「榊遊矢……まさか君の方から訪ねてくるとは」
ここのところ私はLDS講師襲撃事件への対応とペンデュラムの開発に力を注いでいるため、通常の面会は断っていた。だが、他ならぬペンデュラムの始祖、榊遊矢が重要な要件と言うのであれば時間を作る価値はあるだろう。こちらからも舞網チャンピオンシップの出場権について伝えたいところだったので、丁度いい。
「どうしても頼みたいことがあるんだ。零児にしか頼めないことが」
「私にしか頼めないこと?」
「ああ。えっと、あのペンデュラムのカードって、レオ・コーポレーションで作ってたんだよな?」
「そうだ。君のペンデュラムのデータを集めて作成した」
正確にはまだ研究中だ。出来れば次の舞網チャンピオンシップには間に合わせたいが、かなりギリギリになるだろう。
……ペンデュラムが流行するのが気になっていたのだろうか?彼はペンデュラムを手に入れるまでは連戦連敗だった。相手もペンデュラムを使えるとなれば前の連戦連敗の状態に戻ってしまうと危惧しているのかもしれない。実際、私がペンデュラムを披露した時もかなりショックを受けていたようだった。
「あの時、まだ不安定だ、みたいなことを言ってたから。だから、もし必要ならこれを使って欲しいんだ」
「これは……」
ペンデュラムカード。榊遊矢のオリジナルのものだ。流石に彼のエースは入っていないが、これがあれば研究は一気に進むはず。しかし、一体なぜ?
「確かにそれがあればペンデュラムの研究は捗るだろう。しかし私は少なくとも、君にとって友好的な相手には映らなかったはずだが。何故、塩を送るような真似を?」
「……ペンデュラムを使われた時は正直、ショックだったんだ。俺だけのペンデュラムだったはずなのに、って。でも、カオリにそれじゃダメだって言われた。それで気付いたんだ。俺はただ臆病なだけだった。また前みたいに負け続けるのが、何の特徴もないデュエリストになるのが怖いだけだったんだ」
花吹雪香の仕業か。彼女は意外にも世話焼きな性質がある。遊勝塾とのデュエルをした三人にもなにやら特訓をさせていると聞く。
「逆だった。俺は父さんみたいに、広めなきゃいけなかったんだ。俺だけペンデュラムを独占してるのはエンタメじゃない。デュエルは一人でやるものじゃないから、お互いに最高のデッキでやるデュエルが最高のエンタメデュエルになるはずなんだ」
「……そうか」
生死をかけた戦いが待ち受けている今――つまり戦うための兵士が必要な現在においては、その考え方は歓迎できない。だが、エンターテイメント・デュエリストとしては素晴らしい心構えだと私は思う。私は、私がペンデュラムを披露した時の彼の反応に少なからず落胆していた。だが、今の彼はいい目をしている。
……これから始まるであろう生死をかけた
「俺が自分で作るペンデュラムだけじゃ、全然数も種類も足らない。だから、頼む。みんながペンデュラムを手に入れられるように、ペンデュラムを普及させて欲しいんだ」
「……しばらくの間は、君の意向に沿うのは難しい」
ペンデュラムは我々の武器になる。だから、敵の手に渡らないよう、すぐに普及させることは出来ない。
「だが、いずれ必ずペンデュラムを普及させると約束しよう」
しかし、戦いが終われば話は別だ。レオ・コーポレーションが融合やシンクロ、エクシーズをLDS塾生だけでなく一般に広く販売しているのはこの次元のデュエリストの質を高めるためだけではなく、単純にその方が利益が出るからという理由もある。つまり、ペンデュラムを普及させない理由がないのだから。
「……!ありがとう!」
それまでは、ペンデュラムは我々の武器に使わせてもらう。彼は望まないだろう。だが、私情は切り捨てなければならない。経営者として、そしてこの戦いに挑む責任者として。
◆ ◆ ◆
あれから、LDS連続襲撃犯だと思われる黒マスクの男について、カオリから追加の情報があった。どうやら他にもリンという少女をさらった疑惑があるらしい。やっぱりあいつがマルコ先生の仇なんだ。きっとそうだ。
情報の代わりというわけではないけど、先走らないように再三再四注意された。実際、三人がかりでも一度もカオリに勝てていないから、反論はできない。
聞いたところによると、社長――赤馬零児はそのカオリよりもさらに強いらしい。デュエルをして負けたとカオリが口にしていたのを聞いただけだから、その一回が偶々ということもあるかもしれないけど、少なくとも私たち三人よりは強いはず。そのまぐれさえ引き起こせていない状態なのだから。
……あんなに修行をしているのに。効果がないわけではないけど、差がなかなか縮まない。こんなざまでマルコ先生の仇を討てる日は来るのか?
