避難は上手くいくでしょうか・・・
朝食を済ませ、再び二人そろって艦橋に上がってきた。
太陽は既に昇りきっていたが、上空の雲に隠れていた。
低気圧に向かって進んでいることもあり、波が徐々に高くなってきたようだった。
そして・・・。
「これより、偵察機を発進させる。 方角は・・・」
と秦が指示をだす。
「了解しました。偵察機を3機、出します。」
と鳳翔が敬礼をして、妖精さんに指示を伝達する。
格納庫から艦上偵察機が飛行甲板に上げられてくる。
甲板上で妖精さんが慌ただしく動き回っている。
偵察機1番機の翼が展開される。胴体下に増槽タンクが付いていた。
1番機がカタパルトにセットされると、2番機の翼が展開されている。
3番機まで甲板上に上がってきていた。
1番機のカタパルトセットが完了すると、エンジンが始動された。
プロペラが勢いよく回転する。
(甲板上、退避せよ!)
カタパルト付近から妖精が退避する。
退避完了すると射出係員が叫ぶ。
(1番カタパルト、圧力良し!)
(1番カタパルト、射出!)
バシュっと音を立ててカタパルトが、偵察機1番機を前方にブン投げる。
投げ出された機体はエンジン出力を最大にして上昇していく。
上昇が確認されると、2番機に取り掛かった。
2番機も1番機と同じくカタパルトセットが完了すると、エンジンが始動された。
プロペラが勢いよく回転する。
(甲板上、退避せよ!)
カタパルト付近から妖精が退避する。
退避完了すると射出係員が叫ぶ。
(2番カタパルト、圧力良し!)
(2番カタパルト、射出!)
バシっと音を立ててカタパルトが、偵察機2番機をこちらもブン投げた。
投げ出された機体はエンジン出力を最大にして上昇していく。
上昇が確認されると、最後の3番機に取り掛かった。
1,2番機と同じく、カタパルトを使って3番機も射出されていく。
艦上偵察機の発艦作業が終わると次は、艦上戦闘機の番である。
「艦隊直掩に第一飛行小隊、発艦用意!」
と鳳翔からの指示が飛ぶ。
第一飛行小隊1番機から4番機までが格納庫から甲板に上げられていく。
「第一飛行小隊、発艦準備出来次第、発艦! つづいて第二飛行小隊に発艦準備を下令!」
と続けて指示を出す。
10分と掛からないうちに、直掩の飛行隊4機の発艦作業が終了した。
直掩隊は空母鳳翔の上空5千にて旋回、監視を行う。
第二飛行小隊4機は格納庫にてカタパルトによる発艦に向けて準備に入っていた。
と言っても、まだまだ発艦は先なので、準備だけ行い、機体をワイヤーで固定していた。
滑って壁にでもぶつけたら目も当てられない。
◇
偵察機は、南、南南東、南東の3方向へと飛んでいた。
南へ向かった偵察機は、前方に先行する、卯月と輸送船を見つけていた。
「艦隊前方50kmにて艦影を視認。先行部隊と確認。」
との暗号電を発信していた。
受けた秦が声を発する。
「そうか。 卯月達は予定通り、かな。」
「そうですね。 今のところ攻撃も受けていないようですし。」
秦と鳳翔は、ややホッとしていた。
行程の半分もきていない地点で敵に発見される訳にはいかない。
出来れば、敵に接触すること無く作戦を終えたいと思っていた。あくまでも希望的観測ではあったが。
偵察機は、哨戒半径200kmほどで帰ってくる予定になっていた。
通常は高高度から敵艦隊を見つける事が役目だ。
ただ、今回はかなり違った。
母艦から離れれば離れるほど低気圧に近づき、雲が厚くなる。
海も白波が立ち始め、船の視認が難しくなってきた。
偵察機は高高度から降りてこなければいけなかった。
「前方海域、悪天候のため、雲が低く視界不良。 高度3千に降下する。」
と連絡をいれた。
それでも海面は見渡せず、辛うじて雲の切れ間から眼下の海が見える程度だった。
「提督。 偵察機の報告では、雲が低く、敵発見は困難、とのことです。」
「そうか・・。 そんなに天候が悪いのか・・・止むを得ないな。 すまないが偵察機には予定の哨戒半径を探索の上、早めに帰還するよう、連絡。」
空母鳳翔も荒れる波に揺れ始めていた。
「天候が回復するまで、偵察は取りやめよう。 次の発艦は延期だ。 今出ている偵察機が帰投次第、速やかに格納。 その後、荒天対策を。」
「了解しました。」
と鳳翔が応える。
「その代り、対空対潜監視を厳に。 朝霜にも連絡を。」
と秦が指示を出す。
鳳翔から朝霜へは発光信号にて連絡が行く。
鳳翔から飛び立った偵察機各機は、予定の哨戒範囲を探索するも、敵艦を発見出来なかった。
