思い付きのネタ集   作:とちおとめ

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二人の共通点、きっと分かる人は分かるはず。


そうして二人は出会う

 とあるショッピングモールの食品売り場に一人の女性の姿があった。

 彼女は手に取ったお肉の値段と睨めっこしながら何かを思案するような表情である。そして時折、少し膨らんだお腹を優しく撫でるその姿から察するにどうやら妊婦さんのようだ。

 

「……う~んちょっと高いかなぁ。でも、リョー君は高いお肉でも良いって言ってたし……よし、これにしようかな」

 

 踏ん切りが付いたのか女性は手に持っていたお肉を籠に入れて歩き出した。

 愛おしい夫のことを想いながら今晩の献立を立てる女性の名は立花美咲、旧姓は姫川美咲という女性である。彼女は決して楽ではなかった学生生活を愛する恋人と乗り越え、そして無事に結婚しめでたく子も授かった。

 家では愛する夫とお腹に宿った子供のことについて語り、幸せの中で一日を終えてまた新しく幸せな一日が始まる……そんな幸福で包まれた日常を繰り返す美咲は間違いなく幸せだと言えるだろう。自分と夫の仲を引き裂くような胸糞悪くなる夢を学生時代は見たこともあるが、もう今となってはそんな夢を見ることも思い出すこともなくなるほどに美咲は前を向いている。そんな彼女を支え、そして彼女が支える夫の亮太と共に。

 

「合わせて5490円になります」

 

 レジでお金を払い食材を籠から袋に詰め直した美咲はいざ、自分と夫の愛の巣でもある家へと帰ろうとしたのだが……そこで一つ、美咲はある出会いを経験することとなるのだった。

 

「……うぅママぁ……どこに居るの? ……ぐすっ!」

 

 美咲に前に現れたのは涙を流して歩く一人の少女が居た。背丈から察するにまだ保育園くらいの年齢だろうか、そんな小さな少女が泣きながら美咲の目の前に現れた。

 

(……迷子かな)

 

 そう、この少女は美咲が思ったように迷子になっていたのだ。

 お人形を大切そうに抱えて母親を泣きながら探すその姿、昔に自分にもこういうことがあったなぁと懐かしさが込み上げてきた美咲だが、流石に目の前で幼い少女が泣いているというのに助けないという選択肢はない。美咲はゆっくりと少女の元に歩みを進め、屈みこんで少女と目線を合わせて口を開いた。

 

「どうしたのかな? お母さんとはぐれちゃった?」

「……うん。ママがどこに居るのか分からなくなっちゃったの……」

 

 受け答えがしっかりしていて思わず微笑ましくなり、美咲は自然と少女の頭を撫でていた。そして出来るだけ安心させてあげられるように笑顔で言葉を続ける。

 

「放送でお母さんを呼んでもらおっか。大丈夫、すぐに会えるわ」

「ほんと? ママ……怒らないかな?」

「それは……ちょっと分からないけど、私も出来るだけ怒らないように話をしてみるから安心して?」

「……うん。分かった!」

 

 少女は安心したのか、ようやく泣き止んで笑顔を見せてくれた。お腹の中に我が子が宿り、本当の意味で母親になる一歩手前の美咲からすれば、自分たちの間に生まれてくる子供もこんな風に可愛いのかなと思ってしまう。今手を繋いで歩いているこの子のように、自分たちも精一杯の愛情を注いで育てようと美咲は心の中で改めて決意をするのだった。

 少女を連れて迷子センターに辿り着いた美咲は職員を呼ぶ。そしてここに来て美咲はこの少女の名前を聞いていないことに気が付いた。

 

「そう言えば名前を聞いてなかったわね。お名前、何て言うの?」

「春香! えっとね、朝岡春香って言うの!」

「春香ちゃんか、良い名前ね」

「でしょ~! パパとママが付けてくれた名前だもん!」

 

 えっへんと腰に手を当ててそう言う春香に美咲も職員も思わず可愛いと口に出してしまう。一足先に我に返った職員が動き出し、放送で春香の母親を呼んでくれるのだった。

 これで一先ず安心かと美咲はホッとし、職員に任せて帰ろうとしたのだが……。

 

「……お姉さん、行っちゃうの?」

「もう少し居るから安心してね」

 

 子供の純真さには敵わない美咲だった。

 それから数分春香と一緒に過ごしていると、ようやく春香の母親と思われる女性が現れた。走ってきたのか肩で息をする女性は春香を見つけた途端大きく溜息を吐くように、そして優しく微笑みながら春香を抱きしめた。

 

「良かったわ。本当に心配したんだからね?」

「……うん。ママごめんなさい」

「いいのよ。あなたが無事で良かったわ」

 

