現在俺はエミーからもらい受けた火の魔法使い入門書を読みつつ、薬草と癒花が生えている場所に向かって歩いている。
原っぱの舗装されてはいないが幾重も踏み締められたであろう道を、1人で歩いていると最初のダンジョンにいた頃を思い出すが、前とは違い安心して歩けるのがいい。
火の魔法使い入門書は入門書と書いてあるだけに分かりやすく、これなら今すぐにでも魔法を使えそうな気がしてくる。
本の内容は魔法の属性の種類とそれぞれの特徴から始まり、魔法を使う際の注意点や火の魔法の素晴らしさなど小話のような要素も入っていて魔法について更に興味を引かれる。
魔法は8属性あり、属性魔法とは別に回復魔法や付与魔法などがあるらしい。ぶっちゃけ種類が多くて全部は無理だと思う。種族や人によって魔法の適正などもあるみたいなので、出来そうなやつから試していこう。まずは火の魔法からってことで。
魔法は体の中にある魔素を消費して発動する。魔素とは酸素などと同じく大気中に存在し、そして体内に保有されているんだとか。保有量は種族によって違う。しかし体内の魔素を枯渇させることで保有器官を鍛え、絶対量をあげることができる。ステータスにはMPと表示されているのが魔素ってことでいいみたいだ。
そして魔法の威力は魔力に依存する。そこから詠唱を行ったり杖などの媒体を利用して威力をあげ、魔法を安定させる。魔力を高めるには魔法を繰り返し発動すること、そして自らの体を流れる魔素の流れの大元、魔力を感じとることが必要となってくる。
今まで生きてきて魔素や魔力なんて感じたことないので、とりあえず魔法を発動させてみて感じれたらなという気持ちで魔法を使ってみる。結構感覚派なのでこれでいけるかもしれないし。
道すがらに手頃な岩があったので掌を岩に向けて魔法を唱える。詠唱するのはいささか恥ずかしいので小声で。
「我、自らの魔素を糧として世界に力を顕現する。願うは火、形は球体。【ファイアーボール】」
手を伸ばした先、皮の籠手から5㎝ほど離れた空中に小さな火がおこる。今にも消えそうな火種はプスプスと黒い煙をあげて消えてしまった。黒い煙をあげてるってことは不完全燃焼なのか?そもそもこの火って何を燃料にしているのだろうか。俺の体内の魔素かな、それなら魔法発動のために十分なMPを注ぎこまなくてはな。
さきほど魔法を使ったさいに体の中から何かが抜けていく感覚がした。その感覚を忘れないうちにもう一度発動させる。
「我、自らの魔素を糧として世界に力を顕現する。願うは火、形は球体。【ファイアーボール】」
今度はしっかりと発動したようで直径15㎝ほどの火球が出現する。黒煙はあがらず、安定しているみたいだ。火球を岩にぶつけて消す、岩にはダメージがないようだ。これで岩が爆砕でもしたら戦闘でも使えることが証明されるんだが、実際に魔物に当ててみないといけなくなった。
『初級火魔法を習得しました。』
お、魔法をゲットしたみたいだ、ナチュム様の加護で習得が早くなってるんだな。てか今の声カチュリア様だったな。
それにしても初級ってなんだろうか。その疑問の回答は本の最後の書いてある、魔法の階級と範囲魔法についてという部分にあった。
魔法には初級、中級、上級、超級の4つの階級がある。また火魔法と火炎魔法のように単体に向けたものと範囲を攻撃できるものの2つのパターンに分けられる。魔法使いを目指す若者よ、数多くの魔法を極め魔法の極致を目指そうではないか。
ふむ、各属性とその他の魔法。更には4つの階級に単体、範囲があるのか。種類が多いな。
続けてエリィからもらった癒しの魔術師入門書。これは怪我とかしてないしまだ使えないかなと思ったけど、ちょうど良いところに獲物がでてきてくれた。
目の前には液体と個体の中間といった様子の緑色した半透明体がいる。ぷるぷるしてるし、これはスライムだよな。試しに鑑定してみるか。
種族:スライム
性別:不明
状態:普通
レベル:2/20
HP:12/12
MP:5/5
SP:5/5
《スキル》
《称号》
ステータスは低い、流石最弱と名高いスライムだ。これなら楽に倒せそうだが、油断は禁物。どれほど相手が弱くても窒息させられれば死ぬのはこっちだ。他にも格上相手に勝てる方法ならいくらでも知ってる。緊張感も持ってスライムと対峙する。
胴体目掛けて跳び跳ねてきたスライムを、右に避けると同時に右手の剣で真横に切り裂く。素早く前に駆け抜けて距離をとり、振り返って剣を構える。
2つに別れたスライムは片方は液体に、片方はさきほどと変わらずぷるぷるしている。どれほどダメージがはいったんだろう、鑑定してみるか。
種族:スライム
性別:不明
状態:普通
レベル:2/20
HP:6/6
MP:5/5
SP:5/5
《スキル》
《称号》
あれ、HPが半分になってる、しかも絶対値ごと。これにはスライムの生態が関係しているのだろうと辺りをつけた俺は今度は種族としてのスライムを鑑定する。
・スライム
液体と個体の中間の体をもつ、不定形の魔物。
体内の核が本体であり、核を破壊されると液体状になり死亡する。
