ハリー・アップッ!!   作:炉心

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お久しぶりです。

忙しくて執筆時間が取れず、随分と間が空いてしまいました。

注意:今回はわりと真面目且つシリアスなお話です。

スポーツでも格闘技でも、勝負事ではある意味で避けられない部分に関連したお話となりますが、ViVidの登場人物達は敗北を単なる挫折ではなく試練として受けとめて、挫けず前に進もうとしている姿勢が凄く素敵だと思います。

そんな彼女達が大好きです。

では、本編8作目となります。

どうぞ~





ハリー・アップッ!! ~Age of Us~

 

 

「――――おい、どこまで行くつもりなんだよ?」

 

「もう少しだよ」

 

 向かい風の音に負けないように叫ぶハリーに返って来たのは素っ気ない返事だった。

 

 高速道路をセアレ愛用のバイクで走り抜けている。リアシートに跨り、運転するセアレの腰に手を回しながら、ハリーは今日何度となく浮かんだ疑問を小さく呟く。

 

(なんで、コイツはこんなに不機嫌なんだ?)

 

 通り抜ける際に確認した道路標識の案内から察するに、都市部から離れた自然保護区に向かっているようだが、いかせん行き先の予想がつかない。

 

(訳分かんねぇな……)

 

 疑問に答えが出ることはない。

 

 ただ言えることは、少年の運転が普段ハリーを後ろに乗せている時とは比べ物にならないくらい荒いものであり、速度もかなり出ているということだろう。

 

 安全運転が基本。

 

 自分を後ろに乗せる時は特に気を遣って運転しているのが分かっているだけに、今日のこの状況は相当特殊だとハリーは思った。

 

(なんかに怒ってんのか? 何に?)

 

 思えば、最近様子が変だった気がする。

 

 表面上は普通で、接し方や行動にも特に変わった気配はない。だが、長年の付き合いのハリーにはセアレが内心苛立っているのが分かった。最初は心配から来るストレスが原因かとも思ったが、少なくとも今年のインターミドルが既に終了した現状ではセアレに心配を掛ける要素は見当たらない。

 

(オレが試合で負けたことに怒ってんのか? ……いや、今更だし、コイツはそんな事で怒るタイプじゃねぇ)

 

 既に今年の敗戦から一週間以上が過ぎている。直後なら兎も角、ここまで時間が経ってから蒸し返すように怒るのはおかしい。第一、ハリーの勝敗に関してセアレは一切何も言わない。喜んだり残念がったりすることはあるが、それは試合結果如何ではなく、あくまでハリーの努力に対する共感であり賛辞なのだ。

 

(じゃ、やっぱ心配か?)

 

 ハリー自身、自分が無茶な試合をする傾向にあることは自覚している。

 

 防御よりも攻撃優先で闘う為、被弾やクラッシュエミュレート率も高い。魔法戦競技が基本的に非殺傷設定による魔力ダメージでの攻防だとしても、攻撃の余波による衝撃や壁や柱等への激突、許容量オーバーのダメージによる肉体の損傷、過度の痛覚体験による幻痛等の精神的ダメージは避けては通れない道だ。大会を勝ち進めばその割合は更に高まる。

 

 セアレは魔法戦技に関しては悪感情を持ってはいないが、ハリーの無茶な闘い方にはいつも渋い顔をしていた。

 

 曰く、「普通に見ていて心臓に悪い」だそうだ。心配面全開で言われた時は正直大きなお世話だと思ったものだ。セアレの気持ちが嬉しかったのも事実だが(絶対に口に出しては言わないが)。

 

 今年も大会の前後―――特に、泥試合になった挙句敗戦した準々決勝の後は非常に心配していた。

 

(そう、あのヘンテコお嬢様に負けたんだよ……)

 

 圧し殺していた悔しさと情けなさが急に湧き上がってきて、ハリーは唇をキツく噛んだ。

 

 試合の後、敗戦のショックで仲間達の前で思わず涙が溢れてしまった。今迄も負けたことは当然あった。だが、気落ちすることはあってもあそこまで涙を流すことはなかった。

 

 狼狽しながらも嗚咽を上げている自分を必死に元気づけようとする仲間達には本当に感謝している。

 

(ミアもルカもリンダも、揃って笑えるくらい慌てふためいていたからな)

 

 心配を掛け続けるつもりはない。だから、ハリーは早々に涙を引いた。時折涙腺が緩むこともあるが、それに流される気はない。

 

 周囲―――特に、何故か昔からセアレに対しては弱みを見せたくと言う思い。ささやかで無意味なプライドかもしれないが、ハリーにとっては譲ることのできない部分でもあるのだ。

