ハリー・アップッ!!   作:炉心

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至らぬ点も多いとは思いますが、初心者ながら頑張って書いていくつもりなので、お時間のある時にでもお付き合いいただければ幸いです。




ハリー・アップッ!!

 

 何故走っているのだろう?

 

 前を行く少女の揺れるポニーテールを見ながら、少年は思考を巡らした。

 

「なあ、ハリー。何で俺は走らなきゃならないんだ?」

 

 先行する少女の名を呼び、行動の理由を問い質す。

 

「…………」

 

 無言の返答。どうやら、少女――ハリーに答える気は無いようだ。

 

「やれやれ」

 

 嘆息と呟きを同時に行いながら、尚も疾走する少女の背を見詰め、結局それ以上の追求をやめる。

 否、本当は理解しているのだ。今走っている理由を。では、何故その事を問い掛けるようなことをしたのか? 至極簡単だ。認めたくないだけだ。信じたくないだけなのだ。

 

 何を?

 

 現実を。

 

 全ては無情。そして非情。変えることの出来ない宿命。恐らく、この儘でも結果は見えている。だが、人は運命に抗う生き物なのだ。不可能を可能にしようと努力する生き物なのだ。

 

「もう無理だと思うけどな……」

 

 少年の呟きには、諦め意思が多くを占めていた。が、

 

「――おい、セアレ! ぶつくさ文句言ってないで、走れっ!!」

 

 怒気を孕んだ声で少女ハリーは叫ぶ。後ろからダレ気味でついてくる少年――セアレに。

 

「何で俺が怒られてんだ? 原因はハリーにある気が――何でもないです」

 

 前方から一瞬向けられた視線に殺気を感じ、余計なことは言わないことにする。先人曰く、この世で上手く生きていくコツは、失言を少なくすることだ。

 

 その先は無言。そして、全力で目的地を目指す。タイムリミットは約五分。普段ならば徒歩で十五分弱の距離。息も切れ気味のセアレには、微妙に限界が近い。そんな状態の中、セアレは今ここに至るまでの経過を思い返していた。

 

 

 

*      *      *

 

 

 

「ミア達め、押し付けやがって」

 

 一人ブツブツと文句を言いながら、セアレ・ルシーブル少年は見知ったマンションの一室の扉の前にいた。

 

『トライベッカ』とミッド語で書かれた表札が掲げられた扉を見ながら、数刻前のやりとりに溜息を吐きたくなる。

 

 ことは数分前。朝の登校中、知り合いの居住するこのマンションの前を通りかかったところで、知った顔の三人が何やら話し込んでいるのが見えた。

 

「おはよ。朝から三人集まって何してんだ?」

 

 挨拶をし、疑問を口にしたところで、既に後悔は始まっていたのだ。

 

「おお、ちょうどいいとこに。ナイスタイミングだぜ」

 

 三人組の一人、長髪の少女が破顔しながら近づいてくる。しかし、セアレは直感的に理解した。彼女の向け

るその顔は、捕食者が獲物を見つけた時にする類のものだということに。

 

「な、何だ?」

 

 おもわず逃げの体勢を取ってしまうが、後退りする間もなく三人組の残り二人が左右からセアレの両腕を掴む。いや、拘束する。恐るべき連携プレー。いつの間に移動したのだろう?

 

「ちょ、何でいきなり拘束されてるんだ?!」

 

「……おい」

 

 ポンっと両肩に手を置かれ、もの凄い笑顔を見せる長髪の少女。その目が笑ってなかったことが、セアレが感じた認識が間違っていないと証明しているようだった。

 

「後は頼んだぜ」

 

「はい」

 

 断れるわけがなかった。

 

 そして、ある人物の起床の任をセアレに託し、三人の少女達はさっさと学校に向かってしまった。見た目は昔の不良ポイが、中身は意外と真面目で普通な彼女達はある意味正しい選択をしたのだ。

 

「ハリーの寝起きの悪さは天下一品だからな」

 

 呟きながら、三人より預かった合鍵で部屋の扉を開ける。

因みに、呼び出しは何回かしたが反応はやはりなく、マンションの玄関ホールに入る為のセキュリティも合鍵を使ってほぼ無断で通過している。

 

「しかし、小父さん達が長期不在で女の子一人の部屋に男が勝手に入っていいのか?」

 

 扉をくぐり、思わず疑問を発するセアレ。だが……

 

「まあ、いいか。ハリーだし」

 

 数秒で自己完結。

 

 玄関を通り、廊下を進んでハリーの自室へと向かう。

 

「ハリー、起きてるか?」

 

 ノックをして部屋の主に呼び掛けるが、反応はない。再度のノックと呼び掛けを繰り返すが、いつまで経っても部屋の中の人物が起きてくる気配はない。

 

