クオリティの低い駄文ではありますが、宜しければ感想や文章の誤りの指摘など、よろしくお願い致します
どこか遠くで鐘の音が鳴り響いた気がして、灰は閉じていた瞼を開いた。
目を覚ました灰がまず一番に感じたのは、身を縮込めねばやっていられないほどの窮屈な圧迫感と、えも言われぬ様な懐かしさだった。
この感覚を灰は知っている。まだ使命について何も知らなかった頃、灰自身が火の無き灰である事を自覚する前に感じた圧迫感だった。
正面に手を掛ければザラザラとした硬い感触。灰はそれだけで自らを圧迫しているモノの正体が石板である事が簡単に分かった。
ズズ……と、触れた両の手に力を込めれば、石板が動く。自らを閉じ込める様なこの形状と動く石の板から、灰は自身が棺の中に閉じ込められている事を何となく理解する。
ふと灰は何時だったか、冷たい谷の貴族街で出会った不死との話を思い出した。
――世界は永遠に廻り続ける。たとえ火が継がれようとも、継がれなくとも
死んだ目をしたあの不死の言葉の通りなら、この棺を中からこじ開けた所で、灰の視界に映るのは石墓の山と亡者ばかりだろう。不死の話ではその先の審判者さえも蘇っているらしい。今更灰の敵では無いが、何の希望も無いロスリックを再び巡るのは、死に続けた灰にとって苦痛以外の何者でも無かった。
棺の蓋に掛けた手を戻し、狭く暗い空間に身を縮こませる。既に己の名すら忘れてしまった灰にとって、これ以上に記憶をすり減らす事など到底耐えうる物ではないのだ。
棺から出たくない。このまま自分が出なくても、別の不死が使命を全うするのではないか。そんな思いが灰の内を残り火となって巡る。が、彼の地にて出会った友人達との思い出が灰の内を巡ったのも、また同時だった。
己に聖女を託し、暖かな嫌味を吐いた聖国の騎士に問いたい。真に忠を尽くす事の意義を。
巨人の王との戦いの末、自ら命を絶ったあのカタリナ騎士と語らいたい。古く偉大であった彼の友の嘗ての生き方を。
仲間を失いながらも己が使命を見失うことなく、その鈍らな剣で神喰らいをも打ち倒した亡国の女騎士へ伝えたい。別れた友の真実と火継ぎの最期を。
逢いたい――と、灰の心の内に小さく、そんな願いが浮かび上がる。その願いが胸の内で大きくなるまで、そう時間は掛かず、様々な想いが灰の内を駆け巡り、棺の蓋を押す手に力が加わった。
重厚ではあるものの簡素な造りの石の棺。その縁に手を掛け、灰はのそりと起き上がる。
棺の外に広がる景色は灰にとって見慣れていた、曇天の墓所では無かった。
灰の目に映ったのは、遥か地平まで広がる一面の草原。そして流れる雲たちと、青い空。それらを照らす太陽である。
灰の記憶が進行する亡者化によって擦り切れていなければ、彼の者がこの様な地を訪れた覚えは無かった。兜のスリットから覗く穏やかな景色に一瞬気を奪われつつも、灰は即座に気を引き締め直し、周囲を注意深く見遣る。亡者や獣の気配は無い。
コツ……と、忙しなく当たりを見回す灰の足に、重量のある何かが当たった。ふと下を見ると、そこに転がっていたのは刀身が捻れた赤い剣、不死人達がロスリックを歩く際に必要とされた篝火に使われていた、螺旋の剣である。
大剣どころか特大剣程の大きさもあるソレを灰は拾い上げ、何故この様な場所に転がっているのかと首を傾げる。どうやら付近に篝火の痕跡は無い。若しかすると『最初の火の炉』で引き抜いた物ではないかと、そんな考えが頭を過ぎる。
しかし、灰のそんな疑問は予想よりもずっと早く、簡単に解決することとなる。
直後、螺旋の剣が転がっていた場所に、音もなくメッセージが浮かび上がる。
『必要に応じて己の手で篝火を焚べよ』
評価も悪評も出来ぬということは、この文は不死人の書いたものでは無いという事か。灰はメッセージを頭の中で読み上げ、螺旋の剣を自らのソウルへ取り込む。