 大切そうに慈しむその母親の姿、本当に愛しているんだなと伝わってくる。

 この空間に割って入るのもあれだし、このまま黙って消えた方がいいかなと美咲は改めてこの場を離れようとしたのだが、それよりも早く女性が美咲に視線を向けるのだった。

 

「あなたが娘をここまで?」

「あ、はい」

 

 ……まあ娘を送り届けたのだから声くらい掛けられるか、よほど責任感の無い親ならまだしもとても優しそうな女性に見えるためお礼をされるのも当然かなと美咲は考えた。

 

「春香をありがとうございます。この子に何かあったらと思うと……目を離してしまった私が悪いのですが、春香を見つけてくれたのがあなたのような方で本当に良かったです」

 

 深く頭を下げてきた女性に慌ててしまったのは美咲のほうだ。別に義務や使命感と言ったものではなく、ただの善意での行動なのにそこまで感謝の気持ちを表さなくていいと思っていたのだ。美咲は慌てるようにどうか頭を上げてほしいと言うと、女性は渋々ながらも頭を上げるのだった。

 先ほども言ったように美咲はすぐに帰ろうとしたのだが……春香の母親であるが所以なのだろうか、女性はせめてものお礼として喫茶店でお茶をご馳走したいと申し出てきた。もちろん断ろうとしたが、春香の美咲を見つめる期待を込めた眼差しを無視することはできず、美咲は春香と女性に連れられて近くの喫茶店へと訪れた。

 

「ママ! ケーキ頼んでいい?」

「いいわよ」

「やったあ!」

 

 目の前の微笑ましい光景に思わず笑みが零れる美咲。

 そんな美咲の視線に気づき、女性は美咲に視線を向けて口を開いた。

 

「改めまして、この度は本当にお世話になりました。この子の母の朝岡心春と言います」

 

 万人が見惚れるような笑みで女性――心春は自己紹介をした。

 美咲は一瞬その笑みに見惚れそうになったものの、すぐに我に返り心春に応える。

 

「いえ、私も春香ちゃんとお話出来て楽しかったですから本当にお気になさらないでください。私、立花美咲と申します。よろしくお願いしますね心春さん」

「ふふ、美咲さんね。よろしくお願いします」

 

 不意な出来事ではあったものの、美咲はこの日生涯に渡る友人――ママ友とも言える心春と出会った。ケーキが運ばれて来てそれに夢中になる春香を眺めながら、美咲と心春は話しに花を咲かせる充実とした時間を送るのだった。学生時代の話や夫のことを互いに話すと、何故か他人事には思えないような気がしてくるから不思議なものである。お互い学生の時から今の夫と出会い結婚しているというのだから、それだけで共通点としては十分すぎるほどだ。

 学生時代のお互いのことを……もちろん事件のことに関しては伏せて話をするが、それ以外では大いに盛り上がった。その後にこれから子を産むであろう美咲に対し、先輩でもある心春が気を付けることなどを教えそれを美咲が真剣に聞くという光景も見ることができた。

 

「それでね、リョー君ったらあの時は凄くかっこよくて!」

「美咲さんがそこまで好きになる男性だもの。きっと素敵な人なのね。でも、あっくんだって負けてないよ?」

「……ふふ」

「……あはは」

 

 敬語が取れてしまうくらいには打ち解けたようだ。

 春香はケーキを食べ終えて眠くなってしまったのか、心春に身を寄せて夢の世界に旅立っていた。すぅすぅと可愛らしく寝息を立てる春香を見て、美咲と心春はそろそろ帰ろうかと喫茶店を後にするのだった。

 

「……本当に可愛いなぁ春香ちゃん」

「ふふ、ありがとう。でも美咲さんが生む子もきっと可愛いんでしょうね。生まれたら会わせてもらえる?」

「もちろん! なんなら家族でご飯でもどう?」

「いいわね。是非お願いしたいな」

 

 眠る春香を背負う心春と笑顔を交えて言葉を交わす美咲、二人の間に既に壁がないことなどよく分かる光景だ。……ただ、そんな光景に水を差す存在というのはやはりいるわけで。

 美咲たちに近づく一つの影、見るからにチャラそうな二人組の男だ。

 

「お姉さんたち、これから俺たちと遊ばない?」

「子供もいるけど……まあ寝かせときゃいいだろ。な? 行こうぜ」

 

 男の言葉に美咲は分かりやすいくらいに眉を顰めた。更に子供を連れている心春にすら声を掛けた時点で美咲の男たちに対する印象は底辺まで落ちている。夫を愛し、夫だけしか見えていない美咲にとってこのような軽薄な男たちなど邪魔以外の何者でもなかった。

 とはいえ、美咲は己の容姿の良さを自覚しているしこのようなナンパは今もしつこくあるくらいだ。その度に美咲はあまり人様に言えないような方法で撃退しているわけだが……どうせ無駄だろうと思ったが美咲はこう告げた。

 

