向日葵の姉妹   作:水代

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06 向日葵の姉妹

 

「…………なんだか、お姉ちゃんみたい」

 少女の呟いたその一言に目を丸くする。

「何それ、突然どうしたのよ」

 苦笑しながら尋ねると、自身の膝を枕に眠る少女も笑う。

「あったかくて、やさしくて…………なんだかゆーかさん、お姉ちゃんみたいだなって」

「あなた一人っ子でしょ」

「そうだけど…………ゆーかお姉ちゃんって呼んでいいですか?」

「止めなさいよ、恥ずかしい」

 お姉ちゃん、と呼ばれた瞬間まんざらでも無く、けれど気恥ずかしさを覚え、頬を赤くする。

「お姉ちゃん顔赤いよ」

「うるさいわね、いつもの敬語はどうしたのよ」

 自身の膝の上にある少女の頭を押さえ、くしゃくしゃと雑に撫で回す。

「わー、わー」

 慌てて髪を押さえる少女とその上から撫で回す自身。

 それは秋のとある日の昼下がりのことだった。

 

 

 

 今日は昼頃から少し遠出して秋の花を見に来ていた。

「数十年くらい前からこの辺で毎年咲いているのよ」

「なんの花ですか?」

「…………そうね、到着するまでの秘密ってことにしておきましょう」

「えー、教えてください、ゆーかさん」

 ダメ、と言って悪戯っぽく笑い、咲と手を繋ぎ二人並んで歩く。

 咲が太陽の畑にある自宅に住むようになったので、最近は朝早く出たり、逆に夜遅く帰ったりと自由に時間を使っている。そのお陰か、自身の知る幻想郷内の秋の花はだいたい見ることができ、もういつ冬が来ても良い、と思っていたとある日。

 ふと思い出すのは去年も見たとある花畑の光景。

 そう言えばあれをまだ見ていない。

 ふと思い出したのが朝。それを見ようと、準備して家を出たのが昼前のこと。

 場所が玄武の沢に近く、少しばかり奥まった場所にあるので、少女を抱えて目的の場所の近くまで飛んでいく。

 そこから歩き出したのだが、近くまで来ていただけあり、十五分もしない内に目的地にたどり着く。

 

「うわああ」

 

 咲が目を大きく開き声を上げる。

 

 そこは森の中で一帯だけ開け、陽光に照らされたコスモスの花畑。

 自然に咲いたコスモスがたくさんの薄ピンクの花を開かせた光景だった。

「あははは」

 楽しそうに飛び出し、走って、けれど花を踏まないように慎重に花畑に入っていく咲。

 その光景を見て、来て良かったと笑う自身。

「あはは、ゆーかさん、きれーですね」

 花に顔を寄せ、それからこちらに向かって叫ぶ。

 そうね、と頷いて咲の下へと歩く。

「あまり走り回らないの。うっかり花を踏んだら大変よ?」

 そう言うと、咲はそれがまずい、と思ったのか走るのを止める。

「それに、ゆったりと見て回るのも楽しいわよ?」

 そう言って咲の手を引き、花畑から少し離れた場所に腰を下ろす。

「折角用意してきたのだから、一緒に食べましょうか」

 そう言って腕に下げたバスケットを下ろす。

 

 まあつまり、これが朝思い出して出発が昼になった理由だ。

 

 咲と二人、バスケットに詰めたお握りを口に頬張る。

「美味しい?」

 そう尋ねると、口いっぱいにお握りを詰め込みながら頷く咲に、ゆっくり食べなさい、と注意する。

「ゆーかさんも美味しいですか?」

 口に詰め込んだものを飲み込み、そう尋ねてくる咲に、ええ、と頷く。

 咲と二人で暮らし始めて知った驚きの事実がこれだ。

 なんとこの少女、意外にも料理が上手い。十にもならない子供の癖して驚くほど手際良く作業をする。

 良く考えればいつからかは知らないが、あの家で一人で暮らしていたので、食事も自分で用意するしかない。

 と、なると料理も上手くなる…………のだろうか?

