これで貯めていた文は全て吐き出してしまい、後は出来上がり次第に投稿させていただきます。
先程までの曇天は、まるで幻だったかの様に消え失せていた。
悪の象徴とも言えたビルの前には、数台の車両が止められている。そしてその周囲には黒服を着込んだ人間達が忙しく動き回り、ビルの中へと出入りしていた。彼らは彼女が目的を達成させた事を確認し、その後処理に駆り出された人間だ。
そしてそのビルの中から、アーマーを着込んだあの少女が姿を現す。だがその顔には外部から飛び散ったであろう、赤い液体が付着してる。少女の冷たい眼差しと相成って、周りの人間達は彼女の顔を見るなり恐怖で顔が引きつっていた。だが少女はそんな周りの反応など構もせず、空から降り注ぐ月光を浴びながら歩み続けていた。
黒服達は彼女を見るなり、その身を引いて彼女から遠ざかる。だがそんな中で、彼女に近寄る一人の少女の姿があった。ふわりとした金色の髪は、今現在、空で輝く満月に照らされてなお美しく輝いていた。身に纏うドレスはこの殺伐とした都会のビル群とは不似合いだ、だがそれにより、彼女の存在は更に周りから浮いた存在となっている。
「お疲れ様、スレイ」
血染めの少女の前にやって来た金髪の少女は、そう彼女の名前を呼ぶ。そして手にした白いタオルを彼女に差し出し、優しく微笑んだ。
その時だった、そんな彼女達を遠巻きに見ていた人間達は信じられない物を目にする。
「はい、ソフィア」
笑ったのだ。あの『チェルノボーグ』が、感情を感じぬ仏頂面を解き、慈愛に満ちた笑みをソフィアと呼んだ少女に向けたのだ。彼らが知っている少女――スレイとは『チェルノボーグ』としての彼女だけであった。
今から一年ほど前に突如、この混沌とした時空世界に姿を見せたのだ。彼女達はどこの組織にも属さぬ、フリーの請負人。それも、転生者をメインに対応する請負人だった。元から過酷な稼業である請負人が、転生者を相手とすると言う事は言わせれば正気の沙汰とは思えぬ事だ。
だが彼女達はその転生者達と互角以上の実力を持ち、今日までに打ち倒した転生者の数は百人にも及ぶ。そしてその半分以上を仕留めたのが彼女、スレイなのだ。彼女に出逢えば、それは死を意味する。そんな彼女達を、転生者や各世界の時空管理組織の人間達は畏怖の念を込め、黒い死神を意味する『チェルノボーグ』と呼んでいた。
だが今、彼らの目の前にいる死神はそんな印象を払拭したのだ。
彼らが羨望の視線を向ける中、スレイはソフィアから受け取ったタオルで顔に付着した血液を拭き取る。そして二人は肩を並べて歩きだし、それを見ていた黒服達もそれぞれの持ち場に戻っていった。
「どうやら『右腕』は使わなかったみたいね」
ソフィアはそう言い、スレイの右腕を眺める。外見はなんの変哲もない腕だが、その腕を眺めるスレイの眼は険しい物だった。
「はい、相手は戦闘の為の能力を受けなかったみたいです。おかげで通常兵器の使用だけで済みました」
「こっちでも確認したわ、まぁそれだけだったら後処理までは大丈夫ね」
そう言うソフィアは肩に下げていた肩掛け付きのケースを持ち、その中のタブレット型の端末を操作する。そこにはスレイのシルエットが描かれており、その横には彼女が装備している武装の詳細が表記されている。
「はい。ですが………その途中でガードマンを三人、骨を数本と内蔵を軽く損傷させてしまいました」
「それならマシよ、殺していないだけね。でも貴方、マグネティックで壁を登ったでしょ?その時にビルの中が大惨事になっていたわよ」
ソフィアの言葉を聞き、スレイは少々驚いた様子を見せる。ここに至るまでに彼女には一つの疑問があった、それは下のエントランスへと降りようエレベーターに乗ろうとしたが何故か作動しなかった事だ。それが自分の仕業だと理解したスレイは、申し訳なさがこみ上げてくるのを感じる。
「それは………申し訳ございません」
「いや、私に誤っても意味がないような………」
