奴隷の少女、ヨミを連れて表通りを歩く。フードのお陰で髪が見えないからか、こちらを見る人は少ない。
ヨミを連れだって歩いて数分もすると、仔猫の尻尾亭に到着した。今回はユーちゃんが飛び出してくることはなく、普通に店内に入ることができた。
空いているテーブルに座って店員さんを呼ぶ。
「俺は日替わり定食でお願いします。ヨミはなに食べたい?」
「……私は大丈夫です。」
大丈夫なわけないだろう、ステータスに空腹って表示されてるんだし。
「なら日替わり定食を2つでお願いします。それと、親父さん呼んでもらっていいですか?」
店員さんに告げて料理と親父さんを待つ。少しすると料理を持った親父さんがきた。今日の日替わり定食はハンバーグと米っぽいご飯。米みたいなんだけど米じゃない、不思議な食べ物だ。
「これはヨミの分ね。」
親父さんから皿を受け取りヨミの前に出す。
「……私は、奴隷ですよ。」
「親父さん、この国には奴隷にご飯を出しちゃいけない法律でもあるの?」
「いや、ねぇよ。……てか、この嬢ちゃん奴隷なのか。ソーヤ、何してんだお前は。」
親父さんをさっくりと無視してヨミに食事をすすめる。スプーンで掬って食べ始めると、よほどお腹が空いていたのかパクパクと食べて行く。
「んでさ、親父さん。もう1部屋空いてない?」
俺もハンバーグを切り分けつつ、親父さんに訪ねる。
「その奴隷の子のか?それなら一緒の部屋でいいだろ。基本奴隷は同じ部屋だしな。それに今は他の部屋は空いてない。
奴隷は所有物ってことで宿代はとれないし、飯もランクを下げて提供してなるべく値段をかからないようにするのが宿屋の基本なんだが。うちでは飯のランクを下げるなんてまねする気はないんでな。2食で銀貨1枚と大銅貨2枚、と言いたいところだが大銅貨8枚に負けといてやる。」
「んー、だったら布団を1人分頼む。流石に一緒のベットで寝るのはいかんだろ。
それから料金については了解したよ。」
アイテムボックスから銀貨10枚を取り出して親父さんに渡す。銀貨2枚分多いのは布団の代金だ。親父さんもそれを解ったのか受け取って、レジに戻った。
ヨミを見ると、既に食べ終わっている。俺も急いでハンバーグを食べて食事を終える。ステータスを見ると空腹(中)が空腹(小)になっていた。まだお腹空いてたのか、ハンバーグの残りをあげればよかったな。
2階端の部屋に入りベットに腰かける。ヨミは床に正座しようとするのでベットの中央に座らせた。これから治療を行うんだ、なるべくリラックスしていた方がいい。
「ヨミ、傷を見せてくれ。」
「……はい。」
また目の前で脱ぎ始めるが、そうしないと傷を見せられないんだろうし、今回は我慢する。もともとホルモンバランスを崩されていて、性欲があまりない体だ。ましてや怪我人の傷を治すのに欲情することはない。
アイテムボックスから癒しの魔術師入門書を取り出す。仔猫の尻尾亭に来る前に自分の指で試してみたが、上手くいったのでヨミの怪我を治すつもりだ。
ヨミの傷は身体中に鞭の痣、特に左肩が酷い。そして火傷、これは手足だけでなく右ほほまで焼かれている。更には全身に打撲痕がある、あばら骨らへんに痣がありへこんでいるのが解る。
右手の入門書に目を落としながら、左手でヨミの傷に触れる。慣れないうちは直接触って治すのが良いと書いてあるからなんだが、何か緊張するな。
「我、自らの魔素を糧として世界を癒す。効果は治癒、対象はヨミ【ヒール】」
淡い光に傷が包まれて治ってゆく。だがまだ1つ終わったばかりだ、どんどんいこう。
左肩、右ほほ、胸の大きな痣は消すのに少し時間がかかり、MPを勢い良く削っていった。
「……どうして、治すんですか?」
胸の傷を治しきった後、ヨミが聞いてきた。前はもう傷がないので後ろを向いてもらってから答える。
「ヨミにはこれから役に立ってもらうからな。その時に怪我してたら困るんだよ。」
これから共に冒険者として活動するんだ。怪我を負ってる者を戦わせるのはどうも忍びない。
子供だから、女だから戦わなくていい。という思考は俺にはない。子供あろうと女あろうと戦わなくては生きられないのが世の中だ。ヨミも俺の奴隷として役目を果たしてもらう。
ヨミの背中には大きな切り傷があった。骨には通達しなかっただろうけど、かなり大きい傷だ。当時は痛んだに違いない。
