妖奇譚外伝集   作:雪宮春夏

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こんばんわ。
現在月明けてから一作品も投稿していません、沈没寸前の雪宮春夏です(かなり言い過ぎ)
この物語は先日まで公開状態であった、並盛妖奇譚の外伝「遠野物語」をそのまま移動させたものになります。

現在、非公開状態の並盛妖奇譚本編の方は、春夏自身が何を書きたかったかも含めて色々と考えている途上なので、再開までしばらくお待ち下さい。




遠野物語
その一


「人の目に触れず、ぬらりくらりとしとる……これがわしら、”ぬらりひょん”じゃ」

そう言って……男は笑った。

 

 

妖怪の戦いには2つの段階がある。

人に対して使われる自らの畏れを表に解放する「鬼發(はつ)」。

妖怪同士で争う為に歴史の中で生み出された、自らの畏れを具現化し、技として昇華させる「鬼憑(ひょうい)」。

遠野に居着いて100年余り。世は荒れ、飢饉や改革が相次ぐ中、新たな時代の胎動が聞こえ始めていた。

 

「またここにいたのか?」

遠野の中でも一等見晴らしのよい、大木の上にいた少年を見つけたのは、彼が一時期教育係を務めていた「鎌鼬」の子供だった。……名を「イタク」と言う。

「そんなに”外”に行きたいんなら、里の畏れを破って出りゃ良いじゃねぇか」

同じ大木の反対側に伸びる枝に飛び乗って、イタクは少年の横顔を眺めた。

風に靡く黒の長髪。その横顔は嫋やかな女子のようだといったのは誰だろうか。

妖怪の中ではいつまでも若々しいのは普通だが、その中でも彼は郡をぬいている。当年110になると自己申告する彼は、人の姿ではまだ元服の頃合いにしか見えないだろう。

「無理だよ。赤河童様も、許してくれないだろうしね」

僅かに唇をあげた少年が見るのはいつも遠いどこかだ。遠野よりもずっと遠い国。もしかしたら更に遠い海の向こうの地だろうか。

「……んなことねぇよ。赤河童様なら止めたりなんかするものか。お前は強い。そのことは俺たち皆が認めている」

「半分だけの力でも……?」

イタクが言い聞かせようとした言葉に被さってきた少年の言葉に、咄嗟にイタクは声が途切れた。その反応に、吹き出すように笑いをもらして、彼は話す。

「ごめん。流石に意地が悪かったね」

「……いや」

笑みが苦いものに変わるのを見ながら、イタクはどう声をかければ良いのか分からずにいた。

山吹(やまぶき)鯉繋(りつな)。遠野に居着いて100年が過ぎるイタクの嘗ての教育係は、かなりの強さを持つ。妖怪の中では力を持たない「幽霊」としては。

そう。それはあくまでその前文がついた上での評価で有り、彼のもう一つの血筋、父方の力を知るだろう古株達は彼の力量を「最弱」と言っていた。

以前から自分達よりも上の世代が、彼を裏で誰かと比べているのはイタクも薄々気づいていた。弟弟子であるイタクが気づいたことに、鯉繋が気づけないはずがない。

いや。もしかしら彼にはもっと露骨に言われていたのかも知れない。

イタクは彼の父方のことに関しては尋ねた事は無いし、他の修行仲間達にしても同様だろう。ただ上の世代の反応からかなり名のある妖怪なのではないかとあたりはつけられていた。

……そこらの有象無象ではなく、赤河童様と同じく、組を率いられるほどの。

「急ぐ必要ねぇよ。淡島だって、全然折り合いつけられてねぇって話だからな」

「そうだね」

我ながらぶっきらぼうになってしまった言葉に、内心イタクは落ち込むが、返ってきた相手の声音が僅かに上がっていたのに顔を上げると、枝の上から鯉繋が立ち上がる所だった。

「そろそろ戻ろうか。お風呂の準備しなきゃ、間に合わなくなっちゃうよ?」

 

 

イタクと同じ若い世代に、”天邪鬼”の淡島という妖怪がいる。彼は父親が鬼神。母親が天女の生まれで、本人も昼は男。夜は女の妖怪だ。

それと同じというわけではないが、鯉繋も二親が違う妖怪なのは既に疑いようのない事実であった。

彼の母親は山吹乙女という名の幽霊だったそうだ。鯉繋は物心ついた頃には既に彼女しか身内は無かったという。修業の休憩時間。手伝いの片手間。ポツリポツリと、彼女と共に見た外の世界をよく自分に話してくれた。

あの当時はまだ己も弱く、里の外に出たことがなかったので、ぶっきらぼうに相づちを打ちながらも、その声は弾んでいたのだろう。

田舎の町の風景。様々な山々の景色。気の良い妖怪や人々の話。

そして時折話してくれたのが、力の無かった彼を殺そうとする、妖怪の話。

「多分あれが、もう一つの俺の力なんだろうな」

自分よりも格上の相手から逃げるために使っていたのだろうその力は、自発的に使うにはどうすれば良いのか分からないのだと、鯉繋は苦笑いしていた。宝の持ち腐れにも程があると。

