十師族の七草家の現在の当主の名を、七草弘一という。年は2096年で48。まだ老いる年ではない。むしろ、これからという感じを彷彿とさせる男である。
そして普段は眼鏡をしているために表情は隠されているが、義眼ではないほうの瞳はまるで鷹を思わせるようであり、まるで脂ぎった野心家のようであった。
決して無能な男ではない。むしろ彼一代で七草家を師族に押し上げ、かの四葉家と並ぶ日本魔法界の双璧という立場まで作り上げたのだから、なかなかの人物である。
その彼が、この時は危機感を抱いていた。
四葉真夜。かつての婚約者が死んだとき、彼は義眼ではないほうの無い目で一筋の涙を流した。真夜の死を七草家をさらに好機ととらえたのは事実である。しかし、この涙に嘘はなかった。かつての婚約者の死を彼は本気で悼んでいた。
(真夜が死んだ以上……最早四葉は恐れるに足らない……放っておいても衰えてゆくだろう……)
弘一は本気でそう思っていた。しかし、彼を驚かせたまず一つ目。真夜の娘という深雪が跡を継いだ。そして二つ目。この自分の娘とさほど変わらない年齢の小娘の下で、四葉は真夜が死んだ後の混乱を切り抜けて、それどころか一条家と婚姻関係まで結んでしまった。
(侮りすぎていたか……)
弘一はこの時になって、深雪を甘く見すぎていたことを後悔した。
(どうすればいいものかな……)
と、彼は屋敷の窓から外の景色を眺めながら、そう思っていた。
背後には、腹心の名倉三郎がいる。
「名倉」
「はい」
弘一は名倉のほうを振り向かずに呼び、名倉は主人の背中に向けて頭を下げる。
「四葉深雪という娘、詳しく調べる必要があるようだ」
「はい。確か、真由美さまのご学友であったと聞いておりますが……」
「それ以外の秘密も全てだ。何もかも調べ上げて報告しろ。直ちにだ」
「はい」
「それから、真由美を呼べ。四葉の現当主について真由美の意見を聞いておきたい」
「はい」
名倉は主人の前を辞去した。
ドアの閉まる音がする。その間、弘一は名倉のほうに一度も振り向くことはなかった。
深雪が、次に手を打ったのは達也の手足をもぐ作戦である。
(あの人を助けているのは九島家……いえ、もっというなら、九島烈……あの老人さえ消してしまえば、あの人の片腕はもいだも同然……)
(あの人に正面からあたるのはあの母上すら恐れていた……まずは、あの人の手足をもいでしまうのが先決でしょうね……)
(幸い、あの人の情報が世界中にもれてしまい、あの人は行動をとることができなくなっている……今なら、作戦を進めることができる……)
深雪が暗い、まるで真夜を思わせるような笑みを見せた。
「花菱さん」
「はッ!」
深雪の傍には、護衛の桜井水波と側近の花菱がいる。
「かねてからの作戦を実行に移します。……準備のほうは?」
「はい。接触は始めておりますが、まだ色よい返事は来ていません」
「……やはり小者ですね……しかし、そんな人物だからこそやりようがあります……。花菱さん」
「はい」
「何が何でも彼を口説きなさい。彼を口説くことが、この作戦の要です」
「はッ! 承知しております」
次に、深雪は背後に控える水波に向けて顔を向けた。
「水波ちゃん」
「はい」
「貴女にも働いてもらうわよ」
「はい」
それだけ言うと、深雪はその場を去った。
花菱とその息子・兵庫はその人物に近づいていた。
「またか……何度言われようと、そんなことに応じることはできぬッ!」
父子の目の前にいる老人が叫んでいた。
ただし、花菱もその息子も、拒否はしているが脈が無いとは思っていない。もし本当にその気持ちがないなら、自分たちを捕らえて処断するなり突き出すなりしているはずだからだ。それをしていないということは、脈はあると考えている。
「そうは申されますが、貴方はいつまで人形として操られているつもりですか?」
「人形だとッ! 無礼だろう!」
「これは失礼いたしました」
と、花菱が平然と頭を下げる。
「ですが、よくお考え下さい」
そして、花菱がその名を言う。
「九島真言さま」
次回は「七草と四葉と」です。