二人の母娘が向かい合っていた。
母は四葉真夜。娘は司波深雪である。
二人は血縁上は叔母と姪であるが、既に養子関係を結んでいるため母娘である。
「お養母さま……本気で仰っておられるのですか?」
深雪の身体から力が溢れ出て、部屋が少しずつ寒気に包まれだした。明らかに怒っているのだ。
真夜の隣にいる葉山などは驚くが、真夜は平然として言う。
「ええ……本気で言ってるのよ」
「……私を馬鹿にしているのですか? それとも虚仮にしているのですか?」
「大切な養娘をそんな風に扱う私だと思うのかしら?」
「…………」
深雪が真夜をにらみつける。
深雪が怒るのも無理はない。
真夜から、10年前に死んだはずの兄・司波達也が生きていることを知らされた。それだけでも大きな衝撃なのに、真夜から聞かされた次の言葉が信じられなかった。
「深雪。貴女に司波達也と結婚することを命じます」
と。
司波深雪は容姿端麗で頭脳明晰の優等生で知られている。統率力もあり人望も厚い。
ただひとつだけ欠点がある。それは彼女の価値判断である。
彼女は魔法力の高さで人を判断する。高ければその人物を評価し、自分の友人として
親密に接するが、魔法力が低いとその人物を徹底的に嫌うところである。
そして彼女にとって、兄は下劣な人物として記憶に残っていた。
普通の魔法さえろくに使えない兄。
いつも母・深夜に助けられてばかりの兄。
一族から出来損ないと蔑まれていた兄。
そんな兄と自分が結婚!?
思うだけで彼女は吐き気がした。
自分の相手は、将来を嘱望された一条将輝のような優秀な魔法師だと思っていた。それが出来損ないとの結婚を命じられた。これで怒らずにいられるだろうか。
「……お養母さま……私とあの人は兄妹の関係にあることはご存知のはずですが?」
深雪は兄を「あの人」と呼んだ。彼女にとって達也はその程度の人間にしか映っていないのだ。
「ええ」
「ならば、兄妹で結婚することを周囲が認めるとお思いですか?」
「それなら心配ないわよ……戸籍なら四葉家の力でどうにでもなるから……それと、貴女はね……」
と、ここで真夜が深雪の秘密を打ち明けた。
深雪が驚愕する。自分が知らなかったことを養母に打ち明けられたからである。
「……では、私は調整体にありがちな不安定なところやいきなり天に召される、というようなことは無いのですね?」
「ええ。貴女は四葉家が生み出した最高傑作。……恐らく再び、貴女を作ろうとしてももう望めないかもしれないほどの……ね」
「……ならば、子供を作るのも不可能ではないと?」
「ええ。私としてはむしろ、子供を作ってほしいのよ……できるだけ早くにね」
「…………」
深雪が真夜を見つめる。そして言う。
「私の年齢とあの人の年齢を考えるなら、結婚は早すぎるでしょう。まずは婚約というわけにはいきませんの?」
「いけないわね……貴女も知っての通り、姉上……深夜の容態が急変している……私としては、姉の身に何かある前に貴女と達也を結婚させたいのよ」
「……なぜそこまで恐れるのです? あの出来損ないくらい、お養母さまならすぐに倒せるでしょう?」
「……いいえ……恐らく私が負けて、殺されるでしょうね」
その言葉に、深雪が驚く。
「そ、そんなまさか……」
「冗談じゃないわよ……深雪。達也は再成と分解の異能を二つも持っている。私の流星群は分解の前には無力よ……それに深雪、貴女以前沖縄で大亜連合軍が壊滅した事件を覚えているかしら?」
「ええ……確か正体不明の魔法師によって敵軍は壊滅させられたとか……」
「その魔法師は達也よ」
「!!」
深雪がまたも驚く。
「まさか……あの人が戦略級魔法師だというのですか?」
「ええ……四葉の調査した情報ではそのようよ」
「…………」
「達也は今、私に復讐しようとしている。姉の身柄がある以上は迂闊に手出しはできないだろうけど、姉の身にもしものことがあれば、あの子は間違いなく私を攻めてくる……そうなれば、私は終わりよ……いえ、四葉そのものが終わるでしょうね」
「……そうなる前に、私とあの人を結婚させて、四葉に取り込むと?」
「そうよ」
「…………」
「あの子を取り込めれば、四葉は一気に安泰になる。そして、我が家にいいお人形が手に入ることになる」
「…………」
「深雪。貴女には達也と結婚してもらいます。異議も拒否も許しません。これは命令です」
「…………」
深雪はあくまで次期当主候補である。四葉家の現当主の命令に逆らえるわけがない。
「わかりました……」
そして、深雪はコクリとうなずいたのである。
ただし、部屋から出た時、彼女の顔に一筋の涙が流れていたことを、真夜は知らなかった。
次回は「達也の選択」です。