論文コンペの発表時間は30分、交代時間は10分である。つまりその10分で前の組はデモ装置を片付け、次の組は舞台のセッティングを終わらせなければならないから、竜也とリーナは護衛対象である平河小春の片付けを手伝っていた。そこへ次の発表者である第三高校の吉祥寺真紅郎がやって来る。
「やってくれたね。見事だった、と言わせてもらうよ」
「俺に言うことではないと思うが? 言うなら平河先輩に言え」
吉祥寺は先の九校戦以来、竜也を目の敵にしている。
「重力制御術式は飛行魔法にも使われている一般的な術式の応用、クーロン力制御魔法術式は分子結合力中和術式のアレンジ版だね……」
「さあな……」
「とぼけるのはやめたらどうだい? 君ほどの人物がこのことに無関係なわけはないだろ?」
「…………」
「まあいい。僕たちは負けないよ。いや、今度こそ君に勝つ」
それに答えることなく、竜也は片づけを終えてリーナとともにその場を去ろうとしていたまさにそのとき。
会場が大きく揺れた。何かの轟音と共に。
「なんだッ!?」
吉祥寺が驚く。
この時の時間は、2095年10月30日、午後3時37分であった。
それより7分前。すなわち午後3時30分。
山下埠頭の出入港管制ビルに謎の車両が突っ込む自爆行為を行なっていた。さらに、貨物船に偽装した揚陸艦からロケット弾が発射されていた。
会場に轟く地響きは、まさにこれだったのである。
「リーナ」
「ええ」
「いよいよだな……」
「…………」
この時の二人の目は、まさに戦闘者の眼であった。お互い、多くの死線を潜り抜けた相棒同士であるから、見つめあうだけで全てがわかる。
「ついてこい。リーナ」
それに頷くリーナ。
そのときであった。
荒々しい靴音をさせながら、ライフルを構えた男たちが会場の客席へと雪崩込んで来た。聴衆がそれを見て恐怖にすくみ、悲鳴をあげる。
それを見た第三高校の生徒、特に吉祥寺が勇猛果敢にも魔法を発動させようとした。しかし、それは発動前に侵入者の放った銃弾がステージの壁に食い込むことで中止となる。
「大人しくしろッ!」
「デバイスを外して床に置けッ!」
侵入者は魔法師相手の戦闘に慣れている様子だった。おまけに、侵入者が持っているのはハイパワーライフル。ハイパワーライフルは、魔法師の防御魔法を無効化する高い慣性力を生み出す高速銃弾を放つ高性能の銃器である。それだけに機密性が強く、国家機関の支援を受けていない私的な犯罪組織やテロリストが簡単に手に入れられるものではない。
「おい、オマエもだ」
テロリストのひとりが、竜也に向けてライフルを構えながら歩を進める。
だが、竜也はまるで目の前のテロリストを無視するように、別の方向に視線を移す。
(1……2……3……4……5……侵入者は全員で6人……か……)
エレメンタルサイトでそれを確認した竜也は、少しガッカリした。大亜連合は少し高校生徒とは言え、なめすぎではないのかと。
一方、竜也に無視されていると思ったテロリストは、
「おいッ! CADを捨てろッ! 聞こえないのかッ!」
と怒鳴るが、竜也は聞かないどころか、テロリストに向けて歩を進めだした。
「馬鹿かお前は? 捨てたところで俺たちが捕虜になるだけだろうが」
「貴様……ッ。ならば死ねッ!」
そして、ライフルから銃弾が放たれた。
誰もが、竜也は撃たれたと思った。
3メートルの至近距離から明確な殺意を以て放たれた銃弾は、避けようのない悲劇を連想させるに十分だった。
しかし、
「ッ!」
誰もが呆然とした。
竜也が、迫りくる銃弾を手でつかんだように見えたからだ。
勿論、銃弾を手で掴んだわけではない。あくまでそれは見せかけで、分解を使っているのだ。
だが、周囲から見れば、銃弾を手で掴んでいるようにしか見えない。
テロリストは今度はライフルを連射する。
