アンジェリーナ=クドウ=シールズはその日も、総隊長である大黒竜也こと司波達也の代理としての仕事をこなしていた。
リーナは達也に較べると事務能力では劣るが、それでもやるときはやる女性である。また、スターズの隊員からの人望も達也と並ぶ形で厚いものがある。
そのため、達也の代理としての仕事を何とかこなしていた。
とはいえ、彼女には不満もあった。それは相棒からの連絡がなかなか入ってこないことである。
(まったく……達也のヤツ……連絡は毎日するように言っておいたのに……最近はほとんどないじゃない……相棒たる私を何だと思っているのよッ)
しかも達也は、こちらは潜入任務をやっているんだから、こちらから連絡する以外はするなと命令していた。そのため、リーナのほうから連絡はできない。
そのため、最近は不機嫌になることの多いリーナだった。
そんな最中だった。
あれが起きたのは。
エドワード・クラークという男がいる。
USNA国家科学局(NSA)所属の技術者で、フリズスキャルヴというエシェロンⅢの追加拡張システムの開発者であり管理者である。
この男には、ある歪んだ理想がある。
それは、USNAが再び世界の覇権を手にし、日本をはじめとした各国の上位に君臨するということである。そのために、不穏分子の存在は絶対に許されないと思っている。
そして彼にとって不満なのが、このUSNAの覇権、すなわちその資本になる軍事力が生粋の日本人である大黒竜也によって支えられているという事実である。
スターズは今や世界最強の名をほしいままにしている。それに大黒竜也の存在が大きく貢献していることもエドワードは承知している。
だが、彼は白人ではない。黄色人種だ。
(黄色い猿が我が国の覇権を支える軍事力の象徴になるなどあってはならない……我が国は……いや、我が白人人種は世界を統べるために神が与えたもうた存在である。その我々を支えているのが黄色い猿などと、決してあってはならないのだ)
エドワードは、以前から竜也の存在を自らが築き上げたシステムをもって調べ上げていた。
その結果、彼が秘密にしている本名や裏の事情、ほとんど全てを調べ上げていた。彼が軍に反抗的なこともである。
(このような男を野放しにしておいては、いずれ我が国に害をなす……今のうちに排除するべきだ……)
エドワードは、そう思っていた。
だが、達也を排除すれば自分が愛する国の軍事力の根幹に関わることも事実である。
(奴の後釜には、副隊長の小娘を据えよう。小娘なら操りやすいしな)
エドワードは、勝手にそんなことを考えていた。
リーナは確かに外見は白人だが、その4分の1には日本人の血が流れている。だから、ある意味で彼が嫌う黄色人種でもあるのだ。
エドワードは自分が身勝手な考えをしていること、そしてこれが大変な事件に繋がることを考えていなかったのである。この時点で。
リーナの目の前に、エドワード・クラークがいた。
場所はリーナに宛がわれている副隊長室。
この時のリーナは、アンジー・シリウスの扮装でエドワードと対峙している。
そして、名は知っていたが実際に会うのはこれが初めてであるリーナが見た第一印象は、
(この男は好きになれない……)
だった。自分の父親ほどの年齢差があるが、その何を企んでいるかわからない口元の歪み方や死んだような眼。それが真っすぐなリーナにはどうしても気に入らなかった。
「……それで、お話とはなんでしょうか? 博士」
この会見の申し出は、エドワードのほうから行なわれている。リーナとしては断ってもよかったのだが、上司のひとりであるポール・ウォーカーの口添えもあって、断れなかったのである。
「少佐……少佐は今の世界の情況をどうお考えですか?」
「…………」
いきなり何を言い出すのだこの男は、とリーナは思った。
「今の世界は、魔法師と非魔法師の争いが活発になっている。我が国でも失礼ながら、そちらのスターズの元隊員だったベンジャミン・カノープスが反乱を起こしてから、小規模な暴動が相次いでいます。幸いにして、鎮圧に軍が出動しなければならない事態には至っていませんが……」
「博士……私は、頭が悪いので建前とか前置きの類は嫌いなんです……何が仰りたいのか、ハッキリと答えてください」
リーナがあからさまに不機嫌を表すように言った。
エドワードは唇を少し歪めてから言う。
「スターズは世界最強の魔法師部隊です。我が国の覇権を支える重要な戦力であるといってよい……ですが今、魔法師の質そのものでは本来は我が国の属国であるといってよい日本に遅れをとりつつあります……」
「…………」
「いや、最近では他の国でも強い魔法師が生まれつつある。我が国の覇権は極めて危うい状況にあると言ってよいでしょう」
「……博士……何が仰りたいのですか?」
「我が国の覇権を支えるスターズに、我が国を脅かす日本の生まれである大黒総隊長を据えておくのは好ましくない……と言っているのですよ……」
その瞬間、リーナの右手がグッと握られたことに、エドワードは気づけていなかった。
「何が言いたいのです……」
「貴女が、スターズの総隊長になられるべきであると……シリウスの名を持つ貴女こそが、スターズを統べるにふさわしい存在であると、そう言っているのですよ」
エドワードの死んだような眼が、さらに歪みつつあった。
リーナの左手もグッと握られる。
「心配はいりません。……私は既に、大黒竜也総隊長がこれまでやってきた罪状を全て握っています。これを公表したらあの男は間違いなくUSNAを追われる……戦わずして、片はつくというわけですよ」
「…………」
リーナの全身が震えだした。
そして、リーナが立ち上がったのである。
次回は「リーナ脱走 その2」です。