「……何しに来たんだ……姉さん」
「……貴方を迎えに来たのよ……」
姉と弟が、そこにいた。
姉は黒羽亜夜子。弟は黒羽文弥である。
「……迎えに来ただって……姉さん、貴女のせいで僕がどんな目にあったか、知っているのかッ!」
「…………」
「貴女が四葉家を裏切ったせいで、僕は御当主さまに殺されかけた。さらに実の姉が裏切ったことで僕は……いや、黒羽家そのものがどれだけ白い目で見られているか……姉さんは、黒羽家を滅ぼしたいのかッ!」
すると、姉が溜息をついた。
「くだらないわね……」
「なんだって!?」
「いつまであの『オバサン』の人形でいるつもりなの? 文弥」
「…………」
弟が姉を凝視する。
そこにいたのは、つい1か月ほど前に一族に疎まれて世を捨てるような目をしていた姉ではない。強い意志を持っている鋭い目を秘めた女性である。
「……何があったの? 姉さん。姉さんの顔つき、1か月前と変わったね」
「……ええ。私は、私を変えてくれる人に出会えたからね」
「……変えてくれる人……?」
「ええ……達也兄さまよ」
「ッ!」
文弥が驚く。
「……なんだって……兄さんが生きているわけがない……兄さんは……」
「死体は確認されてないでしょう? それに、私は兄さんを映像で確かに見たわよ……凛々しくなって、誰よりも強い兄さまをね……」
「…………」
「そして、兄さまは私の魔法特性を理解し、導いてくれた。おかげで、こういう魔法を使えるようになったわ」
その瞬間、姉が弟の前から消えた。次の瞬間、姉は弟の背後に現れる。
「い、今のは……?」
「ふふふ。『疑似瞬間移動』よ」
「…………」
弟が固まる。あの出来損ないと言われた姉が、今はこんな高等魔法を使えるようになっていることに純粋に驚いたのだ。
「私はもう、貴方が知っている出来損ないの姉でも無ければ、貴方に守ってもらわないといけない弱い女でもないわよ……文弥」
「……それで、姉さん。何の用でここに来たの?」
ここは、黒羽家の屋敷。黒羽文弥の部屋である。部屋といっても、既に当主代行の地位にあるため、部屋はそこそこの広さである。
「……貴方を、あのオバサンから解き放ちにきたのよ……文弥、私たちの仲間になりなさい」
「…………」
弟が姉を見つめる。そして言う。
「断る」
「なぜ?」
「僕は御当主さまに恨みがあるわけじゃない。それに、姉さんみたいに一族を裏切ることなんてできない」
「…………」
すると、姉がクスッと笑みを見せる。弟が姉を睨む。
「何がおかしいの?」
「おかしいわよ……だって文弥……貴方はすっかり四葉の人形に……いえ、あのオバサンの人形になってるんですからね」
「…………」
「文弥。目をいい加減に覚ましなさい。あんなオバサンに従っていても、待っているのは破滅だけよ。貴方も達也兄さまに会ってみなさい。そうなれば、必ず兄さまに味方したくなります」
「…………」
ここで、姉が弟に近づき、弟の顎を指で持ち上げた。
弟が驚き、後ろに下がる。
「ふふふ……文弥、ところで聞きたいことがあるのだけれど……」
「…………」
文哉は何も言わない。
「……最近、四葉本家に変わったことはないかしら?」
「変わったこと……?」
文哉が考え込む。実は今回、亜夜子を送り込んだのは光宣の指示である。それは、確実に深夜が死去したかどうかの確認である。
仮に深夜が死去しても、真夜がそれを公表するはずはない。なぜなら、深夜は達也に対抗するための切り札だからだ。その切り札を失ったら、真夜にはもう達也に対抗はできない。
だからこそ、本家の様子を調べることでその死去が事実かどうかを調べようとしたのである。
「……そういえば、ここ数日は、医師や使用人が頻繁に出入りしているよ……」
「そう……それ以外は……?」
「知らないよ……どうも、御当主さまが箝口令を出しているみたいで、葉山さんをはじめとする他の誰に聞いても、何も教えてはくれないんだ」
「そう……」
亜夜子が考え込む。そして言う。
「わかったわ……今回はこれで引かせてもらうけど……文弥。貴方は私の大事な弟。進むべき道を誤らないことを祈ってるわ」
「…………」
それだけ言うと、姉は消えた。
それをじっとみつめる弟が、そこにいた。
その頃。四葉本家では上を下への大騒ぎになっていた。
無理もない。深夜の容態が急変していたからである。
「何としてでも姉さんを助けなさい。これは厳命ですッ!」
真夜が四葉家専属の医師に命令する。
「それから深雪さんを呼びなさい。……話があります」
側近の葉山にそう命じ、葉山が一礼して出ていくと、真夜は考え込む。
「……姉の身にもしものことがあれば、私は終わりだわ……どうやら、少し急がないといけないようね……」
真夜の目が、キラリと光る。
「深雪と、達也を結婚させることを……」
次回は「その覚悟」です。