夕刻になっても雨と風は止まなかった。
まだ暴風警報と大雨洪水警報が絶賛発令中だったが、梅雨前線がやや北に移動し始めたらしく、風は強かったが小雨になっていた。
秦の家では遅い夕食の準備が始まっていた。
台所に立つのは、秦ではなく、鳳翔であった。
「炊事・家事全般は私がしますので。」
と言って、炊事を始めたのだ。
もちろん、買ってきた割烹着を着て。
「いつの間に、割烹着なんて買ったんだ?」
と呟く秦を横目に炊事を進めていた。
その姿を睦がキラキラした目で見ていた。
「今日は遅いので、フライパンで出来る肉じゃがにしましょう。睦ちゃんは好き嫌いはあるの?」
「う~ん、あんまりないかなぁ。 あ、ピーマンは避けて欲しいかもにゃ?」
「ピーマンね。 じゃ、ピーマンを使った料理を一品作るわね。」
「ほよ? ピーマンを入れるの?」
ちょっと驚いて答えるが、
「ええ。 美味しく食べられるようにしますからね。」
とにこやかに答えている。
そんな会話が台所でされている頃、秦は”あの人”へ直接連絡をしていた。
携帯電話から呼び出し音が聞こえる。
しばらくして相手がでた。
「もしもし。 楠木です。 秋吉中将でしょうか?」
「おう。 楠木か? 久しぶりだな。 貴様が連絡してくるなんてめずらしい事もあるもんだ。 しかも携帯電話に。」
「お久しぶりです。中将。 お元気そうで何よりです。 急なお電話で申し訳ないのですが、実は折り入ってご相談したいことがありまして、ご連絡した次第です。」
「相談? なんだぁ、復帰する気になったのか? それなら今でもいいぞ?」
「いえ、復帰する気はありませんよ、中将。 あの一件で十分凝りましたから。」
「そうか。残念だな。 ま、復帰する気があるならいつでも言って来い。 で、復帰じゃないとすると?」
「詳細は直接会ってお話したいと思いますので、週明けの月曜か火曜にお時間を頂きたいのですが。」
「なんだ、そんなに真剣な話なのか?」
「はい。 ちょっと込み入った内容なので。 お願いできませんでしょうか?」
「ちょっと待て。」
電話口でパラパラと手帳を捲っているような音が聞こえてきた。
「楠木? 週明けだと、月曜の午後いっぱいと火曜の午後の早めなら空いてるぞ。」
「では、月曜の午後にお邪魔させて頂きます。私を含めて三人でお邪魔致します。」
「わかった。開けておこう。」
「場所は、中将の執務室でよろしいでしょうか。」
「ああ。横須賀のワシの執務室だ。門番と秘書艦には伝えておくよ。」
「それでは、よろしくお願いいたします。 では、失礼いたします。」
「ああ、待ってるぞ。じゃぁな。」
と電話が切れた。
ふぅ-っと溜息をついた。
電話を終えリビングに入るとキッチンテーブルには肉じゃががテーブルの上に居座っていた。
「父さん、ご飯で来たよ?」
「提督、ご飯にしましょう?」
肉じゃがにサラダ、小鉢が並んでいた。
小鉢の中に、緑色のピーマン料理が一品、あった。
秦が作っていたころより、色彩が、豊かだった。
「おお! すごいな。」
「鳳翔さんが作ったんだよ。美味しそうでしょう。」
「ありがとう。鳳翔さん。 でも、無理はしないでよ。」
「はい。 大丈夫ですから。 それに、睦ちゃんの好き嫌いを克服することも考えますから。」
そう言って三人はテーブルについた。
鳳翔がご飯をよそってくれる。
「ん? その茶碗は?」
見慣れない、桜の絵が描いてある茶碗が目に入った。
「これですか? 今日、買ってきました、私用のお茶碗です。 いけませんでしょうか?」
「いや、そうじゃないよ。 見慣れない模様があるなあ、とね。」
「父さん、鳳翔さんの分は無かったんだからね。」
「そういや、そうだったな。 ごめんごめん。」
三人で笑いあう。
「なんか、いいな。 こういうの。」
「はい。 皆で食べるご飯は、美味しくなりますから。」
ふふふっっと笑って鳳翔が言う。
