ベンジャミン・カノープス。スターズの第一部隊隊長を務める軍人で、階級は少佐。
総隊長の大黒竜也と副隊長のリーナが国外にいるため、事実上スターズの全権を預けられている最高責任者である。年齢は40歳前後。
その男が今、本来なら竜也が座るべき椅子に腰を下ろしていた。
…………「総隊長」として…………。
大黒竜也。頭もいいし腕も立つ。何でもやらせればすぐにやり遂げてしまうまさに完璧超人ともいうべき男である。
それだけにリーナやシルヴィアのように竜也を慕う者もいれば、それを妬み憎む者だっている。
カノープスはどちらかといえば、竜也を憎む男だった。
……理由がある。
竜也とリーナがスターズに入隊するためにテストを受ける時だった。
前総隊長のウィリアム・シリウスが死去し、当時は新しい総隊長に誰がなるかで紛糾していた。
当然、最有力候補がカノープスだった。年齢的にも脂がのったところだし、経験や実力も申し分ない。しかも、彼は大統領次席補佐官のケイン・ロウズとは血縁関係にあり、政治家にもパイプがある。
そのため、次期総隊長はカノープスでまとまりかけていた。
そんな時に、竜也とリーナの試験が始まった。これは日本の十師族・九島烈の推薦によるものだった。
九島烈は長年、日本で軍人として活動している。そのため、USNAの軍人にも幅広い人脈がある。
しかも、竜也もリーナも戦略級魔法が使えるという。USNAにとって二人は、喉から手が出るほどほしい人材だった。
だが、まだ12歳。余りに幼すぎる。そのため、総隊長は無理だろうという意見も少なくなかった。
そんな中で、竜也が言う。
「この隊で最も強い奴。俺と模擬戦をしろ。もし俺が負けたら、俺は隊の一兵卒として働いてやる。俺が勝ったら、俺が総隊長の椅子をもらう」
まさに挑戦的だった。
そんな竜也の傲岸な態度を見て「たかが10歳そこそこのガキが」「東洋の山猿が」と不機嫌な顔をする者も少なくなかった。
だが、そこまで言われるとさすがに黙ってはいられない。
実は既に竜也とリーナは入隊試験における筆記試験で驚異的な結果を出していた。特に竜也は魔法理論と魔法工学は小論文含めて満点という前代未聞の高得点で、USNAの技術者がこの論文を12歳の少年が書いたという事実を信じられないと驚愕するほどだった。
「……俺が相手になろう」
立ち上がったのは、カノープスだった。
「……あんたは?」
「スターズの第一部隊隊長を務めるベンジャミン・カノープスだ」
「ほう……つまり、スターズのナンバー2ってところか?」
「そうだ」
「いいだろう」
竜也がカノープスの前まで出てくる。
そして、出てくると突然、地面にペンで円を描きだした。
周りが訝しがる。
そして円を描き終わると、竜也はペンをリーナに向けて放り投げ、リーナがそれを受け取る。
それを見た竜也は、円の中に入って言う。
「模擬戦のルールに変更を求めたい」
「変更だと?」
「ああ。勝敗は相手を降参させるか気絶させること。それ以外は何をしてもいいルールだ」
「…………」
その提案に、周りの隊員が驚く。
カノープスは、目の前にいる自分の娘とそれほど年齢の変わらない少年を見つめた。
「……俺に勝てると思っているのか? 少年……」
「ああ。この円から出ずに勝ってやる。もし俺が負けたら、俺は一生、スターズの一兵卒で働いてやる」
「……後悔するなよ……クソガキがッ! 世の中の厳しさって奴をその腐った性根に叩き込んでやるッ!」
そして、勝負が始まった。
カノープスは、最初から手加減するつもりはなかった。
分子ディバイダーを最大出力で発動する。そしてそれを振り下ろそうとした。
カノープスは殺す気はない。というより、これだけの威力の分子ディバイダーを振り下ろせば、目の前にいるガキは避けようとして円から出る。それで終わらせるつもりだったのだ。
ところがである。
「ッ!」
分子ディバイダーが、突然解体された。
その光景に、誰もが驚く。
カノープスの前には、拳銃型CADを構えた竜也が立っている。言うまでもなく、竜也の術式解体である。
「その程度か……?」
竜也が、シルバー・ホーンを分子ディバイダーを消されて呆然としているカノープスに向けた。
そして発動する。
カノープスの両足に穴が開いた。血が噴き出る。
カノープスには何があったのかわからない。だが、痛みと出血で立てなくなって苦痛の声をあげながら倒れる。
そして、勝負は決したのである。
竜也が言う。
「スターズのナンバー2というから、少しは期待していたんだが、こんなもんか」
「…………ッ」
カノープスは悔しがる。竜也が続ける。
「言っとくが、この程度で負けるようじゃ、俺どころかそこにいるリーナにだって勝てないぜ。もっと鍛錬することだな」
「…………」
この時の竜也のまるでゴミを見るような眼。それが後に、カノープスに「それ」を決断させるきっかけになろうとは、さすがの竜也もこの時は思っていなかったのである。
こうして竜也は総隊長に、リーナは副隊長に就任した。
はじめは腕がたっても隊をまとめられるような統率力などない。そう思って周りの隊員は竜也を侮っていた。
だが、竜也は就任からわずか1か月で隊員の心をつかんだ。
竜也は事務処理が速い。総隊長にもなると決済を求められる仕事が多いが、彼はそれをわずかな時間で次々と処理してしまう。
某国の要人暗殺の指令が下された時、竜也はそれを自らやり遂げた。
魔法技術開発で貢献し、スターズ専用の武器や戦闘服を開発するに至った。
こうして持ち前の実力で、竜也は次々と隊員の信頼を得ていった。
ただし竜也にも問題があった。竜也は自分を信頼して求めてくるものには優しく接するが、自分を蔑んだり侮る者はとことん厳しく接する。
カノープスに限らず、この若さで総隊長になった彼に嫉妬する者、憎む者は少なくない。ましてや竜也は生粋の日本人であるため、アメリカ人である彼らは屈辱を感じることも少なくなかった。
そのため、スターズはいつしか、竜也を信頼して慕ってついていくものと、それを妬み憎むものに分かれてしまった。
幸い、USNAにはバランス大佐がいた。彼女は竜也の良き理解者として重しをきかせ、スターズは分裂することなくこれまで何とかやってこれた。
だが、何か一石を投じれば、それは保てなくなる可能性もあった。
そして、その一石が投じられたのである。
…………日本からの一石で…………。
次回は「その一石」です。