デジモン小説短編集   作:行方不明

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伝説の騎士

 それはセミの声がうるさい、ある夏の日のことだった。

 

「ふんふんふーん」

 

 とあるマンションの一室。

 カーペットの上に置かれた低めの机、紺色のソファーと壁掛けのテレビ、そして片隅にある観葉植物――そこはリビングなのだろう、マンションの一室という特性上そこまでの人数は入らないだろうが、ひと家族くらいは団欒できるような空間が広がっていた。

 そこにいたのはソファーに座ってゆっくりとしているひと組の夫婦と、小学校に上がる前なのだろう一人の少年。

 そして、

 

――『ウォーグレイモンと……』

 

 テレビに流れているのはとあるアニメ映画のワンシーン。

 

――『メタルガルルモンが……』

 

 物語の一番の盛り上がりどころだというのに、しかし、この部屋にいる誰もが見ていない。アニメ映画に興味もないだろう夫婦は元より、このアニメ映画のDVDを見たいとせがんだ少年も見てはいなかった。

 大人たちは手元のスマホに、少年は手元に夢中だったのだ。色とりどりのクレヨンを使って画用紙へ描く、いわゆるお絵かきに夢中だったのだ。

 

――『合体した……!』

「できたー!」

 

 そして、神々しいBGMと共にアニメ映画に登場したのは、まさにヒーロー。

 同時に声を上げた少年は、その画用紙を持ち上げる。そこに描かれていたのは、テレビ画面に映っているのと同じヒーローだった。お世辞にも上手いとは決して言えないが、それでも特徴は捉えられている。

 だからだろう。

 

「あらー、よく書けてるわねー」

「えへへへ!」

 

 親バカ全開でお母さんが褒めるのは。

 まぁ、確かに同年代の子供たちと比べればそれなりに上手い方ではあるかもしれない。五十歩百歩かもしれないが。

 

「しかし、ゆーくんはこのアニメが本当に好きなんだなぁ」

 

 今度はお父さんがゆーくんと呼ばれた少年の書いた絵を見る。

 そして、テレビではエンドロールが流れる中、パッケージを手に取って放映年代をチェックする。

 

「へぇ、割と前の作品なんだな。もっと最近のとか、あるいは昔からずっとやってるようなアニメの方が好きなんだと思ってたよ」と彼は驚いたように言った。

「うん! だってかっこいいんだもん!」少年はお父さんに自信満々に言う。

 

 そんな少年の姿にお父さんは笑った。すると、笑われたと思ったのか、「むー」と僅かに少年は口を尖らせる。

 我が子のそんな姿が可愛くて、お父さんとお母さんはまた笑った。

 笑い声が、部屋に響く。だが、その笑い声に混じるのは、不穏かつ空虚で軽快な音だった。時が、止まった。

 

「あはは」先ほどとは別の意味で、お父さんが笑う。

 

 そう、その音こそは盛大なまでの腹の音だった。

 

「ぷっ、あはははは!」

 

 堪えきれない、とばかりだった。先ほどまでのことなどもう忘れたとばかりに、少年も笑った。

 

「ふふふ。良い時間だし晩御飯の準備しましょうかね」

「あ! 僕も手伝うよ!」

「あら、じゃあお願いしようかしら」

 

 そうして、穏やかな休日の午後は終わった。

 休日の終わり、忙しい明日へと彼ら家族は向かっていく。ああ、だが、しかし、そこに後悔はないとばかりに残された一日の時間を全力で突き進んでいく。

 だからこそ、この今日という休日と別れなければならない時間になるのもあっという間だった。

 まだ起きていたいという想いがあっても、疲れた少年を襲う眠気は強敵だった。

 

「おやすみー……」

 

 耐え難い眠気だった。眠気に誘われるままに少年は布団に入る。

 明日が楽しみだとばかりに布団に入る。

 そして、少年は今日という日に別れを告げて、夢の世界へと旅立ったのだった。

 

 ********

 

「うぅん?」

 

 そして、少年は目を覚ました。

 

「えっ?」

 

 起きるや否や、少年は目を見開いて驚愕するしかなかった。

 まぁ、そうだろう。だって、辺りを見渡せば僅かな月明かりしかなく、そしてトドメに大きな木、木、木、木――!

 まさに夜の森だった。少年が見たこともないような大きな木が乱雑に生い茂る森だ。

 

「……え、え? 僕はいつ外に?」

 

 外というレベルではない。

 しかし、そんな大昔の地球のような大自然の中にあって、地面に敷かれた布団とそこに座る少年だけが余りにも不自然だった。

 

「なんで?」

 

 だが、しかし、そんなことはまだ幼い少年には関係ない。

 彼にとって重要なことは、いつの間にか布団ごと見知らぬ土地へ移動させられ、周りには両親さえもいないという点、そこだけだ。

 

「パパぁ……! ママぁ……!」

 

 半べそをかきながら、少年は声を張り上げた。だが、望む声は返って来なかった。

 

「うっ、うぅ。パパぁ、ママぁ」

 

 もはや本格的に泣き出しながら、少年は声を上げる。

 風によって揺れる枝葉の音、森のざわめき。自分の目の届かない場所に何かがいるようで、彼はとても怖かった。

 

「パパぁー! ママぁー!」

 

 大声で、声を張り上げる。しかし、やはり望む声は返って来ない。

 

「う、うぅううううう。夢だ、夢だ、夢なんだ!」

 

 怖くて恐くて仕方なくて、少年は布団に包まった。

 こうしていれば、周りの音も極力聞こえない。世界に一人きりな気がして別の意味で怖くなったが、こうすることで元の部屋に帰れるのだと願ったのだ。

 ちらり、と布団の隙間から外を見る。

 

「……っ!」

 

 見える光景は、やはり大自然で。

 少年はまた布団の中に戻る。

 

「うぅうううううう……パパぁ……ママぁ……」

 

