2095年12月上旬。
その日、司波達也はリーナと共にスターズ総隊長としての仕事をしていた。
ちなみに、反乱が起きてアメリカに帰国した後、達也とリーナは再度、日本へ赴くための許可を申請した。
ところが、日本で戦略級魔法が使われたことで脅威を感じたUSNA上層部はそれを認めなかった。もともと、前の出国でも戦略級魔法師2人が揃って出国するということ自体、異例のことだったのだ。
ましてや日本で新たに戦略級魔法が使われたことで、戦略級魔法師は手元に置いておきたいという気持ちが強まった上層部は、それを認めようとしない。
達也とリーナは、ならばスターズを退役すると申請を出そうとした。
ところが、これもできなかった。
シルヴィアを代表にしたスターズメンバーが、達也とリーナに対して、
「総隊長と副隊長は、我々を見捨てる気ですか?」
「私たちはお二人に付いていきます。どうかやめないで下さい」
「お願いしますッ!」
と、スターズに留まるように要望してきたのである。
さすがの達也とリーナも、これまでの戦友を見捨ててまで退役することはできなかった。もし、カノープスがあんな反乱を起こさなければ、引継ぎをしっかり終えた上で退役して高校生活を楽しみたい、そういう思いが2人にはあったのだが、それもすっかりできなくなった。
とはいえ、このままでは八方塞がりである。
母親の深夜を助けるにしても、叔母の真夜を倒すにしても、どちらにしてもUSNAを出国できなければ不可能なのだ。
(どうすればいい……)
まさに、八方塞がりで苦悩している達也であった。
そんな時だった。
「総隊長」
シルヴィアの声であった。
「なんだ」
「通信が入っております」
「……誰からだ?」
「総隊長の母親というお方から……」
それを聞いて、総隊長の椅子に座っていた達也と、定時報告をしていたリーナが互いの視線を合わせて見つめあった。そして、
「すぐに繋げろ」
と、命じたのである。
「久しぶりね……達也さん……」
「……何の用だ」
達也は、如何にも不機嫌を思わせるような顔をしている。隣にいるリーナも眉根を寄せている。
真夜が言う。
「答えを聞きたいのよ」
「なに?」
「だから、私が半月前に出していた条件。深雪と結婚してもらう話だけど、受けてもらえるかしら?」
「ッ!」
達也とリーナが、思わず顔を見合わせた。
「なんだと……答えを出すまで、まだ半月の猶予があったはずだ」
「あら、そうだったかしら? だけどもう待てないのよ……私は短気でね……で、答えは?」
「…………」
達也は思わず、真夜を見つめた。
1月猶予があったはずなのに、半月で答えを迫ってきた。聡明な達也には何かあったくらいは容易に想像がつく。
ただし、それが何かはわからない。
「……深雪とまずは婚約し、俺を次期当主候補にするという話だったな……」
すると、
「いいえ。それは違うわよ。達也さん」
「違う?」
「ええ。もう婚約はなし。深雪と結婚してもらいます。祝言はそうね……年明けがいいかしら……」
「…………ッ!」
さすがの達也も、これには驚愕する。
リーナに至っては、全身を震わせている。
「な、なんだと……」
「心配しないで。既に深雪の承諾は得ているから。ああそれから」
と、ここで真夜がひとつ、咳ばらいをする。
「それから、貴方が深雪と結婚するのと同時に、私は隠居して当主を貴方に譲るわ」
「…………!!」
これには、達也も二の句が継げなかった。
当主の地位を降りる。
それは達也には実をいうと望むところだった。
達也は真夜を殺害して四葉を征服した後、当主には母の深夜をつけて自分が実権を掌握するつもりだった。そして、四葉家を改革して二度と四葉に自分のような犠牲を出すことの無いようにするつもりだった。その上で、四葉家は解体して九島家の下に置いてもいいと思っている。
達也の最終目的は四葉への復讐と四葉家の改革、そして、『重力制御魔法式熱核融合炉の実現』である。そのために、四葉の家の力は必要なのである。
真夜が達也を見つめる。
「どうかしら……?」
真夜が返答を迫る。
達也が答えようとした、そのときだった。
「受けませんッ!」
そう叫んだのは、リーナだった。
達也の隣にいたリーナが、身体を震わせながら答えていた。
「達也は受けませんッ。そんな条件はッ! お断りしますッ!」
「り、リーナ……お前何を?」
するとリーナは、通信を強制的に切ってしまった。
驚いたのは達也である。
「リーナ、なんてことをッ!」
達也がリーナの右腕を掴む。すると、リーナが達也を睨みつけて言う。
「あんな条件、本当に受けるつもりッ!? 受けたら、それこそ貴方は利用され続けるだけよッ。私は絶対に認めないッ。認めないわッ!」
リーナの白い肌が、この時は真っ赤に染まっていた。
さすがの達也も、一時的に動揺して言葉が出せなかった。
だが、達也も気を取り直す。
「だったらどうしろというんだッ。真夜が母上に手をかけたら、どうしてくれるッ!」
「じゃあ達也は私とお母さんのどっちを選ぶ気ッ」
「…………」
「達也答えてッ。私とお母さん、どっちを選ぶのッ」
「…………」
達也は答えられない。いつもは即断即決の達也が、こんなに苦しんだのは初めてかもしれない。
一方は大切な母親。一方は自分と死線を潜り抜けてきた大切な相棒。
どちらかを選べなど無理な相談なのだ。
3年前の達也なら、相棒を捨ててあるいは母親を選んだかもしれない。だが、その3年で達也は甘くなったのだろうかと思った。
達也が答える。
「どうしたら、いいんだ……ッ!」
苦悩して頭を抱え込む達也が、そこにいた。
達也は結局、真夜に返答できないまま、その日を過ごしたのであった。
真夜から再び、連絡が来ることなくその日は終わったのである。
次回は「天魔墜つ」です。