もっとも、雲が厚く、波も立ったため、視認困難であった。
各機は「哨戒範囲に敵影発見せず」と打電して帰投していった。
帰投してきた偵察機各機が着艦し終えると、残るは直掩の艦戦だ。
こちらも着艦させ、荒天対策をとらせた。
波に揺られる中を艦隊が進んでいく。
それから数時間、波に揺られる以外に何も起きなかった。
そして・・・・
「先行する卯月からのラジオビーコンを受信しました!」
との報告がきた。
先行する1陣の卯月が、予定通り補給地点に到着したことを知らせるビーコンを発信してきた。
卯月たちとの時間差は30分と無かった。
「提督、卯月ちゃんたちは予定通りに着いたようです。」
と鳳翔が報告する。
「うん。 こちらも補給地点へ急ごう。 方位はあってるね? 進路の微調整は任せるよ。」
秦が次なる指示を出していた。
「はい。 了解です。 進路をビーコンの発信点へ向けてちょうだい。」
鳳翔が妖精さんに指示を伝える。
ビーコンの発信点は、僅かに左にずれていた。
その方向に向かって、朝霜、鳳翔が舵を切っていく。
◇
補給地点では、すでに油槽艦から兵員輸送船と卯月に補給が行われていた。
「う~、揺れてやり難いぴょん~」
とブツブツ言いながら補給作業を行っている。
作業開始後しばらくして2陣、朝霜と鳳翔が到着した。
「司令官~! こっちぴょん~!!」
「卯月ちゃん、待たせたわね。」
と朝霜が言う。
「朝霜ちゃん、待ってたぴょん。」
「卯月、ご苦労さん。 補給作業はどうだい?」
「司令官、うん。 順調順調ぴょん。」
兵員輸送船と卯月への補給が完了し、朝霜へと作業が移った。
そこへ父島から2隻の駆逐艦がやってきた。 椿と欅だった。
「司令官。 初めまして。 近海防衛艦隊所属の松型椿と欅です。」
椿と欅が連絡してきた。
「司令官の楠木だ。 二人とも、よろしくね。」
と返信する。
「母島へは二人とも行ってくれるんだよね?」
「いえ。 母島へは椿が同行します。 欅は司令官の案内役で父島に同行いたします。」
予定とは違って、母島には1隻がついて行くという。 秦はそれでもいいか、と思ったので、了解した。
油槽船の燃料は、まだまだ余裕があったため、椿、欅にも補給することにした。
波が徐々に高くなりつつあったが、補給作業が続く。
予定よりも早く補給作業が進んでいたためであるが、それでも予定よりかなり早めに各艦への補給作業が完了した。
艦隊がその場から出発する。
1陣と椿が更に南下する。目的地は母島である。
2陣と欅は、欅を先頭にして父島へと針路をとった。
両方ともあと数時間で現地に到着する予定だ。
秦は当初の予定通り、現地の役場へ向けて島民の避難開始時刻を暗号文にて連絡した。
あと2時間で現地に到着する、と。
◇
島では暗号文を受信してからが、慌ただしかった。
島民を港まで集めなければならなかった。
何しろ、到着予定時刻は1500の予定だったからだ。
あと2時間で全島民を集めるのだから、役場の係員は大忙しになった。
幸いにも大型の低気圧は速度はそのままに、針路をやや南に変えていた。
そのおかげで、低気圧の北に位置している島では風はやや収まってきているように見えていた。
とはいえ、避難することは事前に連絡済だったこともあって、30分前には集合を完了した。
そこへ欅を先頭に朝霜、鳳翔が二見港に入港してきた。
「よし、港に着いたぞ。 各艦は回頭して投錨。 鳳翔は投錨次第、避難民を乗船させて。」
と秦が指示を出した。
「提督、軽巡由良から通信です。」
「こちら、由良です。 初めまして。よろしくお願いいたします。 島民の乗船は、指示通り、大発にて往復させます。」
由良からの連絡が終わると同時に、岸壁から大発が出発していた。
本心を言えば、桟橋に接岸して乗船させたかったのだが、いかんせん、空母鳳翔の喫水が深く、港の水深が足りなかったのだ。
空母鳳翔からはタラップが降ろされている。
大発が鳳翔に横付けされ、島民がタラップを登っていく。
登って、格納庫へと案内されていた。
鳳翔の艦載機は、港に着くまでにすべて露天駐機に切り替えられていた。
岸壁と鳳翔との間は、4隻の大発で往復していたが、さすがに時間が掛かっていた。
予定では乗船を2000までに終えて出航するハズであったが、2時間を経過しておよそ8割が乗船済となっていた。残り3時間であった。
時間的に間に合いそうだな、と秦は思っていた。
