「走れ走れ、速度を落とすな!曹孟徳に鈍間と笑われるぞ!」
立ち上る土煙を目指し、走る。見た感じ距離はそう離れてないから、兵達の疲労はそんなに考慮しなくても大丈夫だろう。
あ、ちなみに大和軍は歩兵オンリーなので、兵士はみんな自分の足でダッシュしている。僅かに馬に乗ってるのは、伝令を除けば私達四人だけだ。
兵士が皆徒歩の中騎乗してるのは正直心苦しい。てか気まずい。いくらお姫様っても根が小市民だから偉そうにするのは地味にキツいのよね。
そんな私の精神的にも軍事的にも、是が非でも兵達には騎乗してもらいたいのはやまやまなのだが。そもそも馬が初来日して十年かそこらなんだから、乗馬なんて特殊技能一般兵が持ってる訳ないし。大和人は皆技能値5どころか下手すりゃSANチェックだからね。馬がマジでUMAなのがこの時代の日本なのです。
それでも一応本土には騎馬隊がいなくもないけど、まず世界最弱のド三流騎兵であるのは間違いない。なんせ実戦経験がほぼゼロ、その実戦だって馬を知らない倭人相手にピサロやっただけなんだからお察しよね。
それに、転生知識で馬具全部揃えてやっとそのレベルなんだから、大和朝廷しか騎兵のいない列島ならともかく、普通に騎兵がいる大陸じゃあ怖くてとても使えない。騎兵同士の衝突は言わずもがな、騎兵突撃でもしようものなら歩兵相手でも軽く溶ける。
さらに言うと、まず馬乗せて海渡ること自体リスク高すぎて無理。馬は結構神経質だから、慣れない環境だとストレスでバタバタ死んでいく。大枚叩いて買い付けたうちの何割もそうやって死んでるのを必死こいて導入したのが大和の馬だ。駄馬でも騾馬でも超貴重なのに、それをまた船に乗せるとか絶対できない。現に今私が乗ってるのだって、青州で買ったばかりの現地人ならぬ現地馬なんだから。
「おい、豊鍬の」
「ん、どしたの狗古」
無数の足音に混じって、後ろから馬蹄の音が近寄ってきた。振り返れば、狗古が訝しげな顔で前方を指さしている。
「彼奴だ、彼奴。あの難升米の奴は一体どうしたのだ?随分と張り切っているようだが、何かあったのか」
狗古の指差した先では、難升米が妙にやる気で発破をかけていた。
別に戦場で人が変わる様な奴じゃなし、いつもなら一歩引いた位置から戦況を観察しているあいつが、今は先陣切って突撃しそうな気配すらある。普段柔和で落ち着いた雰囲気を醸し出す難升米には珍しい姿だ。
「んー、それが分からないんだよね。兗州に入ってからずっと変だし、今はあんなだし。らしくないとは思うんだけど」
実のところ、熱くなった難升米を見るのはこれが初めてという訳じゃあない。
と言うのも、この時代に奇特なことに難升米はお菓子作りが趣味で、それについては人が変わったかの様に熱中してしまう一面があるのだ。昔お菓子の材料にと大陸から新しい果物の種苗を買い付けた時なんかには、喜び勇んで農地に飛び込み、今みたいに自ら陣頭指揮を執っていた事もあるくらい。
……クッキーとかケーキとかの作り方を教えた時のあの顔は多分忘れられないと思う。うん。大変おいしゅうございました。
「む、そうか。あの菓子狂いのことだから、貴様に陳留には珍しい菓子が有るとでも吹き込まれたかと思ったが」
「お菓子じゃなくて珍しい麺料理が有るって噂なら聞いたけどね。……てか菓子狂いて。難升米も酒狂いの狗古には言われたくないと思うよ」
「蟒蛇結構。酒は百薬の長にして神事の祭具よ、単なる嗜好品と一緒にしてくれるな」
何を偉そうに宣ってるんだこのザルは。そりゃ御神酒とかもあるけどお前は単に酒飲みなだけだろうに。