また傷に触れてヒールをかける。大きな傷だけに消費MPも大きく、視界の左上でMPゲージが減って行く。
一際大きな光が放たれると、背中の傷は消えていた。大きな切り傷だけでなく、その他の細々とした傷も一緒に。
「他に傷はないか?まだ余裕あるし、今のうちに治しちゃうぞ。」
「……………。」
ヨミは無言でスカートに手をかけ、そのまま下ろした。思わず静止しようとするが、ヨミの足には怪我があった。鞭の痣、火傷のあと、内出血のようになっている箇所もある。
目を逸らしながら傷に触れてヒールを唱える。くすぐったいのは解るけど艶やかな声を出すのを止めてほしい。このタイミングで誰か入ってきたら勘違いされそうだ。
足の怪我を治しきることにはMPは3分の1ほど減っていた。ヨミの傷が多かったのもあるけど、俺に雑念が多いのも原因だな。反省しよう。
女性の治療なんかも昔はやったけど、互いに死と隣り合わせの緊張感があったからな。そんな雰囲気は一切無かった。
「良く頑張ったな。ご褒美にサンドイッチをやろう。」
アイテムボックスからサンドイッチを取り出してヨミに渡す。ベットの上で食べるのは行儀悪いけど、今回はいいだろう。
ベットの端に座り、サンドイッチと共に取り出した調合の入門書を読みすすめる。前に1度読んでいたこともあって風邪薬のページは直ぐに見つけることができた。
材料は薬草と癒花、そして魔水。どれも持っているので今すぐにでも作れる。
「えーと、薬草と癒花混ぜ合わせ、粉末状にする。」
もらった器材の中にすり鉢があったので、それを使いゴリゴリと削って粉末状にする。本に書いてあるグラム数はアイテムボックスから出すときに設定するだけなので、数分の狂いもない。
「それを魔水に入れてかき混ぜたら………あ、容器がねぇや。
ごめんな、ヨミ、少し待っててくれるか。」
ヨミにことわりをいれて1階に下りる。親父さんから小瓶を3本もらい受けて部屋に戻ってくると、ヨミは動かずに待っていた。てかサンドイッチも食べてない。
「サンドイッチ食べないのか?お腹空いてない?」
しかしステータスには空腹と表示されてるし、腹は減ってるはずなんだけどな。
「……食べて、良いんですか?」
「良いんだよ、頑張ったご褒美なんだから。」
「……私は何も頑張ってなどいません。むしろ……ご主人様の方が………私なんかの傷を治して、疲れている、はずです。」
ヨミは辛そうに言葉を紡いでいる、衰弱は消えてきているが風邪が強くなってきている。少し暑くなったせいで悪化したみたいだ。
「俺は魔素量が多くてね、これくらいは朝飯前なんだよ。
それと、これから役に立ってもらうって言っただろ。そのためにも傷だけじゃなくて風邪も治してもらわなきゃいけないんだよ。
解った?解ったならサンドイッチ食べて休んでて。」
ヨミに背を向けて作業に戻る。小瓶に魔水を入れて、そこに粉末を注ぎ入れる。そして軽く混ぜた後熱すれば完成だ。熱は火魔法の応用で、程よい温度にできる。
沸騰する寸前で止めれば風邪薬の完成だ。あとは冷めるのを待つだけだ。水魔法や氷魔法で冷ますこともできるが、急激な温度低下はダメらしい。
1本目が冷める前に、2本目3本目を作り終える。
『調合師のスキルを獲得しました。』
お、新しいスキルをゲットしたみたいだ。効果は調合時に補正がかかる、か。これからヨミの風邪薬を作るんだし、いいスキルを手に入れたな。
ヨミを見るとサンドイッチを食べ終わっていた。ステータスからも空腹は消えていて、お腹はふくれたようだ。衰弱も衰弱(小)になっているので風邪薬を飲ませて寝かせれば、取れるかな。
「はい、これ飲んで。」
「……これは?」
「風邪薬、今日はそれ飲んでもう寝よう。」
ヨミは小瓶の中の液体を飲むと苦そうな顔をした。回復薬は苦くなかったけど、風邪薬は苦いのか。材料はあまり変わらないはずだから、分量の問題かな。
ベットにヨミを寝かし、毛布をかけてやる。さて、俺は布団を取りに行かなきゃ。しかし取りに行こうとするとヨミに服の端を捕まれた。
「……どこ行くんですか。」
「ここの宿屋の親父さんから布団を借りる約束しててね、俺は布団で寝るから取りに行く。」
「なら私が布団で寝ます。奴隷は床で十分です。」
ヨミが起き出してしまったので慌てて寝かせる。病人を床で寝かせるなんて出来ないんだけど……ヨミは本気みたいだ。布団を持ってきたら床で寝るとか言い出しそう。