(ホントに、なんか、感じがいい。)
「「「いただきます。」」」
三人での夕食は、それは楽しい時間であった。
鳳翔の扱いが決まっていないにもかかわらず、その存在は既に、楠木家に以前から居たように見える。
「美味しいね。」
「うん、俺より美味い。悔しいかな、さすが鳳翔さんだ。」
「ふふふ、お気に召したようで、嬉しいです。」
睦が、がっついて食べている。
「こら、睦。 行儀よく食べなさい。」
「そうよ、睦ちゃん。 レディなんですからね?」
「ぶ-、二人して怒らなくてもいいじゃん!!」
はははっと笑いあう。
「父さんと鳳翔さん、とっくに仲がいいんだね。 あたし、期待しちゃうなぁ。」
んんんっ、と秦が咳払いをするが、秦と鳳翔の二人の視線が合い、頬がほんのり赤くなった。
「睦!」「睦ちゃん!」
二人が同時に声を上げた。
「うん、シンクロ率、ばっちりやね!」
と更に茶化す睦であった。
夕食を食べ終え、後片付けも終えて、三人が寛いでいたとき、秦が話を始めた。
「早速だけど、昼間に言ってた、鳳翔さんの処遇なんだけど、月曜日に横須賀の元上官に逢いに行くことにしたから。二人ともそのつもりでね。」
「え? 父さんだけで行くの?」
「違うよ。 三人で行くんだよ。」
「三人で?」
「うん。 睦は久しぶりだろ? 秋吉中将に逢うの。 それに、鳳翔さん本人に喋ってもらった方が説得力を持ちそうだからね。」
「大丈夫、でしょうか?」
「たぶん、大丈夫だよ。 だから、月曜日は朝から横須賀へ行くから。」
「あたしは、学校は? お休みするの?」
「そうだよ。俺から学校には連絡を入れておくからさ。 向こうでどれくらい時間が掛かるか分からんから、2日間、休むことになるけどね。」
「父さんの仕事は?」
「はははっ。俺の仕事は、沿岸警備隊の事務方だから、多少の無理は効くさ。大丈夫だよ。 いいね、鳳翔さん?」
「はい。 私に異存はありません。 提督の指示に従うだけです。 よろしくお願いいたします。」
「じゃ、決まりだ。」
そのあと、三人は順番にお風呂に入った。
鳳翔に一部屋を譲り、秦は布団に入って寝ようとしたが、睦が来ない。
「あれ? 睦? どこだ?」
鳳翔の部屋に行ってみると、中から二人の声がする。
「入るぞ」
と声を掛けて扉を開けると、鳳翔と睦が一つ布団の中に居た。
「なんだ? 睦はここに居たのか。 鳳翔さんと一緒に寝るのか?」
「うん。 今日は鳳翔さんと寝る。」
「鳳翔さん、いいかい?」
「はい。私は構いませんよ。」
「じゃあ、よろしく。 睦、鳳翔さんに迷惑かけるんじゃないぞ。 いいね。」
そういって扉を閉めた。
(まったく、睦のヤツ。)
秦は一人寂しく寝入った。
その頃、睦と鳳翔は、布団の中で話し込んでいた。
「へへ。鳳翔さん、あったかいぃ。」
「そう? 睦ちゃんもあたたかいわよ。」
そう言って二人で抱き合っている。
そこに鳳翔が睦に聞きたいことがあると言い出した。
「睦ちゃん、聞いてもいいかしら? なんで提督について行こうとしたの?」
「うん? えっとね・・・・・」
声が小さくなりながらも、経緯を話し始めた。
「舞鶴に居た時、司令官が初めて来たとき、門の前で偶然、合ったの。父さん、あの通り若白髪でしょ? ちょっと年寄に見えたんだよね。 だから、ちょっと怖かったの。
でも、初めて目が合った時、よろしくって言って、頭を撫でてくれたの。びっくりしたけど、その時の目が優しくって、撫でてくれた手もごわごわしてたけど、暖かかったの。その時からかな。この人いい人なんじゃないかなって思ったの。そばに居てもいいかもって思ったの。
その時は・・・・ほら、睦月型って旧式で装備も旧式でしょ? 出撃してもすぐ被弾してしまうの。被弾と入渠との繰り返しで、練度も上がらなかったから、必要なのかなって思ってた時だったのね。