 そうして、どれだけの時間が過ぎただろうか。

 極度の不安に体力を消費したのか、少年はいつの間にか眠ってしまっていた。

 そんな少年が目を覚ましたのは、目覚まし時計の音――ではもちろんなく。

 優しいお母さんの声――でもなく。

 

「――っ」

 

 うるさいくらいの虫の羽音によってだった。

 そして、羽音が止まる。同時に、大地が揺れた。小さな地震のような揺れだった。

 

「ひぃっ」

 

 小さな悲鳴を上げ、すぐさま少年は手で自分の口を抑える。

 少年はわかっていた。先ほどの地震の意味、そして、羽音が聞こえなくなった意味を。

 断続的に、小さな揺れがする。聞いたことのないような、音がする。

 とても怖くて、少年は布団を握り締めるように、その中に包まった。

 

「……?」

 

 音が止まった。揺れがなくなった。

 だから、ということもあって少年はおそるおそる布団を持ち上げる。外を見る。そこにあったのは変わらない自然に溢れる世界――

 

「キシャァ」

 

 ――そして、赤。

 

「っ!」

 

 命の危険を感じて、少年は布団から飛び出した。

 轟音がする。見れば、布団は太く赤い柱のようなものによってグシャグシャに押し潰されていた。

 

「うわぁぁぁっ!」

 

 悲鳴と共に少年は駆け出した。だが、遅い。幼い少年の脚力による逃走スピードなど、たかが知れている。

 巨大な赤にすぐさま目の前に回り込まれて、少年は立ち止まらざるを得なかった。

 

「……え」

 

 そして、初めて少年は赤をまじまじと見ることになった。

 少年は、知っていた。地球上には存在しないその巨大な赤い化物を、知っていた。人間の世界ではアニメ(空想)の中にしか存在しないその化物を、知っていた。

 

「く、クワガーモン……?」

 

 クワガーモン。それはアニメ『デジモンシリーズ』に登場する、デジモンというキャラクターの一種。巨大なクワガタのような姿をしていて、登場人物たちを襲うほど凶悪なキャラとして描かれることもある存在だ。

 

「イイナァ、弱ソウデ、イイナァ!」

 

 見れば、このクワガーモンもその例に漏れないらしい。少年にはそれがわかって、一層震えた。よくある不良のお約束みたいに、実は良い人なんてオチもないだろう。

 いや、万に一つくらいの可能性であり得るのかもしれないが――まぁ、この状況では幼い少年にそこまで頭が回る訳もなく。

 単純に少年はビジュアル(見た目)の恐怖に耐え切れなくなった。目の前にいるのが自分の何倍も大きな虫なのだから、この結果は当然のことかもしれない。

 

「っ――!」

 

 悲鳴。逃げ出さなければいけないとわかっているのに、恐怖に折られた心は足に命令を出せなかった。

 逃げられるかどうか以前に逃げ出すことすらできず、少年はそのまま座り込んでしまう。

 

「キッシャ、キッシャ」

 

 そんな少年を、クワガーモンは嗤った。自分に怯える弱者の存在を観察するのが楽しくて仕方ないとばかりに嗤う。

 

「う、うぇぇ……」

 

 少年は、諦めの境地と共に泣き出した。

 

「帰って、帰って、帰ってよぉ」

 

 彼は言わずにはいられなかった。その姿を見ないように蹲って、嵐が過ぎ去るのをひたすら待った。言っても意味はないし、この嵐が過ぎ去ることはないと、心のどこかでわかっているのに。

 

「キシャシャ」

 

 一方で、もう行き着くところまで行き着いたという感じの、現実から逃避する姿勢を見せる少年の姿に満足したのだろう。

 これ以上はもう楽しむことはないとばかりに、クワガーモンは特徴的なその大顎を開く。

 そして、

 

「やめるんだ!」

 

 声が聞こえた。

 物語の中から飛び出してきたような、凛々しい声が。

 

「キシャァッ!」

 

 クワガーモンの苦痛の叫び声。

 奇跡か。状況が好転したのを感じて、おそるおそる少年は目を開けた。

 

「大丈夫か?」

 

 そして少年が見たのは、左腕の竜の籠手と右腕の狼の籠手を持つ、白い騎士――少年が描いたあの絵通りの、アニメ(物語)の通りの、騎士(ヒーロー)だった。

 

 ********

 

 現れた騎士に、少年は呆然とする。

 だが、少年の立ち直りよりも騎士の対応の方がずっと早かった。

 

「立てるかい?」

「え、あ……」

「仕方ない。よいしょっと」

 

 そう言って、騎士は少年を抱える。クワガーモンと比べても小さい、大人くらいの大きさの騎士だったが、それでも軽々と少年を抱え上げた。

 

「ここから離れよう」

「でも、クワガーモンがまだ……」

 

 見れば、クワガーモンはまだ生きているらしい。微妙に動いていた。

 

「やっつけないの?」

「無駄な殺生は嫌いなんだ。戦いは戦いを生むだけだからね」

「そっか!」

 

 正直、まだ幼い少年では、騎士の言っていることはよくわからなかった。しかし、大好きな騎士の言っていることだから何となく格好良く感じて、騎士が言うのならと納得する。

 

「行くよ!」

「うん!」

 

 そして、騎士は走り出した。軽快に森を突き進んでいく。

 

「うわー! うわー!」

 

 流れていく景色、感じる風、車とは違う速さの感覚に少年は喜んだ。

 全速力で走るよりも、あるいは最近乗れるようになった自転車、それらよりもずっと速く感じるスピードが楽しかったのだ。

 そうして、かれこれ十分ほど経っただろうか。彼らは森と草原の境目、言うなれば森の入口の辺りまで来ていた。

 

「よし、ここなら大丈夫だろう」

 

 星と月の明かりが夜を照らす中、そう言った騎士が少年を下ろす。

 

