長くオリジナルばっかり書いていたり、去年書いた御蔵入りのデジモン長編小説の手直しだのをしていましたが、ふと思い立って書いたので投稿します。
なお、アプモンとデジモン双方が同一のオリジナル世界観としての作品ですので、どちらの原作キャラも登場しません。お読みになる場合はその部分のご了承をお願いします。
――お前のおかげで俺はここまでこれた。ありがとう。
いつか、そう言われた。
――お前との日々、オレは楽しかったぜ。また会おうな!
いつか、そう言った。
――うん、絶対にな! その時は観光案内してやるよ!
――なんでオレがこっちに来ること前提なんだよ。お前こそこっちに来いよ! オレの方が観光案内してやるわ!
それはいつかの約束。
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機械的な音がうるさく鳴り響く。
うるさい。そんな単純な感情が湧き上がり、理性の働く間もなく彼の手が動いた。寸分違わずに手は目的の場所を叩き――そして、
そして、彼は睡魔に身を囚われた。
「う……ぅ、ぐぅ」
五分後、また機械的な音が鳴る。また手が動く。また音が止まる。
「がー……」
さらに五分後、やっぱり機械的な音が鳴る。やっぱり手が動く。やっぱり音が止まる。
「うぐぐ……」
そうして、初めのアラームが鳴り響いた時からはや三十分。やっとのことで彼――工藤
「ねむい……」とそんなことを呟きながら、彼は部屋を出る。洗面所まで行って顔を洗って、しかし、眠気は覚め切らない。とはいえ、時間があるわけでもなく、これ以上グダグダと過ごせるはずもない。
制服へと着替えて鞄を持った彼は、朝食のコロッケパンにかぶりつきながら家を出た。
「学校行きたくねー」
誰しもが一度とならず思っただろう言葉を吐き出しながら、透は歩く。
怠かった。マンションの階段すらも億劫に感じていた。古いせいで五階建てにも関わらずエレベーターもないことにいつも通りの腹立たしさが生まれていた。
「おーい」
ふと、聞き慣れた声が聞こえる。透は未だ眠気がとれない半目で声の主を見た。
「おっはよう!」
小走りで走ってくる同じ制服に身を包んだ、友人――
とてもではないが、寝起きのテンションである透にはついていけない。
「はよ。いつも元気だねぇ」
「そっちはいつも眠そうだねぇ」
「うるせー。オレだって好きで眠いんじゃないわ」
空元気で答えた透は、コロッケパンの最後の一口を頬張る。
成長期特有の物足りない気分と、食事時特有の水分を欲する気分が綯い交ぜになって、朝食を食べ終わった気にならなかった。
「なんだよ、またそんなもんだけで朝ごはんにしてんの?」
「悪いかよー」
「いっつも思うけどそれでよく昼までもつよなぁ」
「もつわけないだろ! 親が作ってくれないんだからしょうがないと思って我慢してんだよ。飯を我慢するのは得意だからな」
「え、何? またお前の親忙しいの?」
「ああ。三食くらい用意して欲しいんだけどなぁ。あのクソ親共め」
「いや、そこは自分で用意しろよ」
物欲しそうに呟く透に対して、大助は呆れたように返す。まぁ、それが透の両親に対する甘えのようなものであるとわかっているからこそ、笑って返している。
大助も知っているのだ。透の親はかなり多忙な人物で、幼少の頃から透が寂しい思いをして過ごしていたことは。まぁ、そんな環境でも荒れた少年期を乗り越えて、真っ当に成長しているのだから、皮肉な話だ。
「でも、俺からしたら羨ましいけどなぁ。だって、金だけは貰ってんじゃん。高校一年で何もしないで月十万とか、世間の苦学生から見たらふざけんなって話だぜ?」
「金だけだろ。たかが金だ」
「……まぁ、お前の事を思えばわかるけどさ。それ、他で言うなよ。死に切れないほど刺されるぞ」
「誰が言うか。金だけのお坊ちゃんって公言しているみたいで格好悪いだろうが」
吐き捨てるように言い出されるその短い言葉の数々に、透の本心が現れていることは誰の目に見ても明らかだった――のだが、それはそれとして。
「ま、どうなったとしても記念すべき一回目を刺すのは俺だけどな」
「お前かよっ」
「当たり前だろ。こっちは新聞配達のバイトをしてまで必死に金貯めてんだ。俺の日々の苦労は何なんだって話だろうが! ムカつくんだよ。何が悲しくて朝早起きして、必死にテンション上げて毎日生きてると思ってんだ!」
「知るかぁっ! つーか、お前の朝って深夜テンションだったんかい!」
知らなくてもいい、というか、知りたくもない事実だった。
「お前、金使え!」
「使えってなんだよ。別に金はあるし、必要な金なら金額とか気にしないけど、無駄遣いは好きじゃないんだぞ」
「うーわ、そのお金持ちアピールウザッ」
「お前がオレを刺す前にオレがお前を刺すぞ大助ェ!」
わちゃわちゃと取っ組み合う二人は、慣れもあって周囲の人々や物にぶつかるようなことはない。だが、それをどう思うかは人に依るもので、彼らは周囲の人々から微笑ましそうに、あるいは鬱陶しそうに見られていた。
まぁ、普通に迷惑行為である。そんな彼らに正義感の強い、というか、朝の見回りをしている警察官が苦言を呈するのは、この数分後の話で――当然の結果である。
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軽めとはいえ、朝から警察官に説教されて、少々ナイーブな気分になりながらも、彼らは学校に登校した。まぁ、刺激の多い十代真っ只中の彼らは、そんなよくある程度の落ち込みようなどすぐに快復する。
いつも通りの授業、いつも通りの友人、いつも通りの風景――まぁ、誰しもが思うように退屈な日常であったが、透はこの環境が得難いものだと知っている。だから、どうってことなかった。退屈であることは、事実ではあったが。
とはいえ、まぁ、力だけは有り余っている時期の彼らだ。刺激や楽しさを求めるのは当然のことであり――。
「お前さ、ゲームとかやらねぇ?」