有機物、無機物関係なしに吸収し、自らの体積を増やす。そして一定量増えると核を生成し、体の一部を分離、新しい個体を生み出す。
体に異物が混ざる属性魔法に弱い。
吸収した物質の色によって体の色が変化する。
つまりさっきのは、核なしで分離したってことかな。それに回復するHPがないんじゃあ、回復魔法も使えないな。なら魔法で火傷させてやるか、ついでに無事魔法も習得できたし詠唱破棄ってのを試してみるか。
「【ファイアーボール】」
15㎝よりも少し小さくなった火球が半分になったスライムにぶつかり、蒸発したような音がする。加減を間違えたかな?スライムがいたところにはビー玉くらいの大きさの赤い玉が転がっている。やっぱり倒しちゃったかー、これは核かな?
スライムの核をアイテムボックスに放り込み先を目指すことにする。そして危惧していた通り経験値通達はなかった。サンダエラ様仕事してくださいよ……。スライム1体でレベルアップはないだろうし、確認はいいか。
その後も6匹ほどスライムを魔法で焼いたが、生き残って回復魔法の実験台になってくれるやつはいなかった。
そんなことをしている間に目的地に到着する。そこは低い丘のようで、まばらに小さい木が生えている。道は途切れていたが、方向は解っていれば付ける距離だったな。
さて薬草と癒花はどこだろうか。資料館で見たイラストと鑑定を駆使して探す。あった、1つの茎に数枚の大葉のような葉っぱがついてる。確かこれが薬草だよな、鑑定して確認としっかりと薬草と書いてあった。ほいほい採取採取~っと。
薬草は木の下によく生えているので、それを念頭に効率よく集めていく。癒花は岩の影か川の側に生えてるんだったな、薬草集めが終わったら捜索に移ろう。
そして薬草集めが終了し、癒花探しを始めようとしたときに問題が起こった。木の影、俺の死角に狼を大きくした魔物がお昼寝していた。何やら強そうなので起きなければこのまま退散し、川の方に行きたい。
しかし世界は俺のことが嫌いらしい。やけに硬い木の実が頭頂部に落ちる。
「痛っ!……あ、」
スピー、スピーと可愛らしい寝息をたてていた狼の魔物は不機嫌といった様子でこちらを睨み付ける。
「えっと……ごめんな。起こすつもりはなくて、邪魔する気もないからさ。どうぞこのままお眠りください。」
ついつい敬語になりつつも、目線を外さずにゆっくりと後退する。言葉が解ったわけではないのだろうが、俺の誠意が伝わったのか狼の魔物はまた眠りについた。……良かったぁ、死んじゃうかと思った。俺の命の危機を演出してくれた木の実を拾い、アイテムボックスに放り込む。狼の魔物の気が変わらないうちにここを離れるとしようか。
丘を下ると小川が流れているところに出た。川は膝くらいの深さで流れも穏やかだ。街から数十分でこんな見晴らしのいいところがあるなんて思わなかった、こんなところでお弁当でも食べたいな。
しかし外から出る時に一悶着、さらにここまで歩いてきてお腹が空いた。本当ならお昼までに戻る予定だったからなー。武器の素振りもできてないが、さっさと癒花を採取して帰ろう。試したいこと全部試すつもりだったけど、火の魔法くらいしかやってない。
スミレのようなピンクの花を10本摘んで帰路につく。5本多いのは後で調合とかできないかなって思ったからだ。薬草も5本ほど多く摘んでるしね。でもなぁ帰りにはまた丘を通らなくちゃいけない、遠回りするとちゃんと帰れるか解らないので通るしかない。これなら地図でも持ってくれば良かったな。あの狼の魔物は俺に興味なさそうだし大丈夫かな、一応近寄らないようにして行こう。
しかし狼の魔物を避けても他の魔物に当たってしまう。来るときにはスライムしか見なかったけどゴブリンもいふみたいだ。見つかる前に小岩の影に隠れる。岩から顔を出して様子を伺うと5匹のゴブリンが何やら会議のようなものをしている。俺にはゴブリンの言葉が解らないので推察だが、目的はあっちにあるぞ!みたいなことを話してるみたいだ。面白そうだし、奇襲できたら武器の試し切りにもなる。俺はバレないようにゴブリンの後をつけていく。
ゴブリンの後を付けること数分、狼の魔物が寝ていた木の近くにまで来てしまった。こちらの方まで来る気はなかったが、ゴブリンの目的が気になってしまったのだ。
それにしてもゴブリンたちの目的ってのは、やつらの敵対する者、または嫌なものみたいだ。表情が分かりにくいが、鑑定してみると状態が怒りになっているので随分とご立腹なんだな。
そのまま後を付けると狼の魔物が寝ている木についた。ここら辺に来たときに、うっすらそうなんじゃないかなぁって思ってたけど、ゴブリンたちの目的は気持ち良さげに寝ている狼の魔物だった。
あの怒りっぷりから戦うつもりだろうが、止めておいた方が良いと思う。あの狼の魔物は5匹がかりでも敵う相手ではない。ゴブリンたちは狼の魔物を取り囲むように扇状に広がる。
ゴブリンたちの気配に気付いたのか、狼の魔物は目を開けゴブリンたちを睨み付ける。いやゴブリンたちじゃなくて……俺?え、何で俺を睨み付けてるんだ?