 

(……ダメだ。マジでセアレが不機嫌な理由に思い当たらねぇ)

 

 いい加減、非生産的な思考にイライラしてきた。

 

「なぁ、おい――――」

 

「ハリー、今から高速を降りるから。降りると路面が少し悪いところを走るからな、あんま喋るなよ。舌噛むぞ」

 

 不満を口にしようとしたハリーの声に被せてセアレの声が響く。

 

 ハリーが何かを言う前に速度を落としたバイクは、高速道路のインターチェンジから出口方面に向かって下っていく。

 

 出鼻を挫かれたハリーは、結局セアレ忠告に従って無言を貫くしかない。セアレは念話が使えない為、念話で慨嘆を言い続けることもできないのだ。

 

(まあ、いい。到着したらタップリと文句を言ってやらぁ)

 

 胸の内に堆積する不満を捌ける瞬間を決め、セアレの腰に回している腕に少しだけ力を込める。多少苦しく思えるくらいの強さで締め付けて、不満があることを暗にアピールしながら、ハリーは目的地に到着するまでの少しの時間を緑の色数が増えだした風景を楽しむことにした。

 

 

*      *      *

 

 

 違うだろ。

 

 そう思ったのは、激しい死闘となった試合が終了してから2日目。

 

 試合直後は極度の疲労と魔力ダメージ等によってまともに動くことも適わないような状態だったが、適切な魔法治療を受け、充分な休息を取ったことにより漸く完全回復。

 

 試合前後から心配し通しだったこちらの肩の荷も降りた矢先、敗戦の残念会的な感じものをいつもの仲間三人組としてきたであろう帰りに偶然会った瞬間だった。

 

 夜道を一人歩いている後ろ姿を発見し、その日の様子を聞こうと声を掛けた。

 

 声に気付いて振り返った先に現れた表情。

 

 違和感。

 

 その時は単純な違和感だけだった。だが、翌日に小耳に挟んだところによると、残念会をしていたカラオケBOXで、曲の合間に流れていた時事ニュースに何故か試合の結果が放送された瞬間、行き成り泣き出したそうだ。

 

 焦った仲間達が慌てふためきながらも必死に励ましたところ、少し嗚咽を繰り返した後、「もう大丈夫だ」と言ってすぐに笑顔を作ったらしい。

 

 そんな話を聞いてから、違和感は益々募ったのだが、取り敢えず直ぐに行動はせずに暫く様子を見ることにした。

 

 そして更に2日経って、最初感じた違和感は確信に変わり始めていた。

 

 

*      *      *

 

 

「……どこだ、此処?」

 

 無舗装の砂利道を走り抜けること十数分。漸く停止したバイクだが、ハリーには疑問しか浮かばない場所に停車していた。

 

「着いたから、降りていいよ」

 

 バイクから降りることを促すセアレの言葉に従い、リアシートから跳ぶようにして地面に降りるハリー。

 

 数時間振りにヘルメットを脱ぎ、押し込まれていた自身の長髪を頭を軽く振って風に流す。ヘルメットを左脇に抱え、空いた右手で乱れた髪を梳いて整えながら深く息を吸うと、草と土の香りが鼻腔を擽り、都会とは違った清涼感のある空気が肺を満たすような気がする。

 

「ヘルメット」

 

「んん? ああ」

 

 エンジンを切り、スタンドを立ててバイクを固定していたセアレが差し出した手に持っていたヘルメットを渡す。

 

 既に脱いでいた自分の分のヘルメットとハリーから受け取ったヘルメットを仕舞うセアレ。

 

 どうやら目的地に到着。これ以上の移動はないらしい。

 

「―――で、一体どこなんだよ、此処は?」

 

 伸びをして運転で凝ったであろう体の筋肉をほぐしているセアレに向かって、ハリーは本日何度目かになる疑問をぶつける。

 

「北部の自然保護区にある高原地帯。レン高原って名前だっけ? 場所的にはベルカ自治領の端の方だ」

 

「そうかよ……」

 

 漸く得られた答えを聞いても、曖昧な納得の言葉しか出ない。場所に関して問い掛けはしていたが、実際に聞きたかったのは地名でも現在地でもないのだから。

 

 周囲を見渡しても特に目に付く建物はなく、青々とした草が生い茂る草原と丘陵が視界一杯に広がっている。遠くの方に僅かに見えるのは放牧されている馬だろうか?