――今朝言えず、放課後の帰路になってようやく口に出された大助のこの話題も、その類のことだった。
「は? ゲーム?」
「そうそう! アプリモンスターズ――通称アプモンってゲーム、今大人気だろ?」
「ああ、あのやたらとCMとかニュースでやってるやつか……。オレ、興味ないんだよな」
それが具体的にどのようなものかは知らないが、連日でニュースやらテレビCMやらで報じられていれば、嫌でも目に付く。
それはよほどの人気らしい、というのは興味のない透も知っていた。
「えー。お前、興味ねーのかよ。すごいんだぞ、アレ! なー、やろうぜー。一緒に! この前に大型アップデートも来てさ! 最近登場したVR機によるもんだけどさ、金だけは持ってるし大丈夫だろ!」
「お前、また朝の話を蒸し返すのかよ。つーか、面白いのか? 俺にはどうもなぁ」
「面白いんだって。いいか、アプモンはな――」
興奮気味に拳を握った大助は、透に詰め寄る。
どうでもいいが近い。物理的にとても近い。興奮気味ということも相まって、透は良くない妄想をしてしまう。痛む頭を堪えつつ目を逸らせば、彼が目にしたのはちらちらとこちらを見る街の人々。その中に赤い顔で興奮している女性が何人かいたが、精神安定のためにも見なかったことにした。
「いいから離れろっ」
「ぐはっ」
とりあえず殴りつつ、透は離れる。どこかでため息が聞こえた気がして、彼はため息を吐きたくなる。
一方で殴られた大助は友人をゲームに誘う興奮で麻痺しているのか、殴られたことを気にすることもなく口を開いた。そして始まる、下手くそなプレゼンテーション。
「アプモンはな! アプリに人工知能を搭載させ、デジタル生命体として活動させていてな? もう人工知能による人格なんか人間並みなんだぞ!」
「ほーほー」
「俺も検索アプリのアプモンをパートナーとして使ってるけど、暇な時に話し相手になってくれるし、検索手伝ってくれるし、でもうすっかり友達だ! まさに彼らはデジタルの中に生きているんだ!」
「へーへー」
「ゲームだけじゃない! 今や医療やら何やらいろんなところに応用されてる! まさに次世代の人類のパートナーとなるもんなんだぞ!」
「はーはー」
「おい、聞いてるのか?」
透の相槌が適当すぎることに、大助はようやく気づいたらしい。いくら興味なくとも、聞き流されれば誰しも悲しいし、聞き流すにしてもこうも露骨であれば腹が立つものだ。
「ああ、聞いてる聞いてる。お前が寂しいやつだってことだろ?」
「ちっとも聞いてないじゃないかっ」
大助渾身の右ストレートが、透の腹に決まった。
「ぐはっ。おま、がはっごほっ。ふざけんな!」
「人の話くらい聞けよ!」
「聞いてたわ! 話半分で」
「ちゃんと聞いてないってことじゃないか!」
わちゃわちゃとじゃれあうように喧嘩する二人。
そんな彼らを微笑ましく、あるいは鬱陶しそうに見る街の人々と、「いいわぁ」と呟きながら見ている一部の街の女性たち。
まぁ、じゃれあいだろうが、当人たちにとって冗談の範疇であろうが、他人から見て喧嘩に見えたのであれば、それは立派な喧嘩である。当然のことだが人の集まる場所での喧嘩行為など、迷惑行為以外の何者でもない。
心狭い立派な人が呼んだ警官が到着するまであと五分。
今朝と同じ警官の姿を見て、透たちが全力ダッシュするまで、あと六分。
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「おまっ、本気でふざけんなよ……」
「俺のセリフだ……お前が素直にアプモンをやってくれればこんなことには……」
なんやかんや、公園の個室トイレに逃げ込んだことで警官を撒いた透たちは、疲れ果てた状態でベンチに座っていた。
「なんでそこまでやらせようとするんだよ」
「なんでそこまでやりたくないんだよ」
話は依然として平行線である。
だが、埒が明かないと話を進めたのは大助の方だった。
「別に一緒に楽しみたいって思うのは普通じゃんか。だから、誘ってんだよ」
まぁ、至極単純な理由である。
一方で、透もまた単純な理由であった。
「オレは……アプモン自体、なんかなぁ。アレな気持ちがあるんだよ」
「アレな気持ちってなんだよ」
「いや、うまく言えないんだけどさ。パクリっぽくて好きじゃないんだ。思い出が穢されるよう……――って言うのかなぁ?」
「いや、知らんし、つーか、パクリって何だよ!」
そりゃあいつらのだよ――口から出かかったその言葉は、すんでのところで口の中に戻した。大助はそれを知らないのだから、言っても意味はないと透は思ったのだ。
だが一方で、好きなものがなんかよくわからないもののパクリ扱いにされた上、穢されるなんて言葉を吐かれたものだから、大助も不機嫌になっている。
「いや、パクリとは言わんけどさ……でも……パクリなんだよなぁ?」
「んじゃいいよ。無理にやってくれなくても!」
煮え切らない態度ながらもしっかりと否定だけはしている透に対して、すっかり不機嫌になった大助はそれきりその話題をしなくなった。
やってしまった、と透が思うも後の祭り。お通夜のような沈黙の空気が蔓延する。その空気はいつまでも、それこそ別れるまで残ってしまったのだった。
「でも、やっぱり悪いけどなんだかなぁって思うわけで」
大助と別れて家に帰宅した透は、誰に言うでもなく独り言ちた。
友人を怒らせてしまったことに対して、あと友人が好きなゲームを否定したことに対して、悪いと思う気持ちは当然のようにある。しかし、自分の中にある言語化できないこのモヤモヤとした何かは、譲ってはいけない一線だとは思えてならないのだ。
そこの部分を、透は大助に伝えられなかった、あるいは言い方が悪かった、ということが反省すべき点になるのだろう。それこそ単純な話で、まぁ、謝罪して受け取ってもらえば終わる話だ。
その反省点をしっかりと理解していないながらも、透にも自分が悪いという心情はあって、謝るという選択肢は浮かんでいた。
「明日謝るか。……アプモン、ね」
