その空間は、男と女が本能のままに体を重ねる空間だった。
男はただ女を貪り、女はただ男に恭順することを第一の悦びと感じるように、ただただ男に身を任せ、或いは女の方からも男の種を求めるように腰を振っている。
「くくっ、今回の女も中々に良かったぞ」
「ありがとうございます」
金のかかっていそうなソファでくつろぐ太った男の前に、女が一人傅いている。
「ご主人様ぁ……もっともっと私を可愛がってくださいぃ♡ 何でもしますからぁ♡」
若い女の言葉に、男はニヤニヤと軽薄そうな笑みを浮かべて頭を撫でた。
大よそ普通のやり取りでないことは明白だが、そもそもこの空間そのものに充満する空気自体が普通ではない。
「しかし……お前の差し出す女共は簡単に堕ちてつまらんとも思うがな」
「それは仕方ないでしょう。女とはそういうものです」
「確かに。だがあの“イディオス”に所属する女ともなれば堕とし甲斐もありそうだ」
「……それは」
イディオス――数年前より頭角を現した芸能事務所だ。
社長兼オーナーが潤沢な資金と、芸能界にさえ伸ばしていたパイプをふんだんに発揮することで設立された事務所だが、そこに所属するスタッフもまた有能であり、事務所の顔とも言える所属アイドルたちも瞬く間に人気となり、今ではイディオスという名前はとても大きなものとなっており、そこでデビューすれば将来は約束されているといわれるほど。
「っ……」
イディオス……その名前に男性――石川は唇を噛む。
彼にとってイディオス……そこに所属するとある男には因縁があり、己のプライドをズタズタにされただけでなく、目の前で虎視眈々と狙っていたアイドルの一人を搔っ攫われた過去もあるのだから。
「無論、あの事務所のガードが固いのも分かっている。どうにかしてあそこから移籍させたところを狙ったりしない限りは、あそこの女を堕とすのは難しいだろう」
「……………」
「それに、君は目の前でアイドルを奪われたのだったか?」
「っ!?」
挑発するような言葉に怒りが込み上げたが、VIPとも言えるスポンサーなので強くは言えない。
『わ、私は……』
『俺が君を輝かせてみせる。だからどうか俺を信じてくれないか? 俺を必要としてくれないか? もし君が俺の手を取ってくれたら、俺は君に全力で応えてみせるから』
目の前で繰り広げられた茶番……そう、茶番だった。
だが狙っていたアイドルは石川より後にやってきた男に靡き、そのまま小さく頭を下げて彼女は行ってしまった……女の持つプライドの高さを育て上げ、逃げられない状況にしてからVIPに献上する……それをあの男が全て台無しにした。
(……思い出すだけでも腸が煮え繰り返りそうだ)
あのアイドルの女は落ち目だったはず……それなのにイディオスに所属してから仕事は増え、グラビアの仕事はもちろん歌や演技といった仕事まで用意され、テレビやSNSでもよく顔を見る。
本来ならば、男の欲望に染まりその体を道具として扱えたというのに。
「私はあの子を気に入っていたんだがなぁ……君が用意してくれるとばかり」
「……………」
「夢ノ木セイカ――随分と人気者になったものだ」
夢ノ木セイカ……本来なら石川が手に入れるはずだった女は今、別の事務所で輝かんばかりの笑顔を披露している。
ここまで言えば分かるだろうか――今、石川が奪われたアイドルはイディオスに所属しており、咲夜がマネージャーを務めているアイドルだ。
「私としては、あのマネージャーを引き込むべきだと思うのだがどうだ?」
「それは……」
「女がこうやって男を求めるように、男もまた女を求める。あのマネージャーも、これだけ選りすぐりの女を前にすれば、我らと同じ娯楽に興じると思うのだが」
その言葉に、石川は賛同できなかった。
セイカの件があった時もそうだが、それ以降も業界に所属する以上は咲夜の噂を耳にする……あれは絶対に欲望に堕ちることはないと、石川は断言する。
そのことに腹立たしさはあるが、どうにも咲夜を含め……彼の周りに集まるアイドルを引き抜くか、或いは堕とすことが出来るとはどうしても思えないのだ。
(何故だ……この感覚は一体――)
いずれ蹴落とすとは決めた……あの澄ました表情を絶望に染め上げるために、大切に扱っているであろう所属アイドルを罠に嵌める算段も立てている……だというのに、全く手応えがないとやる前から思えるのは果たして……どういうことなのだろうかと、石川は男女のまぐわいを見つめながら考えていた。
▼▽
「……へっくしょん!」
「風邪なの?」
「いや……誰かが噂でもしてるんだろう」
「本当?」
「お、おい……」
前に座っていたセイカが、心配そうに隣に座った。
ふわっと香る甘い匂いもさることながら、事務所の公式にも記載されている111センチの特大バストが近くで主張してきやがる。
「風邪ならそもそも事務所には来ないよ。風邪を移して君たちに何かあったら俺がファンに殺されてしまうだろう」
「マネージャーの……咲夜さんからなら構わないけれど?」
「ダメに決まってるだろセイカ――」
「咲夜さん、今は二人だけよ? アイドルとしての私ではなく、個人の私として接してほしいわね」
「……分かった。聖香、これで良いか?」
「えぇ♪」
満足そうに微笑む聖香が、すっと腕を絡めてきた。
こうしてプライベートになると聖香もそうだが、穂波もきさらもグッと距離が近くなりやがる……こいつら、俺がマネージャーでしかないのを分かってるのか?