「はぁぁぁー……!」

 

 すると、少年はキラキラとした視線を騎士に向けていて。

 もしここがアニメの世界であったら、視線から星が出ていただろう。それほどのキラキラ視線だった。何というか、痛い。騎士は堪らず顔を逸らした。が、いつまでも逸らしているわけにもいかない。

 

「おほん!」

 

 咳を一つ、騎士は少年に向かい合う。

 

「さて、少年。まずは自己紹介だな」

「はい! 僕は佐藤優作です!」

「ユウサク……あぁ、すまない。オレから名乗るべきだったな。オレの名前は――」

「オメガモン!」

「む」

「オメガモンでしょ!」

 

 優作は騎士――オメガモンに詰め寄った。

 その様子が先ほどの泣き出していた様子とは打って変わったあんまりにも嬉しそうな様子だったものだから、オメガモンは引き気味に「あ、あぁ、そうだ。よく知ってるな」と言うしかできなかった。

 

「だって、見てたから!」

「見ていた?」

「そう! アニメ! 見てた! すっごい、すっごいよ! デジモンって本当にいたんだ!」

 

 大好きなデジモン、その中でも特に好きなオメガモンに出会えたということがあるのか、凄い喜びようである。

 

「もしかしてオメガモンが僕のパートナーデジモン!?」

「あ、いや、そういう訳じゃないけど……」

「えぇー」

 

 優作は露骨に落ち込んだ様子で、今にも泣き出しそうだった。

 

「やだやだやだぁ!」

 

 一瞬後、優作は駄々を捏ね始めた。地面に寝転がって、手を振り回して、ワガママを言いまくる。辞書やネットサイトで載せたくなるほど、いっそ見事と言えるほどの駄々捏ねだった。

 まぁ、それに対応する方は堪ったものではないのだが。

 

「うーん」

「やだよぉ! オメガモンじゃなきゃやだぁ!」

「……。あんまりそんなことを言うもんじゃないよ」

「でもぉ!」

「確かにオメガモンは君のパートナーデジモンじゃないかもしれない。でも、君もこの世界に来られたんだから、きっとパートナーデジモンはいるはずだ」

「だから、オメガモンが……」

「あんまりオメガモンオメガモン言っていると、君のパートナーが辛いぞ。君だって、自分の友達が君をほっぽいて別の子のことばっかり言ってたら面白くないだろう?」

 

 オメガモンの言うことに、優作は静かになった。まだ「オメガモンが……」とぐずっているが、それでもオメガモンの言うことを理解したのだろう。先ほどまでの勢いはそこにはなかった。

 

「うぅ……」

 

 未練たらたらな様子の優作を前に、オメガモンは苦笑ってそんな彼の頭を撫でた。

 

「でも、そうだな。オメガモンが君のパートナーにはなれない代わりに、オレが約束するよ」

「約束?」

「うん。君が無事にこの世界から元の世界に帰れるまで、オレが君を守る」

 

 それは、騎士の誓いだった。

 その真剣な姿に、優作は涙を拭く。そして、小指を差し出した。

 

「約束」

「ああ、約束だ」

 

 その小指に、オメガモンは腕を合わせたのだった。

 

 ********

 

「とりあえず暮らせる場所に行こう」

 

 そう、オメガモンは言った。

 まぁ、当然である。現代日本で暮らしていた幼子が自然真っ只中で暮らせるわけはなく、オメガモンがそう言うのは道理だった。

 

「どこに行くの?」

「近くに良い場所があるんだ」

「どんなところ? どんなデジモンがいるの?」

「うーん。君と同じような、小さな子がたくさんだ」

 

 手を繋ぎながら、優作とオメガモンは歩いていく。途中、優作が疲れたのならば、オメガモンが抱えて走った。

 本当は道中のすべてをオメガモンが優作を抱えて走るつもりだったのだが、せっかくのデジモンの世界を満喫したいと思ったのか、体力がある間だけは優作は、歩きたがった。

 やがて朝になり、昇った太陽が順調に中天へと進んでいく。

 

「あっ、あの鳥は!? バードラモン!?」

「かもしれないな。もしかしたら、伝説の鳥デジモンかもしれないぞ」

「えっ、伝説!? 何モン! 何モン!?」

「えっ、うーん……デンセツトリモン、とか?」

「なにそれー!」

 

 まぁ、オメガモンがいるおかげもあるのか、優作は終始楽しそうだった。

 そうして、昼の時間が超えてしばらくしたくらいのこと。

 

「あっ、見えたー!」

 

 街が見えた。まるで玩具が組み上がって出来たような、玩具の街が。

 

「もしかして、始まりの街!?」

「ああ、そうだ。よく知ってるな」

「うわー! 行ってみたい! 行こう行こう!」

「あ、走ると危ないぞ!」

 

 駆けていく優作を、オメガモンが追っていく。

 ちなみに言うと、まだ僅かに見えた程度なので、かなりの距離がある。

 

「ぜーはーぜーはー」

 

 数分後、案の定オメガモンに抱えられる優作の姿があったのだった。

 

 ********

 

 始まりの街に着いた優作たちは、熱烈な歓迎を受けた。

 始まりの街という名前だけあるのか、この街にいるのはスライムのようなデジモンばかり――デジモンにおいて幼年期1と幼年期2に分類される、幼いデジモンたちばかりだった。

 

「うわー! その格好、もしかしてオメガモン!?」

「オメガモンだー!」

「おめがもんだー!」

「うわー!」

「おぉー!」

「うわ、ちょっと複雑だな……」

 

 特に人気なのは、オメガモンだ。

 

「こっちは何ー?」

「にんげんだー!」

「人間だー!」

「食べられるー?」

「食べられるー!」

「えっ、人間はデジモンを食べないよ!?」

 

 そこそこ優作も人気である。

 まぁ、この様子からして二人とも受け入れられたようだった。

 