大助の方には明日謝罪することにすれば、その問題は一旦の終わりとなる。が、一方でアプモンというものに抱えるモヤモヤとした感情の問題は解決していない。
やはりそれをそのままにしておくことは何となく気分が悪くて、透はパソコンを立ち上げてインターネットを開く。
検索欄にアプモンの文字を入れて検索すれば、出るわ出るわ記事の山。どれから確認していいか迷うほどの検索結果が画面に表示された。
「……開発会社は……デジタルレボリューション? あれ、これどっかで……あ」
即座に透は頭を抱えた。
どこかで聞いた覚えのある開発会社だなぁ、と思った彼だったが、よくよく考えなくとも彼の親が働いている会社だった。見た段階で気づけよ、という話であって、さらに言えば両親の仕事くらい知っていろよ、という話だった。
「そういや大型アップデートがうんたらって言ってたな。それで最近忙しいのか……?」
独り言を呟きつつ、透はホームページを見る。
ゲーム、と一口に言ってもさまざまな内容があるらしい。大人気なのはバトル系のものらしいが、それ以外にも多くの種類がある。
「バトルはコマンド式……じゃないな。指示性か。それに、VR空間を利用して、協力プレイしてのRPGとかもあるのか。えっ、カードゲームもあんのか? NPC対戦みたいなもんか。ゲーム以外は……すごいな、これ」
さらに大介が言っていたことも事実だった。
アプモン自体が一種のデジタル生命体として、友人やパートナーとして現実世界でも会話し、さまざまな手助けを行ってくれることもあるらしい。それこそプライベートから仕事まで、なんでもありだ。
なるほど大人気になるのも頷けるというものだ。ゲームだけに留まらず、現実世界でのサポートAIのようなものとして、従来のデジタルサポートをはるかに凌駕しているのだから。
「しっかしなぁ。これ見てる限り、どうしてもなぁ」
アプモン図鑑という、いくつものアプモンが描かれたページを透は閲覧する。どうしても脳裏にチラつく影が抑えきれなかった。
「そういや、大型アップデートって言ってたな」
大助が自分を誘った誘い文句が気になって、検索する。幸いにして、すぐにそれらしき内容は出てきた。
「――……は?」
そして、絶句する。
画面に表示された文字、それは。
「敵エネミーに新たなバージョンを追加……種族名、デジモン……?」
それは透がよく知る、しかし、この世界が知らないはずの存在だった。
「そんな馬鹿な」
恐る恐る、透は内容を見ていく。
デジモンの正式名称はデジタルモンスターだ。誰でも思いつきそうな名前で、ただ同じ名前なだけだ――そんなことを混乱する頭で考えながら、しかし、透は決定的なものを見る。
「アグモン――」
そのページに描かれていたのは、小さな黄色い恐竜――アグモンという名のデジモンで、だからこそ、このページに書かれているデジモンという存在は、透のよく知るデジモンと同じ存在であると理解してできてしまう。
なぜ、でも、馬鹿な、だから、ありえない、しかし、どうやって。
彼の心の中ではさまざまな感情が湧き上がっていて、しかし、どれもがとめどなく溢れるものだから、何から考えていいものかと混乱してしまう。
「っ」
何かが起こっている。それも、きっと大変なことが。混乱する頭でもそれくらいはわかって、透は家を出た。
「必要なものは……VRゴーグルだけだよな。あとはゲームはダウンロードでどうにかできるし……ああもう、財布の金じゃたりねー!」
全速力で街を駆け抜け、ATMで金を下ろし、家電量販店に走る。
ごちゃごちゃといろいろなものが置かれている店内、そこの中心という最も目立つ位置にそれ――ゲームをプレイするために必要なVRゴーグルはあった。幸いにして、在庫はあるらしい。
「お客様、これをお求めですか? 今ならキャンペーンで……」
「すいません、そういうのいいからこれください!」
「えっ、あっ、お買い上げありがとうございまーす」
すぐさま店員を捕まえて、その他必要な諸々と一緒に購入する。高価な家電であるからして仕方ないが、保証だの何だのの説明があって、透はそんな些細な時間がとても長く鬱陶しいものに感じた。
何はともあれ、無事に購入手続きが済んだ後は、買ったものを引っつかんでまた来た道をダッシュで戻る。息絶え絶えに疲れ果てながらも、彼は自分の家に帰ってきた。
まず間違いなく、自己新記録である。
家に帰り次第、透はクリスマスの朝にプレゼントをもらった子供もかくやという速度で買ってきたものを開けていく。
「えっと、説明書……は、面倒だからいいや。このコードをコンセントに繋いで、ああ、電源がついた。初期設定? 面倒くさい!」
着々と準備を整えていく。
「ダウンロードはこれでいいんだよな? くそ、支払いが面倒だ。クレジットカードがあればなぁ!」
なんだかんだと言いながらも、小一時間ほどで準備は整った。
開封によるゴミやら邪魔なものを部屋の片隅に退かし、座り込んでVRゴーグルを頭に装着する。逸る気持ちのまま、そして彼はゲームの世界に飛び込んだ――。
********
ゲーム起動と共に視覚と聴覚だけに飛び込んでくる世界に、若干の拍子抜けを感じていた。
アプモンは優れたゲームであるが、物語のようなフルダイブVRのようなものが現実にあるわけではない。知識としてはそれを知っていた。だが、透はデジモンの名前が出たことからも、少し“あの世界”を想像していたのに、蓋を開けてみればただのゲーム的な世界である。
いや、確かにリアリティはあるが、どれだけリアリティがあっても、視覚と聴覚だけの世界ではゲーム的と言うしかない。
「……なんだろう。早まったかな」
お湯をぶっかけた氷のように、急速に透は冷静になっていった。このいかにもゲームな世界を前にして、今までの自分の焦りようを思い出し、恥ずかしくなった。何を興奮していたのだろうか、と。
今すぐゲームを終えて穴に入りたい気持ちになる透だが、ゲームはそんな彼のことなどお構いなしだ。
――Welcome! ようこそ、アプリモンスターズの世界へ! 名前を入力してください!
