暗い海を空母鳳翔と駆逐艦朝霜が白波を立てながら進んでいる。
朝霜が先頭、後ろに鳳翔が続く。
2艦は、既に大島を通り過ぎ、さらに南下していた。
既に夜間灯に切り替えられており、外に光が漏れる事はないが、逆に艦橋から見える範囲にも灯りはない。
艦橋のデッキに一人、鳳翔が出ていた。
風が前髪を揺らし、長いポニーテールの髪が、風になびいていた。
月が雲に隠れて辺りも海と同じように、空も暗かった。
日中ならば心地よい、と思えたかもしれない、と思ったりしていた。
黒潮の流れを横切るように進む2艦であったが、波はだんだんと荒れてきた。
気象情報では、小笠原東方に低気圧があって、西に移動中という。今の針路からすると、低気圧の通過中、もしくは通過後に現地到着か、と予想された。
秦が休憩に入って数時間。
そろそろ鳳翔も休憩に入ろうかという時間になった。
(私も休憩しましょうか。)
艦橋の仕事は妖精さんに任せて、秘書艦室に下がろうとした。
(ごゆっくり。 あとは任せて。)と妖精さんが言っていた。
「では、後を頼みますね。」
そういって艦橋を後にした。
秘書艦室に着く手前、司令官室の前で足が止まる。
(ぐっすり眠ってらっしゃるのかしら・・)と思いながらドアをそうっと開けてみた。
ドアの鍵はかかっていなかった。
デスクの明かりだけが点いていた。
デスクの上には、ウイスキーのボトルとグラスが置いてあった。
(あら? お酒を飲んだのかしら。)
ベットが盛り上がっている事からして、秦が寝ているのだろう、と。
鳳翔は部屋に入って、秦が寝ているベットに腰かけた。
(提督の、秦さんの寝顔を見るのは、初めてですね。)
そう思いながら秦の寝顔を覗き込んだ。
(この顔ですね。 睦ちゃんを虜にしたのは。 気持ち良さげに寝ていますね。 見てると、なんだか眠くなってきちゃった・・・)
ちょっとくらいはいいか、と秦のベットにもたれかかって、寝顔を見ていた。
(ふふふっ。 ていとく~)といいながら指で秦の頬を、ツンツンしていた。
・・・していたら、いつの間にか寝落ちしてしまっていた。
そして、いくらか時間が経過した時、鳳翔は目を覚ました。
覚ましたが・・・。
「え? ここ? あれ? あれれ?? 私の、部屋じゃ・・・ない・・・ あれ?」
そう。 鳳翔の自室ではなかった。
「ここ・・・司令官室、よね?」
秦の部屋の、ベットの中だった。
既に秦は部屋にはいなかった。
「そう言えば・・・昨日・・・提督の部屋に入って、顔をツンツンして・・それから・・・ あれ? 覚えて・・・ない・・・」
ハッとして飛び起きて艦橋へ向かった。
着物は、乱れてないから、そんなことはなかったハズ、と思っていた。
息を切らしながら羅針艦橋に入った。
目の前で秦が司令官席に座っていた。
「おはよう。 鳳翔。 昨晩はよく眠れた?」
と秦が鳳翔に聞いた。
「え、あ、あの・・はい、眠れ、たようです・・。 あの、提督?」
「ん? 可愛い寝顔だったよ、鳳翔。」
と少々頬を赤めながら話した。
それを聞いた鳳翔の顔が真っ赤になって・・・・「な! 」といって俯いてしまった。
両手で顔を押さえて「提督はイジワルです。」と言って。
「はははっ。 怒らないで。 鳳翔も俺の寝顔、見てたんだろ? おあいこだな。」
目を細めて鳳翔を見ながら秦が言った。
そして。
「さあ、そろそろ朝食にしよう。」と。
外を見ると、東の空が赤くなっていた。
遠くに太陽が昇りつつあった。
昇りつつある太陽に向かって、秦は(今日も皆無事に、過ごせるように。)と、鳳翔は(綺麗な朝日を明日も見れますように。)と心の中で願っていた。
◇
鳳翔は知らなかった。秦の部屋で眠ってしまってからの出来事を。
実は・・・
秦が、寝落ちしてしまった鳳翔に気が付いたのは、鳳翔が寝落ちしてからしばらく経ってからの事だった。
寝返りを打とうとした体が、うまく出来なかったことで、寝苦しさを感じていたのだった。
「ん、、う、 うん? 体が重い????」
と目が覚めた秦だったが、デスクの明かり以外に何もない部屋で、身体が重い、と感じていた。
目の前に、白く細いモノがあった。
一瞬、ビクッとしたが、目を凝らしてよく見ると人の腕、手があった。
(誰だ?)
その手を辿ると・・・着物を着たままの鳳翔がベットに腰かけて、ベットに倒れ込んで寝ていた。
「・・・・・」
なんだ、と思った秦だったが、気持ちよさそうに寝ている鳳翔を見て、無理に起こすことが躊躇われた。
しばらくそのまま見ていたが、鳳翔をベットに入れようと動き出した。
腰かけている状態だったのを持ちあげ、ベットに寝かせた。
鳳翔は小柄で華奢なため、軽く持ちあがった。一瞬であっても、お姫様だっこだった。
たぶん、鳳翔が起きていたら、顔が真っ赤になったろう、と思いながら。
布団をかぶせ、横に秦が入った。
添い寝状態であった。
軽い寝息をかきながら気持ちよさそうに寝ている鳳翔を、片肘をつき、一方の手で髪を鋤きながら見ていた。
そんな状態でも起きる気配はなかったので、秦は額に軽くキスをして、そっと抱きしめた。
鳳翔の髪からは、椿油だろうか、甘い香りがしていた。
そして秦もそのまま寝落ちしてしまっても良かったのだが、気になってなかなか寝付けなかったのだ。
しばらく抱きしめていたが、(そろそろ時間か・・・)と起きる事にした。
鳳翔を起こさないように、ゆっくりとベットを抜けだした。
寝顔を覗き込んで、可愛い、と思ってしまっていたので、寝ている鳳翔の頬に軽くキスをした。
(ふふっ。 眠り姫、ごゆっくり。)と。
鳳翔にベットを明け渡して、部屋を出たのだ。
◇
低気圧に向かって南下している艦隊。
水平線から昇った太陽はすぐ雲の中に隠れてしまった。
海は荒れつつあったが、空母鳳翔は波に負けず、力強く進んでいく。
黒い海に白い航跡を残しながら。