受験終わりました。
というわけで復活です。
思えばこの七十数年、数奇な人生を歩んでまいりました───
そもそもの発端は女でありながら男として育てられたことだろうか。
否、父の後を継ぎ、左兵衛尉として仕えたことかもしれない。
北面の武士に選ばれ、友と親交を結び、よく催された歌会で思うままに詠んでいた。
容姿端麗と多くの人に讃えられ、流鏑馬と蹴鞠の腕を褒められ天狗になっていた。
そんな折に、「あの方」と出会ったのは思い上がっていた罰なのだろう。
まさしく一目ぼれ。飛ぶ鳥を落とす勢いとはこのことだ。
多くの賞賛で何とか保てていた彼女の武士としての体面は一気に崩壊した。
後に残ったのはただの恋する小娘。
……それでも武士の任務をこなせたのは奇跡としか言いようがない。
清盛には感謝してもしきれない、と後に彼女は語る。
恋心と体面と矜持でグルグルしていた頃にまた事件が起こった。
ある月の美しい夜、彼女は静かに月見をしていた鳥羽院の護衛をしていた。
他の人間は誰一人としていない、静かな夜のことだった。
「───顕仁と仲が良いようだな」
「……畏れ多くも、お声をよくかけられます」
「そなたとは年が近いのであったか。ならば、自然なことやもしれぬな」
「恐れ入ります」
「そう固くなるな。別に謗るわけではない。ただ、少し愉快なだけよ」
「───と、おっしゃいますと?」
「いや、なに。顕仁と話すそなたの様子がまるで恋する少女のようでな。
……むしろ、少女そのものだと言う方が正しいか」
完全に虚を突かれた彼女に鳥羽院は笑みを浮かべた。
「案ずるな。朕も一切気が付かなかった。朕が知っているのは人から聞いたからよ」
「無礼を承知で申し上げますが、どなたからでしょう?」
「玉藻からだ。珍しいことに、随分とそなたのことを気に入っておったわ」
……玉藻───玉藻御前。
その美貌と高い教養で鳥羽院の寵愛を一身に受ける女御。
摂関家の出身でもないにも関わらず強い権勢を誇り、嫉妬と羨望の的である。
彼女は女御のことが苦手だった。
ほんの僅か顔を合わせた程度だが、あのすべてを見透かすような視線が恐ろしかった。
「そう、ですか……」
「落ち込むな、別に朕は言いふらす気はない。そなたにはまだ頼るだろうしな」
「───ご恩情、感謝いたします」
「うむ、苦しゅうない」
頭を垂れた彼女に心底愉快そうに笑う鳥羽院。
不意に、垂れた頭を持ち上げられた。
「院───?」
「不思議なものだ。朕の武士として堂々と振舞っていたそなたを顕仁が落とすなど」
「あ、の」
「その恋い慕う少女の顔、朕にも見せてはくれぬのか?」
「……お戯れを……!」
「うむ、単なる戯れだ。だから気を遣うことはない、そなたの本心を語るがよい」
変わらぬ笑みを浮かべる鳥羽院に彼女は心が締め付けられる思いだった。
……これは、ひどい。
ひどい、というよりかは、心臓に悪い。
恋い慕う「あの方」の面影を残す鳥羽院にこうも見つめられるなんて。
顔に熱が集まる。これでは本当に、体面も矜持もなくなって───
「父上」
不意に耳に入った声で、彼女の心は一気に現実に引き戻された。
なんと情けない、とんだ痴態を晒してしまった……と、彼女は心で嘆いていた。
すぐさま身を離し、額をつき平伏する。
「陛下───!」
「顕仁か。どうした、こんな夜更けに。もう眠ったと思ったぞ」
「それはこちらの台詞です。武士を連れまわして月見ですか」
「うむ、そなたも混じるか?」
「いいえ。それよりも、あまり
「ほう?」
鳥羽院は片眉をあげ、続けるように促した。
「義清は泣き虫ですから。からかい過ぎると後が大変ですよ」
「なんと。それは初耳だ、覚えておこう」
「……」