……いや、弱気になっちゃダメだ。いつか絶対に仇を取る。意思を強く持って、目標を達する。それがマルコ先生の教えだから。
今日は修行を休んで体を休めている。だけど全く動かないのもそれはそれで体に悪いから、散歩を兼ねて事件のことを調べる。本当は事件のことを調べるのはまだダメだとカオリに忠告されているけど、ただじっと待っていることは私にはできなかった。
そして、ついあの倉庫の所まで足が向いてしまう。黒マスクと会ったあの場所。
そこには柊柚子と、紫雲院素良がいた。
「……柊柚子か」
「あなたは……光津真澄!」
柊柚子。榊遊矢似の黒マスクの男と面識のある女。だけど既にカオリは彼女に話を聞いた後だ。カオリ曰く、新情報はなかったらしい。面識と言っても沢渡が襲われた時のが初邂逅、そしてこの前――私たちが修行に明け暮れている時――もう一度会ったらしいが、ほとんど話をする間もなくいなくなってしまったらしい。
「……黒マスクの男について、調べているの……」
「あなたも?確か、LDS講師が襲われてるってカオリが……」
「そうだ。マルコ先生……私に融合を教えてくれたマルコ先生が、襲われたみたいで……。カオリが、話は聞いたと言っていたが……何か、何か他にない?何でもいい、どんな些細な事でもいいから……」
それでも諦めきれない。何か手がかりが欲しい。あれ以来、事件の調査は遅々として進んだいないらしい。
「私が知ってることは、もう全部カオリに話したはずだけど……」
「何でもいい、何でもいいから!」
「ねえ、僕を無視して話を進めないで欲しいんだけど。っていうか、修行の邪魔だからどっかいってくんないかな……」
「そ、素良、そんな言い方は……」
「しゅ、修行……」
いや、今日は休みだ。あの過酷な日々を今日だけは忘れていい。うう、修行というワードがトラウマになってしまった。パパが宝石商だから、私はかなりの箱入り娘な自覚はある。だからあんな過酷な体験は初めてだった。
「どうしたの?大丈夫?」
「あ、うん……私は大丈夫」
ちょっとふらついてしまった私を、柊柚子が助け起こしてくれる。その時に彼女の瞳が見えた。……彼女はどうやら、迷いを吹っ切ったらしい。あのデュエルの時に瞳に見えた迷いが消えているのがわかる。
「あなたも、迷いは吹っ切れたみたいね」
「あ、うん。あなたを倒すまで、彼のことは忘れるって決めたの」
目標は私か。まあ、あのデュエルがあったから理解はできるけど、最近の自分の情けなさを考えるとなんだか気恥ずかしい。最近は私より強いデュエリストが、それこそ身近にもいるってことを知って――
ん?彼?
「彼って?」
「あ……その……つまり、あの遊矢に似た彼のことよ。何故だかわからないけど、ずっと頭に残って離れなくって……。私にも何で気になるのかよくわからないけど。遊矢に似てるからなのかしら」
彼女の瞳がくすんでたのも、黒マスクの男のせいだったのか。だけど、ヤツの居場所に繋がる情報でもないし……。いや、待て、本当にそれでいいのか。些細なことでもいいと言ったのは私だ。そしてこれはカオリも聞き逃している情報かもしれない。
でも柊柚子が気になってるからなんだっていうんだろう。
「まあ、その……もし何かわかったら、私でもカオリでもいいから、教えてほしい」
「わかったわ」
「それじゃあ……邪魔をして悪かったわね。また舞網チャンピオンシップで会いましょう」
「ちょっと待って」
ん?何?紫雲院素良が私に用事というのは……ちょっとわからないな。彼のことはあまり知らないし。
「さっき柚子は実戦で磨き上げるって言ってたでしょ?だから折角だし、デュエルしてみたら?」
「ええっ!?」
……柊柚子は私を倒すために修行してるんじゃなかったの?私を倒すための修行として私とデュエルって、何か本末転倒な気がするんだけど。いや、でも目標の高さを知るのは悪い事じゃないと、最近学んだ。
「……わかったわ」
「ちょ、ちょっと」
「ほらほら、早くデュエルディスクを構えて。僕が教えたんだから、LDSの融合召喚ぐらいちゃちゃっと超えてもらわないと僕の立つ瀬がないよ」
「何!?」
「素良!そういう言い方は……」
思いっきり言い返してやりたいところだけど、カオリが独学で覚えた融合召喚に翻弄されてしまった経験があるせいで強く言い返せない。私のデッキだと
「ううっ……。LDSの……、いや、マルコ先生に教わった融合召喚を見せてやる!」
辛うじて口に出せたのはそんな台詞だった。その時――
「お前もLDSか?」
「「「!?」」」
どこから声が……うっ!?