「遊ぼー」

「遊ぼー」

「あそぼーよー」

「あそぶべー」

「遊ぼー」

「遊ぶことを願い奉る」

「今の誰ー?」

 

 黒や白、ピンクに赤、青紫色――さまざまな産毛の生えた幼年期デジモンたちが優作たちの周りを回る。

 

「遊んでいい?」

「もちろん」

 

 オメガモンに言われて、優作は幼年期デジモンたちの群れの中に飛び込む――その直前、彼はオメガモンの方へと振り向いた。

 

「じゃあ、オメガモンも一緒に遊ぼ――」

 

 そして、そう言いかけたその瞬間のことだった。

 

「ちょっと待ってくれ」

 

 やって来たのは黄色い恐竜と獣の皮をかぶった爬虫類――アグモンとガブモンという、優作もよく知る有名なデジモンだった。

 

「わぁ! アグモンとガブモンだぁ」

「初めまして。ボクたちはここの世話役をしているんだ」アグモンがそう言うと、優作は首を傾げる。

「え? エレキモンじゃないの?」

「どこの街と勘違いしているのかは知らないけど、ここの世話役はオイラたちだよ」とガブモンがその疑問に答えた。

 

 その時、優作の頭の中では疑問がぐるぐると渦巻いていた。

 実のところ、優作はここがアニメに登場した“始まりの街”そのものだと勘違いしていたのだ。実際にはここはアニメの世界などではなく、相違などいくらでもあるのだが。 

 

「……そっか!」

 

 まぁ、優作は理解を諦めたようである。

 

「じゃあ、君たちも一緒に遊ぼう!」

 

 というか、優作は遊びたかったから、難しい話など放っておいたのだろう。

 

「そうしたいところだけど、ちょっと話があってね。そちらの騎士様と」アグモンがそう言った。

「オメガモンと?」

「……そう、オメガモンと。すぐにそっちに合流するよ」

「う、うん。わかった」

 

 優作は残念そうに、本当にしぶしぶと、後ろ髪を引かれながら、幼年期デジモンたちの中へと混ざっていった。

 そして、アグモンとガブモンとオメガモンだけが残った。

 

「さて、まさか人間がこの世界に来てるなんてね。君は彼のパートナーデジモンなのか?」アグモンがそう聞いた。探るような視線だった。

「……どうだろうか。オレにはわからないな」

「そっか。まぁ、ボクたちは人間のパートナーがいるわけじゃないし、うまく言えないけど……」

 

 ガブモンが腕を組んで、「うーん」と唸る。見れば、アグモンも同じようにして考え込んでいた。

 そんな彼らの様子を見て、オメガモンは僅かに顔を伏せていた。

 そうして、しばらくした後、おずおずとアグモンが口を開いた。

 

「それで何になるって言うんだい?」

「それは――」

「君がそれでいいって言うならいいけど」

 

 アグモンの言葉を引き継ぐようにガブモンが言葉を締める。

 オメガモンは考え込むように黙った。

 

 ********

 

 そして、次の日の朝。

 暖かな気候のおかげか、それとも精神的な支柱(オメガモン)のおかげか、野宿でも病気にもならずに起床できた優作は、未だ眠るオメガモンを軽く叩いた。

 

「ん? どうかしたのか?」

「遊ぼうよー」

「いや、今日こそは君が帰るためにも探索――」

「遊ぼう遊ぼうあそぼーよー!」

 

 昨日のあの後からずっとオメガモンは考え込んでいたために、結局は優作と遊ばなかった。それが、優作としては気に入らなかったのだろう。

 優作はオメガモンと遊びたいと、駄々を捏ねて、捏ねて、捏ねまくっていた。

 

「遊ぼー」

「遊ぼー」

「あそぼーよー」

「あそぶべー」

 

 やがて起きて周りに来た幼年期デジモンたちも、優作に同調する。

 オメガモンが困ったように視線を彷徨わせ、そのうちにハッと視線を定める。その先にいたのはここの子たちの世話役であるアグモンとガブモンだ。

 だが、二匹は良い笑顔でグッと拳を握る。助けは期待できそうになかった。

 

「……わかった」

 

 そうして、オメガモンは折れたのだった。

 だが、彼は侮っていた。遊びたい盛りの子供を。

 

 ********

 

「鬼ごっこだー!」

「うわー」

「うわー」

「うわーい!」

「え、オレが鬼なのか!?」

 

 ********

 

「かくれんぼだー!」

「かくれろー!」

「いそげー!」

「わーい」

「わーい」

「またオレが鬼なのか!?」

 

 ********

 

「ロイヤルナイツごっこだー!」

「誰が敵役やる? ぼくオメガモン役がいいー!」

「ぼくもー! 敵役嫌ー!」

「敵役はやー!」

「やー!」

「しょうがない。オレが敵役をや――」

「それはダメだよ!」

「ダメー!」

「どうしろと」

 

 ********

 

「ヒッヒッヒ。楽しそうでいいな! どうすっかなー。ラクガキでもしてやろうかなー。寝床にウンチでも詰め込んでやろーかなー」

「――キィーック”!」

「“ベビーフレイム”!」

「“プチファイアー”!」

「まだ何もしてないのにぃ!」

 

 ********

 

「今度はドロケイだー!」

「え? ケイドロじゃないの?」

「ユウサク、そこは重要じゃない……」

「逃げろー!」

「ろー!」

「……またオレが鬼役か」

 

 ********

 

 そうして、気づけば二日が経過していた。

 途中、イタズラ目的でやって来たドラクモンという小悪魔がいたが、焦ったオメガモンと、子供たちの危機に反応したアグモンとガブモンによって瞬殺された。

 まぁ、それ以外は概ね遊んでいただけだった。

 

「今日こそは――!」とオメガモンは意気込むのだが、

「遊ぶぞー!」といつものように優作含む子供たちに流されるのである。

 