「解ったよ、なら一緒に寝ようか。」
ヨミを少し左に寄せて、空いたスペースに入る。もしかしたら奴隷として過ごしてきて、寂しかったから人の温もりが欲しかったのかな。それか風邪で弱っているからか。……いや考え過ぎだな、ヨミは奴隷として振る舞ってるだけだ。
俺も変なことは考えるまいと、早く寝ることにした。寝るには早い時間だが、安静にするにこしたことはないし、良いよね。
依頼をこなし、盗賊を捕らえて、奴隷を買った。今日は思いの外疲れることが多くて直ぐに寝てしまった。
「……何も無かった、愛玩用でもない……?」
朝、俺が起きると既にヨミは起きていたのだが、俺が起きるまで待っていたようだ。目を開けると息がかかりそうな距離にヨミの顔があって驚いた。
ベットから下りてヨミを鑑定する。まだ状態の欄には風邪(小)と衰弱(小)が残っていた。アイテムボックスから昨日調合しておいた風邪薬を渡す。
さて、ヨミが風邪薬を飲んでいる間に今日の予定を決めよう。
まず1階に下りて朝飯を食べる。そして、ヨミの服とか必要な物を買い揃えるか。まだ金貨1枚と銀貨22枚ある。それと昨日の依頼分でさらに銀貨3枚か。
今日で買い終えて、明日からは依頼をこなさないとな。そうだ、ヨミの装備品も揃えないと。
「……飲み終わりました。」
空になった小瓶をアイテムボックスに放りこんで、1階に下りる。ヨミはフードを目深に被って後ろをついてきた。
「今日は服と装備品を買いに行く。何か使える武器はあるか?」
「……護身術程度ですが、ナイフが使えます。」
食堂で朝飯を食べながら物騒な話をしていると、昨日は見なかったユーちゃんが席についた。
「おはようございます、ソーヤさん!こっちの可愛い子は誰ですか?ナンパですか!」
「おはよう、ユーちゃん。ナンパじゃくて、奴隷だよ。ほら、挨拶しな。」
ユーちゃんの襲来に驚いてスプーンを止めているヨミを促す。
「あ、あの、ヨミです。」
「あ、えと、ユーシュです。」
ぎこちなげに挨拶を交わすと、ユーちゃんは俺に手招きしてきた。
「ちょっと耳貸してください。
ソーヤさん、奴隷買ったんですね。しかもこんなに可愛い子、乱暴したら私、怒りますからね!」
耳元でささやくように話していたのに、いきなり普通の声に戻るから驚いた。ほほを膨らませるユーちゃんに、その心配はないと目配せをして距離をとる。
「あ、そうだ。ユーちゃん、今日ヨミの服とか買いに行くんだけど一緒に来てくれない?俺じゃ解らないこともあるだろうし。」
主に下着類なんかは、とは言わないでおく。
「良いですよ、今日は学校もお休みですしね。それに、ヨミちゃんとも仲良くなりたいし。」
「学校?そんなのあるんだ。……こっちの世界も兵隊作りに忙しいんだな。」
もといた世界では学校とは、世に出るための準備期間であり、世に出た時に貢献できるように力を蓄える場所だと教えられた。なんにせよ、学校があるということは国か、権力者に貢献するための人材が作られてると考えて良いだろう。
「もともとは昔召喚された勇者様が広めたらしいですよ、学校で習いました。学校って一杯種類があってですね、タルクスにあるのは冒険者、商人、騎士になる学校です。
騎士学校は卒業すると騎士団に入るので、入学する年齢とかは明確には決まってませんけど、冒険者学校と商人学校はだいたい12歳くらいで入学します。もちろんもっと若い人もいますけどね。」
何になるかを子供のうちから決めて学ぶのか、まるで俺たちみたいだな。いや、俺たちは決められていただけか。
「学校か、ヨミも歳的にはそのくらいだろうし、通わせた方がいいかな?」
「やめとけ、学校には貴族のガキなんかも通ってるからな。奴隷ってだけで何されるか解らないぞ。」
「お父さん、そんなことないよ!みんな良い子だし……んーでも、そーかなぁ。」
ユーちゃん、どっちなんだい……?唸っているユーちゃんは置いといて皿を下げに来た親父さんに昼には戻ると告げて銀貨2枚を渡しておく。
「ヨミには健康体になってもらわないとね、そのためにも親父さん、栄養満タンで頼む。」
「おう、任せとけ。」
ヨミは細いし顔色も悪い。冒険者としてやっていくなら栄養状態から改善してかないといけない。今日のお昼は豪華にいこう。
「ヨミ、ユーちゃん、行こうか。」
犬耳と猫耳の少女2人を連れて外に出る。両手に花?何を言ってるんだ、俺は荷物持ちですよ。