「ふむ、では今宵はこれでお開きとしようか。義清」
「はい」
「もう夜も遅い、途中から顕仁を送れ」
「御意」
鳥羽院の指示で、途中まで鳥羽院と同行して送り届けた。
その後はあの方───崇徳帝に随行した。
「父上が、済まぬ」
「いえ。お戯れとおっしゃいましたので」
「あまり信用できぬぞ、父上のいうコトは」
道中、ぽつぽつと短い会話が交わされるのみで殆ど無言だった。
互いにどこか緊張していたせいか、随分と長い道のりに感じされた。
「義清」
「……はい」
「貴様は、余をどう思っている」
一瞬、投げられた問を彼女は理解できなかった。
「陛下……?」
「父上はああ言っていたが、本当のところ貴様はどうなんだ」
聞かれていた。その事実に彼女は愕然とした。
自身の性別は愚か、秘めた心情ですら知られてしまうとは。
もはやこの場で命を絶ち切ってしまいたいぐらいである。
だが、それはできない。
この人物の前で、これ以上の醜態は晒せない。
「それ、は───」
「答えろ。これは命である。案ずるな、周囲に人はおらぬ」
───ずるい人。
そんなこと言われたら、絶対に逆らえないではありませんか。
「っ……お慕い、しております───」
彼女は顔を伏せたままだった。崇徳帝を直視できなかったからだ。
涙がこぼれ、地面に落ちていった。
「……そうか。義清、面をあげよ」
「──っ……、は」
「ええい、聴こえぬか! あげろと言っている!」
頬を両手で掴まれ持ち上げられた。
「いいか。好いている、と言われて嬉しいと思わぬ輩などそうそうおらぬ」
「は、え?」
「遠慮をするな、胸を張るがよい。貴様は日ノ本の帝に気に入られた武士であるぞ」
気づけば、彼女と崇徳帝は目的地まで到着していた。
そのまま崇徳帝は自分の屋敷に戻り、後はぽかんとした顔の彼女だけが残された。
崇徳帝の言葉を時間をかけて理解したら、顔が真っ赤になった彼女。
「───……自惚れちゃっても、いいんでしょうか」
そこからは、比較的穏やかな日々だったと彼女は回想する。
己の秘密を知る者がいるというのは、気が休まらないと同時にどこか安心感を覚えた。
何はともあれ、色々と迷惑をかけた清盛には頭が上がらない。
それも、終わりを迎えた。
「佐藤義清さん……話は聞いています。
歌、流鏑馬、蹴鞠……何もかもずば抜けた才をお持ちだとか」
「……恐縮です」
「ああ、そんな畏まらないでください。ゆったりと、自然体で構わないのですよ?」
吸い込まれるかのような美貌。
肌は絹の様になめらか、瞳は愛らしく潤み、唇は血潮の様に美しい赤。
桜色の可愛らしい爪が乗った指は一本一本が繊細な色を持っている。
装束は落ち着いた色使いでありながら、元々の美貌を強く引き立てている。
名を、玉藻御前。
女御の身分でありながら、今や皇后を凌ぐ権力を持つ寵妃。
「ところで、何やら顕仁さんと仲がよろしいようで」
「畏れ多くも気にかけて頂いております」
「まぁ聖子さんのことを放ってるわけではなさそうですからいいですけど」
気が抜けない会話だった。
無邪気を装っているようでこちらのことを観察している。
明らかな不敬とはいえこの女御には警戒する必要があった。
「ほんと───腹立たしいです」
「……え?」
「あーんなクソガキに心血を注ぐ必要なんてありませんよ? 色々と無駄です」
けだるそうに扇を口元にあてる女御。
だが、彼女に視線を向けると、打って変わって心底喜ばしそうに笑った。
「ねぇ、義清さん? 私、あなたのことは気に入っているのです」
「女御様……?」
「あなたみたいな美しい魂を持つ方、仲良くなりたいじゃないですか」
女御の背後、金色に輝く尾の様なナニカが持ち上がった気がした。