 さて、そうして今日も今日とて子供たちに負けて、オメガモンは立つ。

 だが――

 

「ん? 何だこの音は?」

 

 ――だが、その日だけは、今日も今日とてとはいかなかった。

 轟音が鳴った。そして、玩具で出来た建物が崩壊する。

 

「う、うわぁああ!」

「ひぃいいいいい!」

「助けてぇえええ!」

 

 街が一瞬で阿鼻叫喚の事態となった。

 オメガモンはアグモンとガブモンと目配せをする。アグモンたちは心得ているとばかりに頷いた。

 

「急いで!」

「こっちだよ!」

 

 そして、アグモンとガブモンが避難誘導を開始する。

 

「君も一緒に避難するんだ」

 

 一方で、オメガモンは優作にも言い聞かせる。

 

「で、でも……」

「大丈夫だ」

「う、うん……」

 

 優作は多少渋ったものの、今が緊急性の高い事態だということもわかっているのだろう、素直に頷いてアグモンたちの指示に従って移動を始めた。

 

「さて」

 

 そして、それを見届けたオメガモンは音の方へと向かう。

 そこにいたのは――

 

「ゲッゲッゲ。この前はよくもやってくれたなァ!」

 

 ――灰色の巨大なクワガタ。

 完全体デジモンの()()()()()()だ。

 

「この前? もしかして――!」

 

 この前という単語、成熟期の次の段階である完全体、そしてオオクワモンというクワガーモンの純粋進化系体。それの意味するところを、オメガモンは正確に把握した。

 

「あァそうだよ。不意打ちなんて随分とイヤラシイことやってくれたからなァ! ここでやり返してやらなきゃ気がすまねェんだよォ!」

「っく――!」

 

 そうして、オオクワモンはオメガモンに向かって来た――!

 

 ********

 

 一方その頃、アグモンに案内されていざという時の避難場所に避難していた優作は、

 

「大丈夫かなぁ」

 

 とオメガモンを心配していた。

 大丈夫だとは思う。思うのだが、やはり心配なものは心配なのだ。

 まぁ、彼がそこまで心配するのは――

 

「“彼”は大丈夫なのかな?」

「ボクたちも応援に向かった方がいいかもしれない……」

「けど、ここが安全っていう保証もない。最悪、街の外まで行った方が」

「ここの子たちは外を知らない! 外に出たらそっちの方が危ない!」

「でも、ここで全滅するよりはマシだろう!」

 

 ――自分たちが周りにどう思われているかもわからず、厳しい顔で相談し合っているアグモンとガブモンがいるからなのだが。

 というか、そんな彼らのせいで周りの幼年期デジモンたちも不安そうだ。

 

「ね、ねぇ……」

 

 堪らず、代表して優作がアグモンに話しかける。

 

「今はちょっと待っててくれ。話し合って――」

「大丈夫、なんだよね?」

「――そ、れは」

 

 不安で泣き出しそうな優作の声を聞いて、そこでようやくアグモンたちは自分たちの失態に気づいた。気づいてしまった。

 アグモンたちは周りを見渡す。優作と同じか、それ以上に不安そうな様子の子たちと目があった。

 

「それは……」

 

 子供たちを不安にさせるなんて、自分たちは何をやっているんだ! アグモンとガブモンは内心で自分を罵倒するが、しかし、それだけだ。

 

「それは――」 

 

 言葉が出なかった。

 嘘で鼓舞するか、真を言っても鼓舞するか、……あるいは沈黙するか。

 その選択を前にして、アグモンたちは無理矢理に笑う。

 

「オメガモンは、大じ――」

 

 そして、彼らが嘘を言おうとした、その瞬間のことだった。

 その瞬間を待っていたとばかりに、空から灰色が降ってくる。

 

「っ、オオクワモン!」

 

 誰かが、叫んだ。

 オメガモンと戦っていたはずのオオクワモンが、ここに来た。

 そして、その顎に挟まれている残骸は。

 

「オメガモンっ!」

 

 優作は悲鳴を上げた。

 ボロ雑巾のようにボロボロになって顎のハサミに挟まれているオメガモンを見て、叫ばずにはいられなかった。

 

「そんな……」

「オメガモンが……」

「なんで……」

「もう終わりだぁ……」

 

 その姿を前に、幼年期デジモンたちの間にも絶望が広がる。

 

「クク。アァッハッハッハッハァ!」

 

 一方で、愉快で堪らないとばかりに声を上げるのはオオクワモンである。

 

「おっかしいなァ! お前らオレ様を笑い殺すつもりかよォ! オメガモン、だって? クク、あのロイヤルナイツ筆頭の騎士様がこんなところにいるわけねーだろ!」

「え」

「コイツはなァ――」

「っ、やめろ!」

 

 アグモンが叫ぶが、遅い。

 

「――()()()()()だ! ただのオメガモンの真似してるだけのデジモン! 究極体なんかじゃねぇ、完全体でもねぇ、成熟期のパクリ野郎さ!」

「――……」

 

 幼年期デジモンたちの間で、動揺が広がっていた。

 彼らとしては噂に伝え聞くオメガモンしか知らず、絵であれ動画であれその姿を見たことがなく、だから姿だけでオメカモンをオメガモンと勘違いした。

 些細な勘違いだ。ほんのちょっと風が吹けば吹き飛ぶような、薄っぺらい勘違いだ。だが、この状況においてはこの些細な勘違いだけが彼らの柱であったのに。

 それが、なくなった。その意味するところはつまり、この場においてヒーローはいないということである。

 

「ペッ」

 

 子供たちの絶望の顔を見て満足したのだろう。オオクワモンは顔を振り回し、オメカモンを吹っ飛ばす。

 オメカモンは地面に叩きつけられ、動かなくなった。

 

「さァて、じャあ――」

 