どんな力なのか、と無邪気に尋ねた俺に、幽霊みたいになる力、と彼は答えていた。

彼なりのはぐらかし方だったのではないかと気づいたのはずっと後の話だ。

「まぁた悩んでんのか?イタク」

ストトトトと、包丁を扱うイタクにそうちょっかいをかけてきたのは件の淡島。

「別に。そんなんじゃねぇよ」

背中から抱きつくといういつものごとく過剰なスキンシップにイタクはあきれたようにため息をついた。

時は夜。背後にあたる豊満な胸がイタクには毒だ。

「おまえが悩んだって仕方ねぇだろ?お前が教えられる訳でもないんだからよ」

軽い口調ながらも、淡島の言葉は正論だ。

鯉繋の父親が誰かも分からないイタクでは鯉繋にもう一つの血筋の力を教える事はできない。

それは他の連中も同じで。

「ほっときなさいよ」

考え込みかけたイタクを引き戻したのは冷めた女の声。

嘗て鯉繋の教育係だった雪女……冷麗だった。

「ばかばかしい。自分の畏れなんて、自分自身と真っ正面から向き合うしかないの。そうあればおのずと見えてくる物なんだから。出来ないのはまだ本人にそこまでの実力が無いってだけよ」

汁物の煮込み具合を確かめに来たのだろう、そのまま鍋に向かう冷麗にイタクは唇をかんだ。

鯉繋より更に上にいる冷麗にはいじめられた経験しか無く、咄嗟に体が竦むが、それ以上に彼女の言葉には納得できるだけの要素しか含まれてなかった。

この遠野では力が全てだ。

だからこそどこの妖怪組織にも属さず、どこの味方もする傭兵稼業で成り立っている。

(……力が無ければ、何も出来ない)

鯉繋は分かっているのだろう。だからなにも言わないのだ。外に出たい……そんな我が儘さえ。

「………っ」

その身から湧き上がる感情をこらえながら、イタクは包丁の動きを早めた。

今の時間鯉繋は、風呂焚きをしているはずだ。

なにも出来ないのは分かっていたが、会いたかった。

 

 

一瞬の浮遊感。

グランと重力がのしかかってくる感覚に、鯉繋は軽く頭を振った。

風呂場から修行場まで。距離にすればそこまで遠くないのに、いつまでたっても慣れることは出来ない。

(果たして……実戦で使える代物なんだろうか?)

