(リメイク)彼と彼女の相聞歌   作:水天宮

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決戦の前に回想。
次回から大内裏に入ります。





昔語り

 

 

 

少し、昔話をしよう。

 

 

 

 

 

 

【回想:待賢門院璋子】

 

 

 

西行───佐藤義清(のりきよ)は武士の身分であることは当然の事実だ。

しかしながら、そうは思えないほど当時の朝廷と深い関係がある。

鳥羽院。崇徳院。待賢門院璋子。美福門院玉藻。

彼らの確執を武士という低い身分ながら間近で見てきたことは確かだろう。

 

 

 

 

 

「中宮様。左兵衛尉(さえもんのじょう)・佐藤義清、参上つかまつりました」

「……よくぞ参られました」

 

 

 

中宮璋子が座す広間。

そこには主と武士のみではない。中宮に仕える多くの女房もいる。

詩歌、武術、蹴鞠、管弦、今様の道に通じた優秀な武士。

彼との会話を、中宮はもちろんのこと、女房も楽しみにしていた。

 

 

今、朝廷は不穏な空気に包まれている。

原因は間違いなく数年前に入内した玉藻御前の存在だろう。

高い教養。見る者全てを魅了する美貌。

華やかな彼女は瞬く間に後宮にて高い権力を掴んだ。

中宮が追い落とされるのも時間の問題……という噂まで流れる始末。

 

 

 

「あの、中宮様? もしかして、お加減がよろしくないのでは?

でしたら、すこしお休みになられたほうが───」

「そんなことはありません。あなたが来るのを、楽しみにしていたのです」

 

優しく微笑んでみせる中宮。

顔色は悪い。誰の目から見ても無理をしているのが明らかだ。

それでも、中宮は義清と会うことを心待ちにしていた。

 

 

 

「ふふふ……相変わらずお優しいことね。昔と変わらないわ。

さぁ、今日はどんなお話をしてくださるのかしら?」

 

優美な笑顔。

中宮の言葉と共に女房達が興味津々といった面持ちで義清を見つめる。

 

 

 

 

 

時に和歌を交えながら話は続く。

基本、外出することがまず無い中宮と女房たちには外のことを話す。

春には吉野山の桜が満開だと伝え。

秋には嵐山の紅葉が見頃だと伝え。

時折、新鮮な海の幸山の幸が旬だという話もした。

そんな他愛もない話ばかりをし続けていた。

 

 

 

「義清さまはお話しがお上手ですわ」

「わたしもこの目で見てみたいと思ってしまいます」

 

 

 

一通り話し終えると、女房たちが口々に感想を並べ始める。

それを見て、義清は安堵の微笑みを浮かべた。

自分の単純な話で彼女たちが満たされるのなら、喜んで話しましょう。

……そんな緩い気概で始めたこの逢瀬は思ったより好評のようだ。

 

 

「いつも感謝してるわ。あなたのおかげで、退屈しないのよ」

「恐縮です」

「それに、あなたの話、わたしの息子にも好評なのよ?」

「きょ───えっ?」

 

義清は思わず呆けた声を上げてしまい、謝罪を口にしながら俯いた。

少しばかり赤面した美麗な面持ちがいじらしくて女房たちが悶えている。

 

 

 

 

 

中宮璋子の息子。

と、言えば───

 

 

 

 

「ほら陛下。そんなところで隠れてないで、出てきてくださいませ」

「…………母上、気づいていたのですか」

 

ひょこり、と顔をだした崇徳帝。

思わず背筋を硬直させ額を床につける義清。

それは女房達も同じではあるが、どこか愉快そうな雰囲気だった。

……それこそまるで、義清と帝の会話を楽しんでいるような。

 

「お聞きになられていたのでしょう? いかがでしたか、彼の話は」

「まぁ、確かに思わず聞き入る興味深い話でした」

「っ───お、恐れ入ります……」

 

伏せったまま口にする義清。

間違いなく赤面しているのが分かった。

何せ、こんなにも顔に熱が集まっているのだから。

 

 

 

「最近、武士が母上の元に通っているという噂を聞いていた。

……まさか貴様だったとは。随分と仲が良いのだな?」

「あ───それは、その、命令ならば、やめますが」

「いや、違う。そうではない。その……母上を支えていたのだろう?」

「えぇっと……」

「感謝している。余には、出来ぬことだから」

 

義清は思わず少し顔をあげ、帝の様子を伺い見た。

特に怒っているという様子は見てとれない。

むしろ、こう……不満げとでも言うべきだろうか。

 