「……初期設定の次はまた初期設定かよ。 トールでいいよ、トールで!」
もはやどうでもよくなってきて、機械的な女性の声に半ば投げやりに答え、現実の手に持ったコントローラーで設定を済ませていく。
――設定を完了します。最後にバディアプモンを選んでください。オススメはよく使用するアプリのアプモンです。
「バディアプモン……パートナーデジモンみたいなもんか。しかし、オススメねぇ。アプリって言ったって……まぁ、検索アプリでいいかなー」
――検索アプリのアプモン“ガッチモン”で、よろしいですか?
ガッチモンという、二本の角が特徴的な赤い帽子を被った白色の二足歩行動物が目の前に表示される。
何でもいいや、という心理で進むボタンを押そうとするのだが、透はそこでふと思った。そう言えば、大助も検索アプリのアプモンがどうたらと言っていたな、と。
「……」
何となく、そう、何となくだが被りはよくないと思ってしまった。無言でガッチモンを取り消す。そして、改めて選び直す、のだが。
「改めて考えてみると、アプリって思いつかないなぁ」
アプリ、と一口に言ってもいろいろあり過ぎて、逆にこれと言うものが思いつかない。うむうむと頭を悩ませる透は、無駄に時間だけを使っていく。
パートナーもといバディというものに感じるところがあるのだろう。つい先ほどまでの投げやりさが嘘のように、少し真面目に考えていた。
「さて。でも、なぁ」
適当なアプリを入力し、見ていく。しかし、どれもいまいちな気がして決まらなかった。あるいは、そこにかつてのパートナーの影があるからかもしれないが――。
「仕方ない。このオンモンとかいうやつにするか。……つーか、オンラインのアプリってなんだ」
何となくインスピレーションで入れた単語で出てきたものに首を傾げながらも、透は決定する。だが、その瞬間のことだった。
「っ、なんだ?」
世界にノイズが走る。
――不明、ふめい、フメイ、HMI、えeえエええEEエえララRRRRRRRらラrrrr
言葉にならない音声が耳に届く。
そして。
――貴方は主人公か? 是/否
「っ」
聞こえてきた男性らしき声に、透は背筋が凍った。
状況がわからないでいると、さらに言葉が紡がれた。
――貴方は主人公だったか? 是/否
「は?」
質問が変わった。同じようで、しかし、決定的に違う質問に。
――貴方は主人公であろうとするか? 是/否
「……っ」
訳がわからない。ゲームのオープニング的なものなのだろうか、と透は頭を悩ませる。どう答えるべきかと迷う最中、最後の質問が来る。
――貴様は、何だ?
もはや是も否もなく、それは唐突に終わる。
気づけば、彼の見ている画面からはノイズが消え失せ、ゲームの始まりの地であろう街が広がっていた。
「……何だったんだ?」
首を傾げながらも、とりあえずゲームを進める気になり、コントローラーを動かす――が、動かない。画面が揺れているので動こうとはしているようだが、景色が一歩も進まない。
「故障か?」
首を傾げ、そこでふと気づく。背後で自分を掴んで離さない、何者かに。どうやらそのせいで動けないらしいことに気づいた透は、その何者かを見る。
「……ハックモン?」見えたシルエットにふと呟いた。
「っいや、違う」
慌てて否定する。
目の前にいるのは黒いかぶりものを被った四足歩行のアプモンだ。そのせいで本来の顔も見えない。
どうして見間違えたのだろうか、思い描いた彼と全然違うのに。そのアプモンをまじまじと見て、やはり違うと透は首を振った。
「なぜ否定する、トール。私はハックモン。お前のバディアプモンだ」
「は?」
そのアプモン――ハックモンから発せられた言葉に、透は思わず固まったのだった。
********
十分後。
透はハックモンから粗方のことを聞き出していた。ゲーム的なチュートリアルも含めて。
「しかし、ハックモンね……」
「何だ?」
「いや。気持ち悪いだけだ」
「……」
透は知っている。デジモンのハックモンを知っている。アプモンのハックモンとは似ても似つかない彼を知っている。
だからこそ、このアプモンのハックモンに違和感を覚えてしまう。さらには、ゲームを始める前まで感じていたアプモンとデジモンの繋がりのようなものを再び思い出してもしまう。その辺が気味悪いことこの上ないのだ。
「つーか、なんでお前なんだよ」
「どういう意味だ」
「だって、オレはオンモンを選択したぞ。バクか何かか?」
「その辺は知らない。しかし、何らかの要因によって横槍が入れられたものと推測する」
「横槍、ねぇ」
考えつくことはあるが、まさかそんなわけもあるまい。透は首を振った。
「まぁいいや。それでお前はなんのアプリなんだ?」
「ハッキングだ」
「……なんて?」
「ハッキングだ」
ハッキングはアプリケーションの範疇ではないのでは。いや、まさか今時はハッキングアプリが普通に横行しているのか?
