ベルセルク 〜灰たちの行進曲〜   作:柳扇子

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三浦先生、どうか安らかに……


救出

さて、通りすがりの妖精から、恩人を捕らえている看守を眠らせろと仰せつかった灰ではあったものの、詰所の近くまで足を運んだところで、はてどうやって気絶させたものかという思考に至った。

 

遠く過去の彼方、ロスリックを旅していたころに記憶を巡らせても、灰がいざ障害を前に如何にやり過ごしたかと言えば、敵を殺して文字通り無力化するか、あるいは見つからぬよう敵の視界から逃れるようにしてやり過ごすと言った二択のみであり、あの終末の如き世界においてはそういった過激な方法で大抵は事足りたし、なにより咎める者も居なかったと言うのが大きい。では不死になる前、世界がまだ平穏だった頃はどうしていたかと言うと……そもそもそんな遥か過去の記憶など、不死人として墓所の棺を押しのけた時には既に記憶から消え去っていた事を思い出し、灰はそこで考える事を止めた。

 

どちらにせよ、自分がやらねばパックと名乗った妖精の恩人を助ける事は叶わぬ。灰はそう腹を括り、己のソウルの内に何か使えるものは無いかと、記憶の中(インベントリ)を探る。

 

 

各種壺、普通の人間に使えば死んでしまうのは明白だ、没。

 

 

誘い頭蓋、ロスリックでは少なからず効果こそあったが、ここで効果があるかどうかは疑問が残る、没。

 

 

七色石、無力化は出来ないが気を逸らすのには使えるだろう、一考の余地はある。

 

 

古びた貨幣、いっそ看守を買収してみるか。いや、拒否されてしまえば実力行使に出ざるを得なくなる、没。

 

 

落とすと声を発する仮面、ロスリックでさえ使用用途が限られていたのに、ここでどう使えと言うのだ、没。

 

 

没。没。没。更にしばらく選定が続き、没がもう幾つか増えたところで、ある武器を前に灰の目が止まる。本来の使い方とは多少異なるが、灰の考えうる限りで、これが一番穏便に済ませられそうである事は確かであった。

 

物陰で刺客の装衣に着替え、今何処に鎧をしまったのだと不思議そうに首を傾げているパックを伴いながら、音もたてずに詰所の入口まで忍び寄り、中の様子を覗き見る。幸い看守は出払っているらしく、中にいたのは恰幅のいい拷問官が一人。少しばかり頭を出したものの、こちらに気付いた様子もなかった。

 

そこからの灰の行動は速かった。七色石を部屋の奥へと投げ込み、拷問官の意識をそちらへ向けると、そのままするりと侵入。ソウルから革製の鞭《ウィップ》を取り出すと、未だにこちらに気付いていない拷問官に向けてソレを振るった。

 

まるで意志を持ったかの様にウィップがしなり、拷問官の首に巻き付く。拷問官が首に手を掛けて鞭を外そうとするが、遅かった。すかさず飛び込んだ灰が鞭の両端を掴んで思い切り引っ張ったのだ。

 

「うわぁ、えげつな……」

 

一切の躊躇なく気道を塞ぎにかかる灰と、既に酸素不足に陥り始めているのか、赤い顔で口の両端から泡を吹き力無くもがく拷問官。一連の一方的な格闘を見て、牢屋の鍵を抱えながらドン引きするパックに、灰は早く行けと部屋の外へと促す。

 

パックが部屋を後にして数秒後、目の前の拷問官が反応らしい反応を見せなくなったことを確認して、灰は鞭を引く力を抜いた。意識を失った拷問官がズルリと力なく崩れ落ちる。白目を剥き、身体中の穴という穴から体液を垂れ流している拷問官ではあったが、手首に触れて脈を確認すると、弱々しいが脈はあった。安堵しながら、近くに転がっていた手枷と足枷を拷問官に取り付けて、目を覚ました後も騒ぎを起こされないように適当な布を噛ませ、猿轡とした。

 

「色々と濡れてしまった」鞭をソウルに変換し、また鎧姿へと装衣を戻した灰は、パックが出ていった通路を歩く。その目的はパックの恩人らしい剣士。別にこのまま帰っても良かったし、件の人物と自身に何か縁があるという訳でも無いが、彼の為に灰はここまでしたのだ。顔くらい拝んでも罰は当たるまいと軽い気持ちで牢屋へと歩を進めていたのだが、そんな灰の歩みは通路の角から聞こえてきた低い怒声によって止められる事となった。

