第4話です!
「ロンギヌス……あなたが?」
ランサーから託された彼の名──ロンギヌス。その名を聞いたことがあるりこは、信じられないといった風にその金の瞳を大きく見開く。
ロンギヌスとは、聖書に記された槍の名。ある丘にて十字架に磔にされたイエス・キリスト。彼の死を確認するため、その身を貫いた槍ということで有名だ。そんな槍がまさか人の身として目の前に現れようとは。
りこの驚愕の表情を見たランサーは、彼女の心中を察したのか口を開く。
「ああ、言葉が足りなかったな。私の持つ槍がロンギヌスの槍である、そういう意味だ」
つまりは彼の持つ槍はロンギヌスそのものということ。とはいえ、それはそれで大事なのだが。
とすれば、りこは疑問を口にする。
「それじゃ、あなたは何者なの?」
「なに、私自身はそこまで大した器ではない。語るだけ無駄な存在だと、そう理解してくれ」
そんな答えにならない返事に、りこはますます意味がわからなくなる。しかしそれ以上は語ろうとしないランサーに、これ以上の質問は意味がないなと言及を諦める。
そんなりこに、ランサーは小さく笑みを返すと言葉を続ける。
「さて、次はマスターの番だ」
「私の番……?」
「ああ。まだマスター自身の口から聞いてはいないのでね。それに私だけ、というのは些か不恰好だろう?」
そこまで言われて、ようやくりこはランサーが言いたいことを理解する。そして、すぅ、と息を吸い
「私はりこ……
その名を、先祖より受け継いだ姓を告げる。
「リュパン……かの世紀の大怪盗の血縁だったか」
ランサーは彼女の名を聞き、少しの驚きの籠った声でそう漏らす。アルセーヌ・リュパン、フランス出身の大怪盗。自身のマスターがその末裔とは、と今度はランサーが驚かされる。
対し理子の表情は暗い。その『血』が己を苦しめた理由の一つでもあるのだから、当然と言えば当然だろう。
「りこ……理子か」
ランサーは確認するように理子の名を呟く。
「汝が名、しかと受け取った。これからよろしく頼むぞ、マスター」
槍を消し、握手を求めるように右手を差し出すランサー。しかし、理子はその手を取らず
「……違う」
「む?」
何が「違う」なのか。ランサーとしてはこれから共にやっていく身としては、握手の一つくらい交わすものだと思っていた。それがなぜ断られるのか……いや、もしかしたら彼女の母国では握手という概念がないかもしれない。
などなど、ランサーが脳内で色々と考えを巡らせていると、理子はその小さな口をさらに小さく開き、ボソボソと何やら呟く。その言葉にランサーが耳を傾けると
「……ますたぁじゃなくて、理子って呼んで」
蚊が羽ばたくような声量での呟き。しかしきちんと彼女の言葉を聞き取ったランサーは右手を引き、そのまま顎の下まで持っていくと少しの間考え
「ふむ、私は一向に構わないが……本当にいいのか?」
無論、マスターのことを名前で呼ぶ英霊はいることはいる。しかしこれが初の召喚となるランサーは、主従の関係はしっかりとしておこうと考えていた。故に、ランサーは理子へそう聞き返す。
「大丈夫!」
即答だった。間髪も入らぬ間とでもいうべきか、先ほどの弱々しい声は何処へやら。急に大きな声を出す理子に面食らうが、初めて見るマスターの子供らしさというか明るい表情の前に、くすり、と笑をこぼし
「了解した。では改めて──よろしく頼むぞ、理子」
「──っ‼︎ うんっ、よろしくねロンギヌス」
再び差し出される右手。それを取る理子の浮かべた笑顔は、どこか少しだけ晴れやかになったようだった。
その後、再び布団に入った理子は未だ疲れが抜けきっていなかったのか、はたまた久しぶりにお腹いっぱい食事をとることができたからか、朝になるまでぐっすりと眠ってしまった。
その間、ランサーは追っ手が来ないか夜通し警戒をしていたが、どうやらその心配は杞憂に終わった。
何事もなく、無事に迎えた翌日の朝。宿の主人からもらった朝食を食べる理子。
「疲労の方はどうだ? 完全にとはいかないが、昨晩よりはマシになったか?」
そんな彼女へ問いかけるランサー。まぁ、食事をきちんと取れている様子を見れば大丈夫だとは思うが。
「うん、大丈夫」
「そうか……とはいえ、まだ調子が万全というわけでもないだろう。無理は禁物だぞ、理子」
栄養が行き渡っていない細い手足。顔色は良くなったとはいえ、やはりやつれている。本来ならば、彼女の調子が戻るまではゆっくりと療養をしたいところだが、如何せんこちらは追われる身だ。
しばらく追っ手の目を欺けられるような、身を隠すのに最適な場所があれば話は別……いや、一つ心当たりはある。だが信用しても良いのか、ランサーは悩む。
「……どうしたのロンギヌス? 目が怖いよ?」
どうやら顔に出てしまっていたらしい。ランサーはすぐさま表情を元に戻す。しかしそんなランサーの顔を見てしまった以上、理子は放ってはおかない。
「何か悩み事でもあるの? 理子でいいなら相談に乗るよ?」
心配そうな表情で理子は言う。そんな理子の言葉を聞き、ランサーは己を叱咤した。幼い少女に心配をかけるなど英霊として、いやそれ以前に一人の男としてこれ以上ないほどに情けないことだ。
「なに、いまから話をしようとしていたところだ。なにも心配する必要はない」
さて、そう言葉を区切り、ランサーは理子に一つの提案を持ちかける。
「次に我々の向かう場所だが、一つ候補がある」
「候補? 知り合いの所とか?」
