目を開けると、ただ白いという情報が視界を通して流れ込んできた。知らない天井だぁとか言いたかったんだけど、白というよりは空白だ。天井というか、何もないというか。どうやら俺は生きてるらしい。いや、ここがあの世って可能性もあるんだけどさ。
頭では無駄な思考をしていても、長年の訓練で染み付いた動きは抜けない。意識が覚醒した瞬間から体に不備がないかを確認している。指の先の些細な動きや口内に毒物が仕込まれてないかなど。どうやらなんの欠損もないようだ。次いで眼球の動きを最小限に視界の端までを把握し、何かないかを見る。見えている範囲には何もない、てか白い空間が何処までも続いてるだけだ。
体に異変なし、周りに敵なし。ゆっくりと上半身を起こす。たとえ自室であろうと行えと教え込まれた動作だ。嫌でも目を覚ます時にやってしまう。
「やぁ、お目覚めかい?」
突然後ろから聞こえてきた中性的な声。さっき居ないことを確認したんだけどな。体ごと振り返り、すぐに飛び退く。
「そんなに警戒しなくても大丈夫だよ。」
近い。飛び退いた筈なのに、目の前にはニコニコと笑う男か女か解らない中性的な人物が立っていた。いや、違うな。足元を見ると浮いてる、ちょっとだけど。
「自己紹介が必要かな?」
「いや、いらないですよ。えーと……神様、でいいんですよね?」
何故か敬語になる。目の前の絶対的強者に息がつまりそうだ。生物として完全に白旗挙げてしまっているようだ。これが神様か、格が違うな。フフっと女性なら短め、男性なら長めの白髪をかきあげて神様(仮)は笑った。
「え、違うよ?」
「え?」
「え?が、え?だよ、驚きだね。」
「え、違うの!?だって声とか経験値通達の声と同じ感じだし、いかにもって感じの真っ白な服じゃん!」
思わず敬語も吹っ飛んだよ。だって浮いてるし、なによりあり得ないレベルの美人だし。いや、男か女か解らないけどさ!
「いやいや、通達役やってるのはカチュリアだよ。ボクはディバイン。一応ボクたちは、女神かな?」
「……女神も神様なんじゃないんですか?」
「神なんて名前についてるけどさ全知全能には程遠いし、名乗るのもおこがましいよ。それにボク程度なんて砂漠の砂粒くらいいるしね。」
女神は神様じゃなかったらしい。あと女神が砂漠の砂粒くらいいるとか怖いんだけど。八百万の神どろこじゃないよ。日本人もビックリだわ。
「まぁいいや、そこら辺は後々説明するとして、今は君をどうするかだよね?」
「あー、そうですね。俺ってば案外天国行けたんですね。」
「行けるわけないでしょ。」
ディバインと名乗った中性的な女神様はニコニコとした笑みのまま、現実を突き付けてきた。口元は笑ってるけど、目が笑ってない。
「初めての殺しは5歳のころ。その後も着々と殺しを重ねて、なんと若干18歳にして46人殺してる。何処に出しても恥ずかしくない人殺しだね。そんな大罪人がどうまかり間違って天国なんていけると?」
「………………。」
「言い訳しないの?」
「……全部事実ですから。言い訳のしようがありませんよ。」
「そんなことないと思うよ?初めて殺した時は四肢をもがれ死を待つだけの人をやったでしょ。まるで親鳥から餌をもらう雛のようにね。その後の殺しもやらなければ君が殺されていた。仕方なかったってやつじゃないの?」
「それでも、殺したことにはかわりない!相手が死を待つだけの人だとしても、俺が殺したことには……!」
「うん、合格ー!」
「……は?」
「いやー、良かった良かった。君の世界の管轄の子が厳しくてさ。不合格だったらこっちで処理するか送り返すかしなきゃだったんだよね。」
「えーと、あの、はぁ?」
「よしっ、これで晴れて合格となりましたので、異世界転移……だっけ?まぁいいや、それが成功ってことで、君をこの世界に定着させちゃうね?」
「ちょ、ちょっと待って。待ってください。」
「なに?まだこれから説明することがあるんだけど?」
「あ、すいません。えっと、合格とか管轄とかどうゆうことですか?」
「合格ってのは君の世界の管轄の子が定めた合格基準に達したってこと。管轄ってのは、そのまんまだよ。ボクたち女神はそれぞれ世界の管理を神様に任されてるんだ。他に質問は?」
「成功と定着について、お願いします。」
「あぁそれはね、普通異世界に来る子ってのは受け渡し先と受け渡す世界の管理者が協力して世界を渡ってくるんだよ。でも君は両方の管理者の手をすり抜けて1人で吹っ飛んできたんだ。その状態だと君の存在が不安定だからね。君の世界の管轄の子とボクの力をもって転移を成功とし、君をこの世界に定着させる。」
色々と詳しく聞きたいけど、聞いてると長くなりそうだから良いや。それより気になるのが、
「……1人で吹っ飛んできたのか、俺。」
「うん、それはもう。ペットボトルロケットみたいだったよ。あんな経験初めてだったからね、笑わせて貰ったよ。」
ペットボトルロケットのように世界を渡ってくる俺。想像してみて、ちょっと笑えた。はなはだ遺憾だが。
「さて、君のこの世界残留が決まったことで、君をどうするかって話だったね。」
そんな話もしてましたね。熱くなったり、ポカーンとしたりしててすっかり忘れてた。てか俺生きてるの死んでるの?定着したところで速効死亡とかいやだよ?