頭によぎる不安に、鯉繋は深く息を吐き出した。

使えるか否かではない。使えるようにしなければならないのだ。

自分には……この2つしか無いのだから。

『ごめんなさい。ごめんなさい。鯉伴様』

魘されていた母はいつもそこにいない誰かに詫びて、泣いた。

『あなたの子を、ちゃんと生んであげられなかった。妾(わたし)は……』

違う。母さんのせいじゃない。何度も、病床の彼女に言い聞かせた。その回数はあまりの多さに、幼い頃の俺は数を覚えていられなかったけれど。

「……集中しろ」

言い聞かせるように活を入れ、自らの畏れを掌に集中させる。

本来なら妖怪の扱う畏れの発動……“鬼發“は1つの形しかないものだが、鯉繋は母、山吹乙女から幽霊としての力の使い方を教わっていた。

幽霊は滊(おもい)を糧とする妖(あやかし)。

自らの畏れと滊を合わせれば、無いものを有るものへとすることが出来るのだと。

畏れの認識ができるようになってすぐに、教わったのは、自分の肉体の作り方だった。

母がいなくても……生きていけるように。

自分独りでも生き残れるように。

『ごめんなさい……鯉繋。あなたを……孤独(ひとり)にしてしまう』

今際の母が漏らした本心。

案じられていたのだと分かっている。彼女は恐らく分かっていたのだろう。

一人になった子供になにが待ち受けているか。

ぬらりひょんの血を継ぐ者が、ぬら組の庇護を持たないというのがどういうことか。

「……っ、はぁ、で……きた」

はぁっと、息を吐き出した鯉繋の掌には刃渡り数センチの小刀が握られていた。

山吹色の鞘に納められているそれが、鯉繋の畏れによって創られた、《邪魔紱(やまふき)》と名付けられた刀である。

嘗ては無銘であったこの刀に、名を付けるよう命じたのは当時彼の教育係だった冷麗だった。

曰く、名があればその分、愛着がわくし、創造の際にその姿を浮かび上がらせやすいのではないかと。

彼女のいうように効果があったのかはまだ分かっていないが。

この遠野は妖気が溜まりやすい立地にあり、肉体の構成にしろ、それ以外にしろ、殆ど体内の畏れを奪う事は無い。

もともと強い妖怪ではない鯉繋には、その立地は少し、息苦しく感じるときもあるが。人でいえば咽せるに近いだろうか。

「最弱か……」

ポツリと呟いて、苦く笑う。

昔は父親について「鯉伴」という名前しか知らなかった。

しかし遠野での生活が長くなれば、自然と各地の話にも耳敏くなる。

四国の狸、京都の狐。……江戸の「ぬらりひょん」。

「……いけねっ」

気づけば刀を持つ手に力を入れていたのか、

握っていた手のひらが真っ赤になっていた。

正面に刀を構え、そっと呼気を整える。

滊を練る事が、幽霊の畏れの一番の基本だ。鬼發にしろ鬼憑にしろ、それが乱れれば負けてしまう。

分かっていた、はずなのに。

「おめぇが、「遠野のぬらりひょん」かい?」

気配がなかった。

気づけば目の前にいた。一人の男。押し倒され、目を合わされて、ようやく。

「だ……れだ……!」

「鯉繋っ!?」

後方の木の上から聞こえた声。

振り向けば、弟弟子であるイタクの驚愕に満ちた顔。

「どうじゃ?」

正面にいる男が、どこか面白そうに鯉繋に尋ねる。

「人の目に触れず、ぬらりくらりとしとる……これがわしら、”ぬらりひょん”じゃ」

これが山吹鯉繋が初めて出会った、自分以外のぬらりひょん。

彼の祖父との出会いだった。

 

夕食の支度を終え、イタクが風呂焚き場に行けば、用意は既に終えたのか鯉繋の姿は見えなかった。

しかしイタクとてなまじに彼の弟弟子はやっていない。彼の行く場所の目星は容易く付けられた。

遠野の数ある実戦場の中で一番広い場所。そこに果たして、鯉繋はいた。

但し見知らぬ妖怪に押し倒されて。

「鯉繋!?」

反射的に鎌に手を伸ばす。里の結界を破ったのか。それは別段不思議な事ではない。自分の畏れを使いこなせれば猿でもできる。

問題は、なにも騒ぎになっていないことだ。

遠野にいる誰にも、気づかれていないことだ。

「何者だ、貴様!」

木から実戦場の中へと入り込み、男の背後へと回り、その頸へ鎌をかけようとする。

しかしその動きを読んだのか、鯉繋から離れ、男は二人から距離をとった。

「心配せずとも、怪しいもんじゃねぇよ」

そう言って、笑うその顔を見て……イタクは驚きに目を見開いた。

「赤河童に呼ばれてきたんだが……案内しちゃあくれねぇかい?」

その言葉の内容はイタクの耳にはちっとも入って来ない。

なぜなら男が浮かべたその笑みは……鯉繋と、瓜二つのものだったからだ。

 

江戸で気儘に隠居生活を楽しんでいた奴良組先代総大将、ぬらりひょんが赤河童からの便りをもらったのはほんの数日前のことであった。

本家に現総大将たる鯉伴がいないのは既に日常となっており、未だに若さのある彼の側近たちも追いかけっこに夢中である。

先代からの側近達は(目付役である鴉天狗以外)そのおなじみの光景にあきれ半分、和み半分と言ったところか。

「わざわざ、おめぇが来るとはなぁ?よほどのことか。なまはげ」

そんな本家の縁側に面したある一室で、ぬらりひょんはある客を出迎えた。

奥州遠野一家の長、赤河童の遣い、なまはげである。

「どうだろうなぁ?そこはおめぇ次第だろう」

ずんぐりとした巨体を屈ませながら首をかしげるその姿は、訪ねた内容をつかませない物であるが、落ち着いた様子から切羽詰まったものではないことは予想できた。

そのことに内心安堵すると、今度は向こうが言った今回の用件の内容が気になる。誰にも着かない独立組織として動く遠野一家が、内密にしてまで訪ねてくるほどだ。生半可な内容ではないと予想していたにも関わらず、返答が「そちら次第」とは。

「何とも持って回した言い回ししてくれるじゃねぇか」

面白そうににやけたぬらりひょんに、なまはげもその心中は察したのか、呆れたように息を吐いた。

「もって回すも何も実際そうだ。俺たちはおめぇらの内輪もめに付き合う筋合いはねぇからな」

「……内輪もめ、だぁ?」

なまはげの浮かべた表情につられるように渋面となったぬらりひょんは、はてと、彼の言葉に該当するような些事があったかと近頃のことを思い浮かべる。

生憎とぬら組が関わる問題で遠野に不利益が生まれるような話は聞いていないのだが。

(いや待てよ……確か先月の総会の後に……)

ぬらりひょんはふと、先月、ぬら組最高幹部の二人がぬらりひょんの耳に入れた噂話を思い出した。

確か、その噂の舞台が他ならぬ、遠野だったはずだ。

(だが……あれはそこまで大事なもんにはなりえるか……?)

