北アメリカ大陸合衆国ニューメキシコ州ロズウェル郊外にあるスターズの本部基地。
ここの基地の一室に、スターズ副隊長・アンジェリーナ・クドウ・シールズが寝込んでいた。
達也が戦略級魔法に倒れたと知った時から、リーナは倒れていた。
あまりにショックだったからだ。
リーナの職務は副官的存在であるシルヴィアが担当した。
実はここに、スターズの特異性がある。
スターズはもともと個性的な人物が多い。それを統率する先代のシリウス、そして現在の達也はスターズを完全に掌握している。達也は時には厳しく、時には優しさを入れることでこの隊を把握していた。
ところが、リーナに対する隊員の目は冷たかった。
「何よ。総隊長の女が……」
「総隊長がいなければ、何もできないくせに……」
「総隊長に身体を許して愛を得ているんだろうが、総隊長がいなければお前なんか、ただの小娘なんだよ。自分の身の程をいい加減に知れ」
と、常に隊員から陰口を叩かれていた。
リーナはそれを知らないわけではない。むしろ知っている。
だが、この陰口はある意味で事実だった。リーナは事務能力が乏しい。そのため、決済などは全て達也が目を通すことになっており、副隊長といってもほとんど飾りに近かった。いや、達也がいるから副隊長なのだ、と見られていた。
リーナはそれに対して報復しようとは思わなかった。事実だと思っていたからだ。
(私はまだ17歳の小娘だし、飛び級するような頭はないし、部隊指揮の教育なんてまともに受けてないし。でも、私には達也がいる。達也を助けてこの地位にいられるなら、私は満足だわ)
だが、リーナはよくても、それがやがて不満として隊員からさらに白い目で見られるようになった。
そしてその日、リーナは寝込んでいる中で夢を見ていた。
だが、その隣に達也がいない。
そのことに一抹の寂しさを覚えながら、彼女は涙を流していた。
2097年2月某日。時刻はまだ、午前5時にもなっていない。
夜も明けぬ内に目を覚ましてしまったリーナは、ベッドの上で身体を起こすと、自らのお腹に手を当てた。
達也との間にできた、かけがえのない生命がそこにいる。
自分はひとりではない。
それにいい加減、立ち直らないとシルヴィアに迷惑をかけてしまう。
だから、彼女は今日は立ち直ろうとした。
そのときであった。
「ッ!」
それは全くの偶然であった。
リーナはその日、立ち直るためにたまたま散歩がてらの自主トレで「パレード」を自分から1ヤード(0.9メートル)離して展開していた。そこに、高エネルギーレーザーがリーナの幻影を貫いて内側からフェンスを焼いた。
リーナは驚愕した。もし、一歩間違えれば自分が即死していたからだ。
そしてそれは、お腹の子も……。
ショックの余りしばらく呆然としていたリーナだが、時間差で迫る対人ミサイルを彼女は移動魔法で跳ね飛ばし、熱と破片を魔法障壁で防ぎながら、狙撃の射線をたどって倉庫の屋上へ目を向ける。
「ジャックッ! いったい、何のまねですッ!」
そこには、伏射の姿勢でライフルのような物を構えている男性の姿があった。
倉庫までの距離は100メートル以上ある。また薄暗いこともあって、肉眼では誰だかよくわからない。
だがその男が放っている想子波動は確かに、リーナが知っているスターズ隊員のものなのだ。
スターズ第3隊一等星級隊員、ジェイコブ・レグルス軍曹。以前は中尉だったが、カノープスの反乱で降格されて軍曹になっていた。愛称はジャック。
得意とする魔法は、ライフルに似た武装デバイスで放つ高エネルギー赤外線レーザー弾『レーザースナイピング』。
それが、リーナに向けて撃たれたのだ。
「ジャックッ! 答えなさいッ! なぜ私を狙うのですッ!」
しかし答えは無い。高まる魔法の気配に、リーナは電磁波反射魔法『ミラーシールド』を展開する。
レーザースナイピングの光弾をミラーシールドが反射する。ミラーシールドはシールドの向こう側からやって来る電磁波を全て反射する。当然、可視光線も、シールドを張っている最中、敵の姿はシールドに遮られて見えなくなる。
リーナがミラーシールドを解除したとき、ジャックの姿は倉庫の屋根から消えていた。リーナは魔法探知を最高レベルに引き上げて倉庫に向かって駆け出した。
ところが、リーナの探知に魔法を帯びた飛来物が引っ掛かった。スターズの戦闘魔法師の間で共有されている魔法『ダンシング・ブレイズ』だった。
「アレクッ!?」
この魔法に宿る想子波動は、アレクことアレクサンダー・アークトゥルスによるものである。
リーナは慌てて『領域干渉』を放つ。自分を中心に展開するのではなく、飛来する4本のナイフに重ねるように自分の事象干渉力をぶつけたのだ。
渦を巻くような曲線軌道でリーナに迫っていたナイフは、コントロールを失って放り出されるように地面に落ちた。
「第3隊まで反乱!? ……まさか……」
リーナには彼女たちが反乱を起こす理由がわからなかった。
確かに、自分は恨まれている。憎まれている。私怨を抱かれていることも理解している。
だが、自分なりにがんばってきたつもりだし、自分は恨まれていることを知っていても報復したり何かをした覚えなど無い。少なくとも、本気で嫌われているわけではないと思っていたし、自分には達也がいればそれで十分だと思っていたのだ。
だが、今のリーナには考える時間すらない。
追撃のダンシング・ブレイズが迫る。
今度は4本ではなく1本。ただし、
「トマホーク!?」
今度は質量がずっと大きく、領域干渉では無力化もできない。
リーナは水平に飛んでかわした。地面すれすれの空中を一気に20メートル近く、すべる様に移動する。着地するなり、ミラーシールドを再展開し、着弾の手ごたえと同時にリーナは遮蔽物を求めて走り出した。
障害物や射撃用のターゲットが散在しているが、ここは基本的に見通しの良いグラウンドであったため、リーナはこのままでは良い的になってしまう。だから、特殊車両の格納庫に飛び込んだ。
リーナは格納庫に転がり込むなり、中にいる整備員を巻き込みたくないために、
「シリウス少佐ですッ! 中にいる者は全員ここから離れなさいッ!」
と叫んだ。この時には、アンジー・シリウスの幻影を纏っている。
リーナは整備員が逃げたかどうか、格納庫内に人が残っていたかどうかを確認する精神的な余裕は無かった。何より、冷静さを失っていた。
彼女は自分の腹部を気にしていた。
もし、腹部に衝撃を与えたら、お腹の子が-。
かけがえのない我が子を犠牲にしたくない-。
それが彼女の頭を支配していたのである。
そのときだった。
格納庫の壁は爆発に耐えた。だがそのせいで、色々な破片がリーナに対して降ってくる。
魔法シールドの中で爆発とその余波をやり過ごしたリーナは、振り返ってクリアになった視界の中に犯人の姿を認めた。
「レイラッ、貴女もなのッ?」
スターズの第4隊に所属するレイラ・デネブ軍曹。以前は少尉だったが、カノープスの反乱でやはり降格されているひとりである。
北欧系の長身でグラマラスな彼女が、リーナに憎しみを向けていた。
「馴れ馴れしくレイラなんて呼ばないでほしいわね。この裏切り者ッ!」
その一言に、リーナはショックを受けていた。
次回は「虐殺」です。