「私のところへ来る気はありませんか? 悪いようにはしません、むしろ好待遇で迎えます」
「あ、の───」
「ずっと思っていたのです。義清さんが来たら嬉しいなって。それに───」
あのクソガキがどんな顔するか、想像するだけで愉しいじゃないですか……と、女御は嗤う。
濡れた宝石のようにきらめく瞳に見つめられ、心がみるみる溶かされていった。
甘い吐息に引き寄せられるような、抗いがたい誘惑。
「……っ、いいえ! 貴方様の元へは参りません。私の居場所は、貴方様の元ではない!」
だが、彼女は最後に残っていた恋心を奮わせて、甘美な毒への誘いを断ち切った。
この恋心を裏切ることだけはできなかった。自惚れをここで終わらせることはできなかった。
「ふぅん……お堅いですねぇ。初恋をそう頑なに守ってもいいことなんてありませんよ?」
「存じておりますよ。コレが決して結ばれることのないことぐらい、初めから」
「あらそうなのですか。───では、こちらも相応の手段をとらせていただきましょう」
瞬間。
「っ!? ここは……一体……」
彼女はどこかの屋敷の一室にいた。
先程までは広々とした場で女御に謁見していたのに、今は比較的小さな一室にいた。
驚きのあまり立ち上がり、警戒の態勢に入る。
「やろうと思えばこれくらい可能だということです。思い知りましたか?」
「女御様!? ここは……それにどうやって……!?」
振り返ると、手を伸ばせば届く距離に女御がいた。
相変わらずの美貌。可憐に微笑むさまは誰であろうと見惚れる。
至近距離ともなると心を掴まれるような熱を覚える。
「あなたには教えません。正直、死罪にでもしたいところですが、それもつまらないですし」
「何を───ふ、んん……!」
唐突な接吻だった。
驚愕に身を硬直させている隙に、女御に舌で腔内を蹂躙されていった。
唇の端から唾液がこぼれ、未知の感覚に彼女は身を固まらせるだけだった。
「ふぁ───ん、む……ちゅ、う」
「ちゅむ……ふ───んん」
くらくらと思考が揺らぎ、目には涙を浮かべていた。
視界がかすむ中、不意に脳裏を崇徳帝がよぎったが女御の熱い口づけに塗りつぶされた。
ぴちゃぴちゃ、という淫靡な水音が室内に響くばかり。
ようやく唇を離されると、二人の唇をつなぐように銀糸が引いていた。
「は───」
「あはっ……生娘みたいな態度しちゃって。まぁ実際あなた生娘ですけど」
「にょう、ごさま……」
「……あらあら、こうまでしても拒絶の態度ですか」
実際、ほぼ彼女は腰砕けだったのだが、精神力のみで立っていた。
ここで膝を折ってはならないと、残された恋心に縋るようにその足で立っていた。
「頑固、それでいて抵抗すらしない。武士風情が何様のつもりなんですか?」
「…………」
「加えて、言い返す言葉がなくなったら口を閉ざす。馬鹿にしてるんですか?」
「そのようなことは断じて───」
「ならこれぐらいどうってことは……むしろ、喜ばしいことですよね?」
女御がニィ、と口角をあげた瞬間。
ガツン!
「──────っ!?」
正面から殴られたような衝撃を受けた。
前準備も何もしていなかったため、彼女はそのまま後方へ倒れこんだ。
立ち上がろうとしても、手足が動かない。
「う……っ、
視線を向ければ、手首と床には術符が張り付いていた。
驚愕のあまり、無礼と承知の上で女御に批難の視線を向けていた。
「女御様、貴方様というひとは……!」
「やかましい。無様に転がされた者が利く口ではありませんね」
冷たい眼光に睨まれ、彼女は萎縮してしまった。
その態度をどうとったのか、女御は笑みを浮かべて彼女に覆いかぶさった。
「ふふふ、どうして気づかれないんでしょうね?