可愛らしく首をかしげる理子。そんな彼女に「いいや」と返し
「私としては些か信用には欠けるが、おそらくほぼ確実に匿ってくれるであろう場所がある」
「そんな場所があるの?」
訝しむ理子。そんな都合の良い場所、怪しいにもほどがある。そう言いたげな表情だ。
それは先ほどランサーも考えていたが、わざわざこうしてこの国のお金を渡しにきたほどだ。向かったとしても、おそらく無下に扱われるようなことはないだろう。
「別に全く信用できないというわけではない。とりあえず候補の一つとして、これから訪ねてみようと思うが……どうだ?」
「……ロンギヌスがそう言うなら」
了承は得た。
「ならば今夜にはここを発つ。それまでゆっくりとしておくといい……これから先は忙しくなるぞ」
そう伝え、ランサーは空になった皿をトレーに乗せて部屋を出て行った。一人残された理子は特になにもすることがなかったので、彼に言われた通りベッドに横になり休息を取り始める。
そして時間は深夜へ飛ぶ。
雲一つない夜空には、ちかちかと瞬く砂金のような星々が煌めいている。気温は高くもなく低くもなく快適といった所だが、吹き抜ける風が体温を奪い妙に肌寒く感じてしまう。
そんな中、理子は目の前に広がる景色を眺めながら、隣に立つランサーへ静かに問いかける。
「ねぇ、本当にここでいいの?」
「ああ。詳しい場所は知らんが、おそらくは大丈夫だろう」
「でも……ここに居るってわかるのかな」
目の前に広がるのは、月光を照らし幻想的な雰囲気に包まれた大海原。街から離れたこの海岸には自分たちの他に人のいる気配はなく、寄せては引く波の静かな音が心地よく耳に届く。これが観光やデートだったら完璧なシチュエーションなのだが、ここに訪れた理由はそんなロマンチックなものとは無縁である。
それでも、理子は目の前の風景に目を奪われていた。
「……綺麗」
「そうだな。こんなに穏やかな海を見たのはいつぶりだったか」
言葉数少なく海を眺める二人。どこまでも続く海の彼方。海と空が重なり合うその線を理子が呆然と見つめていると、遠くの場所に浮上する何かの存在を捉える。
「暗くてよく見えないけど、あれなに?」
「船、いやただ船にしては些か大きすぎるな」
月明かりがあるとはいえあまりにも遠くにあるそれは影のようなシルエットになっており、理子の目では確認できない。しかしランサーは違うようで、あれの姿形がはっきりと見えているという。ランサーの新たな特技に感心していると、ランサーはその瞳を鷹のように鋭くさせ船の影を凝視する。
「……小舟のようなものが一隻、こちらに向かってきている。おそらくあれが迎えで違いないだろう」
ランサーの言葉に理子は先ほどの影へと視線を向ける。未だその形がどうなのか見て取れないほど遠くにあるので実感はないが、ランサーの目にはその小舟とやらが見えているのであろう。
顔は小舟へやったまま、ランサーは理子へバリトンの声をかける。
「理子、昼に言ったことは覚えているな」
「うん……二人きりの時以外は真名で呼んじゃいけない、だよね?」
「そうだ。できるだけ、名を知っている者は少数に留めたいのでな。理子には悪いが、今まで通りランサーと呼んでもらおう」
先も言ったが、真名とはその英霊の弱点を教えてしまう。聖杯戦争とは違うものの、万が一に備えておきたい。
理子もランサーを真名で呼ばないことを承諾しており、これで不利になる芽は摘み取ったと、そんな表情でランサーは迎えを待つ。
数分後、砂浜に着いた小舟、それは白塗りのモーターボートだった。ボートが砂浜に着くとその中から一つの影が飛び出し、ランサー達の元へ歩み寄ってくる。その影はどんどん近づき、ついには理子の目にも見えるほどの距離にまで迫る。そして理子の目に映ったその影の姿を見て──息を飲んだ。
それは何も威圧されたじゃらとかではなく、その人物があまりにも綺麗だったからだ。
「初めまして、私はイ・ウーに所属しております『リサ・アヴェ・デュ・アンク』です。此度はあなた方お二人をお迎えにあがりました」
腰より下まである綺麗な金の髪。こちらを見るまん丸の大きな瞳はエメラルドのような輝きを放っている。幼さが残ってはいるものの、可愛いというよりはむしろ綺麗と呼べる顔立ち。また、細身でありながら出るところは出ているという、女性が憧れるプロポーション。
「むぅ……」
自分も出ていることは出ているが、目の前の女性には及ばない。口元を尖らせ自分とリサの
理子のその動作の意味と、向けられるわずかな敵意の混じった視線。それらが意味するものをわかっておらず、こてん、と可愛らしく首をかしげるリサ。
「一つ尋ねるが、君はどうやって私達がここにいると把握できたんだ?」
そんな中、ランサーはリサへ一つ質問する。リサは意識を理子からランサーへと変更し、翠緑の瞳を数度瞬かせると
「それがわかったのも偏にリサ達のボスのお力があったからです」
「力、か……」
宿からここに来るまで見られていた気配など微塵も感じなかったことから、千里眼の類による超遠距離からの監視かと推測するランサー。顎に手を当て考えるランサーに、リサは人当たりの良い柔和な笑みを向け
「今日は夜風も吹いて肌寒いでしょうし、続きはどうぞ私達の本拠地で」
「ああそうだな。理子もそれでいいか?」
「うん、大丈夫」
ランサーと理子はリサの提案を受け入れ、彼女の後に続いて歩き出す。
そんな彼らを行く末を祝福するかのように、夜空を駆ける星が一筋の軌跡を描いた。