しかし、それも全て竜也には通じなかった。
「化け物めッ!」
激怒したテロリストが、ライフルを捨てて左手にサバイバルナイフを取り出した。それで襲いかかる。
だが、その攻撃もあっさりかわした竜也は、テロリストの右腕を切り落とす。
竜也に大量の返り血がつくが、竜也は気にもしていないようだ。
「ひいいッ!」
テロリストたちがあまりのことに呆然とする。それも無理はない。
自分たちは訓練を受けた工作部隊の精鋭である。それが、「ただの高校生」に歯もたたずに敗れたのだから。
呆然とする仲間のテロリストたち。
それを見た竜也が怒鳴る。
「何をしている。取り押さえろッ!」
それを聞いて、警護を担当していた共同警備隊の魔法師たちが動いて、テロリストたちを一斉に封じ込めたのであった。
竜也はテロリストを警備隊が取り押さえるのを見つめながら、リーナが寄越したタオルで返り血がついた顔をふいていた。
そしてふき終わると、タオルを床に投げ捨てた。
「行くか」
「ええ」
竜也の言葉にリーナが頷き、そして正面入口へ向かって歩き出した。
「竜也くんッ、リーナッ」
そのとき、竜也とリーナの共通の友人とも言うべき千葉エリカ、西条レオンハルト、吉田幹比古、柴田美月、光井ほのか、北山雫がやってきた。
光井ほのかが、心配そうに言う。
「銃弾は? お怪我はありませんかッ」
「大丈夫だほのか……それより」
竜也が、ほのかや雫と一緒にいたはずの深雪の姿がないことに気付いた。
「ほのか。深雪はどうした?」
「深雪なら、ゴミを片付けに行ってくるとか言って、どこかに行った」
そう答えたのは雫である。
それを聞いて竜也とリーナが視線を合わせる。
(まさか……)
竜也が正面入り口に向けて歩き出した。リーナも続く。
「どこへ行くの?」
エリカが尋ねる。
「正面入口でテロリストと警備の魔法師が未だに交戦中だ。それを片付けに行く」
「一人で行くから待ってろ、なんて言わないよね?」
すると、竜也が頷く。
「いや。そうしてもらう。ここで大人しくしておいてくれ」
「えーッ!」
エリカが不満そうに頬を膨らませる。
竜也が言う。
「エリカ。お前の強さは知っている。だが、相手は実戦経験の豊富なテロリストだ。それに、ここにいる警備隊の奴らでは、残念ながら守りが期待できない。お前とレオはここに残って、動揺する奴らを静めて守りを固めてくれ」
リーナも言う。
「心配しなくても、入り口の敵を倒したらすぐに戻るわよ。それにエリカ、まだまだ戦える場所もあるから、そんなに不満を感じる必要はないわ」
それを聞いて、まだ不満がありそうながらも、頷くエリカ。
そして、竜也はリーナと共に入り口に向かった。
午後3時43分。
入り口に向かった竜也とリーナが見たものは、氷漬けにされているか、あるいは重傷を負って戦闘不能に陥っているテロリストたちだった。
(あいつらの仕業だな……)
竜也にはわかっていた。こんなことができるのは、妹の深雪とそのガーディアンである桜井水波であるということを。
そのときである。
「く……くそが……」
傷つきながらも、まだ立ち上がったテロリストのひとり。それがナイフを取り出して竜也に背後から襲いかかる。
「くたばれッ!」
だが、そのテロリストは、すぐに炎に包まれた。
テロリストは遺体を残すことなく消し炭となる。
「これからどうするの?」
たった今、人をひとり殺したのに、リーナには全く動揺は無い。
竜也が言う。
「エリカたちは、放っておいても大丈夫だろう。あいつらを何とかできるのは大亜連合では呂剛虎くらいだからな……」
「では?」
「俺たちはかねてからの計画通りにやる……いよいよ、そのときだ」
「わかったわ」
お互い頷きあう相棒同士がそこにいた。
動乱は、まだ始まったばかりだった。
次回は「序盤から中盤へ」です。