こんなにも可愛らしい顔をしているのに。もったいないです」
「っ……女御、様」
「本当、あなたの境遇を想えば涙が止まらないようです。
これはあなたの為でもあります。あなたが周囲に苦しめられることはありません」
「──────」
まさぐられるように、女御の白魚の様な手に肢体を撫でられていた。
指先の触れる場所がきわどくなるたびに顔に熱が集まる。
「私のもとに来る気は、ありませんか?」
飼い猫を慈しむかのように首筋から頬、顎にかけてのラインを撫でられる。
指先の熱は身震いするほど強く、吐息が甘美な味がする。
……それでも。
「──────いいえ」
彼女は、女御を真っ向から見返した。
艶々とあでやかに潤む瞳を、真っ直ぐに見つめていた。
その視線に、女御は指を離した。
悲しむようなそぶりをしながら女御は彼女を見やる。
「この私の誘いをこうまでして拒むなんて、随分と傷つきました」
「──────」
「まぁでも、それがあなたの在り方なんでしょうね。いいでしょう。
私に対する無礼は帳消しにしてあげます。といっても、誰も知りませんが」
女御が柏手を打った瞬間、あの広間に戻っていた。
あんなにも近かった距離も、身分の差をそのまま表すように随分と離れている。
「後悔しますよ、義清さん。あなたは、過去に縛られながら生きていくことでしょう」
「……ですが、私はきっと、最期の時には、悪くなかったと笑うのでしょうね」
「───そうですか」
そのまま、女御の元から退出した。
もうこれ以上、宮中にはいられないと彼女は悟り、約束された将来もなげうって出家した。
延暦寺と言った大寺院に入ることもなく、特定の宗派に属することもなかった。
ただ旅と和歌によって、自己と向かい合おうとした態度は、世間や宮中の注目を集めた。
……数年後、白河院が崩御し、鳥羽院と玉藻御前の策略で近衛帝が即位する。
それからというものの、彼女は旅と和歌と共にある人生だった。
崇徳院との交流も途絶えたわけではない。
それも、世間の荒波にもまれて消えていく。
保元の乱。
崇徳院と弟の後白河帝の間で起こった跡取り争い。
そこに摂関家・源氏・平氏の諍いも巻き込んだ戦乱が起こった。
敗北した崇徳院は讃岐へ配流されることとなった。
平家広や源為義といった味方の武士も大半が処刑された。
そうしてさらに年月が流れ。
仁安3年(1168年)十月初めのことである。
弘法大師の遺跡巡礼に中国・四国を旅していた彼女は讃岐で草庵を結んでいた。
そこで地元の人間に新院の墓があると聞いた。
「新院と申されますと、保元の乱で流罪となったあの方でございますか?」
「ええ。彼の人の墓が白峰と呼ばれる場所にあるのです」
あの戦乱で讃岐に流されて以来、崇徳院との交流は皆無であった。
歌会などで言葉を交わしたこともあったことがとても懐かしく感じる。
なんとしても供養せねばならぬとその山に入った。
松や柏が鬱蒼とした密林の様に葉が茂っている森はとても暗い。
晴れていても小雨が降っているようであり冷たく濡らす。
背後には児が嶽と呼ばれる崖がそびえ、谷底から湧き出る霧に伸ばした手さえ見えない。
こんな大昔の森のような場所にあるのかと一時は地元の人間を疑った。
それでも何とかおぼつかない脚を進めるうちに、開けた場所に辿り着いた。
「───これが、新院の……墓、だというのですか……!?」
土を小高く盛り、石を三重に積み重ねたようだが、雑草に埋め尽くされるほどに覆われ荒れ果てていた。
付近には何の木札もなく、知らぬ者が見たら野生動物の巣かと勘違いする程である。
動物しかいないような山奥の草薮の下に遺体があるとは、彼女には信じられなかった。
「これもまた宿業なのですか……せめて供養せねば」
涙がこぼれるのも構わず、墓前の平らな石に腰を下ろし、背筋を伸ばして読経を始めた。
枯葉の茶色が視界の大半を占めるこの森の狭間、彼女の声が静かに響いていた。
その合間に、歌を一句詠みあげて御霊を慰めた。
「松山の浪のけしきはかはらじをかたなく君はなりまさりけり」
(松山の波は昔に歌われたように今も変わりなく寄せては返しているのに、
我が君はもはや跡形もなく、取り返すことが出来ないのですね)
そうしている間にも露は葉を伝い落ちていき、涙と混ざって服を濡らしていく。
気が付けば日が沈み、山奥の夜はただならぬ気配に覆われてきた。
骨すら凍るほどの寒さに包まれ、何とも言えないすさまじさが漂っている。
