怪盗少女の守り人   作:世間の窓

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第2話です!



第二弾 『マスター』

 ランサーがりこを連れて走ること十数分、ようやく森に終わりが見え始めた。視線の先にはまるで星空、または宝石を散りばめたと言ってもいいほどの、キラキラとした灯りの集合体が見えて来る。

 

「マスター、もうすぐで街に着くぞ……っと、眠ってしまったか」

 

 腕の中の小さな主人に声をかけようと顔を向けると、そこにはマントに(くる)まりスヤスヤと寝息を立てる金髪の少女が。

 だが仕方のないことだろう、まだまだ幼い少女だというのにこの暗闇の森を一人で走り、しかも獣に追われていたのだから。味方だと思えるランサーの存在に安堵し、緊張の糸が切れてしまうのは当然のことだろう。

 とりあえずは街へと行き、寝床と暖かな食事、そしてマスターが着るものを用意する。これが今の自分に課せられた使命だと、ランサーはできる限り速く、しかし腕の中の主人を起こさぬよう注意して走る。

 

 そして走ることさらに五分、チラチラとした灯りしか見えていなかった街はすでにその姿を現している。英霊として常人をはるかに超えた視力を手にしているランサーの目には、石造りの綺麗な街並みが映し出されていた。

 己のいた時代では目にかけることのなかった、まるで芸術品を置いて作ったかのような街。

 

「本当に時間を超えたのだな……実にいい街だ」

 

 ふっ、と笑みを零すランサー。この時代のことはある程度は知識として頭に入っている。だがただ知っているのと実際に見るのとではやはり感じ方が違う。

 

「百聞は一見に如かず、なるほど実に的を射た言葉だ」

 

 極東にある国の言葉を思い返し、ランサーはその言葉の意味に納得する。

 そうこうしている間にすでに街の入り口付近まで近づき、目の前には己の走る大地と街を分ける大きな川、そしてそこにかかる一本の大きな橋が見えてきた。ランサーは橋へ向かって一直線に駆け、その入り口に差し掛かろうとした時

 

「これはこれは、予想外のお客の到着だ」

 

 響く男の声。そしてその声の主と思しき影が一つ、橋の入り口に立ちはだかるように現れる。入り口を塞がれたランサーは影の十数メートル手前で立ち止まり、視線を鋭くさせ低い声音で問いかける。

 

「……何用だ? 悪いが今は誰かの相手をしている暇はないんだが」

 

「ふむ、本来ならば彼女だけのはずだったんだがね。僕の推理に波紋を起こすとは……なるほど、実に興味深い」

 

 独り言のように呟き、くつくつと楽しそうに笑う男。シルクハット黒のスーツ、そして片手に握られたステッキという風貌はまさにマジシャン。その帽子の下に覗くのは、凛々しい顔つきをした二十代そこらの若者の顔だ。

 

「何を言っているのかは知らんが、用がないのならそこをどけ」

 

 男の呟きに眉根を(ひそ)めつつ、ランサーはまるで忠告のするかのように告げる。

 

「ああすまない、どうも推理にズレが出ると一人考え事をしてしまう癖があってね。なに、僕が君達……いや正確にはそこの彼女の前に現れたのは一つ伝えることがあったからだよ」

 

 伝えること、その言葉にランサーはピクリと片眉を跳ねさせる。すると男はどこからともなく大きめの巾着袋を取り出すと、それをランサーへ投げ渡す。

 片手で袋を掴み中身を確かめると、そこに入っていたのは金貨や銀貨じゃらじゃらと、そして札束が複数詰められていた。それらは全てこの国で使うお金であり、そのようなものを気前よく渡してきた男にランサーは警戒心を持って尋ねる。

 

「……これはどういうつもりだ」

 

「そこのお嬢さんに伝えておいてくれないかな。我々イ・ウーはいつでも歓迎している、興味があれば近くの海岸へ来てみるといい……とね」

 

 ランサーへそう伝えると、これで仕事は終わりとばかりに背を向けて歩き出す。遠ざかっていく男の背中を目で追っていると、突如なんの前触れもなく霧が発生し男の姿をその中へと隠す。十数秒後、何事もなかったかのように霧は晴れ、そこには男の姿はもうなくなっていた。

 いったい何の目的があってきたのか、本当にこの金と伝言だけを伝えに来たのか。男の真意は掴めないが、もらった金をありがたく使わせてもらおうと、ランサーは暗がりの街へと伸びる橋に足を向けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 夢を見た。それは時間にして数年ほど昔、しかしもう戻ることは決してできない遠い遠い過去の光景。小さくなく、しかし大きすぎない屋敷にて父と母にてをつながれて歩く一人の少女の姿。

 

 少女の右手を握る父は口角を上げるクールな笑みを、反対の手を握る母親はにっこりと、包み込むような優しい笑顔を向けている。そしてそんな二人の間にいる少女は、花が咲いたような満面の笑顔できゃっきゃと楽しそうにはしゃいでいた。

 

 ──いつからだろう、あんな風に心の底から笑えなくなったのは。

 

 ──なぜだろう、あの少女のように優しさに胸を躍らせなくなったのは。

 

 ──どうしてだろう、自分が一人の人間ではなくただの『数字』として見られるのは

 

 瞬間、目の前の光景が変貌する。幸せそうな家庭の姿は消え、世界が暗闇に包まれる。そして目の前には己と同じ、いやさらに小さい少女が一人ぽつんと、俯いて立っていた。

 

『いつからだって、そんなのわかっていることでしょ? お父様とお母様が死んじゃった時からだよ』

 