 

 

「痛ってえ!!何しやがんだてめぇ!!」

 

 

そんな怒号をバックに、角から飛び出し、こちらに突撃してくる青い光体。それが先程の妖精であるという事を認識した灰は、自身のプレートアーマーと衝突して怪我をしないように、即座に手でクッションを作ってパックを受け止めてやる。「わぷっ!」というパックの悲鳴と共に、掌に軽い衝撃。

 

 

「鼻が〜っ!」

 

 

先程の怒声は件の剣士のものかと考えつつも、灰は目の前の妖精を見遣る。顔を手で覆い、悶絶するパック。しかし悶えていたのも束の間、灰の姿を確認すると、再びその青い羽を震わせ、こちらの手を引きつつも焦りを顕に灰へと捲し立てた。

 

 

「大変なんだ…!コカ城、街外れの城の奴らが街を焼き払いに来るって……!!」

 

 

そこまで聞いて、灰はパックが何を言わんとしているか凡そ理解した。件の剣士を捕らえた領主、彼が機嫌を伺っていた盗賊団の長が業を煮やしたのだろう。手下を率いて街へ攻め込むというのだ。

 

灰の胸中は穏やかでは無かった。嘗てのロスリックでも略奪や殺戮は決して珍しい事では無かったのだろうが、これまでに灰が見て来たあの暖かな人の営み、魂を踏みにじる行為に、灰のソウルは激しい怒りを訴えている。

 

止めねば。灰は言葉に出さずともそう誓う。平和とは、命とは本来有限だ。徒に壊していいものでは決して無い。

アンタも早く逃げなきゃヤバイよ。と腕を引くパックだったが、どうやら灰の感情を読み取ったらしい。小さな体が強ばる。

 

君は早く飛んで逃げなさい

努めて穏やかな声色で、灰はパックにそう声を掛けた。

 

「一人じゃ無理だよ!アイツら一体何人居ると思ってんのさ!勝てっこ無い!」

 

目に涙を蓄えて必死に訴えるパックをなだめ、灰は兜を外す。そして平民出にしては非常に珍しい、それなりに整った顔立ちでパックの大きな目を見つめ、民を守護するのが騎士の役目だと微笑んだ。

 

もう覚えてはいない事だが、灰は元々身分の高い人間ではなかった。騎士と言っても戦では殆ど使い捨て同然の下級騎士であり、事実初陣で目立った戦果も無いままその命を呆気なく散らした。戦の時は貴族が真っ先に矢面に立つとは言え、灰にそこまでする義理など無い筈である。しかし、そんな灰の脳裏に浮かぶのは、嘗てロスリックで旅をした時に出会った誇り高き面々だった。

 

 

もしここに居たのが自分でなく、他の不死人であればどうだっただろう?

 

 

自身と同じく使命を全うしたアストラの騎士と寡黙なその相棒だったなら、民草が命を落とす事を嫌がり、二人して武器を抜いたであろう。

 

 

古い友を止めるべくロスリックを訪れたあの陽気なカタリナの騎士であったなら、一も二もなく街へ駆け込み、雄叫びと共にツヴァイヘンダーを振りかざし、賊と果敢に戦うのだろう。

 

 

目の見えぬ聖女を自身に託して逝ったカリムの聖騎士であればどうだっただろう。何時もの様に皮肉と嫌味を口にしながら、それでもあの巨大な槌と盾で民を護ったのでは無かろうか。

 

 

彼らだけでは無い。サインを通じて灰が出会ってきた不死人達は、皆誇り高き人物であった。それが本性なのか、それともあの終末世界で正気を保つ為の方法だったのかは分からない。しかし、自身の旅を支えてくれた彼らを裏切らぬ為にも、灰はここで民を見捨てて逃げるという選択肢を取る訳には行かなかった。

 

遠くで悲鳴が上がった。まだ小さいが、蹄の音や何かを破壊する様な音も聞こえてくる。

もう起たねばならない、灰はそっとパックの指を摘んで自身の手から解くと、詰所の入り口に向かって駆け出した。




もうベルセルクの続きは読めないんですね……
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