 オオクワモンが一歩を踏み出す。

 

「っ、させるか!」

「させないよ!」

 

 アグモンとガブモンの二匹が、その前に立ちはだかった。だが、無理だ。成長期と完全体、成長段階にして二段階の差がある。敵うはずもない。

 

「ボクたちが戦う! だから、逃げろ!」

「……う、うわぁあああああ!」

「えーん!」

「誰かぁぁぁぁ!」

「あぁぁぁぁぁん!」

 

 アグモンのその言葉に、幼いデジモンたちは我先にと逃げ出し始めた。

 

「へッ。アホだな」

「っく、みんなが逃げ出せるくらいの時間――」

「――ボクたちが稼ぐ!」

 

 そうして、アグモンたちは絶望的な戦いに身を投じた。

 

 ********

 

 我先にと幼年期デジモンたちが逃げ惑う中、優作は逃げ出さずにいた。彼はそのままオメカモンの下にいた。

 

「起きて、ねぇ、起きてよ!」

 

 ボロボロで倒れ伏しているオメカモンを、優作は一生懸命に揺らす。

 その甲斐もあったのだろう。

 

「……あぁ、君か」

 

 オメカモンは、薄らと目を開けた。だが、それだけだ。彼は倒れたままだった。

 倒れたままで、彼は優作に「逃げろ」と伝えていた。

 

「一緒に逃げよう! 今すぐに!」

「……オレはもうダメだ。ハハ、出来もしないのに格好つけたせいかな。がっかりしただろ? オメガモンじゃなくて残念だったろ?」

「そんなことはっ」

 

 オメカモンの言葉に、ふるふると力なく優作は首を横に振る。言葉にしたい気持ちがあったのに、彼はそれが言葉にできなくて、歯痒かった。

 そんな彼の様子を見て、オメカモンは緩やかに笑う。それは、自嘲の笑みだった。

 

「生まれたばかりのオレは自分が何者かすらわかっていなかった。けど、自分がオメガモンではないことくらいわかっていたのに、そう呼ばれたことが嬉しかったんだ」

「それは――」

「何者でもなかったオレは誰かに自分を与えてもらえたことが嬉しくて、それに甘んじた。誰かに与えられた自己が、本当に自分であるわけがないのに」

 

 それは、オメカモンの懺悔だったのだろう。

 彼は優作のためを思って嘘をついたわけではなく、彼自身の保身のための嘘だったのだから。

 

「結局、オレは誰かの功績によって作られた居心地の良さに胡座をかいていただけの、調子に乗ったパクリ野郎だ」

 

 所詮、雑に塗られたメッキなど、簡単に剥がれ落ちる。

 オオクワモンによって嘘は剥がされ、残ったのは何者でもないニセモノだけだった。

 だが、まだオメカモンには残っているものがある。嘘をつき続けていたという負い目、約束を果たせなかったという負い目。

 

「……だから、オレのことなど気にせず逃げろ。逃げて逃げて、あとでオレを恨めばいい」

 

 だから、オメカモンは笑って優作にそう促すのだ。

 

「そんなこと言わないでよ」

 

 だが、

 

「一緒に逃げようよ」

 

 だが、

 

「オメカモンは僕の――!」

 

 そこで言葉が途切れた。

 

「ヘッ。まだ逃げてなかッたとはなァ!」

 

 現れたのは、ぐったりとしているアグモンとガブモンをその両手に無造作に掴んでいるオオクワモンだ。

 その顔は、優作に向いている。

 

「お前をやりャァ、もっとイイ顔見れるかもなァ」

「あ……あ……あぁ……!」

 

 オオクワモンが何を言っているのか、優作にもオメカモンにもわかった。

 だからこそ、優作は恐怖に震える。

 

「っ、やめろ……!」

 

 だからこそ、オメカモンは立つ。

 

「ハ」

 

 だが、オオクワモンに鼻で笑われた。

 それも当然だ。オメカモンは無理矢理に立ち上がっただけで、それだけで限界が来ている。一歩でも動けば、また倒れてしまうだろう。

 

「ックック。お前も運がねェなァ! こんな役立たずに助けられちまうなんて!」

「……!」

 

 オオクワモンの言葉に、オメカモンは悔しそうにする。その通りだった。

 本当のオメガモンだったのなら、いや、それ以外の誰であろうと彼のヒーローであれるデジモンだったのなら、こうはならないはずだったのに、と。

 オメカモンは、悔やむことしかできなかった。意思はあっても、どうにかするだけの力がない。

 その無力感に沈んむ彼は、膝から崩れそうになる。

 

「違う!」

 

 だが、そんな彼を未だ立たせたのは、他ならぬこの場で最も恐怖に震えるものだった。

 

「違う! 役立たずなんかじゃない!」

 

 この場で最も弱き者が、心を奮い立たせて叫ぶ。

 

「僕は運がいいんだ!」

 

 この場で最も臆病なものが、ハリボテの強さで叫ぶ。

 

「オメカモンは、僕のヒーローだからっ!」

 

 それはまさに勇者による、ヒーローへの言葉だった。

 

「オメカモンが僕とずっと一緒にいてくれたから、僕は寂しくなかったんだ! それに、オメカモンがオメガモンじゃないなんて、初めからわかってた!」

 

 ああ、そうだ。実を言えば、オメカモンはオメガモンと似ている訳ではない。文字に起こせば合致している特徴も、実際に見れば何もかもが違う。オメガモンを知らない幼年期デジモンたちはともかくとして、オメガモンをアニメで知る優作が、それでなぜ間違えたのか。

 それは、似ていたからだ。

 

「オメカモンが僕が()()()()()()()()()だったから、僕は嬉しかったんだ! ()()オメガモンが来てくれたって、思えたんだ!」

「……君は」

「だから、僕は――」

「ッち。つまんねェなァ! こッちはもッとおもしれェもんが見てェんだよォ!」

 