その噂話の詳細に思考を巡らせ、可能性は薄いと思いながらも、他に思い当たる事も無いため、当てずっぽうに近い感覚で確かめる。

「そりゃあ……遠野に“ぬらりひょん“がいるっつう話か?」

当てずっぽうだった言葉に、なまはげは意味深く笑った。

 

「何なんだ一体あの男は!?」

遠野屋敷。そこに集まっていた男若衆の中に、イタクの怒声が響いた。

「そこまでやばい奴なのか?」

「でも赤河童様の客だろ?イタクがピリピリするようなことじゃねぇじゃねぇかよ」

皆思い思いに口を開く中激昂するばかりのイタクでは要領を得ないと思ったのか、その場を仕切っていた淡島は訪ねる相手を変更した。

「あーもうっ!イタクじゃ話にならねぇ!! 鯉繋、赤河童様の客って一体どんな奴だったんだよ! お前も会ったんだろ!?」

「ちょっと……待て待て! 淡島首締めてんぞ!!」

業を煮やした淡島が首を締めようとした鯉繋は、心ここにあらずだったのか、淡島の手加減のない行為をモロにくらい、ばたばたと手を動かす。

そこから解放させた土彦は彼が鬼發も使わず、淡島から脱出する素振りもなかったことに違和感を覚えた。

「鯉繋。お前変だぞ? 疲れて………ん?!」

顔をのぞき込んだ“経立(ふったち)“の土彦はいつものポーカーフェイスにしては珍しく、ヒクリと表情を固まらせた。

鯉繋の顔は淡島に締められた影響か青ざめている。だがそれ以上に覇気を感じられない、能面のような姿はどこか作り物めいた異形さを感じさせたのだ。

「疲れか……そうかも。先に休んで良いか?」

周囲の感じる違和感に気づかないのか、鯉繋は薄笑いを浮かべた。吞まれるように無言となっている面々を気にもとめずに……そのまま床へ入る為に寝床へ向かっていった。

「な……なんか、怖え」

残った者の中でポツリと、呟いたのが誰なのかは定かではない。

 

ぬらりひょんの聞いた噂話は牛鬼組組長、牛鬼と関東大猿会会長、狒々から聞いた物だった。

当人達も酒の肴程度の認識だったし、己もまったく真面(まとも)には扱っていなかった。

他人のそら似か、虎の威を借る狐の類いだろうと。

しかしその予想は、遠野でその姿を見た瞬間覆された。

柄にもないことだが、時が戻ったのかと思った。

嘗て息子の傍にいた一人の女性。今でも鮮明に思い出せるぬら組の中で動き回っていた彼女の後ろ姿と被る。

(山吹……乙女……!?)

思わず声にでそうになった言葉。しかしよく見れば違う事は明らかだった。人でいえば元服するか否かの体は明らかに彼女よりも幼いものであるし、何より骨つきが女のものではない。

髪質が似ているだけの、真黒の髪色が同じだけの他人。そうに決まっている。

何故か己にそう言い聞かせながらも、ぬらりひょんは自らの鬼發、明鏡止水を発動させたまま、立ち尽くす彼の者の元へ近づいた。

どうやらこちらには気づいていないのだろうか。彼の精神統一の仕草か、閉ざした目が開く様子はない。

こちらとしては、赤河童を驚かせたいという悪戯心から遠野の畏れを破る以前から明鏡止水を発動させているため、遠野から外に出ることもない子供が気づかないのは無理ないのだが。

「……集中しろ」

唇から零れるかのように聞こえた声。見るとその眉は眉間に寄っている。

どこか思い詰めるように寄せられているその姿はそのまま余裕の無さを感じさせられた。

認識されていないのを幸いと相貌を眺めていると微かな妖気が子供の周囲に集まっていることに気付いた。

その中心は右の掌。注意深く見ると掌の周囲の大気が歪んだように揺らぐ。

「……っ、はぁ、で……きた」

その直後、何もなかったはずの右の掌に一降りの小刀が握られていた。

山吹色の鞘に納められているそれは幻術の類いにはない、実体を感じさせる厚みと重さを持っている。

しかし先刻まで確かにそこに何も存在しなかった。それはぬらりひょんが分かっている明確な事実である。

(これは……こやつの畏れか?)

無から有を生み出すとも言える、見たこともない畏れに内心舌を巻いていると、子供の息がひどく乱れていることに気付いた。

(待て待て……これゃあ)

単なる疲労……と言うには些かおかしいだろう。

僅かに青ざめた顔からはどこか苦しげな様子が見える。咄嗟に明鏡止水を解き、声をかけようかと逡巡したぬらりひょんの耳に、次いで入ってきたのはどこか自分を責めるかのような苦しげな声だった。

「最弱か……」

何と比べての言葉なのかは事情を知らないぬらりひょんには分からない。だがそこで遠くを見るように目線を上げた子供の……その瞳を見て、二の句が継げなかった。

瞳の色は髪と同じ真黒。その瞳孔は塗り潰したように混じりけがない。

それは山吹乙女と同じ瞳。

だが、その瞳の形は彼女よりも、ぬらりひょんの息子、鯉伴と……ぬらりひょん自身と、酷似している。

(なるほど……な。確かに、こりゃあ)