「ともかくだ、こんな所で変に張り切られても困る。流石にそこまでにはならんだろうが、斯蘆の二の舞は御免だからな」
それだけ言うと、狗古はまた後方へ下がっていった。口は悪いし伯父上以外には辛辣な奴だけど、なんだかんだで難升米を心配してるのだ。根は別に悪い奴じゃないんだから、もっと素直になればいいのに。
しっかし、本当に難升米はどうしたんだろう。
態度から察するに曹操が嫌い……いや、嫌いって訳じゃあないだろうが、どうも曹操の実力を認めたくないのかな。嫉妬するような性格でもないのに益々不思議だ。
私としては、正史で曹丕に謁見して魏と邪馬台国を繋いだ人間なんだし、曹操とは仲良くして欲しいのだけど。
……まあ、人の相性はそれぞれだし。曹操と相性が悪いなら、その時はその時だ。とにかく今はやる気みたいだし、急いで戦場に辿り着かなければ。
なにせ、私達には、多少疲労したとしても急がなければいけない理由があるんだから。
この先の戦場で相対しているのは、十中八九曹操軍と黄巾党のはず。であれば、よっぽどの兵数差でもない限りは曹操軍の圧勝で終わるだろう。それも、早々に。
そのあと着いたんじゃ遅いのだ。私達は決着が付く前に到着し、曹操軍に味方して、ファーストコンタクトではっきりと旗色を鮮明にしておくのが目的なのだから。
言い方は悪いが、これは難升米の言う通り、まず最初に恩を売っておくということだ。
曹操と言えば三国志の英雄の中でも一、二を争う程の有名人。後々中華一の大勢力に成長するのが分かってる彼女に接触し、まだ一地方長官に過ぎない黎明期から友好を結べば将来的に大きな利を得ることになるだろう。
それに、この世界と正史との違いを考えても、曹操が正史より活躍しないことは無いだろうと確信できる。
この世界は歴史人物の性別や文化レベルといった箇所に正史と乖離した部分こそあれ、歴史の本筋、誰が産まれ誰が活躍し、そして誰が勝者となるかは正史と全く同じ道を行っている。中華も、異民族も、そして、大和も。その例外は現状転成者の私だけだ。
なら、人間的に悪評も多かった正史の曹操と比べ遥かに評判の良い彼女は、正史より良くなることは有れど、悪くなることは無いと思う。
……まあ、こんな重厚な理論武装の裏には、単に三国志屈指の英雄の盟友になりたいという私欲も有るのだけど。
で、でも魏と邪馬台国は正史においても同盟国だし、両国の方向性としては間違いじゃないから大丈夫、のハズ。たぶん、きっと、めいびー。
そんな訳で、曹操と友達になるためひた走る。さっきは戦いが終わる前にって言ったけど、実際はもうちょい早い。決着が付いて敵が敗走を始める前に、なんとか到着しないと不味いのだ。
何故なら、普通追撃は騎兵を用いる。軽装で身軽な騎兵の速さでもって、逃げる相手を食いちぎっていくわけだ。
かのナポレオンも、騎兵の役割は敗走する敵が再編成して戦場に戻ってくるのを防ぐことだと言っている。
てか騎兵じゃないとまず追いつかんからね。統率を保って戦略的撤退してく相手ならともかく、潰走してく時なんて剣も鎧もほっぽりだしてケツまくって逃げるんだから、鎧着て武器振りかざしたまんまの歩兵じゃとてもとても届かない。
端から見てる分にはコントみたいで面白いかもしれないけど、実際の戦場にそんなアホな絵面はいらないんだから。
そして今、その肝心要の騎兵がいないのがウチの現状なのだ。
追撃戦に移行してからだと、私達の方へ黄巾が逃げてこない限り何の成果も得られないで終わってしまう。「よーし勝ったぞ……って誰だあいつら」「助太刀に参上つかまつった!」「お、おう」なんてやり取りして気まずくなるのはお断りだ。なんとしてでも間に合って、曹操と仲良くなる。もたもたしてたらタイミング逃して仲良くなれないなんて経験は高校の一回で十分だっての。