 

「あらあら、その(かんばせ)で感謝とおっしゃられても、

説得力がありませんわよ?」

「表情と気持ちは関係ありませぬ。義清ならば伝わりますゆえ」

「では本当に伝わっているか確かめましょうか」

「不要にございます」

「義清、少しばかり質問をしますわ」

「話を聞いてください母上」

 

本来、天皇とはこの国を治める至上の君子。

……しかし、あいにくと今代の帝は母親には逆らえないようだった。

 

「この陛下の御尊顔から、何が伝わりますか?」

 

何とも答えづらい質問をするものだ、と義清は他人事のように思った。

にっこり、と常日頃の苦労を感じさせないぐらいに笑っている中宮。

 

「えー……」

 

どちらに転んでも自分には災いしか降りかかってこないだろう。

もはや腹を括るしかない。

 

「……何とも表現しがたい曖昧な表情でございます」

「義清───」

「そうよね! 感謝の意なんてとても伝わらないわよね!」

 

帝の抗議を遮る中宮。

 

「ふふ、正直者は好きよ。ありがとう、義清。

もう随分時も過ぎてしまったし、今日はこれでお開きにしましょう」

「母上?! 余は、まだ───」

 

帝は中宮に押しやられている。

何とも言えない空気の中、義清は退室した。

 

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 

「はぁー………………やってしまった……」

 

物陰のそのまた影。

間違いなく誰にも見つからないような場所で義清は蹲っていた。

 

 

 

随分前からの仲である中宮。

恋しい帝。

板挟みになるにしてももう少し手心を加えて欲しかった。

 

 

 

何故だか涙が出てくる程度には、義清は弱っていた。

理由なんて知らない。

 

 

 

 

……嫌われてしまっただろうか。

とうとう、そんなことを考え始めた義清。

 

 

 

「───やはりここにいたか」

「へ……は、え?!! へへへ陛下!?!!」

 

唐突に声を掛けられ、見上げれば帝の貌。

なんで。どうして。

義清の脳内を大量の疑問詞が占める。

 

「大方、余と母上に申し訳なくなって一人で泣いていたのだろう?

貴様のことだ。余計な責任感じていたのだろう、ド阿呆」

「あうぅ……」

 

大当たりである。

完全無欠と音に高い見目麗しい武士などかけらもない。

 

「まぁ、なんだ……すまなかった。余も、少し意固地になりすぎた」

「そんな、とんでもございませぬ!」

「母上も謝罪していた。からかいすぎた故と」

「ですから……それは」

「素直に受け取っておけ」

「……御意」

 

しょぼん、と帝の言を受け入れた西行。

まるで雨に濡れた小動物のようである。

 

「(ん゙んっ……)ほら、立て。貴様までかび臭くなったらどうする」

「───つかぬ事を問いますが、どうやってこちらまで?」

「手当たり次第に探し回った。それだけだ。謝罪もいらぬ」

「は、……」

 

先に封殺されてしまった。

もはや義清には何も言うことがない。

大人しく帝に従うのだった。

 

「……義清」

「如何いたしましたか?」

 

静かに義清を見つめる帝。

彼の意図が読めず、思わず目を瞬かせる義清。

不意に、帝の顔が近づいて───

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「─────────」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ほんの刹那、義清の額に温かいものが当たっていた。

 

 

「……!?」

 

それが何であるかを彼女が理解したときには帝は踵を返していた。

すたすたと立ち去ろうとしていた帝を慌てて追う義清。

何も知らぬ者が見れば、ただのバカップルに違いない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「───全く、あの子にも困ったものだわ。

もっと素直になればいいのに……」

「仕方ありません宮様。陛下も多感なんですよ」

 

一方、こっそり見守っていた中宮と女房達。

二人の行く末を憂い、ため息をついたのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

---

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【回想:平清盛】

 

 

 

「───数か月ぶりか? こうして酒を酌み交わすのは」

「……そうなりますね。お互い、遠いところまで来たものです」

 

十六夜の宵。

杯を持つ二人の影が並んでいた。

 

一人は平清盛。

武士という身分ながら権勢を誇るようになった平氏一門の棟梁。

もう一人は西行。

かつて清盛と共に武士として仕えたが、今は旅の僧侶である。

 

 

 

変わるものと、変わらないものがある。

 

世間は変わった。

白河院の崩御に伴い、鳥羽院と玉藻女御の策略で近衛帝が即位した。

後ろ盾を失った中宮璋子と崇徳院の不安は並大抵のものではないだろう。

ただ、清盛と西行の友情は変わっていない。

そして、西行が何年も秘めてきた想いもまた、変わらず心を焦がしている。

 