「ヤバイな。どうする? 部屋に入って直接起こすか? でもな……」

 

 いい加減、焦れてきているが、それでも無許可で女の子の部屋に入るのは躊躇われる。たとえそれが、昔から気心の知れた人物であったとしてもだ。

 

 と、その時。

 

 不意にガチャという音と共に部屋の扉が開かれ、

 

「ハリぃぃ―――ッッッ!!」

 

 扉を開けたであろう人物の名を呼ぼうとしたセアレは、奥より伸びてきた手によって制服の襟元を掴まれ、引っ張られ、視界反転、一瞬の浮遊感、そして―――

 

「がっ!!」

 

 落下の勢いそのままに、ベッドに背中から叩きつけられた。

 

「おい! ハリぃぃぃぃぃーーー!!!」

 

 数瞬の呼吸困難を経て、自身を投げ飛ばしたであろう人物に文句を言おうとして……絶叫した。

 

 セアレは絶叫したのだ。悲鳴を上げたと言ってもいいかもしれない。

 

「お、おい! ちょ、まっ!」

 

 ベッドの上でアタフタ四肢を動かすセアレ。だが、

 

「んっ……」

 

 瞬時に硬直する。まるで石のようだ。

 

 甘い香りが鼻腔を擽る。心地の良い暖かさが数枚の布越しに体に伝わる。それは、視線を下げた先にある存在によって齎されたものなのだ。

 

 平時は結ってある髪は寝る前に解かれた為に広く拡がり、窓より差し込む朝の陽光に照らされて茜色に輝く。予想外に少女趣味な純白刺繍模様入りの寝巻きに包まれた肢体は、日々鍛えているにも関わらず意外と華奢で柔らかい。少女はその腕をセアレの脇下から背中へと回して彼を抱き締める格好となり、彼の胸元へ頬を摺り寄せながらその身を強く押し付けている。

 

「ハ、ハリー!? 起きっ―――」

 

 腹部へと押し付けられる柔らかな感触に戸惑い、何とか苦言を発しようとするセアレだが、見下ろした先の視界に乱れた寝巻きの隙間から覗く胸元が飛び込み、直様視線を天井へと逸らす。

 

(……生き地獄だ)

 

 頭の中を巡った言葉は、今の現実を端的に表すものだった。だが、少年は失念していた。テンパっていたが為に、そこまで思考が回らなかったともいえる。この後、本当の地獄が訪れることを―――

 

「うわっ!! おいっ! ハリー、ヤメろ! 息を吹きかけるな! 足を絡めるなっ!!」

 

 ……そこまで彼の精神が持てばいいが。

 

 

*      *      *

 

 

 嵐はおおよそ十五分程続いた。

 

 思春期の青少年にとっての苦行とも呼べる時間が二十分程過ぎた後、覚醒した少女の手と声によって発生した嵐は、少女の部屋の様々な物と少年の体を宙に舞わせた。特に、後半に飛んできたダンベルや筋トレ器具類はヤバかった。少年が五体満足で済んだのは奇跡とも言えるかもしれない。

 

「ハリー、まだかー?」

 

 リビングから少女の部屋へ向けて声を掛ける。

 

「うっせー、ちょっと待て! あと、覗くなよ! 覗いたらブッ殺すからなっ!!」

 

 物騒な返答を聞いてセアレは肩を竦める。

 

 ピピピピピピッ!

 

「ん? 端末通信?」

 

 リビングに備え付けられた固定機型通信端末が着信コールを告げる。

 

 一度ハリーの部屋の方を伺ったセアレは、取り敢えず誰からの着信かを確認しようとして、

 

 ピッ。

 

「―――あっ」

 

 普通に通信ボタンを押してしまった。

 

「おはようハリー……あら? セアレ君じゃない?」

 

「おはようございます、小母さん」

 

 通信端末の画面に映し出されたのは、別の管理世界に長期出張中のハリーの母親だった。

 

「ええ、おはよう。でも、何でセアレ君が? 私、発信先を間違えたかしら?」

 

「いえ、小母さんの家で間違いないです。俺が誤って通信ボタンを押しちゃって」

 

 内心、知り合いが通信相手だったことに安堵しながら事情を話すセアレ。

 

「そう。なら気にしなくてもいいわよ。ところで、ハリーの姿が見えないけど……あの子、家に居るのかしら?」

 

「居ますよ。ただ、今ちょうど服を着替えてるとこですけど」

 

「――あら、そうなの? あらあらまぁまぁ、それはよかったわ。あの子ったら、遂にやったのね」

 

 画面の向こうのハリーの母は、何故か非常に嬉しそうな顔をしている。何か良いことでもあったのだろうか?

