のこもった瞳で暖かく見つめてくれていた。僕は、少しの間、甘える事にした。
「ようこそ、幻想郷へ。貴方を歓迎致しますわ」
妖艶な笑みを浮かべ、そう告げるのだった。
そーなのーかー
さいきょー!
逃げなきゃ死ぬ逃げなきゃ死ぬぅう!!
あやややや? これはスクープ!
次回
妖怪と人間、時々天狗