 

 そんなことを考えている内に、バスケットが空になる。

 水筒に入れたお茶を二人で飲み、一息つくと咲が欠伸を噛み殺す。

「眠いの?」

 尋ねると、少しとろん、とした眼で頷く咲。

「なら少し横になってなさい」

 そう言って、自身の膝の上にその頭を乗せてやる。

 そうして。

 

「…………なんだか、お姉ちゃんみたい」

 

 冒頭に戻る。

 

「全く、人をからかうんじゃないわよ」

「からかってなんか無いのに…………」

 頬を膨らしたままそれでも自身の膝を枕にしている咲。

 すう、っと風が吹く。

 心地よい風に、こちらまで眠くなってくる。

 木陰の中にいるせいか、程よく涼しく、背後の木に寄りかかると、途端に眠気がこみ上げてくる。

 ふと見ると、咲も既に眠っていた。

「…………ふふ…………おやすみなさい、咲」

 膝の上で眠る少女の髪を一撫でし…………そして目を閉じた。

 

 おやすみなさい、お姉ちゃん。

 

 意識が落ちる寸前、そんな声が聞こえたような気がした。

 

 

 

 ………………………………。

 

 ………………………………………………。

 

 ………………………………………………………………。

 

 

 目を開く。

 視界に入って来たのは夕暮れに染まるコスモスの群。

「……………………そう、夢、ね」

 ふと視線を落とす…………。

 そこには何も無い、ただ自身の足をあるだけだ。

 そっと手をやり…………膝の上の空をなぞる。

「………………いない、か」

 分かっていたはずなのに、当たり前のことなのに…………どうしてこんなにも…………。

「…………はあ、ダメね」

 駄目駄目だ。あまりにも女々しい自身の姿にため息しか出てこない。

 けれどどれほど言っても、それでも縋るように木に背を預け。

 目を…………閉じた。

 

 

 ………………………………。

 

 ………………………………………………。

 

 ………………………………………………………………。

 

 

 目を開くと、もう夜だった。

「……………………………………って、いけない!!」

 夜は妖怪の時間だ。いつまでも野外にいられない。

「起きなさい、咲」

 慌てて膝の上で眠る少女を起こそうとし…………そこに少女がいないことに愕然とする。

 飛び跳ねるように起き上がり、駆け出そうとした…………ところで、立ち止まる。

 暗闇に染まるコスモス畑の中に、ぽつんと佇む少女の姿。

「…………咲?」

 近寄り、声をかけると少女が振り返る。

「…………ゆーかさん、おはようございます」

 どこかピントのずれた少女の挨拶に、肩透かしを食らったような気分になりなる。

「起きてたのなら言いなさい。目が覚めていなかった時は心臓が止まるかと思ったわ」

「ごめんなさい…………ちょっとお花さんを見てて」

 そう言った少女の視線の先には暗闇の中でもなお薄ピンクの色を魅せるコスモスの花。

「…………………………コスモスの花言葉って知ってるかしら?」

 少女の視線の先の花を一輪、その根元から掘り起こし、バスケットの中に入れる。

「ゆーかさん?」

「持って帰りましょうか…………家の傍で育てましょう?」

 そう言ってやると、少女が戸惑いながら。

「良いんですか?」

 そう尋ねてくる。

 確かに普段の自身ならしないようなことだったかもしれない。

 けれど。

「…………良いのよ。その代わり、ちゃんと世話をしてしないとね?」

 そう言うと、ぱあ、と表情が輝き。

「私やります!」

「そうね、一緒にしましょうか」

 そう答え…………二人で笑った。

 

 

 バスケット片手に嬉しそうにしている少女を背に追い、家へと向けて空を飛ぶ。

「しっかりと捉まってなさいよ?」

 一応落ちないように、こちらでも手を背に回して持っているが、それでも心配なのが子供と言うものである。

「はーい」

 答えだけはしっかりとしている…………まあ、行きも大丈夫だったし、今回も大丈夫か。と一人納得する。

「ところでゆーかさん、はなことば、ってなんだったんですか?」

 不意に少女がそう尋ねてくる。

「…………ふふ、秘密よ」

 けれどそう返すと、むう、と少女が頬を丸くし。

「教えてくれないと、お姉ちゃんって呼びますよ?」

 と、反抗してくる。それが意外で少し目を丸くしたが…………やがて、ふっ、と笑い。

「勝手にしなさい」

 そう答えると、少女が背中で息を飲んだ。

 それから、ゆっくりと笑い出す。

「…………えへ…………えへへ、お姉ちゃん」

 そう呟き、ぎゅっと自身を掴む力が強くなったのを感じる。

「…………どうしたの? 咲」

 尋ねた自身に、けれど首を振り。

「ううん、何でもないよ…………えへへ」

 そう言って、笑った。

 

 全く…………何ともまあ、あの意味にここまでぴったりな人間もそうはいないだろう。

 

 少女には言わなかったコスモスの花言葉…………。

 

 即ち。

 

 少女の純真。

 

 

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