狼の魔物の真意を汲み取るために順序追って考えてみる。狼の魔物からしてみれば、1度は見逃した獲物。今度現れた時はゴブリン5匹の後ろでこちらを伺っている。
……んー、見ようによっては俺がゴブリンをけしかけたようにも見えなくはない。でも、だからといって決めつけないでほしい。俺は無実です。それを証明するためにもゴブリンを倒そうかな、さもないとゴブリンを倒した後で俺まで倒されそうだ。
レオンの剣をアイテムボックスに入れ、同時に愛用していた武器を手に出して、ゴブリンに向かって走り出す。一瞬で装備品を変えることができるのように、道すがら練習していた成果がでたな。これを
俺の愛用武器は鎖鎌の鎌の部分が40㎝くらいの鍔なしの刀になっているものだ。長い鎖の先にはダイヤ型の重りがついていて遠心力をつけやすい。左手に逆手で刀を持ち、右手で鎖を回す。空気をきる音に気付いたのか右端のゴブリンが振りかえる。
鎖を右端のゴブリンの首に巻き付けるようにして投げる。大きく回っていた鎖が、ゴブリンの首を基点に回り巻き付く。
ゴブリンが驚きの声をあげる前に鎖を引っ張り、足元近くにまで引きずり倒す。倒れこんだゴブリンの頭に刀を突き刺す。脳を串刺しにされて生きていられるとは思えないので、これで残りは4匹。
ようやく仲間がやられたと気付いた残りのゴブリンはこちらを振り返ろうとするが、目の前の狼の魔物が気になる様子で、慌ただしくしている。
首に巻き付いている鎖を真上に引くと、ゴブリンの死体が宙に浮き、横に回転して地に落ちた。それを見て怒りの矛先が俺に向いたみたいだ。ゴブリンたちは狼の魔物に背を向けるのも何のそのといった様子で、俺に突撃してくる。
バカだなぁ、俺よりも強いであろう狼の魔物に背を向けるとは。案の定後ろから狼の魔物に襲いかかられ、ゴブリンたちが一瞬で肉片にかわる。
……正直ここまで悲惨な結果になるとは思わなかった。せいぜい1、2匹減るかなぁ程度だったのに、一瞬で4匹引き裂くとか怖い。
かなりグロい光景を作り出した張本人である狼の魔物は、なぜか少しも毛に血がついていない。木の影にいるときには白く見えたが、日に当たると綺麗な銀色の毛だ。燃えるような赤色の目と相まって恐怖を駆り立てる。
『おい、人族の娘。貴様は我の敵か?』
脳に調節語りかけてくる声は、聞き覚えがない声だった。女神様たちではない、男の声だ。俺はもしかして、と目の前の狼の魔物を見る。
『どうした、我ほどの高位の魔物なら念話程度使えるに決まってるだろう。何を呆気にとられた顔をしているのだ。』
銀色の狼は不機嫌そうにこちらを睨む。どうやら語りかけてきているのは、こいつで良さそうだ。
「いや、念話ってのが初めてでな。誰に話しかけられているのか解らなかったんだ。」
『そうか、それなら良い。……それで、人族の娘よ、貴様は我の敵か?』
銀色の毛が逆立ち、殺気を飛ばしてくる。その表情は笑っているようで、まさに獲物を狩る捕食者のそれだ。
「め、滅相もない。敵対する気はさらさらないよ。敵う相手じゃないだろう?」
『ほう、人族には珍しく身の程をわきまえているようだな。ではその殊勝な心掛けに免じて、そこの肉を寄越せば見逃してやろう。』
左前足で器用に俺の仕留めたゴブリンを指差す。特に断る理由もないし、見逃して欲しいのでそれに応じる。
「あ、そうだ。右耳だけくれないか?他はいらないからさ。」
『耳を欲しがるとは、やはり人族は解らんな。良かろう、くれてやる。ほれ、さっさと切り落とせ。』
急いでゴブリンの死体に駆け寄り、右耳を切り落とす。そしてアイテムボックスに武器と一緒に放り込んだ。それが終わると狼の魔物に向き直り、言いたかったことを言う。
「あのさ、俺、男なんだけど。」
『む、そうか。だがそんなこと些細なことであろう?気にするな人族の小僧よ。』
「小僧って、そんな年じゃないんだけどな。」
『1000年を生きる我からすれば貴様など赤子に等しい。』
この狼1000年生きてるのか、それりゃこいつからすれば俺は小僧だわ。それにしても長い時を生きる狼の魔物、もしかしてかなり有名な魔物なんじゃないか?