 優作の言葉は、最後まで続かなかった。

 その巨大な顎が、優作を狙ったのだ。茶番を見せられたオオクワモンが痺れを切らしたのだ。

 

「ッち」

 

 だが、舌打ち。

 見れば、優作は無事だった。代わりにオオクワモンの顎に挟まれていたのは、オメカモンだった。必死に彼は、己が千切られそうになるのを堪えていた。

 

「お、オメカモン……!」

「っくぅうううううううううう!」

 

 自分の全力で、彼は迫り来る最期に抗っていた。

 何者でもない自分と一緒にいてくれた。何者でもない自分をヒーローと呼んでくれた。何者でもない自分と出会えたことを、運が良かったと言ってくれた。

 だから、オメカモンは抗うのだ。守りたいと、思ったから。それこそが、未だ何者でもない彼に初めて生まれた唯一だった。

 

「――!」

 

 ああ、だから、きっとこの時を以て彼は本物となったのだろう。

 オメガモン(ヒーロー)の偽物ではない、ヒーロー(オメカモン)となれたのだろう。

 

「っ、頑張れぇ――!」

 

 堪らず、願いを込めて優作が叫ぶ。

 

「うぉおおおおおおおおおおお!」

 

 堪らず、願いを聞いてオメカモンが叫ぶ。

 

「ハ。だからなんだッてんだよ。あァ! そんなんで何が変わるわけじャねェだろうがよォ!」

 

 オオクワモンの顎の力が、より強くなる。

 そして、

 

「んあァ?」

 

 そして、どこからか飛んできた小さな小石が、オオクワモンの頭に当たった。

 それを皮切りに、天気が変わった。天気が、石雨となる。砂利と言い換えても構わないほどの小さな小石が、雨霰と降り注ぐようになる。

 それをしているのは、

 

「頑張れ――!」

「負けないで――!」

「勝て――!」

「いっけぇ――!」

 

 ここに集ったデジモンたちだ。先ほど逃げ出したはずの、幼年期デジモンたちだ。彼らは口を器用に使って、小石を投げていた。

 ああ、そうだ。逃げ出した者たちが先ほどの優作の叫びを聞いて、彼らは勇気を振り絞ったのだ。

 

「ッち。つまんねェ。あァ、つまんねェぞおらァッ。いい加減にしろやァ!」」

 

 オオクワモンが掴んだままだったアグモンとガブモンを、幼年期デジモンたちに向けて投げ飛ばす。

 悲鳴と共に、幼年期デジモンたちは散り散りになった。だが、それでも。

 

「まだまだぁっ」

「ひるむなー! いけー!」

「オメカモンを助けろー!」

 

 彼らは引かない。止まらない。

 

「“ベビーフレイム”!」

「“プチファイアー”!」

 

 起き上がったアグモンとガブモンも、その傷を押して攻撃に参加する。

 

「オメカモン――!」

 

 優作も、石を投げ出した。

 ここにいる全員が、敵に立ち向かっていた。

 ここにいるみんなが、ヒーローを助けるヒーローとなっていた。

 

「オレ様はなァ、そういうのがいッちばん嫌いなんだよォ! そんな無駄な足掻き! 無意味な希望! それが何になるッてんだ。何にもなんねェだろうが!」

「無駄なんかじゃない。無意味なんかじゃない。だって、オメカモンは――!」優作が叫ぶ。

 

 ああ、そうだ。

 優作にとって、オメカモンはずっとヒーローだった。そう、ヒーローなのだ。この状況で、これだけの願いがあって、それでこれに応えないヒーローなんていない。

 

「くっ!」

 

 だから、オメカモンは奮い立つ。限界を超えて、力を振るう。

 地味な嫌がらせ(小石投げ)の結果か、一瞬だけ力が緩んだ隙にオメカモンはオオクワモンの顎から脱出した。

 

「オメカモン!」

 

 周囲が色めき立つ。

 だが、まだ終わってはいない。オオクワモンは、未だ健在だ。

 オオクワモンはもう顎を大きく開いている。そこから放たれるは圧倒的な顎の力で敵を挟み切る、彼の最大の技――!

 

「“シザーアームズΩ”!」

 

 それが放たれる時、オメカモンは優作を見た。

 優作は、静かに頷いた。

 

「“オメカ――」

 

 オメカモンが助走と共に飛び上がる。

 

「――!」

 

 優作はその時、目を疑った。

 その一瞬、スローモーションになる景色、そこで彼は奇跡を見た。

 辺りを見渡せば、そこには子供は誰一人としていなかった。竜戦士がいた。機械狼がいた。竜がいた。騎士がいた。天使がいた。虫がいた。獣がいた。悪魔がいた。機械がいた。

 よくよく気づけば、優作自身も青年のような年頃になっていた。

 そして、今にも蹴りを繰り出そうとしているのは今よりもずっとかっこいい、しかし、今と何も変わらないオメカモンだった。

 

「そっか。そういうことなんだ」何かに気づいたように、優作は呟いた。

 

 この光景は、幼い子供だけが持つ未来への無限の可能性、未来を夢見る子供たちの心、それが成し得る絶対無敵の光景だったのだろう。

 今が未来へと行くという常識が破られる。可能性に過ぎない、それこそ欠片ほどの僅かさでしかないものが寄り集まって、未来として今に来る。

 未来が今を助けに来る。そんな光景だったのだろう。

 

「――キック”!」

 

 ああ、その光景は夢か幻か。

 一瞬だけ見えた光景は、今を何も変えていなかった。

 それでも、優作にはわかる。あれは夢だったのだろう。幻だったのだろう。奇跡などではない、当たり前の幻想だったのだろう。

 その時、目の前ではオオクワモンがオメカモンの攻撃を受けて、倒されたところだった。

 

「……やったぁあああああ!」

「うわーい!」

「わーい!」

 