何故赤河童がここに己を呼んだのか、その理由の一端をぬらりひょんは理解した。同時に聞かなければならないこともできたが。

「おめぇが、「遠野のぬらりひょん」かい?」

明鏡止水を解き、覆いかぶさるように押し倒した。

ようやくそこにいると、認識できたのだろう。

己をしっかりと映す瞳を覗き込み、得意げに笑みを浮かべる。

「だ……れだ……!」

ようやく返ってきた言葉。それは問いの答えではなかったが、もしや己の父の力さえ知らないのだろうか。

「鯉繋っ!?」

後方の木の上から聞こえた声。それと同時に、己に向けられた殺気にゾクゾクするような面白みを感じる。

総大将を鯉伴に譲ってから、めっきり己が戦う機会は減ってしまった。そこに物足りなさを感じているわけではないが、若い世代から刺激を受けるのは悪くないだろう。

(まぁ……それはこの件が無事に済んでからじゃがな)

改めて目線を目の前にいる子供に合わせ、その目を覗き込み、囁く。

「どうじゃ?」

尋ねられた子供は大きくて目を見開いて、己を見つめていた。何とも不思議な事に、その表情は己の妻、珱姫に似ていると思った。

「人の目に触れず、ぬらりくらりとしとる……これがわしら、”ぬらりひょん”じゃ」

だがその直後。ビクッと、子どもの肩が震えた。

限界にまで、見開かれた瞳に宿った色は……怯えだった。

(……なんだ?)

“ぬらりひょん“。その言葉を出した瞬間に、起きた変化に思わず息を呑む。

「何者だ、貴様!」

そこに切り裂くように割り込む声。

明確な殺気に子供から感じた反応も手伝い、ぬらりひょんは子供から離れた所に足を付けた。

殺気を収めること無くこちらを警戒し続ける姿はまるで子供を守っているようだった。

仲間意識か。何にせよ、孤立しているわけではないのは喜ばしいことだ。

「心配せずとも、怪しいもんじゃねぇよ」

我ながら説得力がないのは自覚しているが、呼ばれてきた客であることは事実である。最も内容が内容なのでおそらく遠野の連中でも自分の訪れを知っているのは極一部だろうが。

「赤河童に呼ばれてきたんだが……案内しちゃあくれねぇかい?」

念押しのように笑いかければ、殺気を向けていた鎌を持つ少年……おそらく鎌鼬だろう彼は、驚いたように目を見開いた。

 

「随分と早いおなりだなぁ。ぬらりひょん」

揶揄するように笑みを浮かべるのは遠野の重鎮、赤河童の側近の一人、実質的な遠野の二番手だ。

「何年ぶりだぁ?随分と老いたようだのぉ」

皮肉と共に唇を歪めたところを見ると、おそらく彼も知っている側だろう。

「最初に教えろ。確信を得たのは何時だ」

主語はあえて入れずに、ぬらりひょんは問いかけた。

わざわざなまはげを遣いにたて、その上で用件は現地で話すという用心に用心を重ねるからには彼らは信用できる伝を使って調べたのだろう。あの子供の身元を。

「随分と、急くな」

ようやく口を開いた赤河童に、苦笑を浮かべた。

「風情が無いのは百も承知じゃ。じゃがな……あいつは今も乙女さんを探しとるし、わしらもそれを知っておった。そこにいきなりこの話じゃ。怪しむなってのは致し方なかろう?」

そのまま目線を鋭く睨みつけるが、流石は長年遠野妖怪を束ねている大将と言うべきか、気後れする様子は無い。

「いつから……か」

昔に思いを馳せるかのように言葉の間を開ける赤河童

の目にはぬらりひょんの姿は映っていない。

静かな水面に水滴を垂らすように、大妖怪は言葉を続けた。

「もう100年になる。あれがここへ連れてこられたのはな……連れてきたのは“朧月夜(オボロヅキヨ)“。お主との血縁関係を聞いたのもその時に、奴からじゃ」

「なっ……?! 朧月夜じゃと!?」

予想もしなかった名前に、ぬらりひょんは目を見開いた。朧月夜。そう呼ばれているのは、ぬらりひょんが奴良組の本拠を江戸に構える以前。更に言うなら浮世絵町に居を構える前から江戸にいた、古い存在である。一番街をシマとする良太猫率いる化け猫組とは違い、奴良組内部に取り入れた訳ではないが、敵対している訳でもない。敢えて言葉を使うなら、居を構えていた場所にしては愛着を持たず、現在でさえも無関心のため、こちらとも不干渉を貫いている、と言うべきだろう。

それ故敵対することもなかったのでぬらりひょんも真っ向からやり合ったことはないが、手合わせ程度で数回仕合ったときでさえ、彼の存在の力は上限という物が感じられなかった。