スレイの謝罪に困惑するソフィア、だがそれもその瞬間だけ。直ぐにソフィアはおかしそうにクスクスと笑い、それを見たスレイは不思議そうな表情を見せる。
ソフィアはスレイの事を、誰よりもよく知っていた。だから彼女がターゲット以外の人間を傷つける事を好まないのも理解していたし、彼女自身もそれを理解していた。甘い考えかも知れないが、その姿勢を崩す気は二人には無い。
「まぁあの人達はしばらく意識を取り戻さないみたいだし、謝りに言ってもしょうがないわ。後は組織の人間達に任せて、私達はクライアントに報告をしないと」
そう言い再び端末を操作するソフィアだったが、ふとスレイの顔を覗くとその手は止まる。彼女の顔には若干ながら、暗い影が見えている様な気がしたのだ。
「あの子達が心配?」
その言葉に、スレイは顔をソフィアに向ける。どうやら図星だったようだ。ターゲットの生命活動を止めた後、彼女の目の前ではストレッチャーに乗せられ運ばれる少女達の姿だった。注入された薬品の中和剤によって全身に激しい倦怠感と頭痛に苦しむ彼女達の姿は、スレイの目に焼き付いて離れない。
「はい、少しですが」
呟くスレイの声には力がこもっていない。今まで何度も見てきたその光景ではあるが、今だに慣れる事は出来ない。人間がアンプルの中に詰まった化学薬品一つで、簡単に狂わされる。そして物の様に扱われる、何故そんな事が出来るのかをスレイは理解出来なかった。
そんなスレイを見て、ソフィアはふむと呟く。スレイとは長い付き合いだ、大体何を考えているのかを理解出来るのであろう。スレイはそう言う所を深く考えてしまう傾向にある、別に悪い事では無いのだが考え過ぎる所がある。それだと頭の回転がよろしくなく、仕事にも生活にも支障が出てしまう。
「それもここの世界管理組織に任せるしかないわね、まぁ他の所と同じでメンタルチェック等の後で元の世界に戻すのがセオリーね。それ以上は私達の関わる所じゃないから」
だが彼女の成長を考えると、あまり結論を言うのもよくない。ここはストレートに答え、自問自答を促すのが得策だと考える。
一瞬、はぁと生返事を返すスレイであった。だが頭を左右に振り、先ほどまでのもやもやとした考えを振り払う。彼女自身も、あまり考えるべきではないと思ったのだろう。考える事は後回しに、今はやるべき事をするために。
「そうですか。分かりました、ソフィア」
スレイがそう言った時だ、ソフィアの持つ端末から電子音が鳴り響く。慌てて端末を操作するソフィア、そしてそこに映し出された文章を見てソフィアは眉をひそめる。そんな彼女の様子を見たスレイは、心配そうに尋ねる。
「どうしました?」
「いえ、ちょっと面倒な事になったみたいね。奴さん達、今になって自分達の所にも報告に来いって言ってるわ」
「報告?今までの組織ではそんな事は無かったのにですか?」
「ええ、どうもここのしきたり《・・・・》ってことみたいね。まぁ、言って見ないと分からないわ」
そう言いソフィアは端末の操作を止め、ケースに収める。と、ここでスレイは一つの疑問が浮かぶ。
「そういえばソフィア、ここの管理組織とは?」
その何気ない問いに、ソフィアは「あぁ」と何とも微妙な表情を見せる。
「いや、あまりいいところって訳じゃないのよね。いや、今は治安はいいのよ。でも、そこは管理組織であり、一番転生者の被害が多い世界と言っても過言ではないわ」
そう言いソフィアは小走りである所へと走り出す、そこは辺りで作業を行う黒服達の車両である。彼女はその車両の側面に描かれたマークに自身の手を当て、ため息まじりに言った。
「時空管理局。今から私達が報告に向かうのは、その地上本部がある首都、ミッドチルダよ」
彼女らに送られたメッセージは、一つの巨大な組織からの出頭命令であった。
感想、お願い致します。
ちなみにソフィアさんはこう言っておりますが、管理局アンチではありませんので安心して閲覧下さい。