その秦は乗船作業を艦橋から見ていたが、作業が終盤になって、鳳翔、由良と共に岸壁に居た。
地区長らと会うためである。
「提督、ありがとう。 なんとか時間内に乗船が終わりそうです。」
「ご協力、ありがとうございます、地区長。」
秦が敬礼して返す。
「あと数便で全員が乗船します。 提督、後をお願いいたします。」
そう地区長が言った。 なにか含みのある言い方だったが、その表情は、堅かった・・・
「その言い方は・・・ 地区長、まさか、残るつもりでは?」
秦は感じたままを口にした。
「ええ。 役場の人間数名と、有志が数名、残ります。 ですから、島民を、村人たちをよろしくお願いいたします。 無事に本土まで送り届けて頂きたい。」
「その顔は・・・ すでに覚悟を決めている顔ですね・・・。」
「はい。 攻撃があったとしても、自分達の街ですから、最後まで見届けたいと思います。」
「・・・攻撃が無ければ、そのまま島で生活は可能ですが・・・ あまりにも危険な賭けですよ・・・ ホントにいいんですか?」
「はい。」
「そうですか・・・」
残る地区長らの決意は固く、変わることは無いように思えた。
当初は、島民全員の避難であったが・・・
「分かりました。 では、残る皆様には、島の安全監視という事で、残っていただきましょう。 それでいいですね?」
「ご配慮、感謝します。」
と地区長は頭を下げてきた。
これで、残る人の面目が立つだろうと、秦が考えたのだった。
決意の固まった人に、これ以上の説得は無意味だ、と秦は思った。
地区長が由良に向かって声を掛けた。
「由良さん、今まで警護ありがとう。 皆をよろしく。 道中、気を付けて。」
「地区長さんも、どうかご無事で。」
由良も返答した。
地区長らは港で見送るという。
そして、秦が鳳翔と由良に言う。
「では、我々も行こうか。 」と。
「帰りは、由良に載せてもらうよ。 由良、鳳翔、いいね?」
と秦が言う。
「えっ? な、なんで? 一緒に帰らないのですか?」
と鳳翔が問う。
「うん、帰りは・・・敵との遭遇が予想されるのでね。」
そう秦が言うと、空を見上げた。 すでに陽が落ちている時間であったが、風は以前より落ち着きつつあった。
そのため、敵航空機による索敵があるのでは、見つかる可能性が高いのでは、と思った。
鳳翔や輸送船には避難民を乗せているから、戦闘には参加させられない。
となると、由良の水雷戦隊で敵をおびき寄せて叩く必要がある。
そのためには、由良に乗るのがいいだろう、と考えていた。
「それでは、私もお供します!」
と鳳翔が言ったが、秦はそれを拒んだ。
「それはダメだよ。 避難民を巻き込むことはできない。 鳳翔、分かっておくれ。」
鳳翔は顔を紅潮させて、更に言おうとしていたが、秦がそれを止めた。
「みんな、必ず、無事に帰るから。 ね?」
微笑んで鳳翔を見つめた。
「お願いだから、聞き分けてくれ。 鳳翔・・・ 頼むよ。」
と説得するも鳳翔は納得しなかった。
そして・・・
「では・・・ 無事に帰るという保証を、ください。」
と言って、秦を見つめた。
「保証?」
「はい。」
そう言って、鳳翔は秦に向かい、顔を上げて目を閉じた。
そう。 口づけを求めているのだった。
そう理解した秦が、それに応える。
秦の唇が、鳳翔の唇に重なる。
ちゅ・・
「・・・これでいいのか? 鳳翔・・」
「はい。 これで頑張れます。」
と答えるが、その目にはうっすらと涙が浮かんでいた。
「それでは、横須賀、で会おう。 必ず。」
「はい。 横須賀で。 必ず、必ず、です。」
最後には気丈に微笑んで見送った。
そう言って秦は由良に乗り込んでいった。
秦が艦橋に着くなり、
「提督さん・・・ 見ていて恥ずかしいですよ・・・」
と由良が言った。
「言うな・・・ 余計に恥ずかしくなるだろ・・・」
秦は恥ずかしくなっていた。
「でも・・・ 羨ましいです。 相思相愛ですね、提督と鳳翔さんは。」
「そうだな・・・。 だが、それ以上、言うなよ。 さあ、抜錨するぞ!」
茶化す由良も、茶化される秦も二人とも顔は赤かった。
予定時間より早く島民の乗船が完了した。
「では、これより我ら艦隊は楠木隊として出港する。 楠木隊、全艦抜錨!!」
と秦が号令を発する。
由良が復唱する。
「了解! 楠木隊、全艦抜錨!! 前進微速!!」
艦隊は抜錨し、港を出ていく。
島に残る、地区長を始めとする10数名の見送りを受けて。
港外で、由良を先頭に鋒矢陣を成し、母島からくる卯月たちと合流すべく、針路を西にとった。