 それはまるで独白するように

 

『なぜだってそんなの、私を私として見てくれる人がいなくなったからだよ』

 

 しかし、確かにこちらに語りかけるように

 

『どうしてだって、いやだなぁ、そんなもの自分が一番よくわかっているくせに』

 

 そして徐に顔を上げた少女の瞳は

 

『そんなの決まってるじゃない。私が、アナタが──『落ちこぼれ』だった、それだけだよ』

 

 自分と同じ金の瞳はまるで黒雲に覆われた太陽のように淀み、濁っていた。

 

 

 

 

 

 

「──はっ!?」

 

 目を覚ましたりこは、まるで飛び上がるように上半身を跳ね上げさせる。

 まるで全力で走った後ように、呼吸するのが苦しい。胸に手を当てなくとも、バクバクと心臓が跳ねているのがわかる。顔には汗が滲み、額やら頬やらに髪がひっついているが、今のりこにはそれを気にする余裕がなかった。

 

 数分、ようやく息が整い始め頭もクリアになってきた頃。りこはふと、自身の置かれている環境に疑問を抱く。

 

「ここ、どこ……?」

 

 見渡せば、そこは見知らぬ部屋の中。タンスに机、そして自分が横になっていたベッドと殺風景な一室にりこはいた。しかも裸で逃げ出したはずなのに、今は白色のワンピースを着ている。

 なぜこんな場所にいるのか、りこはここに足るまでの記憶を辿る。確か自分はこの十字架の力を使ってあの屋敷から逃げ出し、森で狼に追われ、そして……。

 

「あ、あの男の人……」

 

「お、ようやく起きたか、マスター」

 

 口のすると同時に部屋の扉が開き、あの時自分を助けてくれた鎧の男が部屋に入ってきた。しかし今の男の格好は鎧ではなく黒と赤の洋装へと変わっており、その手には桶が握られていた。

 その口元に笑みを浮かべているのは自身が目覚めたからなのだろうか。

 

(うな)されていたようだが、気分はどうだマスター?」

 

「え、うん……もう大丈夫」

 

「そうか、それなら良かった」

 

 机に桶を置きそこから濡れたタオルを取り出すと、ランサーはそのバリトンの声を響かせりこへ言う。

 

「それではマスター、服を脱げ」

 

 流れる沈黙。その空気を察したのか、ランサーは言葉を続ける。

 

「だいぶ汗をかいているからな、拭かなければ風邪を引いてしまう。さ、服を脱ぎたまえマスター」

 

「……うん」

 

 指示に従い服を脱ぐりこ。晒された素肌には深手とはいかないまでも、多くの切り傷が作られていた。そんな少女の背中に、ランサーは優しくタオルを当てる。

 

「……っ!」

 

「痛むか、マスター」

 

 傷口にタオルが触れ、りこの肩がピクリと跳ねる。

 

「ううん、大丈夫……」

 

 心配し声をかけるランサーへそう返す。彼女の返事にランサーは体を拭く手を進める。

 しばらくの間沈黙が室内を支配する中、不意にりこが口を開く。

 

「ねぇ、ますたぁってどういう意味なの?」

 

 りこが口にしたのは、ランサーがずっと呼び続ける『マスター』という名前。出会った時から、まるで自分をその名で呼ぶのにふさわしいと、そんな感じだった。

 

「……己の左手を見てみるといい」

 

 ランサーの言葉に従いりこが左手に目を向けると、そこには今まではなかったはずの奇妙な模様が刻まれていた。いったいいつの間に、りこがその模様を不思議そうに眺めていると

 

「それは『令呪(れいじゅ)』と呼ばれるものだ」

 

「れいじゅ……?」

 

 聞きなれない言葉にりこがそう聞き返すと、ランサーは「ああ」と頷き返す。

 

「それが君が私のマスターであると言う証だ」

 

「こんなものが証になるの?」

 

「こんなものとは随分な言われようだな。まぁ、君のような幼い子供が知っているとは思ってはなかったが」

 

 口元に笑みを浮かべるランサー。そんな彼の笑顔がどこか自分を子供扱いしているものだと悟ったりこは、むぅ、と頬を膨らませる。

 

「いいかマスター。令呪とは君が私に行える『3回限りの絶対命令権だ』」

 

「……?」

 

「ふむ、少し難しかったな。簡略的に言うならば、マスターが私になんでも3回だけお願いできるというものだ」

 

 最初の説明では意味がわからず首を傾げたままだったが、次の説明でぼやっとだが理解することができた。

 

「本当になんでもいいの?」

 

「ああ……っと、だが今すぐには使わないでくれ。令呪とはとても貴重なものなんだ。使うのは本当に必要だと感じた時にしてくれ」

 

 念を押すランサー。使い方を誤らなければ不可能を可能にすることすらできる大魔術の結晶、それが令呪である。それに彼のマスターはまだ子供、もしもの拍子で使われてしまったらたまらない。

 しかし子供のりこにはまだ早いのか、少し間を置いてから「わかった」と、本当に理解できたかどうか怪しい返事を返す。

 

 するときゅるるる〜、という可愛らしい音が室内に木霊する。ランサーはその音源へ目を向け、りこはその音を鳴らした部位を手で押さえる。

 くすっ、とランサーは笑みを浮かべると

 

「食事にしようかマスター。ちょうどこの宿の主人に頼んでいた料理も出来た頃だろう」

 

ベッドから立ち上がり、扉の外へ出て行った。

 

 

 

 

 

 

 

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