ベルセルク 〜灰たちの行進曲〜   作:柳扇子

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散々放置していて申し訳ございません。ようやく纏まった時間が出来た為、なんとか書き上げました。今後もゆっくりですが、作品を続けていくつもりです。


踠く者

光が失われ、徐々に暗転してゆく世界。暗く暖かな世界にゆっくりと意識を引き込まれる中、灰は何時かに召喚した、とある灰の言葉を思い出していた。

 

 

―世界は永遠に廻り続ける。たとえ火が継がれようとも、継がれなくとも

 

 

その事実を灰が知ったのは一体何時頃だっただろうか。少なくとも、自身と同じ時期に使命を帯びた他の不死人達よりは明らかに早い時期であったであろう事は間違いないと思う。

 

終わったところで振り出しに戻る、否、決して終わらない、何度も繰り返される火継ぎ。世界が廻る毎に少しずつ強くなっていく亡者共を蹴散らし、数え切れぬ程の死と絶望を味わいながら、それでも我等『灰』は薪の王を幾度も殺す。流るる血流に宿る炎を全身に浴び、その骸を玉座に戻す。それが我々不死人に与えられた糞溜め以下の使命なのだと、その不死人は言っていた。思念のみの存在として白い光に覆われていたその表情は、心無しか酷く窶れ、双眸は既に光を失っていた。

 

灰は問うた。何故自害せぬのか、と。その『使命』を終えた不死人が倒れれば、その身体は灰となって静かに朽ちよう。

 

 

――私はカタリナのジークバルト

 

 

――カタリナ騎士ジークバルト、約束を果たしにきたぞ

 

 

――貴公の勇気と、我が剣、そして我らの勝利に

太陽あれ!

 

 

全てが狂ったロスリックの地で幾度となく互いを助け合い、その度に酒を酌み交わした。そして遂に罪の都で旧友であった巨人の王を灰と共に打ち倒し、その使命を全うした、どこまでも陽気で真っ直ぐだった『カタリナの騎士ジークバルト』。

 

 

――ああ、お前も死に損ないか……。俺もそうさ。火の無い灰、何者にもなれず、死にきることすらできなかった半端者だ

 

 

――俺はもう逃げぬと決めたのだ。恨んでいい、竜の力を俺にくれ

 

 

――お前が竜なら、悪くない……

 

 

嘗て薪の王の一角、『ファランの不死隊』から逃げ出し、王達を殺すというその使命に心折れながらも、しかし竜の力を求め、単身で古竜の頂を登りきり、最期には逃げる事を止め、灰と剣を交えた、この狂いきった世界において、ある意味で一番人間らしい性格であった『脱走者ホークウッド』。

 

 

――私はアストラのアンリ。おそらく貴方と同じ、火の無い灰です

 

 

――ああ、貴方は強い人だ。ただ一人で、使命に向かっている。そして私も、そうあろうと思います

 

 

――お願いします。貴方の力を貸してください。エルドリッチを、あの人喰らいの悪魔を、殺すために

 

 

火の無い灰の一人としてロスリックを訪れ、亡者となり、最大の信頼を置いていた友と死に別れながらも自らの使命を全うした、最も貴き者『アストラのアンリ』。

 

彼等の他にも不死人達は皆、自らの使命に決着を着けるかの様な形でこの世を去っていった。その中にはアストラのアンリの様に、自らと同じ『火の無い灰』も存在している。ならば、我々が逝けぬ道理も無いはずだと。灰は半ば縋るように目の前の霊体に言葉を投げかけた。

 

返ってきた言葉は無情なものだった。よくよく考えれば、自ら命を断つ方法など幾らでもある。敵の眼前に己の身を晒す 高い所から身を投げる 持っている剣を自身の体に突き立てる等、探せば幾らでも浮かび上がるのだ。目の前の絶望しかけた男が、それらを行わぬ筈がなかったのだ。

 

言葉を失った灰を一瞥して、白霊は自嘲気味に低い笑い声を上げたのだった。

 

 

灰よりも十歩程先を先行して敵を叩く白霊の動きは、嘗てあの重々しき石の棺を上げ、第二の生を得た時から数え切れぬ程の死線をくぐり抜けてきた灰をして、見事と言わしめるほどの物であった。

とうの昔に理性を無くした亡者が碌に手入れされていない直剣を振り上げようとすれば、白霊はそれよりも早く獲物であるクレイモアを横に薙ぎ、一刀のもとに斬り捨てた。

骨と僅かな皮のみの身体となった犬が群を成して素早く飛びかかれば、いつの間にやら投げられていた火炎壷が、数瞬の後には犬を物言わぬ火達磨へと変えていた。

亡者も、騎士も、闇霊も、果ては強大なソウルを内に貯めていた最後の敵すらも、彼の前には等しく的でしかなかった。

双腕に携えていた剣が光を失い、声なき断末魔と共に『法王サリヴァーン』が膝をつき、その巨躯が灰と消え去る。

傷だらけの身体に莫大なソウルが流れ込んでくる感覚を味わいながら、灰はせめて礼の一つでも言わねばと、消え行く白霊へと顔を向けていた。

 

