歴史上の人物は気にしないでください_φ(・_・
ー1945年日本歴昭和20年5月5日ー
世界は第二次世界大戦という文字通り世界を巻き込んだ戦争と言う名の殺し合いをイギリス、ソビエト連邦、アメリカ、中華民国などで構成された連合国と日本、ドイツ、イタリアを中心とする枢軸国によって繰り広げている真っ只中であった。
陸は血と火薬の匂いと土煙に塗れ、空は黒煙と戦闘機で覆われ、海は戦艦の残骸で溢れ、世界は汚れていく一方であった。
仮に、この現状を表す言葉があるとするのならば、人はこの景色、歴史をこう言うのだろう
_______________『地獄』と……
ー同年5月6日午後10時27分ー
午後10時27分_______アメリカの空軍基地で二機の大型爆撃機『スーパーフォートレス』……通称『B29』が原子爆弾を搭乗し日本へ向かって離陸した。
その翌日、5月7日午前6時19分長崎に……その数分後の6時37分広島に原子爆弾が落とされ、長崎と広島は地獄と化した……
そのまた翌日、5月8日午後2時31分______日本全土に自国の無条件降伏による敗北と、現実と言う悪夢が国民にノイズ混じりのラジオから流れる天皇陛下の肉声によって告げられ、人々は膝から崩れ落ち、痛哭を響かせた。
そして、その三か月後の8月29日……同盟国のドイツ総統であるヒトラーが自殺し、ドイツも無条件降伏を受けいれた。
これにより世界に、日本に終戦という平和が訪れた…………様に思えた。
しかし、翌年の1946年の5月3日から11月12日にかけて行われた極東国際軍事裁判の判決で、連合国により天皇陛下の死刑が確定……一族諸共銃殺が執行された。
勿論、日本の象徴を殺された日本国民がこれに黙っていられる訳なく、憤慨し日本全国に暴動が溢れかえ、大きな混乱を招く。事の重大さを感じた連合国は武力によって自体の収集を試みた。
しかし、その結果は怒りに身を任せ、暴れる暴徒を悪戯に殺していくだけとなり、日ノ本の大半が老若男女問わず日本人の血によって赤く、朱く、紅く染まってしまった。
ーそして一年後の1947年ー
この年を境に日本は狂ってしまった。
無条件降伏という理不尽を盾に、連合国は日本を分担させ、北海道は中華民国____中国に、本州はイギリスに、四国はソビエト連邦に、九州はアメリカに統治され、イギリスは【英日統治国家】_____【英日】に、ソビエト連邦は【ソビエト日本帝国連邦】____【日ソ】に、アメリカは【米国統治日本国】____【米日】に、そして中国は【栄華人民日本統治国】____【栄日】とそれぞれ名を改め日本を好き勝手に支配された。
これにより日本列島は4つの統治国家に別れ、それぞれの国の領土と主張する様に建てられた白い壁で領土を囲い、壁を出入りしようとする者は、一定ラインを超えると無慈悲な鉛玉が頭を貫くという状態に陥り、領土内の日本人を外へ出さない様にした。
ー1980年9月23日ー
終戦から35年の月日が流れ、日ノ本は戦争前とは比べられぬ程、人々の暮らしは戦争時より遥かに楽になり、少しずつ現代的な生活を送れる様になっきている程の素晴らしい発展を遂げていた_______________表面上は……
その中身は連合国から下される連合国に取って都合の良い支配だけであった。政治は連合国が執り行い、法も何もあったものではない支配だけであった。
ー1990年4月14日ー
この日、 栄日に何も知らない無知な少女が壁のラインを超えてしまい撃ち殺されるという悲痛な事件が起きた。
勿論今まで壁を変えようとし、殺された日本人はいたがこの日まで子供の被害は無かった。
この事件後、壁の行き来を自由にする様に連合国軍最高司令官総司令部であるGHQに栄日は勿論、他の3つの統治国の日本人が訴えかけた。
そして、翌年1991年1月5日……全統治国の日本人達の訴えがGHQ司令官である【アイル・クリスト・シュヘンス】に認められ、日本全土を行き来自由になった。
そして1999年2月12日……この日を境に日本に混沌が訪れる。
これは、もう1つの日本の姿
これは、起こり得た日本の姿
日ノ本は在るべき姿に戻れるのだろうか………
うん続きどうしよ