「生き死にについては何の問題もないよ。
ナチュラルに思考を読まれたし、ディスられた。流石女神様だ。そして俺生きてるのか、良かった。目が覚めたらその冒険者パーティーにお礼を言わなければ。てかパーティーってことは複数人?そして彼ら?むさ苦しいパーティーだったらどうしよう。
「君の定着も完了したことでボクの仕事も終わったんだけど、君に贈り物があるんだよ。まずは君の世界の女神から。君が元の世界で使ってた武器一式だよ。」
女神様、なんか沢山いるらしいからディバイン様って呼ぼう。ディバイン様が指パッチンすると俺の目の前に拳ほどの大きさの袋が現れた。……これに武器一式入らなくね?
「それはアイテムボックスの袋版だよ。魔法の袋ってとこかな。ここに出すと君が鑑定し始めそうだから袋に詰めといた。あとで確認してね。」
ほうほう、この小さな袋に沢山入ってるのか。俺はアイテムボックスのスキル持ってるから、武器移してこの袋は売ろうかな。
「それから君の体の中の毒素を抜く。君は気付いてないかもしれないけど、君はもう薬なしでは生きられない体なんだ。幼い頃から薬物を摂取させられ、つい最近も食事に薬が混ぜられてる。定期的に薬を服用しないと死ぬようにね。多分それで将来的にも君たちを縛り付けるつもりだったんじゃない?」
「それって毒抜かれても俺死ぬんじゃないですか?」
「うん、死ぬよ。」
ニッコリ笑顔で言いやがって、俺は生きられるのか死ぬのか解らないんですけど?はっきりしてくれ女神様。
「ごめんごめん、言葉が足りなかったね。毒素を抜くのは君の世界の女神の贈り物。そしてボクからの贈り物は薬なしでも生きられるような体にすることだよ。」
「ディバイン様も贈り物くれるんですか。」
「勝手に吹っ飛んできた子だけど、君の世界の女神からもよろしく言われちゃったしね。多少の融通はしてあげるよ。といっても君の体を正常な状態に戻すくらいだけど。それでもこの世界で生きていくには、君なら十分でしょ?ステータスに表示されない技術を持ってる君ならね。」
ディバイン様は随分と俺のことを買ってくれてるみたいだ。さっき
「そこまでは言ってないよ?それに案外気にする子なんだね。細かいことを気にする子は、ボク嫌いだなぁ。」
ディバイン様は腰を屈め人差し指を下唇に当てて微笑んだ。あざとい。あざといけど……!