また何度か関わるうちに妖怪の中であっても彼女はどこか異質、異様な気配を帯びていると、認めざるを負えなかったのだ。

(一時は妖怪じゃねぇんじゃねぇかとも疑ったが、術も使わずに何百年も生きるようなものが、妖怪以外にいるはずねぇからな)

しかし間違えてもあれは百鬼夜行に加えたいと思えるような相手ではないことは確かだ。

「なるほど。つまりお前らが儂を呼んだ内容ってのがあの子供のこと。だから内輪揉めなんて言い方をしたってわけかい?」

問いの形をとってはいるが、ぬらりひょんは内心で確信していた。なまはげの言った「こちら次第」という言葉も、あの子供を3代目候補と考えれば確かに大事になってしまうだろう。

最も鯉伴がその存在を認知している様子がない以上、組に入れるとなるとややこしい事にはなりそうだが。

そこまで考えてぬらりひょんは先ほどの赤河童の言葉に引っかかるものを感じ、しばし思案にふけ……それに気付いた。

「まて……100年前じゃと? あやつは今幾つじゃ!?そもそも母である山吹乙女はどうした?!」

山吹乙女が奴良組を去ったのは、嫁いでから…50年を少し過ぎたあたりだった。それは今から100年と少しばかりの時分の筈。山吹乙女が去ったのと、子供が遠野に引き取られるまでの時間にあまりにも間がなさ過ぎる。

「相変わらず、鋭いな」

それまで沈黙を貫いていた赤河童が、ため息と共に言葉を吐き出す。

いつの間にか運ばれていたのか、ぬらりひょんと赤河童、側近の手前には小ぶりな湯呑み茶碗があった。

自身のそれに口をつけ、赤河童は続ける。

「あやつは今年で110になる。奴良組2代目の奥方、山吹乙女に関しては儂らも知らぬが……あれの様子を見るに既に生きてはおらぬのだろう」

それはぬらりひょんにとっても納得できる答えだ。仮に生きているのなら、同じように遠野で生活していてもおかしくはない。

それ以前に山吹乙女が生きていれば、子供が生まれた直後……は無理であったとしても、何とか奴良組の者と連絡を取ろうとした筈である。

遠野に来てから次々と明らかにされる事実に、鯉伴や他の連中にどう伝えるべきか……そもそも伝えるべきなのか、思案にくれるぬらりひょんに、いつの間にか意識の外に出していた対話相手から声がかけられた。

「1つ言っておくぞ。ぬらりひょん」

しかし、それは先刻までとは明らかに異なる空気で。まるで畏れの奪い合いをするかのような空気の重さに、ぬらりひょんも目を険しくした。

「儂らはあれが10の頃より、あれを遠野妖怪として育ててきた」

そこで一度会話を区切り、赤河童はぬらりひょんを見据える。

「たとえあれが主の血を継ぐ、正当な奴良組の跡目たり得る資格があろうとも、今更奴良組に渡してやる筋合いはない」

こちらを威圧するかのような様子の赤河童に、ぬらりひょんは先ほどの子供の怯えた目を思い出した。

「……儂とてそこまで耄碌はしとらんよ。孫だからといって当人の意思も確認せずに無理やり連れ去る気は無いわい」

気怠げにため息をつく素振りをすると、2人の間に流れる空気が僅かに緩む。しかし残念なことに話はそこでは終わらなかった。

「儂はそう考えとる。……じゃが」

そこで言葉を切り、ぬらりひょんは物憂げにため息を落とした。

鯉伴や他の幹部連中に関しては、そうとは言い切れる保証が無かったからだ。

そこまで赤河童も読めていたのだろう。だからぬらりひょんだけを遠野に呼び寄せた。悔しいがその判断は正しいとぬらりひょんも認めざるを負えない。

もし鯉伴や一部の幹部連中が知ったら、理由はどうあれあの子供の意思を無視する形で、無理矢理奴良組に引き入れようとする可能性もある。

鯉伴は山吹乙女の忘れ形見として、また自らの唯一人の息子として奴良組を継がせたいと考えるだろうし、幹部の中でも認めようとするものと、認めないとするものとで別れるとしても、その思惑はどうであれ、遠野に置くことに関しては、眉をひそめるに違いない。

「儂らは強要も強制もすることはない。それが誰であってもな。独立独歩こそが我ら遠野妖怪の誇り。それは我らの内にあってもじゃ」

「分かっておるわ」

赤河童はぬらりひょんに言い聞かせるような……否、実際に言い聞かせているのだろう、そんな口調で話す。僅かに苦々しく思いながらも、赤河童の言葉にぬらりひょんは頷いた。

しかし、理解はできるが納得は出来ないという物なのだろうか。その表情は浮かないものだ。

だがそれでもこれが筋というものだと、ぬらりひょんは理解していた。

父である鯉伴に会うことも、奴良組に入ることも、それはすべて子供本人が決めなければならないことだ。

誰であろうと、その意思をねじ曲げて良いものではない。

ぬらりひょんの口から、子供のことを組の面々に伝えることは簡単だろう。しかしそうすることで鯉伴や他の者達が、無理やりに遠野から連れ出すような事があったら?