でも、司令官は違ったの。装備品も近代化してくれて、機関や船体の改造までしてくれて・・・。
いつだったか、なんでそんなことするのかなって聞いたの。
そしたら・・・”俺の仕事は、皆を沈ませないようにすることだから”って言うの。”ありったけの資材、技術をつぎ込んででも、誰一人沈ませたくないから。その為には上に噛みつくことも厭わないよ。”って。
なんか、嬉しくなって、その時、司令官に抱き着いちゃったの。それから、この司令官の為に頑張ろうって。
結局、皆司令官の事、好きだったみたいだけど。
でも・・・・・
大本営?との間でいさかいが起こって、司令官が一方的に悪者にされちゃって。
舞鶴のみんなは司令官が悪くない事は知っていたし、分かっていたんだけど、話が拗れちゃって、そのうち司令官が更迭されるって話になったの。
司令官は、自分が辞めるから全て水に流してくれって上に掛け合ったの。全然悪くないのに、辞めさせられるなんて酷いって・・・・。」
睦の目には涙が溢れそうだった。
「でね、司令官が辞めるって分かったとき、お願いしたの。 一緒に行くって。
だって、いつでも優しくて、暖かくて。 時に厳しいけど、そんな司令官が好きだったし。
だから一緒に行くって。」
涙を拭きながら続けた。
「鎮守府の外にでるから、艦娘ではいられないって言われた時、すぐに解体を選んだの。そしたら司令官と一緒に居られると思って。」
睦の目が鳳翔を見つめた。
「でも、後悔してないよ。学校も楽しいし、大好きな司令官、ううん、父さんと一緒に居れるし。」
睦月の顔は晴れやかだった。
鳳翔は睦を抱きしめながら・・・
「そう、そうだったの。 辛かったのね。 でも、いい司令官に出会えたのね。
私にも分かるわ。 この人だったら、この人の元だったら働けるって、頑張ろうって思うもの。」
「じゃ、鳳翔さんも同じだね。」
「そうね。」
ふふふっと二人で笑いあった。
そして夜は更けていく。
次の日、今日も朝から雨が降っている。
小雨だ。風はおさまっているようだ。
風切り音がしないので強くは無いのだろう。
天気予報では午後には雨が止むだろう、とのことだった。
この家の三人は既に朝食を済ませている。
秦は居間でテレビを見ていた。
朝食の用意と後片付けは、もう鳳翔がしていた。
「提督、これからは、私がやりますから。」と。
後片付けが終わると、洗濯だった。
一昨日から洗濯物が溜まったままだったのだ。
手際よく洗濯機と乾燥機を使って進めていく。
その鳳翔の姿を秦は見ていた。
「良く働くねぇ。 いつの間に使い方を覚えたんだか・・・・」
半ばあきらめに似た呟きをしていた。
はっきり言って、秦は手持無沙汰なのだ。
今までは自分がやっていた家事を全部、鳳翔に取られたのだ。
(ゆっくりできるのは、いいんだけど、落ち着かねぇ・・・・)
鳳翔は鼻歌を歌うかのようににこやかに楽しそうにしている。
それを睦が見ている。
鳳翔に付き添って、ついて回っている。
まるで母娘のように。
(これは・・・家事だけじゃなく、睦も取られたみたいだよなぁ・・・)
秦は、疎外感たっぷりで、テレビを見ているしかなかったのだ。
そして、昼食を終えてやっと三人で寛いでいた。
「俺のやることがな-んにもないなぁ・・・・」
と呟くと、
「いいえ。 ありますよ、提督。」
と言って、鳳翔が秦の隣に座ってきた。
そして秦に寄りかかって、頭を秦の肩に載せる。
「こうして頂くだけで、嬉しいんです。 安心します。」と。
「そうなのか? 頼られるのはうれしいけど、睦まで取られた感じがするんだけど。」
「そんなことないよ、父さん。」
と睦が言って秦の膝の上に載ってきた。
「にひひひひ。」
「ふふふ。」
と二人が笑っている。
「なんだぁ、俺は二人の抱き枕か? ったく。」
(満更ではないな、この状況は。)
と思ったりした。
秦は、鳳翔と睦の二人の頭を撫でた。
(甘えん坊な二人だ。まったく。)