「ごめんなさいね。家に夫を待たせているし、お腹に子供がいるのよ。消えてくれるかしら?」

 

 序盤は当たり前の理由だが、最後まで嫌悪感を隠し切れなかったのか切れ味ある言葉が飛び出した。男たちは一瞬ポカンとしたが、すぐに目付きを変えて美咲を睨んだ……のだが、次に口を開こうとした男たちに対し、まるで地獄から響くような冷たい声が届けられた。

 

「美咲さんの言葉が聞こえなかったかしら。消えろ、そう言ったのよ。そしてそれは私も同じ、ねえ……消えてくれないかな?」

 

 この場一帯が氷点下かと思わせるような寒気を齎すその声音に、正面に立つ男ほどではないが美咲も思わずブルっと体が震えるほどだった。

 美咲でもこれなのだから、心春の正面に立っている男たちがどのような反応をするかなど想像するに難くない。男たちは二人揃って顔色を悪くし、心春から怯えて逃げるように立ち去って行った。

 

「まるでお化けを見たような反応……失礼だなぁ」

「……心春さん凄い怖いんだね」

 

 知り合ったばかりではあるが、この先決して心春を怒らせることはしないと思った美咲だった。あまり物怖じしないのが美咲の強い部分ではあるが、心春からどこか“綾乃”に似た何かを感じ取ったのが怖さを感じた一番の理由だろう。綾乃と違い雰囲気が柔らかい心春にそんな恐れるような一面はない……そう思いたいが、今の光景を見てしまっては美咲としてもこの感じた直感に関しては信じざるを得ない。

 ……まあ、心春の冷たい部分は彼女たちの平穏を脅かす存在にしか向けられることはない。こうして仲が良くなった美咲に対し、心春の残酷な部分が現れることはほぼないと言えるだろう。

 

「それじゃあね美咲さん。またお茶でも一緒にね?」

「うん。是非お願いするよ。春香ちゃんもバイバイ」

 

 寝ている春香に伝わるわけもないが、美咲がそう言うと春香は少し頷いたようにも見えて、そんな仕草でさえも可愛く見えてしまう。少しだけ涎が垂れてしまった春香の口元を拭いて、今度こそ心春は帰路に着くのだった。

 

「さて、私も帰ろっと」

 

 愛する夫の待つ家へ、美咲も帰路に着いた。

 夫である亮太とは大学を卒業してからは一緒に住んでいる。最初はアパートだったが、今では家を買って立派なマイホームを持っているのだ。

 家に着いて玄関を開けると、中からバタバタと足音が聞こえてくる。

 

「おかえり、美咲」

 

 出てきたのは当然、夫である亮太だ。

 亮太はすぐに美咲の持っている買い物袋を受け取る。こんな小さなことでも優しさを発揮してくれる亮太のことがいつまで経っても美咲の心を掴んでいる。本来なら買い物も一緒に行くと言っていたのだが、仕事で疲れていることを考慮して美咲が断ったため、今日美咲は一人で出かけていた。まあそのおかげかどうかは分からないが、心春と春香との素敵な出会いがあったのである意味で良かったと言えるのかもしれない。

 それから二人で夕飯の用意をし、二人で机を囲んで夕食を摂る中美咲が話したのは心春との出会いだ。

 

「凄く良い人だったんだ心春さん。春香ちゃんも凄く可愛くて」

「そっか。そんな話を聞くと、俺たちも早く子供が欲しいって思っちゃうなぁ」

「そうだね」

 

 亮太の言葉に頷いた美咲はゆっくりとお腹を撫でる。

 まだ生まれてくる時間は掛かるだろうけれど、本当に生まれてくるその時が楽しみだ。こうしてお腹を撫でるだけでも愛おしさが溢れてくるのに、いざ生まれてきたらどれだけ可愛がってしまうのだろうか。

 亮太も美咲の隣に座り、優しくお腹を撫でる。

 

「パパとママはずっと待ってるからな。元気で生まれてきてくれよ」

「……ふふ。本当にね。待ってるよ、私たちの赤ちゃん」

 

 生まれてくる子のことを想い、今日も美咲は亮太の隣で幸せを噛み締める。

 温かくて大きな、頼りになる亮太。そんな彼と一緒に過ごすこの日常が何よりも美咲にとっては大切で、何にも代え難い愛おしい日々なのだ。

 もしかしたらこんな光景が訪れない“もしも”の世界もあるかもしれない。けれど今の平和な日々、優しい日々は間違いなくここに居る亮太と美咲が勝ち取ったものだ。二人はこれからも多くの時間を共に過ごし、幸せな日々を送り続けていく。そしてその二人の間に小さな命が加わり、もっともっと幸せを噛み締めるのだろう。

 

 

 これからも変わることなく幸せに――亮太と美咲、この世界の二人はもう何があっても大丈夫だ。

 


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