「きゃあっ!」
「LDSなら俺が相手だ」
どこからともなく現れ、柊柚子を突き飛ばしたこの男……。まさか……。
「お、お前が連続襲撃事件の犯人……」
「さあ、来い。俺とデュエルだ!」
まずい。今の私はまだカオリに刃たちと三体一で勝てないような実力。講師を倒す実力の相手に一人で挑むのは無謀すぎる。
「やめろ、隼!これ以上無茶なことはするな!」
今度は誰だ!?……ああっ、黒マスクの男!
「ユート!」
「この前も言ったはずだ。ここは俺たちの戦場じゃない。彼らは我々の敵ではないと」
「ここは俺の戦場だ。瑠璃を取り戻すにはこうするしかない。邪魔立てするなら貴様も倒す」
仲間割れか?黒マスクの男――ユートとかいうヤツは連続襲撃事件の犯人をむしろ止めようとしている。とにかく、今の内に助けを呼ぼう。デュエルディスクの連絡機能でカオリに連絡を取る。
「カオリ、襲撃犯がいた!」
「待って。彼が本当に襲撃犯かまだ……」
「瑠璃!」
「え?」
今度は何!?
「何故瑠璃がここに?自力で脱出を?」
「えぇ?」
「瑠璃!」
まずい、なんだかわからないが今度は柊柚子が襲われている!現れた時の動きから身体能力にも長けていると思われる襲撃犯だけど、柚子に気を取られている今、背後からの攻撃を防ぐことはできないはず。
今こそ修行で鍛えた成果を見せる時!一か八か、カオリから念のために教わっていた当身だ!
「ぐっ……瑠璃……」
「彼女は瑠璃では――なっ!?」
「ふっ!って、ちょっと――」
ユートとかいうやつが正面から当身を食らわせたせいで計算が狂った。三人でまとめて倒れ込む。
「ますみん!」
あっ、カオリ!
「あっ」
「きゃあっ!?」
うっ、何だ、今度は柊柚子のブレスレットが!?
◆ ◆ ◆
光が収まると……ここは、舞網市の外れの方か?
「……またか」
うっ、ユートと襲撃犯。幸い襲撃犯は先の私たちの一撃で気絶しているようだけど……。
「一体何が起きたんだ……」
「それは俺にもわからない。彼女の側にいると偶に起こる。彼女のブレスレットが光り、俺だけが別の場所に飛ばされてしまうことが。今回は隼や君も巻き込んでしまったようだが」
私はその現象だけじゃなくて一連の流れ全体について言ってるんだけど。
「迷惑をかけたな」
「ま、待て!」
「……何か用か?」
引き留めたのはいい。だけど、いくらユートという男にこちらに攻撃する意思がなくても、引き渡しには応じてくれないだろう。電波状況も悪くて助けも呼べない。だとすれば……取り敢えず私にできるのは二、三個の質問をすることくらいか。
「その男が、マルコ先生を……LDSの講師を襲っているのか?」
「……そのはずだ」
やっぱりそうなのか。
「マルコ先生はどこにいる?」
「……すまない、その質問には答えられない」
「……そうか。あとは……リンという少女を知っているか?」
「心当たりはない」
今、聞けることはこれくらいか。後は――
「その男に伝えて。マルコ先生の仇は、私が……私たちが必ず取ると」
「……わかった」
今は見送るしかない。だけど相手がはっきりした分、大きく前進した。あとは、私が実力をつけるだけだ。首を洗って待っていろ!