おそらく、白い月が昇っているのだろうが、木々に遮られ光は一切降りてこない。
不意に。
「───円位、円位」
そう、彼女の法名を呼ばれた。
閉じていた目蓋を開き、目を凝らすと、宵闇に人影が立っているのに気付いた。
目元を面で隠した背の高い痩せた男で、ゆらゆらと揺らめいているように見える。
「どちらさまですか?」
「返歌を聞かせてやろうと思ってな」
おどろおどろしい見た目に反して、人影は優しく微笑んだ。
「松山の浪にながれてこし船のやがてむなしくなりにけるかな」
(私が乗った船は松山の波に流されてきて、懐かしい京に帰ることもなく
そのままこの讃岐の地で朽ち果ててしまったのだなあ)
「───そんな、では貴方様は」
「よくぞ参った」
面を外して露わにしたその顔は、まぎれもなく、崇徳院であった。
あれほどまでに恋い焦がれた人物と出会え、彼女はもはや涙を止めることが出来なかった。
「お会いできて嬉しく思います……ですが、何故未だこの濁世にお迷いになっているのです。
私は今宵、ご供養申し上げ、仏縁にあやかるためにこの地へ参りました。
そのような有様ではそれもかないません。どうか、御仏の位へお上りくださいませ」
ぼろぼろと溢れる涙も構わず、彼女は崇徳院を諌めたのだ。
それを崇徳院は嗤い捨てた。
「貴様は知らぬだろう。今この世で起きている乱れは全てが余の仕業だ。
世を災厄に陥れる大魔縁となった余は平治の乱を引き起こし朝廷に祟りをなさんとしておる」
「っ……なんで、そんな」
かつての崇徳院とはかけ離れた物言いに彼女は愕然とした。
それでも毅然と眼前の想い人に向き合う。逃げるなんて真似はしたくなかった。
「貴方様ならば王道の理はご存じでございましょう。ではお尋ね申し上げます。
先の保元の乱にて、後白河帝への御謀反は道理にかなうものとお考えなのですか。
あるいは、貴方様の私利私欲による計略なのか、真意をお聞かせください」
彼女の問いに崇徳院は面持ちを変えた。
「それを言うなら永治の年に余が
そのことだけから見ても私欲深いと言われる筋合いはない。
体仁が早世したのち、当然次の帝の位は我が子、
それをあの女狐めの悪辣な企みによって
憎悪に染まった双眸で崇徳院は彼女を睨み付ける。
「重仁には統治の才と帝の器がある。雅仁にはそのようなもの、何一つない。
己の資質を無視して後宮で帝を決定したのは紛れもなく父帝の罪である!
それでも存命であるうちは、一応は子の孝信の道を守り反抗の気はおくびにも出さなかった。
だが、死したというのならそれも無駄。いつまでも大人しくしている道理はない!
そも、これは元々道理に合っていたものを横から口を挟まれ乱れた世を正そうとしたまで。
感謝こそされど、それを道理を外れた行いと非難される謂れは無い!」
伸びきった爪が乗った指で指される。
「仏道に溺れ目がくらみ、解脱という私欲に溺れているのはお前の方だ円位。
道理を仏道で丸め込み、
彼女は恐れることもなく毅然と言い返した。
「それは違う、違います。貴方様のお言葉は人の道を説くふりをした私欲でしかありません。
天下とは神器にございます。私欲で奪ったところで我がものとすることはできぬのが道理。
たとえ重仁親王殿下の即位が民の望むところで遭ったとしても、貴方様は間違っていた。
徳にもよらず、平和に訴えることもせず、ただ武力に訴え世を乱してしまったのですから。
故に、貴方様をお慕いしていた方々も敵に回し、こうして辺鄙な地に埋葬されたのでしょう」
どうか考え直して浄土にお戻りくださいませ、とこうべを垂れた。
崇徳院は溜息をついた。
「なるほど、道理で罪を説くか。一理なしにはせぬ。だが円位、どうしろというのだ」
「……?」
「松山の屋敷に閉じ込められ、三度の食事以外には仕える者もおらぬ。
雁を見ればあれは都へ行くのかと、千鳥が集まるのを見ても胸が迫る思いだった……!
もはや都には帰ることがかなわぬ身であったのは貴様も分からぬはずがない。
余の祈りをこめて華厳、大集、般若、法華、涅槃からなる五部の大乗経を書き写した。
それを鐘の音すら届かぬような荒磯に置くなど悲しいではないか。
故に、この身は無理でもせめて写経は迎えて欲しいと覚性法親王に歌と共に送った」
だが……と、崇徳院は言葉を切った。
彼女も知っていた。それは叶わなかったのだ。
悲哀の瞳は、刹那のうちにどす黒い憤怒へと変わった。
「あの信西めが! 呪詛が込められているなどと口を挟んだせいで、送り返しおった!