『炎の導きのあらんことを』

 

灰の『一礼』に対し、同じく『一礼』と共に白霊がそう返す。火継ぎが決して終わらぬと知った灰は、気がつけば身体の痛みも忘れ、その言葉に笑い声を上げていた。

 

よかろう。幾ら火を継ごうがこの使命に終わりが無いのならば、心折れて亡者と成り果てる瞬間まで、この身を捧げ、踠いてやろう。薪の王だろうが神族だろうが、何度だろうとこの手で殺してやる。貴様ら神が『火の無い灰』に選んだことを後悔させるほどに。

 

灰の身体に宿る火の力、身体の内で燃える炎の熱が強くなった。全身の痛みを感じさせない程の力強い動作で、灰は部屋の中央に新たに出現した篝火へ、歩みを進め始めた。

 

あれからどれ程死に、殺しただろうか。灰は懐かしささえ感じる記憶に頭を巡らせながら、暗く暖かな世界へと完全に意識を任せ、更に深い眠りへとついたのだった。

 

 

 

 

 

―――別世界に召喚されています

 

 

 

 

―――踠く者 として 別世界に召喚されます

 

 

 

 

 

 

――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

――その日 死せる太陽が普く国々の上に在った

 

 

五度 太陽が死せるとき 新しき旧き名の都の西に 赤き湖が現れる

 

 

それは即ち 五番目の御使いが舞い降りし証

 

 

御使いは闇の鷹也 罪深き黒き羊たちの主にして 盲目の白き羊たちの王

 

 

世界に暗黒の時代を呼ぶ者なり――

 

 

 

辺境の道をただ一人歩いていた男は、風に乗ってやって来たごく微かな違和感にふとその足を止め、自身の首筋へと手をやった。

 

「(……なんだ、この感覚。烙印が熱を持ってやがる?)」

 

それは幾度もの超常をくぐり抜けた男をして、これまでに経験のない出来事と思わせる感覚。黒いマントをたなびかせながら、軽く周囲を見渡す。

 

「(……どうやら、アイツらって訳じゃ無えらしいな。だとしたらコイツは……)」

 

恐らくは大剣であろう獲物の柄に手を掛けながら、暫くの間辺りを警戒していた男だったが、違和感の正体が自身を蝕む存在では無いと判断すると、獲物の柄から手を離し、再び元の進行方向へと顔を向けた。

男の視線の先には大きな城と、それを取り囲むように建てられた大きな街。もっとも目的の街は遥か地平線の彼方にポツリと見える程度で、歩いて移動するには男の足でもまだまだ時間がかかるが。

 

「(一々気にしてても仕方ねえ。とっととあそこまで歩いちまうか)」

 

微かに漂う灰の匂いには気付かず、男はそのまま歩き出す。自身の目的をいち早く達成させる為に……。

 

 

 

人の住む場所から遥かに離れた場所に存在する山脈。その頂で、時を同じくして灰の存在を感知した存在があった。

 

「(来たか……更なる踠く者達よ)」

 

髑髏を模した甲冑に身を包んだ騎士が、同じく髑髏の装具を身に纏った馬に跨り、太陽を背にして佇んでいた。尋常ならざる覇気を宿したその姿は、ある種の神秘性さえ感じられる。

 

「(黒い剣士に灰の英雄。嘗て異界の神と交わした契りが、まさかこのような刻になって現れようとは……)」

 

ピクリとも動かず思案する騎士であったが、背後に不穏な気配を感じ、やむなく思考を中断。気配のした方へと振り向いた。

 

「炎の匂いに釣られたか、闇の眷属共よ」

 

そこに存在していたのは騎士と同じ髑髏の頭が3つ。体格は騎士よりも一回り程小さく、しかし肉厚な剣を右手に携え、左手を何やら赤い波動が覆っていた。騎士と比べ陰鬱な見た目をしている上、身体全体もぼんやりと赤く発光しており、この世界の存在でない事は明らかであった。

闇の眷属『ダークレイス』達は騎士の言葉に応じること無く、ただ剣を構えて近づいてくる。左手のダークハンドから生み出される波紋の音がやけに耳に障った。

騎士が鞘から剣を引き抜き、左手に薔薇の模様が描かれた盾を構える。殆ど同時に、ダークレイス達が剣を構えて走り出した。

 

「是非も無し」

 

前方からそれぞれ飛び掛かるダークレイス達を見据えながら、騎士は一言呟き、勢い良く剣を振るった。




誓約
『踠く者』

嘗て古の神族が、とある異界の騎士と交わした盟約。
不死人達は神々の代行者とその僕を殺し、烙印を集めなければならない。(装備していると自動で召喚されます)

人が神に抗う術は存在しない。しかし神々の代行者『ゴッドハンド』とその僕は皆元々人間であり、故に髑髏の騎士は不死人達に神殺しを命じたと言う。

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