頬を引き攣らせて、そんなことを考える透。しかし、そんな彼の心情を見透かしたように、すぐさまハックモンが訂正の言葉を発した。
「私は今のところ単一個体だ」
「というと……」
「私を扱っているのはお前だけだ」
「……」
バク説が濃厚になった瞬間である。というか、これは運営に知られてアカウント削除のパターンではないのだろうか、と透はコントローラーに手汗が滲むのを感じた。
「おそらくそれはない。大丈夫だろう」
「なんでそう言い切れるんだよ」
「私がここにいる。それだけが理由だ」
なんか怪しいなぁ、と思いつつも言っても始まらないと思ったのか、透はそこの追求をやめた。それよりも何よりも、自分がここに来た目的を果たそうと思えたのだ。
「このゲームでバトルというと野生のエネミーやプレイヤー間のものだよな? でもって、野生のエネミーにはこの前からデジモンがいると」
「そうだな」
「どこに行けばデジモンが出てくるんだ?」
「いきなり行く気か? 敗北した場合はデメリットがある。まずは準備をするべきだ」
「いやいいから。ちょっと見たいだけだから」
「……わかった」
どこか釈然としない様子だが、根本的に断る気はないのか、ハックモンは淡々と説明する。
このゲームはいわゆるオープンワールド式というのか、強い敵がいるようなエリアにも初心者の頃から行けるようになっているらしい。
それが幸いし、透はすぐにデジモンが出現するエリアに向かうことができた。
「エンカウント式か。エンカウントシンボルを避ければ戦闘を避けられるってのはいいな」
「それでいいのか?」
「いいんだよ。しかし、壮大でリアリティのある風景なのに、コントローラーを握るだけってのが何ともなぁ。やっぱり自分の足で歩きたいわ」
さくさくと進んでいく。
場合によってはアプモンに乗っての景色が楽しめるとか、そういうこともできるらしいのだが、透はもっぱら歩きである。一番遅い移動方法のせいで、割と時間がかかっている。
まぁ、とはいえ、
「おっ、新人か。勝負しようぜ!」
「悪い。急ぎだから」
野生エネミーとのバトルどころか、
「あの、バトルを――」
「ごめん、また今度」
行く先々でのバトル申請を躱しながらの移動なので、
「トール。お前は何のためにこのゲームをしている」
「デジモンに会うためだけど」
「……」
その分の時間がかからないことを考えれば、プラスマイナスゼロなのかもしれない。
そんなこんなで、数時間かけてようやく透たちはデジモンの登場するエリアにたどり着いた。
「随分とかかったな。無駄にデカいんだよこのゲーム!」
「このゲームのウリの一つを否定するのか」
「オレは早くデジモンに会いたいんだ!」
「その心持はどこからくる」
デジモンが登場する、とは言ってもどれくらいのレベルで登場するのか、透にはわからない。だから、ひとまず辺りを見渡して――そして、絶句した。
「おっ、あのデッカイ恐竜レアじゃね!」
「あのちっこいの弱そうだな!」
「うわ、変態みたいな猫もいる。実は運営の人だったりしねーかな」
「げー。汚物がいる! うんこ! うんこ! 何を考えてあんなキャラ作ったんだよ!」
そこは狩場だった。
人間がアプモンと共に、デジモンを追い詰めていく光景が広がっていた。まるで状況が理解できないかのように挙動不審なデジモンたちは、戦いを挑まれ戦う。そして、その尽くが人間とアプモンのタッグによって敗れていった。もちろん、勝つデジモンもいる。だが、勝てば休む間もなく次の相手が来て、結局は負ける。
「……これは」
別に透だって、デジモン贔屓という訳でもない。何が何でも全部のデジモンが全部のアプモンに勝たなきゃダメとか、そんな幼稚な感情はない。
デジモンだって千差万別なのだ。その中には倒されるべき、目を覆うような悪としてのデジモンだっている。というか、デジモンは基本的に戦闘種族なのだから、自ら戦闘することを選んだ上で敗れていく彼らに哀れみを抱くのは、彼らに対する侮辱だ。
だが、そういうことを抜きにしても、これは。
「これは――」
「どうかしたのか。トール」
「――これは、何だ?」
透は気分が良くなかった。根拠はないが、透はわかってしまったのだ。ここにいるデジモンたちは本物だ、と。
デジモンたちは負ければ当然死ぬ。だが、人間とアプモンは負けたところでペナルティとやらがあるだけだ。片や生存を賭けた闘争で、片や暇つぶしのお遊び――この差。どちらもその差を知ることもなく、知りようもなく行われる戦いが、何とも気持ち悪い。
「やはりタイプ:デジモンは強いな」
「ハックモン、だったか。どれだけのデジモンが死んでるかわかるのか?」
「私が知るところではない。ガッチモン辺りに聞け。だが、アップデートされて数日。千では足りんだろう」
「っ」
それだけの数が、遊びで死んだ。その事実に透は苛立ちにも似た感情を抱く。
そのままこの光景を俯瞰していると、ふと気づいた。
「ここにいるのは見たところ成長期や成熟期か」
「何だその分け方は」
「デジモンの成長段階だ。幼年期1、2、成長期、成熟期、完全体に究極体と続いていく」
「なるほど。アプモンで言うところのランクのようなものか。アプモンは並、超、極だがな」
「お前は並だったよな?」
頷くハックモンに、透は辺りを見渡す。戦っている姿を見て、測る。
やはりデジモンの方がアプモンよりも劣っていた。いや、身体スペック的にはどっこいなのだろうが――。
「あの時々あるちょっと違うやつはアプリンクってやつか?」
「そうだ。アプリンクすることによって少々能力が上がり、またアプリンク先のアプモンの能力を得られる」
「なるほど。そのせいか……」
アプモンはそれぞれ元のアプリに準じた固有の特殊能力があり、さらに他人の能力を上乗せできるアプリンクなるシステムがある。
身体スペック上では互角でも、固有の特殊能力がある上に他者の能力を上乗せできるのだから、それのせいでアプモンに勝率が偏っているのだ。