罪を認め改心したからこそ罪滅ぼしと戦死者の供養に写した経を、都にすら入れようとしなかった!
例え邪魔立てする者がいたからといえ、皇族の罪は減じる法を無視した帝の心は言うまでもない」
もはや不倶戴天の敵である、と崇徳院は恨みを叫んだ。
「写した五部の大乗経に余の血潮で誓文を記し、志戸の海に沈め、魔王にならんと祈願を始めた。
すると平治の乱が起きたではないか。藤原信頼と源義朝に驕慢と暴虐の心を唆したのだ。
そして少納言信西も疑心の心を吹き込み、宇治に逃げたが捕らわれ六条河原に首を晒された。
そのあとに女狐めの正体を暴かせ石くれに貶め、長寛2年の春に関白藤原忠通に祟りをなした。
余も人としては死したわけだが、ついに大魔王と化し、300を超える天狗の眷属の首魁となった!」
悦の入った笑みで天を仰ぐ崇徳院。
「ただ清盛とその一門だけはいまだ高位高官に連なり、未だ滅ぼせずにいる。
清盛は大した武も知も持たぬくせに、その子重盛の優秀さに救われたな。
今に見ているがよい円位。平家にも雅仁にも、やがて復讐を果たしてくれようぞ」
そう宣言する嗤う崇徳院に、彼女は静かに頬を濡らしていた。
「こうも魔道に堕ち、浄土から幾億万里と隔てられてしまったのですね。
私から最早、申し上げることはありません」
そう言って沈黙したまま対面していた。
不意に、空気が揺らいだ。
樹木を倒すように強風が横殴りに吹き付け、濡れて重くなった衣を揺らす。
するとみるからに妖しい炎が崇徳院の足元から燃え上がり、辺りを明るく照らした。
明るく照らされ鮮明になった崇徳院の姿は確かに異形のソレであった。
背には烏の如き黒い翼が生え、伸びきった頭髪は無造作に流れている。
「──────」
「……分かるか。もはや余は日ノ本を呪う大魔縁。貴様が焦がれた男は死した」
「いいえ、いいえ。貴方様はお変わりありません。変わらず、聡明で心優しいままです。
在りし日の貴方様を片時も忘れることはなかった私が申し上げるのですから」
「そうか……余も、貴様のことを忘れることはなかった」
崇徳院は切なそうに目を細めた。
そして天を仰ぎ、大声を張り上げた。
「相模、相模」
「は」
すると一羽の天狗が舞い降り、崇徳院の前に膝をついた。
天狗に対してかつて帝の位に在った頃のように語りかける。
「相模坊。何故重盛めの命を潰し、雅仁と清盛を苦しめぬのか」
「上皇の命運は未だ尽きませぬ。清盛には重盛の忠が強く近づけません。
ですが、十二支が一巡りするころには重盛も死しているでしょう。
さすれば、かの平家一門のすぐに滅びましょうぞ」
「そうか! 良いことを聞いた。我が仇敵ども、全てを海に沈めてやろう」
喜色満面の恐ろしい笑みで空をにらむ崇徳院。
余りの哀しさに、彼女は再び一句を読み上げた。
「よしや君昔の玉の床とてもかからむ後は何にかはせん」
(以前は帝の座にあったとはいえ、それが一体何になりましょうか。
死した後は皆平等にございます。どうか安らかにお眠りください)
その歌に何か思うところがあったのか、崇徳院は穏やかな面持ちになった。
「
「───■■」
その名前は、かつて彼女が捨てた、彼女の名だった。
一歩、崇徳院は足を進めた。
「何故、今になって現れたのだ。遅い、あまりにも遅いではないか」
「……院」
「貴様に会いたかった。かつてのように、会って話をしたかった」
また、一歩。
「お前は会いたかったのではなかったのか。あの月夜を忘れたことはない」
「──────」
「なあ■■、今になって気づいたのだがな。余は、貴様のことが───」
手を伸ばす。
そうして、あと少しで彼女の頬に触れるところで。
「……なんてな」
崇徳院は自嘲するように笑い、伸ばした手を引っ込めた。
そして再び強風が吹きつけた。