「はい!気にしません!」
男は嘘だと知っていてもなびいてしまう生き物なのだ。なんて悲しい性だ。中性的な女神とか小悪魔かよ。え、神なの悪魔なの?って感じだが、可愛ければ関係ない。
「よろしい。それじゃ始めるね。あ、それとね、毒素抜くのと加護与えるの同時にやるから意識飛ぶと思うけど、次目覚めたら下界の方で目を覚ますようにしとくから安心して意識飛ばしてね。」
「え、何それ、安心でき
パチン、と音がなる。暗くなる意識の中で最後に見えたのはニコニコと笑うディバイン様だった。やっぱり貴方は悪魔です、ディバイン様。
目を開けると今度は夜空が見えた。視界の端には木々と赤い光。赤い光の方向からパチパチという木がはぜる音と、熱が伝わってくるので焚き火でもしているのだろう。
俺を助けてくれた冒険者パーティーの人達が夜営してるのかな。たとえむさ苦しいとしてもお礼は言わなきゃな。俺はゆっくりと体を起こそうとする。でも腕も足も出ずにべたっと地面に倒れる。どうやら寝袋にでも入れられてるみたいだ。恥ずかしい。
俺が芋虫のようにもぞもぞとしていると、赤髪のイケメンさんが覗き込んできた。けっ、イケメンかよ。異世界で初めて遭遇する人間がイケメンとかどんな嫌がらせだよ。可愛いエルフを呼んでこい。
「目が覚めたみたいだね。……おっと、ごめんよ。今開けるから。」
イケメンさんは軽く逆立てた赤毛を後ろに撫で付けながら寝袋のチャックを開けてくれた。すまないなイケメンさん。俺は今度こそ体を起こし、イケメンさんに向き直る。視界が開けるとイケメンさん以外にも人がいることが解る。
1人は薄紫色の髪を肩ほどまでに伸ばした魔法使い風のローブととんがり帽子を被った女性。年の頃は20代といったところ。大学生くらいだろうか。
2人目は横に分厚い盾を置いた短めの茶髪のおっさん。多分30代くらい。でも鎧の上からでも鍛え上げられているのが解る。おっさんというよりは兄貴って感じだ。
3人目は灰色のローブを着て、頭まですっぽりとフードを被った少女。ローブの前を閉じているので服装は解らないが、胸元が僅かに膨らんでいるので恐らく少女だろう。服の端から覗く手首もほっそりとしているし。
俺が少女をじっと見ていると目の前に手が伸びてきてひらひらと振られる。そちらに顔を向けるとイケメンさんが微笑んでいた。
「自己紹介しとこうかなって思ってさ。このパーティーのリーダーを勤めてる剣士のレオンだ。よろしくね、新人さん。」
イケメンさん、もといレオンさんは爽やかな笑顔を向けて握手を求めてきた。断る理由もないしそれに応じる。ん?新人さんって何だ?
「助けてくれてありがとうございます。可仁……あ、いや、ソーヤって言います。」
レオンさんは蟹?と首をかしげながらも流してくれた。俺とレオンさんが笑顔で握手していると横から割り込むように魔法使い風の女性が入ってきた。胸が、胸が当たりそうです。
「魔法使いのエミール・サンバックよ。エミーって呼んで。あとで治癒費と護衛費、もらうからね。」
近くでみるとやっぱり美人だ。薄紫の髪と目も、元の世界ではあり得ない組み合わせだが、白い肌によくはえる。違和感が仕事をしていない。これが異世界か、素晴らしい。
「はい。ですが、現状一文無しなので返すのが遅くなってしまいます。それでもいいですか?」
アイテムボックスに入っているのは金にならないと噂の布の服と金になるか解らないゴブリンの素材。こんな美人にならいくらでも貢げるというに何故俺は一文無しなのか、悔やまれる。
「いやいやいや、新人さんからお金は頂けないよ!冒険者として当たり前のことをしただけなんだから。」
今度はレオンさんが割り込んできた。ちぃ、せっかくエミーさんと近かったのに。それにしても報酬いらないってのはダメだと思うよ?レオンさんとエミーさんが口論をしているのを眺めていると、後ろから肩を叩かれた。
「報酬の話は後でいいだろ?俺は
おっさん、もといクランクさんが渋い笑顔で挨拶をしてきた。人の良さそうな人だが、軽薄そうな印象もうける。例えるなら留年して同じ学年になった年上の同級生というか、なんというか。いや居たことないから知らないんだけどさ。やっぱり兄貴がしっくりくるな。
「あ、あの、治癒術師のエリアです。よろしくお願いします。」
いつの間にかローブ少女が近くまで来ていた。綺麗な声だ。この声で少年はないだろうし、やっぱ少女で当たってたな。てか近くで見て、気になったことが1点。フードの中に見えるお耳が……横に長い?これはエルフなんじゃないか?目元付近までフードで隠されているけど、お人形みたいに綺麗な肌だし。でもそれなら何故フードを被っているのか。それは隠したいからに他ならないだろう。エルフ耳を触りたいけど、シリアスはご勘弁なのでぐっと堪える。
「はい、此方こそよろしく。」
握手をしようと手を伸ばすとエリアさんはビクッと肩を震わせて、手を避けた。負けじと手を向けると、さらに避けられる。しばしの間硬直する。
「……そんなに握手嫌ですか、そうですか。ごめんなさい、汚いですよね。」
ぐしぐしと手を服で拭う。ついでに頬を流れそうな涙も拭っとく。くっ、涙がしょっぱいぜ。
「あ、いや、違うんですよ!エルフの習慣で手には精霊が宿るとされていて、回復魔法を使ったあとには回復した人に触れてはならないとされていてですね。けして汚いとかではなくて……その、えっと。」
エリアさん、さらっとエルフだってバラしたけど大丈夫なの?大丈夫じゃないよね?だって3人がやべーって顔してるもん。やっぱり隠さなきゃいけないことだったのか。ここはあたかも気付いてない風に装おう。
「そうだったんですか、知らなかったな。ははは……。」
うん、無理です。エリアさんまでヤバいって顔してるし、他の3人は会議始めてるし。何ですか、やっぱりここで死んでもらう的な展開ですか。逃げられるかな、まだ寝袋から出きってないんだけど。てかレオンさんや、この寝袋物騒だよ?