「なぁ、名前はなんていうんだ?」
『なんだ急に……まぁ良いか。よく聞け人族よ、我の名はハティ・フェンリル。伝説の大狼フェンリルの息子だ。もっとも我はその子孫だがな、名は同じだ。』
それは種族名なんじゃないだろうか。でも種族名が聞きたかったわけだし良いだろう。
『そうだ小僧、貴様の名は何という?人族は人に名を尋ねる際には、まず己が名乗るのだろう?順序が逆だが、ほれ、名乗ってみよ。』
「確かにそうだな。ごめん、無礼だったな。俺はソウヤ・カニエ。迷い人だ。」
『ほう迷い人なのか、きさ……ソーヤは。迷い人など100年ぶりに見たな。』
「へぇ、巨人族の人が3人見たって言ってたから、てっきりもっと見てるのかと思った。」
『む、違うぞ、迷い人だと認識したのが2人目なだけだ。気付いていないだけでもっと見ておる!……はずだ。』
ハティは案外負けず嫌いらしい。これはあまり突っつくと何が薮蛇になるか解らないので早めに退散した方が良さそうだ。もう街に戻るむねを伝えると、最後にと呼び止められた。
『ソウヤよ、貴様に我の加護をくれてやろう。手を出すがいい。』
「え、良いのか?加護なんてそうそう与えて良いものじゃないだろう?」
とは言いつつも左手が前に出る。体は正気だ。
『ふん、人族でありながら、我に戦いを挑むでも恐れをなすでもなく、そのようにふてぶてしく接するのはお主くらいだ。このような奇縁を大事にするのも長生きの秘訣なのだよ。とは言っても、我はまだ大人になってまもない若い個体だがな。』
冗談でも言ったつもりなのかハティは器用に喉を鳴らしつつ、俺の手に自らの手をのせた。
お手してるみたいだな、と思ったが口に出すとミンチになりそうなので黙っておく。
『月を追う銀狼ハティの加護を手に入れました。
称号に月を追う銀狼ハティの加護を受けし者がつきます。』
ハティの前足が手から下ろされる。加護が無事与えられたようだ。この加護の効果は後程確認するとして、人には言わないでいたほうが良いよな。ここにハティが居たことも含めて。こんな街から近いところに高位の魔物がいたとなったら大騒ぎだろうしね。
「なぁ、ハティ。街とかを襲う気はないないよな?」
『当たり前だ、何故そんなつまらんことをせねばならんのだ。』
「いや、害がないなら報告しなくて良いからさ。ハティも自分目当てに人がくるのは嫌だろう?」
『嫌もなにも向かってくるなら皆殺しにするのみだ。今までもそうしてきたようにな。もっともここには昼寝に寄っただけだ、すぐに他の場所に行く。我は月を追う狼だからな、決まったねぐらなど存在せんのだよ。』
それなら報告してもしなくても討伐隊が差し向けられることはないだろう。安心したところで今度こそ帰ろうと思う。お腹も空いてるし。
「それを聞いて安心したよ。またなハティ。」
『次に会えるとしたら100年は先であろうな。せいぜい長生きすることだな、ソーヤ。』
100年か、気が長いな。生きていられるかも怪しい。だが、またなと言ったんだし、頑張ってみよう。
少し歩いてから、ふと後ろを後ろを振り返ると既にハティのすがたはなかった。