先程のソレとは打って変わって強いながらもどこか包まれるような優しさを感じた。
風が止むと、崇徳院の姿はどこにもなかった。
相模という天狗もすでに消えている。
辺りは夜の暗闇に包まれており、まるで夢でも見ていたかのような心地だった。
桜の花が咲き誇っている。
空は夜の闇に覆われているが、丸い月に照らされ大して暗くはない。
己も老いた。
あとは静かに終わりの時を待つばかりである。
「……ええ、女御様。やはり、悪くない人生でしたよ」
けど。
せめて、あの方にはお会いしたかったなあ。
そう呟いて、彼女は瞳を閉じた。
***
30秒でわかる生前
西行「男装して護衛職してたけど主君の子に恋した」
清盛「わぁお」
↓
鳥羽「愛人から聞いたけどお前女で息子が好きなんだってな」
西行「ファッ!?」
↓
崇徳「俺のことが好き?そうか、ありがとう。嬉しいぜ」
西行「アッハイ」
↓
玉藻「何この子超可愛い超綺麗自分の物にしたいprprしたい」
西行「アイエエ!?ニョウゴ!?ニョウゴナンデ!?」
↓
西行「主君の愛人に盛大なセクハラされたんで仕事やめます」
清盛「生きろ」
↓
崇徳「俺だってお前のこと好きだったんだよ!!!」
西行「工工エエエエエェェ(´Д`)ェェエエエエエ工工」
↓
西行「波乱万丈な人生だったな……まあ悪くはなかった」
~以下、解説という名の脳内会議~
リアルを求める作者「このド低脳がーーーーーーーー!!」
萌えを追及する作者「ひでぶっ」
リ「いろいろおかしいだろうが!歴史考証って知ってるか!」
萌「し、仕方ないだろう!少しくらい弄らないと話が成り立たん!」
リ「それでもこれはねえよ!何で鳥羽院と崇徳院が同じ屋敷にいるんだ!」
萌「うぐっ」
リ「鳥羽殿はどこにいった!」
萌「すいませんでした!」
リ「TSは型月ならよくあることだからまあいいとして、何故こうなる?」
萌「いやその、雨月物語読んでたら思いついて……」
リ「普通に美福門院か待賢門院の百合でいいじゃねえか」
萌「百合主従いいよね。古典だと清少納言と中宮定子かな」
リ「話を逸らすな」
萌「ウィッス」
※清少納言と中宮定子はマジで百合でした。
リ「色々と過程端折りすぎだろ」
萌「全部を全部書いてたらキリがないでござるよ」
リ「まあ分からんでもないが……それでもいつ崇徳院が好きになったのか」
萌「告られたときからまぁ憎からず思ってはいたのだよ」
リ「あ、そう、ふーん……」
リ「近衛帝の母は美福門院……藤原得子のはずだけど」
萌「彼女をモデルにして玉藻の前の伝承が作られたので同じ立ち位置にしました」
リ「なるほど理解。日本三大悪妖怪のうち二人の仲は最悪か」
萌「HEIANだから是非もないネ!」
リ「で、玉藻が西行をいたく気に入っているのは何故に」
萌「魂が美人なんだ。イケタマならぬ美タマだね」
リ「崇徳院が鳥羽院を「あの男」呼ばわりについて」
萌「色々調べてたら崇徳院の父は鳥羽院じゃなくて白河院って出たんで採用しました」
リ「……マジで?」
萌「マジマジ。あくまで説の一つだと思うけどこっちの方が面白いかなと」
リ「どういうことなの」
萌「待賢門院は白河院の養女なんだけどまだ幼い彼女に手出したんだと」
リ「おのれ白河院!なんか月姫の遠野槙久みたいだな!立ち位置的に!」
萌「それは思った」
リ「怨霊の崇徳院と西行の論争について」
萌「『池澤夏樹=個人編集 日本文学全集』を参考にしました」
リ「おう原典使えよ」
萌「むちゃ言うな!古文の現代訳全部やれるわけないだろうが!」
リ「パクったのか改悪したのかよく分からん出来になったな」
萌「本当は途中で中国の故事を引いてますが長いんで省略しました」
リ「ところで崇徳院と西行といえば藤原俊成と最上川の歌があるが」
萌「…………………………あっ」