─────────
「軍旗確認!左前方『曹』の旗、正面手前の『黄巾』旗と接触中!正面奥には『夏侯』の旗が右前方へと移動中!」
「よし間に合った!」
戦場に到達。最前列から届く声を聞き、馬上で小さくガッツポーズをする。
あれから走ることしばし。過去の嫌な思い出を振り切るようにひたすら駆けてきて、遂に集団を見つけた。
曹と黄巾の旗を掲げる二者。案の定、戦っていたのは曹操軍と黄巾党だったようだ。
「曹の旗はまず曹操本人で間違いないとして、夏侯は二枚看板の夏侯惇・夏侯淵姉妹のどっちかかな?」
「旗の移動速度からして、あれは包囲を狙った騎兵だな。だとすると、武勇の誉れ高い姉の方が適任だと思うぞ」
「んー、確かに」
曹操の従兄弟にあたる夏侯兄弟は正史でも有名な武将だ。
初期の曹操陣営は身内ばっかりの親戚一同勢揃いといった集団だったけれど、その皆が皆有能な中でダントツの存在感を見せ、最終的な魏のメンバー中でも司馬懿とタメ張るくらいの知名度がある。
流石に関羽とか呂布とかみたいな化け物クラスの力は無いけど、超一流の実力者、そんな感じ。
この世界だと例によって兄弟ではなく姉妹らしく、何故かおまけに性格も逆転してるようだ。正史だと夏侯惇の方が堅実でしっかりしてて、夏侯淵は脳筋の気があったふうだったんだけど、村人に聞く限りだとその真逆。武勇一辺倒で直情的な姉を、理知的で落ち着いた妹が導いてるんだとか。変なところで正史と乖離してる世界だよなあ。
「さて、どうする。彼我の位置を見る限りでは、敵の背を追う必要は無さそうだが」
「包囲行動中の騎馬隊がどこから攻めるかにも依るが、戦力差を鑑みるに、騎馬隊を敵の背後までは動かさず延翼で留めるだろう。主様の仰有る通り、黄巾は此方に敗走してくる可能性が高い」
黄巾は実態が農民反乱軍だから歩兵ばっかりだ。馬を持ってた人間も少ないし、いても農耕用が関の山。その上実際に乗った経験がある人なんてまずいないはず。
戦闘経験が浅く、騎馬隊が無くその対処法も知らないとなると、あの半包囲にはきっと耐え切れない。追い立てられる様にこっちへ逃げてくるに違いない。
「そうだね、じゃあ少し進軍速度を落として態勢を整えよう。
鶴翼に陣形を組み直して弓を前へ。層が多少薄くなってもいいから戦列を横に延ばすよ」
「了解だ、左翼は俺と難升米に任せておけ」
言うと思った。敗残兵狩りなんかじゃつまらないって曹操軍本隊を見物しに行くつもりだぞコイツ。
「いいけど、相手の前で失礼な真似しないでよ?」
「言われずとも分かっている。それに今回、俺はお守り役に撤するつもりだからな」
「お守り?」
「ああ」
お守りって、普段は伯父上の方が狗古に世話焼かれてる立場のくせに。まあこのタラシは人の機微には敏感だから、きっと難升米の様子に思うところがあるんだろうけど。どうせ私にはどうにもできないから、ここは伯父上に任せておこう。
「……不憫だな。あの焼き餅焼きも」
それだけ言うと、伯父上はさっさと前へ行ってしまった。
残された私と狗古で顔を見合わせる。
「焼き餅焼きって狗古のことだよね?」
「確かに私は嫉妬深い方だが、少なくとも主様の言うそれが私ではないことは分かるぞ」
はて。
前世合わせて三十年、まだオトナの言葉を理解するのは難しいみたいです。
まるで話が進まないからもう推敲しないで執筆スピードを上げます
元々低クオリティやし少しくらい…質落としてもバレへんか