珱姫に、山吹乙女によく似たあの子供を無理矢理縛るような真似をすれば、自分や組の者達は外道になるだろう。たとえその自覚がなかったとしてもだ。嘗ての強欲な珱姫の父と、鯉伴の祖父と同じように。

無意識とは言え息子の鯉伴を、そのような外道にはしたくなかったという思いから、ぬらりひょんは言葉を吐息の中に飲み込んだ。

「で……?まさかこのことを知らせるだけが用件という訳じゃあ、ねぇんだろ?」

場の空気を変えるように笑みを浮かべて問いかけると、赤河童もくくっと唇を歪める。

「相変わらずだな。……左様、なんだと思う?」

悪戯を仕掛けるような赤河童のその問いに、ぬらりひょんは今まで聞いたこと、見てきた物を思い出す。なまはげが、本家を訪れ、遠野にて起きたこと、その全て。

「あの子供に関する事じゃろう?……じゃが、あの畏れは見たことが無いが」

「イタクが苛立っていたからもしやとは思うたが、やはりあれと鉢合わせていたか」

イタク、と言うのはおそらくあの鎌鼬の少年だろう。その怒り……と言うには妬心に近いそれを思い出していると、赤河童が呆れたようにため息をこぼした。

「あれは本来、二つの畏れを持っている。主らぬらりひょんの力と、母たる山吹乙女から受け継いだ力をな。ただし、100を過ぎて尚、あれは自発的にぬらりひょんの力を扱うことが出来ていない。それで主を選んだのじゃ」

「おいおい、儂に教えろってのかい?!」

予想外の要請に、ぬらりひょんはただ目を見開いた。

同時にどうしようもなく、わくわくとした高揚感があるのも確かだ。

ただ次いで、鯉伴や他の連中に対しての後ろめたさ。罪悪感。それと同等か、それ以上の赤河童への不信感も感じてしまった。

「鯉伴でなく、儂に白羽の矢を立てる理由は聞かんでもわかっとる。じゃが、ここまでして儂らの畏れを使いこなせるようにさせようという意味が分からん。……儂に貸しでも作る気かのう?」

なるべく軽い感じに、さらりと尋ねたつもりだった。しかし、次々に明らかになった事実に、流石のぬらりひょんも動揺していたのか、赤河童にその内心を見破られた。

「案じずとも、お主に貸しなど作る気は無いわ。お主を呼んだのもお主が最も適任と思ったからに過ぎんよ。ぬらりひょんでなければ、教えられぬものも有ろう」

それに、と赤河童は遠くを見るように、続ける。

「朧月夜の言葉を借りるのなら、儂も「興味を持った」のよ。「あれがどこまで行くのか」がな」

その言葉の意味は、事情を知らないぬらりひょんには掴みきれない物だった。

 

辛い記憶は、いつも雪の中のように思う。

母の死も、彼女との出会いも、自分の名前の意味を知ったときも。

 

「鯉繋……あなたは、妾と、鯉伴様を繋ぐモノ」

縋るように伸ばされた手。気付いたのは何時だっただろうか。彼女が……自らの母が己を見ていない時がある、と気付いたのは。

今から思えば、彼女は病んでいたのだと分かる。愛する者達の期待に応えられない自分に失望し、子を授かることを待ち望む夫に失望されるのを恐れ、彼らの仲むつまじい様子を話す者達が掌を返すのを怖がり……。

そうして、自ら流れ着いた孤独の中で、それでも彼らと切れる事が耐えられなかったのだ。

狂うほどの執念。妄執とも言えるほどの強い滊は、彼女の畏れに強い力を与えた。だからこそ彼女は守り切れたのだろう。彼女に残された最後の一粒種を。

狐の呪いを受け、それでも産まれようとする命を。

そして今から110年前の如月の月、静かに雪が降る夜に、己は生まれた。

最も、全ては母から聞いた話と、生を受けてから見てきた母の様子から僅かながら想像で補完しながら至った結論で有り、事実だけ述べられるなら、己が生まれた月と、その日の天気だけだろうが。