俺が入れられていた寝袋は普通のとは随分違うようで、内部から開けられない仕組みになっていた。なにこれ、投獄用?
俺が早くも生を諦めていると、エリアさんが勢いよく手を握ってきた。なにごと?嬉しいけどさ、回復魔法の後には触れたらダメだったんだよね?大丈夫なの、俺。あ、あと、フードが……、
「エ、エルフにはそんな習慣もあるらしいんですけど、わ、私は違いますから関係ないです!」
エリアさん、健気だ。エルフの習慣を破ってでも自分を人間に見せるなんて。でもね、無理ですよ?さっきの勢いでフードが脱げてしまってます。薄緑の髪に翠色の目、陶器のような白い肌。人間とかわりない顔のパーツだが、耳が横に細長い。そこにいたのは俺が思い描いていたエルフそのものだった。
「最初からこうすれば良かったのよね。」
「すまねぇな、嬢ちゃん。」
俺の面前には木で作られた杖の先端が。そして首もとには剣の先っちょが添えられていた。せっかくエルフと触れあえたのに、もうお別れかよ。異世界は俺に随分と優しくないな。
「ごめんね、新人さん。これから聞くことに正直に答えて欲しい。もし嘘を言うと俺が持っている審議石が光って君の嘘を教えてくれる。俺たちも君を斬りたくないんだ。」
眼前にエミーさんの杖、首筋にクランクさんの剣。そして俺の手を握りながら申し訳なさそうな顔をするエリアさん。この状況で嘘を言える人は勇者だと思います、はい。
その後、レオンさんから幾つかの質問をされた。勿論全部に正直に答えたよ。
Q、亜人差別派、特に過激派ではないか
A、いいえ
差別があるのは鑑定で解っていたけど、自分がそれだと思われるとは思わなかった。これに答えて審議石が光らなかったのを見るとレオンさんとエリアさんがほっとしていた。
Q、何故このダンジョンにいたのか
A、気付いたら立ってました。
嘘は言ってない。これに対してエミーさんが突っ掛かってきたが、本当なんだから仕方がない。審議石っていう不思議な嘘発見器も発光してないし。
Q、サイクスの出身?
A、何処ですか、そこ
どうやらこのダンジョンは最近サイクスっていう街に出現したらしい。レオンさんたちが先行隊として派遣されたとか何とか。
Q、出身地はどこ?名前は?
A、解りません
エミーさんが更に怪しいなこいつって顔をするけど、本当に知らないんです、ごめんなさい。
他にも細々として質問をされたが、殆どが解らないとか違いますとしか答えてない。審議石が光らないから本当のことだと思ってもらえてるけど、怪しさ満点だ。疑わしきは罰せよ的な発言も聞こえる。エミーさんからだけだけど。
俺がはらはらしていると悩ましそうにレオンさんが口を開いた。悩んでるのも絵になりますねー、イケメンは。けっ。
「うーん、もしかしたら君は迷い人なのかな。」
「迷い人、ですか?」
「うん、昔聞かされたことがあってね、時折異世界から人が来るって。召喚されてくる勇者様とは違って、迷い人はスキルもなく、こちらに来るまでの記憶もなくしている、とね。もしかしたら君がそうなんじゃないのかな。」
異世界から来たのは正しいけど、スキルはあるし、記憶もある。だけど迷い人ではあるだろうな。そこら辺のことを審議石はどう判断するんだろう。
「……恐らくそうだと思います。俺は迷い人かも。」
審議石は……、よし!光ってない。これで自他共に認める迷い人だ!……あれ、異世界知識を搾取されるバットエンドじゃね?あ、それはないか。記憶喪失設定も迷い人にはあるもんな。これで何も怖くない。