「時折組み合わせ次第ではアプ合体もできる」
「アプ合体?」
「ランクが上がるというものだ。姿が変わり、能力も上がる。さらに改めてアプリンクし直せる」
「……進化みたいなもんか」
ああなるほど、それでは普通のデジモンじゃ勝ち目がないはずだ、と透は諦めの感情を抱いた。
デジモンが次の成長段階へと進むことを“進化”と言い、そこにたどり着くには個体の才能と経験が必要だ。完全体以降など、一つの時代に存在する数そのものが少ない。
一方、アプモンはアプ合体というアプモン同士の組み合わせさえ知っていれば次の段階へと進める。そこに才能差も経験差も関係ない。普遍的に次の段階への道があるのだから、やろうと思えば全員が極へと到達できる。
「それで大体の能力が互角なのだから、やってられないよなぁ」
現状確認できる情報では、アプモンの方が種族として優れているということに思い至って、少々透は頭を痛める。
別にデジモン贔屓ではないが、そこそこの思い入れがあるのだから、頑張って欲しかった。
そんな透の目の前では、だいたい二十体近くのデジモンが敗北し消滅していっている。透は力なく笑いながら、顔を顰めた。
「それでトール、どうする?」
「どうするって?」
「戦っていくか?」
「……」
戦う気にはならなかった。
透にとってデジモンはゲームの敵キャラなどではないのだから。かと言って、このゲームの中で他人の戦闘に一つ一つ乱入しても意味はない。ただの他人の獲物を取ろうとするマナー違反なプレイヤーだと思われるだけだ。
感情のままにここへ来たが、現状を見て、透は歯痒い思いを感じていた。
「どうするか。どうするかぁ」
もちろん、どうにかしたいとは思う。デジモンはこんなゲームの敵キャラではないのだから。しかし、どうにかする方法がない。力もない。
今の透は何の力もない、昔ちょっとした経験のあるだけの普通の高校生だ。
「あいつがいてくれたらなぁ」
思わず、かつてのパートナーのことを思い出す。デジモンのパートナーのことを思い起こす。彼がいたところで打つ手なしの現状は変わらないが、彼がいれば何でも出来る気がする。しかし、いないものはいないのだ。
「くそ」
そうして何度目の無力感に苛まれた、その瞬間のことだった。
轟音が、辺りに響き渡る。
「っ、何だ?」
「あれは……」
少し遠くの音の発生源を見れば、そこにいたのは骨の怪物――。
「スカルグレイモンか」
――スカルグレイモンという、完全体デジモンで。
透にとっては見知ったデジモン。だが、この場にいる他の面々にはそうではない。
「っ、なんだあれ初めて見っぞ!」
「でかい、怖い、強そう! かっこいい! やっべ、ど真ん中だ……嫁キャラ決定!」
「骨にミサイルwww デザイン先鋭的すぐるwww」
「強そうだなぁ! これ、レアポップじゃね! 俺が一番乗りで挑むわ!」
新たに現れたスカルグレイモンに、近くに現れたプレイヤーたちは好き勝手言っている。
「……あ、終わったな」そんな彼らを前に、透は苦笑いで呟いた。
そして、その彼の言葉の通りに――。
「アァアアアアアアアア!」
スカルグレイモンがその背のミサイルを放つ。世界に光が満ちて、音が消えて、気が付けば近くにいたプレイヤーたちはそのバディアプモン共々消し飛んでいた。
「あーあ」
「トール」
半笑いでスカルグレイモンを見ている透に、ハックモンが聞く。
「アレを知っているのか?」
「ん、知ってるよ。何度か会ったことがある。だいたいは戦闘マシーンでなぁ。時折、ちゃんと理性があるやつもいるらしいが、そんなのは希らしい」
「……先ほどからトールの言っていることはわからない。お前は一体何を知っている?」
「と、言ってもなぁ。……ん? あれは」
透がハックモンの質問になんて答えるか迷っていると、彼は視界の端に飛び込んできたものに目を奪われた。スカルグレイモンに向かっていく、赤い帽子のアプモン――ガッチモンを連れた、プレイヤー。
「なんだろう。すごく知り合いっぽい」
ガッチモンを連れているプレイヤーは他に何人もいたし、いるのだろうから、そんな偶然があるわけはない。不意に脳裏に浮かんだ人物を、透は首を振って打ち消した。
そして、そんな彼の前でそのプレイヤーはスカルグレイモンに戦いを挑み始めた。
「ガッチモン、こいつの弱点はっ」
「それが検索できねぇんだ! ネットに情報がねぇ! たぶん、初めて現れたんだ!」
「なにぃいい!」
スカルグレイモンを前にして、このやり取り。遠くで見ている透からすると、よくやるなぁと言う気分になる。先ほどまであった気分の悪さは、スカルグレイモンによる蹂躙でだいぶ発散したらしい。
一方で、ガッチモンとプレイヤーはそんな間の抜けたやりとりをやっていたものだから、気づかれたようである。戦闘態勢に入ったスカルグレイモン相手に、「やべっ」と漏らしたのを透は聞いた気がした。
「うぉおおお、全力で行くぜ! ガッチモン!」
「おう!」
「ナビモン! アプ合体!」
その光景を見ていた透は思わず「おっ」と声を上げた。
丸みのある緑色の体に、ナビアプリでよく見る赤い矢印の腕を持ったアプモンが突如として現れ、ガッチモンの中に吸収される。
瞬間、光と共にガッチモンの姿が変わって――。
「あれが」
「そうだトール。あれがアプ合体だ」
「なるほど、アプ合体。確かに進化みたいだけど、合体とはよく言ったなぁ」
現れたのは、頭身の大きくなった機械的な身体に、赤いジャケットとヘルメットを被った、どこかガッチモンに似たアプモン――超ランクのドガッチモンだ。
「ドガッチモン!」
「よっしゃ行くぜ、ドガッチモン!」
勢い良くスカルグレイモンに立ち向かっていくプレイヤーとドガッチモンだが、透の見立てだとそれでも届かない。
凶器のようなスカルグレイモンの腕のひと振りを、危なげにドガッチモンは避けた。
「っ、喰らえば一発アウトだぜ!」
「ドガッチモン、弱点は!」