 歓声が上がる。

 

――「――朝――よ」

「……!」

 

 そんな中で、優作は寂しそうに笑った。

 

 ********

 

 オオクワモンが倒されたことで、街はお祭り騒ぎとなった。

 酒すら飲めない年頃だろうに、酒を飲んでるのかと勘違いしてしまうほどのテンションでの、どんちゃん騒ぎ。まぁ、デジモンの世界に酒などなかなか存在しないのだが。

 そんな中で、件の主役は少し離れた場所で優作と話していた。

 

「帰る?」

「……うん」

「……そうか。なら、送って――」

「ダメ」

「え」

 

 悲しそうに顔を伏せる、優作は何となくわかっていた。

 だって、声が聞こえたのだ。大好きな、母親の声が。長い夜の終わり、夢の終わりを告げる、朝の声が。

 

「本当は、もっとアニメみたいに冒険したかった! 本当は、もっとオメカモンと遊びたかった! でも、ダメなんだ。帰らないといけないんだ」

「ユウサク……」

「帰りたくないなぁ……」

 

 涙ながらに優作はオメカモンに抱きついた。その身体はだんだんと薄れていっていた。

 

「うっ、うぅ……うぅうううううう!」

 

 突然の別れに、オメカモンは何も言えない。ただ泣きじゃくる優作を優しく抱きとめることしかできない。

 

「ぐすっ。あのね」

 

 それでも、立ち直った優作は口を開いた。自分が完全に消えるまでに言いたいことがあって、言わなければならないことがあったから。

 

「僕見たんだ! 僕は大人で、みんなもすごくて――」

 

 誰だって、未来を、今の自分とは違う可能性の自分を望むことはある。そして、望むからこそ頑張れる――強くなれることもある。

 あの光景は、きっとそういうことだったのだろう。今より先を望む心が、そのための力をちょっとだけ今にくれたのだろう。

 

「オメカモンはオメカモンのままだった」

「それは――」

「でも、今のオメカモンよりもずっとかっこよかった! だから、大丈夫! オメガモンじゃなくても、何者でもなくても、君は君のままできっと何にでもなれる!」

 

 オメカモンは優作の言葉を、驚いたように聞いていた。

 一方で、優作は今にも消えそうだった。もう背後の光景が見えていた。

 

「それで、ね。いつか僕がもう一度ここに来られたら、その時は僕のパートナーとして一緒に――」

 

 優作の言葉は続かなかった。

 オメカモンが続けさせなかった。もう何も言うな、わかっているとばかりに、彼は涙ながらに頷いていた。

 

「そうだな。その時をずっと待ってる」

「うん! またね、絶対に約束だよ!」

「ああ、約束だ。またな、ユウサク」

 

 そして、約束と共に優作は消えた。

 街の片隅、大切な人がいなくなった場所で、オメカモンは寂しそうに口を開く。

 

「君が教えてくれたこと、言ってくれたこと、絶対に忘れない」

 

 寂しさを振り払って、オメカモンは胸を張る。

 

「まっ、次に出会えた時にまたオメガモンが良いと言われないためにもな。オレも頑張るよ」

 

 そうして、彼は未来へと歩き出した。

 

 ********

 

 その後、デジモンの世界に数ある伝説の一つに、とある一つの伝説が加わった。

 内容は実に単純だ。

 

――それは世界で最も有名な聖騎士によく似た、しかし、決して違う者。

――ふらりと現れ、子供たちの夢と未来を守るヒーロー。

――ラクガキの聖騎士。

 

 いつかの日、とある青年がそんな伝説の存在と出会うのだが、それはまた別の話だ。

 




最後まで読んでいただき、誠にありがとうございます。
どうも、最近の余暇は全部クロニクルの二次(宣伝)を書くのに当てていて、あまり他人のものを読む暇さえない作者です。
さらに読む時間を削って、三月の終わりくらいからチマチマ書いていたのがコレですね。


もう少しオメカモンや優作の心情を入れた方がよかったかもしれませんね。反省点です。

さて、今作の初期案としてはオメガモンAlter-Sとオメガモンの共演案とか、いろいろとあったのですが……オメカモンの話としてはオリジナルを出さない方がキリがいいいかな、と思ったのでこうなりました。
オメガモンAlter-S、デザイン的には好きなんですが、何分活躍がないのが……活躍させたくなりますね。
まぁ、オメガモンだろうとAlter-Sだろうと最終進化形態の先、いわゆる限界突破の形態という位置づけ上、長編のような積み重ねのないオリジナル短編でパッと出して――みたいな安売りは物語的にアレですし難しいです。もちろん、やり方によっては出せないこともないのですが。
マーシフル? Alter-S以上に扱い難しい気がビンビンとしています。いつか扱ってみたい気もしますけどね。
ちなみに、僕個人としてはマーシフルの見た目はあまり……。グレイソードの形状が刀というのが……いや、いいんですけど、刀は好きなんですけど、刀はもっとスタイリッシュさがいるんですよ! 刀身と柄のバランスというか! そんな気持ちを吹っ飛ばしてくれるほどのかっこいい活躍に期待ですね! 場所は用意されてますし! 場所だけは用意されてますし(涙)
ごめんなさい、どうでもいいですね。オメガモン談義になってます。


さて、次の投稿内容はまだ決めていませんが、今のところ手元にあるテーマから考えると、

タツノオトシゴに登場した、意外な“彼”の話。
平和な世界のロイヤルナイツの話。
オリュンポス十二神とロイヤルナイツの戦争の話。

のどれかになると思います。もちろん、これ以外もネタだけは溜まっているのでこれ以外になる可能性はありますし、最後のは短編じゃ書ききれなくて中途半端な作品になる予感がヒシヒシと。

まぁ、次の投稿はいつになるかはわかりませんが、次回もよろしければよろしくお願いします。
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