妖奇譚外伝集 変人科学者 来る!
これは今からおよそ100年前のこと。山吹鯉繋がボンゴレファミリーに所属していた頃の物語である。
会議がひと段落しようとしていた所に、バンっ!と、扉を叩き壊すかのような勢いで入ってきたのは一人の男だった。
「山吹様! 私、ついに開発しました! 完成致しましたよ!!」
そのあまりの勢いで中にいた者達の注目を一身に受けることになった男は、内部に充満する不穏な空気にまるで頓着する事なく、一目散に目当ての人物に駆け寄ろうとする。いや、実際そうしようとしたところに、苦笑の気配が混じった、やんわりとした制止の声がかかる。
「昼日向から元気そうだな。幹部会議最中の執務室に一言の許可無く入って来るとは……。さて、私はお前を咎めるべきなんだろうか?ジャンニーロ」
口調こそ滑らかで柔らかいものではあるが、向けられる視線は鋭い。
それは注意を投げる彼がこの場にいる最高権力者、「大空」の名を冠するこのマフィアのボスだからにほかならなかった。
「……おや、会議中でしたか? それは申し訳ありませんでした。ボンゴレ
常人なら青ざめ、すぐさま部屋から逃げ出すだろう。今しがた放たれたのはそれほどの力を持った視線だ。しかし相対する男は一向に気にした様子も無く、どこ吹く風である。
それほど強い力を持つ男なのか。それとも単に愚鈍なだけか。……それはここにいる面子を持ってしても定かでは無い。
なぜならピカリと耀く頭頂部が特徴的な男はボンゴレファミリー開発部門の中でも一番の研究マニアにして変人科学者と言われるジャンニーロであるからだ。
「それでは失礼! 山吹様を少しお借りします!!」
それを立証するかのように、ジャンニーロはジョットから見て、左の末席……入り口に一番近い左端にいる鯉繋の手を掴み取った。
「待て待て! お前は話を聞いてなかったのか!!」
あまりに堂々とした行いに、状況を把握して制止しなければならないはずの嵐の守護者の行動が遅れるほどのものである。
「聞いていましたとも! しかし心配は無用です! G様! 私はこの会議の内容など全く興味ありませんからね!」
「その言葉が既に問題だろっ!? しかも説得力の欠片もねぇぞ!! 信用できるか!!!」
売り言葉に買い言葉の要領で言い争う二人の姿は、とても現在急成長を遂げつつある巨大組織の上層部を担う者には見えない。
そう感じるほど二人のやりとりが幼稚……否、この場合は乱入してきた科学者、ジャンニーロの理屈の効かない一途ともいえる熱意が暑苦しい物であった。
「この様子では、今日の会議はこれにて終了でござるな」
そんな二人を眺めつつ、苦笑を浮かべるのは同席していた雨の守護者である浅利雨月。
他の幹部格がほぼ全員スーツ着用であるのに対して、鯉繋と並んで二人のみ着物を纏う彼らは、ファミリーの中でも珍しい日本人である。
「なぁ雨月。そもそもあいつ……誰だ?」
いつものように黒スーツの上に山吹色の小袖を羽織った鯉繋が未だに言い争う二人を視界に映したまま問いかけてきた。因みに現在も、片手をがっしりと、ジャンニーロに掴まれている状況である。
「おや、意外でござるな。鯉繋殿はまだジャンニーロと面識がなかったでござるか?」
ジャンニーロと示された……己の手を掴む科学者の姿を一度見やってから、目を宙へ向け、記憶を探る鯉繋の顔にははっきりと心当たりがないと書かれている。そんな彼の一部始終を見ていた雨月は自らの纏う水色の着流しの袖に口元を隠すが、その口は明らかに笑みの形をかたどっているのは、鯉繋には一目瞭然であった。
「仕方ないだろ。幹部以外の前にはほとんど出たことないんだから。大体、あいつはどうやって俺の存在を知ったんだ?」
無知である己を笑われたと解釈した鯉繋は、ムッと唇を尖らせて、まるで八つ当たりのように、矛先を今も尚、Gと言い合いを続けるジャンニーロに向ける。
しかし、もしや紹介された存在を忘れてしまったのだろうかという恐れが、鯉繋の鋭い言葉を窄ませた。
加入して僅か数日とはいえ、あまりの人付き合いの無さにも、後ろめたさを覚えたのかも知れない。
そんなどこか幼稚さを残す仲間の姿に、雨月は気にすることはないというように微笑を浮かべた。
「あやつは鯉繋殿同様、ジョットが勧誘して、ファミリーに入った人間でござる。あの発明意欲故、人脈も多く、それによってファミリー内部の情報には精通している御仁でござるよ。もしかしたら鯉繋殿とも気が合うかも知れぬでござるよ?」
「ちょっと待て、ジョットのあれは、“勧誘“か?」
ほのぼのと平和そうに話す雨月に思わず鯉繋は口を挟んだ。
鯉繋から言わせて貰えば、このファミリーに入るきっかけとなったジョットとの会話は決して平和的、平穏的なものではなかった。
あれから数日がたったが、あの時のことははっきりと覚えている。
片手でがっちりとこちらの動きを封じ込めたジョットは確信犯もかくやという笑みで、こう切り出してきたのだ。
『犯罪者としてファミリーに連行されるか、幹部としてファミリーの一員となるか、どちらがいい?』
「あれは脅迫だ!!」
「しかし、今はこの生活は嫌いではないのでござろう?」
そこで沈黙が降りた時点でこの問答における鯉繋の敗北は確定した。尋ねた雨月の方もそこまで分かっているのか、ニコニコと笑みを絶やすことなく、鯉繋を見つめている。
「……意地悪いな、雨月」