「今ならわかるかもしれないが、さすがに戦闘中だから時間が足りない!」
「ぬぉおおおお!」
わちゃわちゃと騒がしくスカルグレイモンに挑む彼ら。遠目にその様子を見る透は、やはりスカルグレイモン相手に余裕だなぁ、と半笑いでいた。
「つーか、アプリンクしないんだな」
「おそらくはキャパシティの問題だろう。彼らは意外と初心者と見た」
「キャパシティ?」
「そうだ。このゲームでは戦闘中に使えるアプモンの容量――キャパシティが決まっている。プレイヤーレベルと共にキャパシティは増大するが……」
「ああ、つまりランクが高いアプモンを使うほど、キャパシティが圧迫されて他のアプモンを使えなくなるのか」
「そういうことだ」
ゲームならではのアプモンの弱点を一つ発見した。しかし、それはゲームだからであって――とりあえず、脳裏に浮かんだ考えは頭を振って忘れた。
「しっかし、頑張るなぁ」
ふと透は呟く。そんな彼の視線の先では、件のプレイヤーがスカルグレイモン相手に奮戦していた。
初見の相手で、得意の検索能力が通じない相手で、ある程度の実力差があるのに、それでも諦めずに戦っている。
「……」
「どうした?」
「いや」
肩を竦めた。まず間違いなく、あのプレイヤーは負けるだろう。少なくともあのプレイヤーはゲームとしてここにいるのだから、あのプレイヤーが負けたところで何の問題はない。
だが、何となく。そう、何となく。ああやって向かっていく彼の姿に、否、彼というプレイヤーに、少し思うところがあったのだ。
どこか他のプレイヤーとは違う気がする、と。
「おぉーい!」
だから、透は声を上げる。
「助太刀いるかー?」
「助かるー!」
そんな透の声に、そのプレイヤーは一二もなく飛びついた。
「すまん、というわけだ。ハックモン、手伝ってくれ」
笑って言う透に、ハックモンは肩を竦めて「仕方ない」と言う。そして、彼らはスカルグレイモンめがけて駆け出した。
「ああ。私たちでは足でまといになるだけだぞ」
「知るか!」
「全く」
「おい、そこの! スカルグレイモンは遠くに離れてると背中の撃ってくるから遠くに離れんなよ! くらうと多分一撃死だ! あとわかってると思うけど胸のデジコアが弱点だからな!」
大声で情報を伝える。
なんでそんなことを知ってるんだ、とハックモンに疑わしげに見られるが、そんなことはお構いなしに透は叫ぶ。
「オレたちが気を引くなりなんなりするから、トドメは頼むぞ!」
「おう、わかった。サンキューな!」
「さて、ハックモン!」
「了解した」
ハックモンがスカルグレイモンの前に飛び出す。その身体の小ささを活かしてちょこまかとスカルグレイモンを翻弄していく。だが、あまり効果がないようだ。隙らしい隙は生まれない。
「これは……まずいな。いっそ撃たせるか? いや、それもなぁ」
ハックモンは頑張ってくれているが、やはり地力の差があり過ぎる。
「なぁ」
どうしたものか、と考えている透に話しかけてきたのはプレイヤーだった。
「アプリンクとかアプ合体とかしないのか?」
「ああ。オレ、始めてから数時間でな、他のアプモンがいないんだ」
「それなのにここにいるのか! 見たことのないアプモンを連れているからてっきりやりこんでるプレイヤーかと……」
「悪かったな、初心者で」
驚きながらもプレイヤーはどこか納得したように「そっか、なら……」と呟き、ドガッチモンを見る。ドガッチモンは静かに頷いた。
その様子に、彼らは本当に繋がっているのだな、と透は少し羨ましくなる。
「見つけたぞ! プロテクモンだ!」
「は?」
「ハックモンのアプ合体の組み合わせだ!」
何かと思えば、ドガッチモンはその持ち前の検索能力でハックモンのアプ合体するためのアプモンを検索したらしい。
「便利だな……でも、さっきも言ったけどいないぞ」
「わかってる。貸す!」
「貸せるものなのかっ」
驚きつつも手渡されたのは、四角いチップのようなコインのようなものだった。そこに、盾のようなものを持ったアプモンが描かれている。
「バディアプモン以外はそのアプモンチップにデータが封印されているんだ」
「なるほど。道理で誰も一匹しか連れていないわけだ」
透はそれをまじまじと見て――。
ありがたく、それを使う。
「行くぞ、ハックモン!」
「了解した!」
「ハックモン! プロテクモン! アプ合体!」
現れたプロテクモンが、光と共にハックモンと混ざり合う。そして、現れたのは――。
「レイドラモン!」
黒いドラゴン――レイドラモンという超ランクのアプモンだった。
これでドガッチモンとレイドラモン、超ランクが二体。
「いけ、レイドラモン! 背中のミサイルを使わせないように、ひたすら隙を作れ!」
「ドガッチモン! 隙を逃すなよっ!」
先ほどよりも苛烈に、レイドラモンは自身よりもまだ大きなスカルグレイモンに向かっていく。その豪腕を躱しながら、時々攻撃を加えることすらしている。
ドガッチモンも攻撃を加え、ともすればスカルグレイモンを完全に抑えている。
だが、それでもスカルグレイモンには届かない。倒しきれない。
「このままじゃ押し切られる……っ、そうだ。レイドラモン! お前能力ハッキングなんだろ、スカルグレイモンの動きをハッキングしろ!」
思いつきのままに叫んだ透の言葉に頷いて、レイドラモンは能力を使う。瞬間、スカルグレイモンの動きは止まった。
「ぬっ、うぅううう」
レイドラモンの動きも止まった。止めるだけで精一杯、ということだろう。
だが、問題はない。これだけ止まれば、隙としては十分だ。
「ドガッチモン!」
「おう! “ドガッチバスター”ァ!」
ドガッチモンから放たれたビームが寸分違わず、スカルグレイモンのその胸に突き刺さる。轟音が辺りに響き渡る。
「やった、勝った――!」
プレイヤーが、ドガッチモンが、レイドラモンが、その勝利を喜んで――しかし、スカルグレイモンを知る透だけが、厳しい顔でいた。