いつもいつもこの爆乳を押し当ててきやがって……ただでさえエロ漫画のヒロインだったことを知っているので、こういう接触があると途端にこいつらエロ過ぎるだろとマネージャーにあるまじきことを考えちまうんだからな。
「……しっかし、思った以上に面倒な事態にはならなかったな」
「そうね」
気を取り直し、机に広げられた雑誌に目を向けた。
芸能界のスクープをすっぱ抜く週刊誌に、聖香が数多くの男と寝ているという事実無根の特集がされていた。
(……こういう形でやってくるのか)
そもそも、いま♡りあで聖香が堕ちる原因となるのがこれだ。
週刊誌にありもしないことを書かれたのもそうだが、聖香の持つ圧倒的なまでの爆乳が原因で普通の仕事をやらせてもらえないという意味の分からない問題も起き、そのまま聖香はアイドルとしての仕事を失っていくかに思われた……のだが、どうにかして芸能界のトップになりたいと願う聖香はどんな仕事でもやると宣言し、落ちぶれたアイドル運動会という如何わしい裏番組に出演し全てが狂っていく。
(漫画と同じで聖香のありもしないスクープがされたわけだが……聖香の仕事は減ってないし、スポンサーの撤退や株主からの苦言もない……目立つアイドルだからこそ面白がって中傷する発言はあるみたいだが、それでも炎上とまではなっていない)
そう考える俺の隣で聖香がSNSを見て笑った。
「見てよ咲夜さん」
「あん?」
それは、SNSに駆け巡る聖香の特集だ。
:あのセイカがそんなことしなくね?
:仮にしていたらあのエロい体を触れて羨ましいってなるけど……セイカだぞ?
:イベントの終わり際にいつもマネージャーのことばかり話すマネージャー廚だぞ?
:マネージャーの話をしすぎて注意されるあのセイカじゃん?
:マネージャーと寝るなら……まあそれはそれでどうって話だけど、これは嘘だろ絶対
:相手がマネージャーじゃない時点で嘘やん、信じる価値ナシ
:それよりこれで調子を崩して握手会無くなるのが嫌なんだが?
:こんな根も葉もない噂程度のスクープでセイカの邪魔すんなよ!
:セイカ、応援してるぞ! だからもっとテレビでも乳を揺らしてくれ!