溜息とともに目を逸らした鯉繋の挙動は、今の問いの明確な肯定に他ならない。
それを知っていながら、驚いたかのような所作で目を丸くする雨の守護者は、一部では成る程、腹黒いと称されるのも納得であった。
「今頃気づくって、ちょっと遅すぎだものね。鯉繋」
そこで言葉を挟んできたのは、雨月の向かいの席に座る、碧色の癖っ毛の青年。
幹部格の中では最年少と呼ばれる、ランポウという雷の守護者だ。
「ジョットが連れてくる奴で、裏表がない奴なんて、もしいたらそれこそ、絶滅危惧種並の稀少生物だものね」
どこか遠くへ目線を投げながら呟くランポウの姿には、いやに実感が籠もっており、まるで経験が透けて見えるような気がした。
「ともあれ! これが今回の発明品です!!」
ランポウや雨月と話し込んでいる間に、Gとの言い争いも一段落ついていたのか、いつの間にか人も疎らになった会議場には、ジャンニーロの発明品と思われる薄い皮袋のような物が運び込まれていた。
因みにこの部屋には今、ボスであるショットと、右腕のG。その他は鯉繋と話していた雨月、ランポウと、ナックルが鎮座していた。
単独行動を好むアラウディと、時間の無駄遣いを厭うスペードは、どうやら会議の終わりと早々に、この室を辞したようである。
「名づけてっ! 「
「なんと……究極に長い名前だな! 覚えにくいぞ!!」
ダメ出し、一。晴の守護者から快活明朗に言い放たれた。
「……「持ち運び式・超小型」と言える理由はこの収納容器!」
それは当然聞こえていただろうに、ジャンニーロは構うことなく説明を続ける。
息つく間も、口を挟む余裕さえもない程の、あたかもガトリングガンの様な速度の口上に、その場にいる者達は皆聞き入る事しか出来ない。
「なんと手のひらサイズのこの容器は、登録した相手の死ぬ気の炎でしか開かないという、高セキュリティーとなっております! つまりっ……この容器に入っている間は他の妖怪に悪用される心配無く、必要最低限の畏れのみで実体化できるのです! 更にっ……夜間の間に必要となる憑依体としてもこの容器を使えば、態々憑依の為の依り代を捜す必要は無し! 加えて、無機物なので死体などが放つ異臭等の問題に悩まされる必要もなく、自身も本部も清潔を保てるという一石二鳥付き!! ……どうです!? 素晴らしいでしょう!!」
鼻高々に解説を終えたジャンニーロは、期待に満ちた瞳で観客からの賛辞を待った……が。
「ジャンニーロ……まず俺は、死ぬ気の炎、使えないんだか」
恐る恐ると、言いにくそうに。大層申し訳そうに切り出したのは、この研究に最も重点を置かれたのだろう、山吹鯉繋で。
「そもそも、死ぬ気の炎って、使えるのボスの血縁だけだもんね。つまりこれ、使うにはずっとボスか、ボスの血筋に引っ付いていないといけないって事だもんね」
「成る程。ではこれはどちらかと言えば鯉繋殿をボスに繋ぎ止めるための鎖……鳥籠と言うことになるのでござるな」
のほほんとしながらも、的確に欠点を突いた雨月の言葉に、血相を変えて制止をかけたのは、他ならぬボス、ジョットであった。
「ちょっと待て! 俺の在位中はともかく、他のボスにも鯉繋が忠誠を誓わなければならないということか!? 無理強いのようなやり方は俺は好かん!! こんな物で縛るなど、認めることは出来んぞ!!」
「つまり……この発明品は無しだな」
平然ととどめをさしたGの一言に、ジャンニーロは力なく崩れ落ちた。
これが鯉繋が知る、ボンゴレ
「ねぇ、リボーン……これ何に見える?」
未来の戦いから帰還して数日たったある日。
珍しく神妙な顔をした綱吉がリボーンに差し出したものを見て、鯉繋は思わず目を見開いた。
「
キラリと、目の中に不穏な光を宿したリボーンに、山吹鯉繋の依り代となっている、現ボンゴレ十代目最有力候補筆頭、沢田綱吉は、苦笑と失笑を入り混ぜたようなおかしな表情で、事の次第を話した。
「九代目から……だと?」
「うん。ユニから十年後の世界の記憶を貰った時に、これを思い出したんだって。ボンゴレの研究室の中に随分昔からある物みたいで、古株の人でも分からないから、ずっと放っておかれていたみたい」
おそらく超直感によるものであろう知らせに、九代目はそれを綱吉に託すことにしたのだそうだ。
「書かれていた紋章が、鯉繋のために作られた「
説明を終えた綱吉はそして、徐にこちらを見つめた。
しかしその目は、どこか迷っているようにも見える。
「あのさ……言いたくないなら、言わなくて良いけど」
しばらく迷ってから、漸く放たれた彼の言葉に……正確には、その内容に鯉繋は目を丸くした。
どうやら何も言い出さない鯉繋の様子から、色々と考えさせてしまっていたようだ。
年齢に似合わない程の気遣いを覚えてしまっている彼を安心させられるように、鯉繋は僅かな苦笑で答えた。
「いや、別にこれが何かを話すのは構わないが……
言葉にすることでそれは、鯉繋の中でもストンと落ちてくる。
(そうだな……)
それは、再びこれを見た瞬間、既に決めていた事だったかも知れない。
嘗て、
『縛りたくない』と。
それは、紛れもなく、
そして、今鯉繋は思う。
(こいつの体から、まだ出たくはないなぁ)
それは、彼の体を道具として見ているからでは無い。
彼を仲間として、相棒として思うからだ。
二人で一つ。
多くの不条理から始まった形だが、今は存外、気に入っている。