「馬鹿、油断するんじゃねー!」
瞬間、透は叫ぶ。これがゲームだということすら忘れて、叫ぶ。
「ァアアアアアアアアアアアアアアアアア!」
咆哮。
「なっ」
「馬鹿なっ」
「えっ」
驚愕の反応を示す前に、ドガッチモンとレイドラモンの頭上に豪腕が振り下ろされた。
砂埃が舞った。ドガッチモンとレイドラモンは、各々の頭上に振り下ろされたそれぞれの腕を必死に掴んで耐えていた。気を抜けば押し潰されて負けてしまう状況の中、もはや限界が近い中、必死に耐えていた。
「ァアアァァ……」
一方で、スカルグレイモンもボロボロだった。普通ならば消えてもおかしくない状況で、それでも敵を倒すために動けるのは、理性なき戦闘マシーンだからか。
「アァアアアアアアアアア!」
その背のミサイルが、動き出す。自分ごと、この鬱陶しい敵を殲滅すべく、動き出す。
数の差、アプ合体、固有能力――結局、透たちのすべてを使ってもスカルグレイモンには届かなかった。後一歩のところで届かなかった。
負けるまで秒読み、そんな状況だ。だが。
「……はは」
だが。
「これはまた」
だが、そんな状況にあって透は勝ちを確信した。
彼は懐かしい気配を感じていた。
「約束は……これ、どういう結果になるかな」
そもそもの話――デジモンの出現するゲームで、出てくるのは本物のデジモンたちで、そしてそこには自分がいて、初めから条件はすべて揃っていたのだ。
だから、あとは呼ぶだけでいい。
「まぁなんでもいいや。久しぶりに行くぜ」
たったそれだけで来る。
万事が休する前の最後の一手が来る。
足りない差を埋める最後の一歩が来る。
「来い!」
彼の絆が、約束が、――彼のパートナーが、ここへ来る。
「おうともさ!」
現れたのは、剣のような竜騎士。赤いフード付きのマントを纏った“彼”が来る。
突如として現れた彼の姿に誰もが絶句する中、現れた彼は軽々とスカルグレイモンを蹴り飛ばす。あんまりにもあっさりとやってのけるものだから、それがまた驚愕を誘う。
驚かないのは、彼をよく知る透だけだ。そして、彼は透の前に降り立った。
「久しぶりだな」
「ああ、全く。俺は本音を言えばこんなところで会いたくなかったんだが……。まぁいいや。今この時、お前は俺を呼んだんだ。なら、もう一度お前のパートナーとしてこの剣を振るってやるよ」
「ったく、すっかり偉そうになっちまってまぁ……」
本当は透もわかっていた。彼がここにこうしていることが、きっと良い意味ではないということは。
本当は彼もわかっていた。かつてのように行動することは、きっとしてはならないことだということは。
だが、しかし、この瞬間だけは。
「じゃ、頼むぜ」
「おう、任せとけ」
まるでかつてに戻ったかのようなこの瞬間を、ただただ喜びたい。
スカルグレイモンめがけて突進する彼の姿に、後ろに感じる透の気配に、同じように二人はそう思った。
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同時刻、とある場所にて。
「これでどれだけのデジモンが死んだ?」
「さぁ。全体の一割か二割ってとこかしら」
「そうか。先は長いな」
誰かが話をしていた。
「でも、この調子なら割とすぐよ。デジモンは絶対にアプモンには勝てない。デジモンを滅ぼす――そのためにアプモンを作ったんだもの。それとも何? 自分の作品に自信ないの?」
「まさか。アプモンは完璧だ。デジモンを元にして作り出したというのが癪だが、元よりも役に立ち、従順で、強い、兵器。負ける要素などない」
「ふふ。おまけに暇を持て余した子供たちがお遊び気分で駆除を手伝ってくれるって言うんだから、楽よねぇ」
「全くだ。それが何であるかも知らずに、手を出せる子供たちには呆れる他ないが……」
静かに、しかし、盛大に計画は進んでいく。
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アプモンを肯定する者、否定する者。
デジモンを肯定する者、否定する者。
どちらも肯定する者、否定する者。
そして、人間を肯定する者、人間を否定する者。
さまざまな者たちの思惑が入り乱れて、世界は回る。
共存か、排他か、受容か、排斥か――選択の時は近い。
というわけで、短編というよりは長編のプロローグ的な話でしたが、お読みいただきありがとうございました。
今自分の手元にある他の短編ネタとは違い、これだけは続きが思い浮かんでいないので、続きはないです。
さて、今作はアプモンが終わり、もしアプモンをアプモンとした上でデジモンとクロスさせるならどうするかなぁ、と考えたのが書き始めですね。
なお、今作のアプモンはデジモンを元にして人間に作り出された人工デジモンという位置づけです。自然産を超えるために人間が意図的にいろいろと手を加えているので、個々の強さはともかくとして、種族としてはデジモンより優れているという設定です。デジクロスがあればまた別だったかもしれませんが。
あくまで種族全体の総合値として優れているということですので、一概に全てのデジモンがアプモンに勝てないという話ではないです。個体によって差が出るのがデジモンですので、個体によってはアプモンを蹂躙することもあります。
少数のみが“極めて”質の高いデジモンと、ほぼ全体が質の高いアプモン――ある意味では質と数の戦いとも言えます。そして、その質と数の戦いにおいて、質側の質を得られなかった大多数はどうなるか、という話でもありました。
これはあくまで今作の設定ですので、実際はどうだとか、解釈はどうだとか、私的には納得いかない! とかあっても、ご了承ください。
さて、読者の皆様が一番納得が行かなかったであろうパワーバランスについて釈明したところで、今回はこの辺で失礼します。
皆様、お読みいただきありがとうございました。
次がありましたら、よろしかったらよろしくお願いします。