とまあ、中にはどうなんだって発言もあれど基本的に聖香に対する言葉は優しさと愛に満ちているもので、このスクープが嘘であるという意見の方が大半だ。
「これ、しつこいくらいに咲夜さんのことばかり話していたのが幸いしたわ。私だけでなく穂波やきさらもそうだけど、咲夜さんの話題って他の会社の人も聞きたがるから一石二鳥なのよね」
「隣で聞かされる俺は恥ずかしいけどな」
「いいじゃないの♪」
心底機嫌良さそうに聖香は笑った。
こうして俺の事が話題になるのもそれはそれでどうかと思うが、こうして所属アイドルたちの話題が悪い方向に転ばないのはありがたいことだ。
「……でも、この事務所じゃなかったらダメだったかもしれない……それが少し怖いって思うわね」
「……………」
「咲夜さんが私を見つけてくれなかったら……なんて、思っちゃうの」
「ならもっと俺の事を敬ってほしいもんだがな」
「ふふっ、そのつもりなんだけどね」
聖香とこういう話をすると、出会いのことを思い出す。
全ての原因というわけではなかったが、石川プロデューサー……奴がそもそもアイドルたちをVIPに差し出すことから全てが狂いだすのは知っていたし、出会えたからこそ咄嗟に引き抜きにかかったのも大きかった。
(この世界……終わってるって)
普通の事務所ならば間違いなく潰されるくらいに、権力というのは強い。
漫画だと簡単に事業が傾いた美波さんだが、全ての始まりでもある穂波を守りたいという俺の気持ちを汲んでくれた彼女は、本当に有能という言葉では足りないほどの傑物になってしまった。
それもあってこの事務所――イディオスを潰せる勢力はどこにも居ない。
むしろイディオスとは何があっても協力したいと、スポンサーになりたいと言ってくる者が後を絶たないくらいになったからなぁ……そう考えるとあまりにも感慨深い。
「咲夜さんは覚えてる?」
「何が?」
「私を見つけてくれた時の言葉」
「もちろん」
覚えているに決まってるだろう。
「俺を信じてくれ、俺を必要としてくれ、だったか」
「えぇ。あの言葉が私を救ってくれた……誰かに頼られる喜び、誰かを頼れる喜びが私を強くしてくれただけでなく、今の私を形作っているの」
「あの時は必死だったからな」
「それだけ、私を見てくれたってことでしょ? あんなの、頷かなかったら絶対に後悔していたに決まってる……だから私は、あの時の選択をした私をずっと褒めたいもの」
そう言って聖香は笑った。
いつもファンに届けている笑顔を……俺がずっと、彼女のマネージャーとして守りたいと願っている笑顔だ。
「聖香、分かっているようだけど改めて伝えようかな」
「なに?」
「この先の未来はまだまだ長い……でもその中で頼られることに喜びを感じる君が、心から頼れる相手を見つけるのも大事なことだ」
「それは……恋人とか?」
「うちの事務所は恋愛が禁止されているわけじゃない。清純派グラビアアイドルとして売っている以上は隠す必要はあれど、仮に世間にバレた所でどうにでも出来るし、そもそも聖香が良い方向へと転がせられる力を持っている」
「……それ、ほんとに清純派アイドルに向ける言葉じゃないわねぇ」
まあほら、人によりけりだけど恋愛している瞬間が楽しいって人も居るし……これからの将来を考えれば、大切な人が出来るというのは喜ばしいことだから。
「まあでも、清純派もそろそろ卒業かしら? 容姿に自信はあるし、いつも褒められるけど大体はこのおっぱいのことばかりだものねぇ……前の事務所ではこの胸のせいで仕事が入らないとか言われてたのに」
「いやいや、胸の大きさで仕事が入らないってなんやねんって話だぞ? デカい胸を見れば大半の人が喜ぶんだ。むしろそんな理由でお前に仕事を斡旋出来なかった会社側の問題だろうが」
「ちなみに咲夜さんは大きな胸をどう思うの?」
「は? 大好きだが? つうか何度か言ってるし知ってるだろ」
「それもそうね……ふふっ♪」
その後、心底機嫌の良くなった聖香と過ごし……完全に週刊誌のことは忘れていた。
▼▽
「ねえさく兄」
「なんだ?」
「今日はどうするの?」
「あ~……頭痛いし、休日だからジッとしていたいな」
「そっか。じゃあ私も傍に居るね♪ お母さんにも伝えてるし」
すぐ傍で穂波がそう言う。
「……なあ穂波」
「なあに?」
「俺はそろそろ現実逃避をやめようと思う」
「うん? うん」
「……どうして」
そこで少し言いよどんだが、俺は意を決して言葉を続けた。
「何故……どうして俺と穂波は、裸でベッドに居るの?」
そう聞いた瞬間、穂波はニタァっと笑った。
ダラダラと流れる汗の量は尋常ではなく、正直なことを言えば聞かずとももしかしたらという答えは既に出ていた。
「そんなの決まってるじゃん――昨日さく兄と私でエッチしたからだよ?」
「……………」
昨晩の記憶……全くないんすけど。
なんて言って誤魔化せるわけがないくらいの事態に……俺は陥っていた。
原作主人公とかよりも、オリ主視点が非常に書きやすいというか……。
もしかしたらこういう形で進めていくかも?
この方が手が動く気がしますので。
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