 

 白雲ひとつない、透けるような蒼穹が遥か頭上を覆い、限りなく世界を広げているような錯覚を覚える。

 

 良い場所であるのは間違いなかった。こんな状況でなければ存分に楽しめただろう。

 

「なんでこんな所に連れてきたんだ?」

 

 理由がなければ物事を楽しめないタチじゃない。セアレの不可解な行為の意図が掴めないだけだ。ハリーは答えが欲しかった。

 

(セアレ、お前は何がしたいんだよ?)

 

 思いを視線に込める。

 

 僅か数歩の距離しか離れていないにも関わらず、背を向けて空を見上げていたセアレの背中がひどく遠い場所にあるようで、届かない手をずっと伸ばし続けているようなもどかしい気持ちで一杯になる。

 

 もう一度、声を掛けよう。それで駄目なら、無理矢理にでも振り向かせて答えさせればいい。

 

「ハリー」

 

 意を決して口を開こうとしたハリーの耳に静かに響く声。

 

「なん……だよ……」

 

 怖い……と感じた。

 

 振り向いてハリーを見詰めるセアレ。

 

 いつも自分に向けてくるのとはまるで違う表情を浮かべる少年。こんな顔をハリーは知らない。好きじゃない。

 

 こんな怒っているような、泣いているような―――見ていて哀しくなる顔は自分が知るセアレには似合っていない。自分に向けて欲しくない。

 

「俺はこれからこの辺りをブラブラと歩いてくる」

 

 制御出来ない感情と思考がグチャグチャに混ざり合う。溶け合うこともなく錯雑したそれらが、ハリーの反応を鈍らせる。

 

「多分、1時間位は戻ってこないから……その間、ハリーの周りには誰もいない」

 

 だというのに、ハリーの耳は正確にセアレの発する言葉を拾い上げる。意識領域の遠い涯てに居座る冷めた自分が、弱々しく佇む今の自分を疆域の高みから俯瞰する。

 

「だから、ハリーが何をしようと誰も見ていないし聞いていない」

 

 その言葉の意味が混濁する意識の中で徐々に形となる。

 

 含まれた意図が、セアレが何を思って今日の行動に出たのかが、ハリーの抱いていた疑問という名の楔を解き放ってゆく。

 

 視界が少し歪んでいる。この胸の奥に湧き起こる気持ち、嬉しいとも悲しいとも切ないとも違う気持ち、今のハリーに表現する術はなかった。

 

「これは俺の我儘で勝手な行動だから……ハリーがどう思おうと、少しだけ付き合ってくないか」

 

 吐き出すようにして言葉を紡いだセアレの姿。ハリーはもう直視することができなかった。静かに俯いて耐える。

 

 へばりついた唇が重く、まともな言葉は出てこない。曖昧な返事すらもできない。沈黙の痛みを裂いて漸く口から出たのは、「あぁ」という小さな呟きだけだった。

 

 

*      *      *

 

 

 確信に変わったと言っても、単なる自分勝手な思い込みの可能性だってあった。

 

 既に日数が経っていて、今更蒸し返すようなことをするのに多少の躊躇が生まれたのは事実。しかも、本人が何も言わない以上は、わざわざ余計な世話をやかず、放っておくのもひとつの手段だとも言えた。

 

 だが、お節介でも、鬱陶しがられても、たとえ今後一生嫌われることになろうとも、行動に移すことを取りやめることはなかった。

 

 それはもしかしたら、今彼女が見せているのとは違う、自分の好きな彼女らしい彼女の笑顔が見たいという、自分本位な願望が働いた結果なのかもしれない。

 

 それはもしかしたら、自分自身にすら嘘を吐いているかもしれない彼女を見ているのが嫌だったのかもしれない。

 

 それはもしかしたら、傷付き苦しんでいる彼女に対して何も出来ない無能で無力な己の不甲斐なさを誤魔化したいが為の行為だったのかもしれない。

 

 考えた末の行動が、誰もいない場所に一人放置するなんていう、ある意味無責任極まりない行為だったのは……正直なところ、自分の中でもそれなりの葛藤はあった。でも、それが正解だと信じて疑わない自分がいたのも事実だ。

 

 長年の付き合いからくる驕りだと言われるかもしれない。それでも、彼女の奥底にある挫けることのない心の存在を、彼女の持つ不屈の強さを、乗り越える力をずっと昔から見てきた。彼女の仲間達に決して劣らないくらい知っている自負もあった。だから、自分の行動と齎される結果に後悔はない。

 

 

*      *      *

 

 

 少年が去り、時折吹く風が音を運ぶ以外に訪れるモノのいない草丘の中にハリーはいた。

 

 一人になった。

 

 随分と久しぶりな気がした。

 