 

 ハリーは髪の色や容姿全体が母親似だが、性格はあまり似ていない。明朗快活で竹を割ったような性格のハリーに対して、年齢的な部分もあるかもしれないがハリーの母は穏やかで思慕の深いタイプの女性だ。ただ、時々読めない思考をされるので、下手をするととんでもない勘違いをされていることもある人物でもあるのだが。

 

「そういえば、セアレ君何だか疲れているような気がするけど?」

 

 ハリーの母は画面の向こうで細っそりとした指を頬に当て、セアレの様子を問いてくる。

 

「さっき、朝からハリーが無茶をしまして」

 

「まぁ、そうなの? ハリーったらそんな……そんなに激しいの? 確かに体力はある子だけど……」

 

 僅かばかりの驚愕と多勢の好奇が入り混じった顔をするハリーの母。セアレとしては、何か話が噛み合ってないような気がしたが、

 

「何を話してんだ、テメエ」

 

 背後から殺気めいた気配を湛えた声に身を固くする。

 

 振り向いた先には、制服に袖を通したハリーが仁王立ちしていた。その背後には怒気のオーラで蜃気楼が見える気さえした。

 

「あ~、ハリー。小母さんからの通信。今、換わるから。それと、俺は外で待ってるな」

 

 セアレは身の危険を感じ、直様退去を選択する。

 

「じゃあ、小母さん。ハリーに換わります。さようなら」

 

 通信端末から離れ、リビングから出てそそくさと玄関の方へと移動する。

 

 その途中、

 

「おはよ、母さん。――は? な、何言ってんだよ?! 何もしてねえよ!! 連れ込んでなんかいねぇ! 気を付けなさいって何だ!!」

 

 ハリーがやけにテンパった状態で叫んでいるのが聞こえた。

 

「……何でもいいけど、早くしてくれよ」

 

 玄関扉を開きながら、セアレは腕時計で確認した時間を見て呟く。

 

 本気で急がないと遅刻しそうな時刻だった。

 

 

*      *      *

 

 

「結局、十分以上話してたよな」

 

 ハリーが母親との通信を終え、部屋から出た時には更に十五分程経っていた。

 

 その後、ハリーのマンションから最寄り駅迄全力疾走したのだが、運悪く先発のリニアレールに乗り過ごし、後発が学校の最寄り駅に着いた時には既に手遅れに近い状況だった。

 

「バイクで通学すればよかったかな?」

 

 後悔を独り言で呟く。バイクは持っているが学校に駐機スペースが無い為、通学には滅多に使わない。だが、今日バイク通学さえしていれば、少なくとも朝からこんなに走ることはなかっただろう。その場合、ハリーは確実に遅刻しただろうが。

 

「お前が母さんと変な会話をしてたからだろうが」

 

 セアレが遅刻しそうな理由を自分に向けていると感じ取ったのであろうか? 前方を走るハリーが通信が長引いた原因をセアレに振る。

 

「まてまて、俺か? 俺が悪いのか? 俺は普通に小母さんと話してただけだぞ」

 

 正直、走りながら喋るのはかなり辛いのだが、それでも反論せずにはいられない。

 

「ざけんな、オレが母さんにどんだけからかわれたと思ってやがる!」

 

「言い掛かりだ! 大体、何をからかわれたんだよ?」

 

「それは……」

 

 言い淀み、続く沈黙。そして、不意に「ウガァァァァッ!!」と唸りながら頭を掻くハリー。

 

「もういい! いいから走れ! バカセアレ!!」

 

「ヒドっ!!」

 

 逆ギレされた。

 

 もうこれ以上突っ込むのはよそう。今の感じでは、次は言葉ではなくドロップキックとかが飛んできそうだ。そう直感したセアレは、これ以上の言及を諦めることにした。命は大事にしたい。

 

「しかし……」

 

 馬鹿な会話をしながらも、学校に向けて全力疾走は続けている。だが、この儘ではもはや間に合わないだろう。二人揃って遅刻は確実だ。それを避ける方法は……有る。あとはそれをハリーに提案するだけだ。

 

(……問題は、ハリーが提案を却下する可能性が高いってことなんだよな)

 

 それでも、決まっている未来を受け入れるだけよりはマシだ。

 

「ハリー、魔法の身体強化を使えよ。お前だけなら多分間に合うぞ?」

 

「出来るかっ!」

 

 即断。

 

「いや、聞けよ。この儘二人一緒に遅刻n「五月蝿い! 黙れ!」……」

 

 再度の説得も途中で切られ、セアレは提案を諦めることにする。はじめから予想していた事だ。

 

 午前8時43分。

 

 腕時計に表示された時刻は、本鈴まで二分を切っていた。

 

 校舎は既に見えてきている。ならば、あとは最後まで全力を尽くすだけだ。

 

「セアレ! いそげっ!」

 

 ハリーの声が、背中を推してくれているような気がした。

 

 

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