 

 

 

「お前も頑固だよなぁ。すっぱり諦めようとは思わねぇのか?」

「単に開き直っているだけですよ」

「なお悪いな、それは! だが引き摺るよりはマシだ」

「良いのか悪いのかどちらですか……」

 

軽口の応酬もいつものことだ。

くすくすと西行は笑い、清盛も口角をあげている。

 

 

 

「ま、お前には間近で見て欲しかったがな。この国が変わる様を」

「……どういうことですか?」

「そのままの意味だ。この国は変わる、俺が変えて見せる」

 

拳を握り、情熱たっぷりに野心を隠さず語る清盛。

 

「腐り果てた朝廷が実権を握るだけの時代は終いだ。

これからは俺たち武士が道理を以て世を治める」

「まさか、本気で叛逆を?」

「現実的に考えて不可能なことはお前とて分からんはずがない。

故に、その……癪だが、地道に仕えるしかねぇな」

 

悔しげながら仕方ないといった面持ちで杯をあおる清盛。

壮大な夢を抱く清盛に西行は尊敬の念を覚えていた。

 

 

 

 

「手始めに、外国(そとくに)と交易を結ぶ」

「そんな簡単に言いますが……」

「実際に行う方が難しいのは重々承知だ。

だが、俺はやるぞ。この澱んだ国に清々しい風を取り込むんだ。

魑魅魍魎、確かに恐ろしいさ。だが我ら人間には知恵がある」

 

天を見据える清盛。

その瞳は野心が滾り、同時に少年の様に輝いていた。

 

「いつまでも大陸に遅れ、取り残される訳にはいかんだろう」

「……革新、ですか」

「ああ。俺が始める、これが何よりも重要だ。

何せ、もし仮に俺が失敗しても、我が志を受け継ぐ者が現れる」

 

 

 

 

未来への希望に満ちた言葉だった。

 

 

 

 

「───そうですか。いつか、そんな時代が来るといいですね」

「む、信じてねぇな?」

「まさか」

「どうだかなぁ?」

 

手酌で酒を注ぐ清盛。

 

「けどよぉ……何で仏門に入っちまったんだよ。つまんねぇ。

後宮の女どもだって、がっかりしてたぜ?

ま、一番がっかりしてんのは、新院様だろうけどよ」

「不敬ですよ清盛」

「へーへー。……ったく、皇后陛下も、人が悪い」

 

同情の視線を西行に向ける清盛。

 

彼女が全てを捨てる羽目になった原因を、彼は知っていた。

今や皇后の座にまで上り詰めたあの妖艶な女。

彼女を慕う者も、彼女を恐れる者も、同様に増加している。

元々の性根が合わないのか、清盛は嫌悪していた。

 

 

 

「こりゃ、正体が妖狐だっつー噂もマジかもしんねぇな?」

「ちょっ……清盛!」

「冗談だって。何せ、超敏腕陰陽師様がいらっしゃいますし?

あの女が没落する時を静かに待つとしますかねぇ」

 

清盛はそう言って笑い捨てた。

彼が話に出したのは、安倍晴明のことだ。

確かに、禁中で妖怪騒動が起これば彼の出番だろう。

最も、治天の君たる鳥羽院の寵姫が人ならざるモノとは考えにくいが。

 

 

 

 

いや、だが。

あの獲物を狙う猛獣の視線を向けられた身としては───

 

 

 

 

「……おい? どうした? 酔ったか?」

「いえ。少し、考え事をしていました」

「ふぅん……」

 

それっきり、何も語らなくなる清盛。

静寂が包む。

 

 

 

この沈黙が居心地良いと、西行は感じていた。

 

 

 

 

 

 

 

***

 

 

 

執筆中に気付きましたが史実と出来事の順序が変わってます。

 

玉藻入内

 ↓

バレ事件

 ↓

【回想:待賢門院】

 ↓

セクハラ事件、西行出家

 ↓

白河院崩御、近衛帝即位

 ↓

【回想:平清盛】

 ↓

近衛帝崩御、後白河帝即位

 ↓

鳥羽院崩御、保元の乱、崇徳院配流

 

 

 

 

 

*待賢門院

史実では西行さんと色々あったらしい。

この話では仲良しです。

 

*平清盛

西行さんの親友。

きっと最期、大河みたいになってるはず……

当然、崇徳さまには恨まれてる。

 

 

 

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