「……で、そんな話をなんで俺にしてるんだよ。お前は」

呆れたように肩を竦めて、徳利から酒を盃に移すのは淡島。

「そこにいたから」

平然と……理路騒然と宣うのは一見、通常に見える山吹鯉繋だ。しかし淡島は既に気付いていた。

夜中に散歩をしていた淡島が、いつもの大木の枝の上にいる鯉繋を見咎めたのが今から数分前。

床へ入ると言っていた鯉繋がなぜこのような場所にいるのか気にはなったが、先刻問いただせなかった赤河童様の客について聞く良い機会だと思い直し、声をかけること数分前。

あの時の自分に問いたい。

なぜ彼の傍らに数十本の徳利と盃がある事に気付かなかったのか、と。

結論から言おう。彼は強かに酔っ払っている。

しかし、その状態で変に会話が成り立つのが彼のある意味厄介な所だった。本人に酔っているという自覚が極端に薄いのである。

最もこれも生まれ持った呪いの後遺症のようなものなのだろうが。

「けどよぉ。その呪いって……例のあれだろう? 別にそれでお前そんなに不自由はしてないじゃん」

「俺は不自由してなくても、周りはそうじゃないってこと」

僅かに自虐の色を含んだ声に、淡島も言わんとしていることに気付いたのか、徳利を持っていない方の手で、軽く鯉繋の頭に手刀を当てた。

「お前なぁ、まだ年寄り連中の言ってたこと気にしてんのかよ!あんなの負け犬の遠吠えみたいなもんだろ!? 気にすることねぇよ!!」

「……けど。事実だろ」

そう囁く鯉繋の声はか細い。おそらく当時から気にしていたのであろう言葉に、どう返せばいいのかと迷いを見せると、「それに……」と、鯉繋は続けていた。

「母さんも、言ってたから」

「は? 何……を」

盃に目線を落としたまま、鯉繋が打ち明けた言葉に問いかけて……気づく。

「俺は、なりそこないだから」

強くなんか、なれない。

言葉にされなかった部分まで想像できた淡島は呆れか、怒りか、己にも判別できない感情をため息で吐き出した。

淡島は弟弟子であるイタクとは異なる面で距離が近かった。親の異なる妖怪は遠野の中でも珍しく、その数は圧倒的に少ない。

若衆の中では淡島と鯉繋位だ。

そんなことも相まって、昔から2人はよく共にいることが多かった。

弟子であるイタクと比べればその頻度は劣るものの、弟子でも師でもない分、本音を本気で話せる、数少ない友だった。

そして、友だったからこそ、他の者には吐き出せなかった悩みを吐き出すことが出来るのだろう。

最も、鯉繋がこういう類いの話をするには、酔わないとうまくしゃべれないというのが本人の言だが。

「待て、まさかこんな大量に徳利を空にした理由、この話をするからだって、言わないよな?」

問いかけながらも、長年の付き合いによって育まれた勘がそれの予想を見事に肯定している。

「……別に」

盃から目線を外すことなく否定した鯉繋の言葉は説得力に欠けることこの上ないが、今それを追求することはばかばかしい限りであった。

「なりそこない」

その言葉は遠野に来た直後から、鯉繋が己を卑下する時にたびたび使っていた言葉だった。最も、冷麗に師事していた時はそれを使う度に凍りづけにされていたものだが。

「あんた、バカなの?自分が滊の妖怪だって分かってる? 分かっていてやってるんなら大馬鹿者よ!? 自分で自分の畏れを弱くして、本当にバカッ!!」

この冷麗の言葉は徹頭徹尾真実だ。ただ、過程の部分を大きく省いてはいたが。

幽霊は滊を糧にする妖怪。

自身にしろ、他人からにしろ、向けられる滊によって簡単に性質を変化させてしまう弱い存在でもあるのだ。

母が自らの強い執念……負の滊によって力を高め、今までなし得なかった子を守りきったように。

自身の放つ滊が、「なりそこない」である状態を作り出しているのだと。

その冷麗の指摘に己は言い返す事が出来なかった。

そして今も出来てはいない。

そこまで鯉繋自身が理解しているからこそ、冷麗もイタクも淡島も、何も言わないのだ。言えないと、言っても正しいのかもしれない。

(なりそこない、ねぇ)

淡島も鯉繋と同じ二つの異なる力を持っている妖怪であるが、どちらかの力に優劣をつけた事など無い。

自分の畏れによる特徴もあわせて、好き、とは言いがたい物ではあるが、それでも、どちらも己ではあると自覚は出来ているのだ。

鯉繋もどちらも己ではあるとは、分かっているのだろう。それなのに、どちらかと優劣をつけてしまう理由は…やはり……。

「親の記憶が残ってるってのも、良し悪しだよなぁ」

淡島から言わせれば、それにつきてしまう。

あまりにも簡潔にまとめられた結論に、鯉繋の顔にも苦笑が浮かぶ。

「そうだな……でも、捨てられないんだ」

ぼんやりと、虚空に向けられる瞳。手持ちぶさたのように揺らす盃の中身は、並々と残っているが、恐らく、もう飲む気にはなれないのだろう。

「恨んでる訳じゃないんだ。生んでくれた事に、感謝もしてる……ただ、分からないんだ」

ゆらゆらと揺れる鯉繋の掌の水面をなんとなく眺めていると、前振りも無く、鯉繋から言葉がもれた。

「何で……死ぬと分かっていて、俺を育てたんだろう?」

 

 




基本的に今回と次回のその一、その二に関しては手を加えておりません。
続きに関しては書く予定ではありますが、それもいつ頃と明記することは出来ない状態です。
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