この身以外にも馴染みのある物が落ちていて良かったと安堵する灰。
が、その安堵も直ぐに心の内に仕舞い込まれる事となった。というのも、螺旋の剣からそう遠く無い場所に落ちていたものを灰が認識した為である。
訝しげに灰が拾い上げたソレは、随分と古びた髑髏であった。いつ頃骸となったのかまでは解らぬが、恐らくは随分昔の事だろう。注意深く辺りを見回せば、幾多もの白骨化した遺体が辺りに散乱し、草に埋もれていた。身なりからして騎士団だろう。皆一様に身体の大半が欠け、苦しみながら逝ったのか、その姿勢からは酷い苦悶が感じられる。
が、灰の意識は別にあった。草原の各所に散らばる骸、その全てに烙印が刻み込まれていたのだ。宗教における生贄の証とも考えたが、それにしては身体に刻まれた烙印の位置が散々としている。
数分程熟考を重ねた末に、何の答えも得る事が出来ずに終わった灰は、この場に留まっていても仕方がないと剣を鞘に仕舞い、草原を後にする。既に死ぬ事すら許されぬ身。急ぐ程の事も無いが、それでも灰にとって時間は必要である。願わくば話せる相手が近くに居る事を望みながら、灰は少しばかり歩を速めるのだった。
灰は知らない。苦悶の末に逝った騎士達は嘗て『鷹の団』と呼ばれた百戦錬磨の騎士団だった事を
灰は知らない。何年か昔、ここで『蝕』と呼ばれた、人ならざるモノ達の狂宴が行われた事を
悲鳴、血飛沫、咀嚼音。同じ飯を食い、共に戦場を駆け抜けた仲間達が為す術も無く食い殺されていく。気が付けば周りは死体の山ばかりであった。恋人は目の前で嘗ての友に汚され、嘗ての友の目に彼等はもう映っていなかった。
男は必死に抗った。血塗れの体と折れた剣で嘗ての友の元へと単身突撃し、右眼と左腕を喪って尚、憎しみと怒りに身を任せ、異形の集団に組み伏せられようが、あらん限りの声と感情を以て、友……否、仇の名を叫んだ。
「チッ、昼間だろうがオチオチ眠れやしねぇ」
自身に不快な夢を見せた
あれから2年近い月日が流れた。髑髏の騎士の助けによって『蝕』を生き延びたガッツは、その後助けられたゴトーの鍛冶屋で傷付いた体を癒した後、嘗ての友グリフィスを殺す為に、今日まで異形の生物、使徒との戦いの日々を続けている。
並の人間であればとうに息絶えているであろう修羅の道。それでも男を生かし続けているのは、過去に培った戦士としての技術と、並々ならぬ復讐心だった。仲間の殆どは殺され、唯一自分と共に助かった恋人も『蝕』の際に目の前で犯され、命こそ助かったとはいえ、その心は壊されていた。
……アイツらは今どうしているだろうか。
脳裏に浮かぶのは鷹の団の生き残りの少年リッケルト。蝕の際はガッツ達本隊とは別で行動していた為、運良く死ぬ事も蝕を見ることも無かった。
恋人……キャスカはリッケルトの所に置いてきた。彼女をガッツの事情に巻き込む訳には行かないし、リッケルトの住処『ゴトーの鍛冶屋』なら先ず安全だろう。キャスカによく懐いているエリカも居る。心配する事は無い。
骸の騎士の話によれば、自身と同じく蝕を生き延び、更には使徒の一人でもある『不死のゾッド』をも退けて逃げ延びた男も居たそうだが、その男とも長い間顔を合わせていない。
果たしてソイツはどうしているだろう。自分と同じく夜な夜な悪霊やら使徒やらを相手にしているのだろうか。とはいえ、自力で蝕から抜け出しゾッド相手に生き延びられる程の手練だ。烙印を刻まれていようが、生半可な悪霊や使徒程度では歯牙にもかけぬであろう。
他人の心配など、らしくもない。
ここに来て自身が珍しく他人の事を考えている事に気付いたガッツは自嘲気味に笑うと、のそりと身を起こして立ち上がる。次の街まではあと一日も掛からずに到着するだろう。街へ近づく程に烙印が痛みを訴える。痛みを消すため、痛みの元凶である使徒を屠るため、ガッツは焚き木の炎を消すと、黒いマントを翻して街へ続く道を歩き出した。