 激戦の末に敗戦を期したあの試合の前後も含めて、インターミドルの大会中もその後もなんだかんだでハリーの周りには常に人がいた。夜に自室で一人になる時もあったが、そんな時はさっさと眠ることで全てを忘れた。

 

 何故が急遽出張から帰ってきていた母親に、敗戦で落ち込んでいる姿を見せたくないという些細で子供っぽいプライドもあったのかもしれない。

 

 考えれば、普段から誰かしらがハリーの周りにはいる。自身の気質と天性の求心力故に人を惹きつけるハリーにとって、周囲に人がいることはある種当然で、違和感を覚えることも殆どなかった。

 

 本当に、周りに誰も―――両親も学校の友人も魔法戦競技関係者も親友と呼ぶべき仲間達も……萌木色の髪の少年すらいないのは久しぶりだった。

 

 『砲撃番長【バスターヘッド】』、インターミドルシップ上位進出者、ハリー・トライベッカと皆に呼ばれる少女を見ている者は誰一人いなかった。

 

 そう、今此処には自分以外は誰もいないのだ。

 

 その事実がハリーの中で意識された時―――感情が溢れた。

 

 どうしようもない悔しさと情けなさ。

 

 心の底に押し込めていたわけじゃない。見えないように隠していたわけでもない。避けられない事実から目を逸らしてしたのでもない。

 

 ただ、嫌だったのだ。怖かったのだ。

 

 全て吐き出せば楽になるかもしれない。溜め込んでいたってロクなことなどありはしない。見ず知らずの誰もが時に簡単に口にする台詞。そんな判りきったことでも、どうしても出来ないことがある。

 

 初めってじゃない。何度も経験したことだから、今回もそれで乗り切れる。今年だけが特別なんじゃない。その筈だった。その筈にしたかった。だけど……

 

「チクショウ」

 

 悔しかった。本当に本当に悔しかったのだ。

 

「チクショウ、チクショウ、チクショウ……」

 

 頑張った。必死で真剣で全力で頑張った。

 

「チクショウ、チクショウ、チクショウ……」

 

 痛くて辛くて泣きだしたかった。諦めかけた瞬間だって無かったわけじゃない。

 

 本当にもう少しだった。絶対絶対に負けたくなかった。勝って仲間達と笑い合いたかった。次に進みたかった。

 

 夢を見続けたかった。

 

「オレは……」

 

 一度でも吐き出し始めたら、きっともう止まらない。だから、少しだけ小出しにする程度で、後は時間が痛みを和らげるのを待つつもりだったのだ。

 

 なのに、

 

「セアレの奴……」

 

 どうしてあの少年は放っておいてくれないのだろう。

 

 どうしてあの少年は卑怯であることを許してくれないのだろう。

 

 どうしてあの少年はこんなにも残酷なことをするのだろう。

 

 どうしてあの少年は……

 

「こんな優しさを見せやがって」

 

 自分が心の底で望んでいたことを叶えてくれるのだろう。

 

「――――ッ」

 

 空は遠かった。

 

 大地は広かった。

 

 風は穏やかだった。

 

 世界は静かで優しかった。

 

 少女がいた。

 

 一人だが独りではない少女が。

 

 彼女から産まれた声は遥か無窮遠の先へと吸い込まれる。それは、過去と現在の痛みを乗り越え、未来に向けて進む為の誓いの叫びだったのだ。

 

 

*      *      *

 

 

 少女が三人、連れ立って街中を歩いていた。

 

「なぁ~、リーダー……大丈夫かな~」

 

 一人がそんな言葉を洩らす。マスクで曇った声だが、他の二人には正確に届いたようだ。

 

「「「…………」」」

 

 重なった沈黙は三人分。安易で楽観的な言葉がすぐに出なかった。

 

 少女達が思い浮かべた人物、イメージの中のその顔は笑顔だった。最近、少女達に見せている笑顔だ。それが、仮面のような笑顔であることも少女達は理解していた。自分達の為に作っていることも。

 

「……大丈夫さ。うちらのリーダーだぜ、そんな弱くねえよ」

 

「あたしらが信じなくてどうすんだ―――ってことだな」

 

 最初に言葉を発したのはサングラスの少女。引き継ぐ形で三人の中で一番長身の少女も言葉を繋ぐ。

 

 それぞれの出した答えは曖昧なものだった。

 

 共通していたのは、信頼の念が言葉の根底あるということ。

 

「ほら、リンダ。おめーまで落ち込んでどうすんだよ」

 

 長身の少女に軽く背を叩かれて、マスクの少女は気持ちを持ち直す。

 

「それに今日、リーダーはあいつとどっか行ってんだろ? なら、大丈夫さ」

 

 サングラスを外し少し遠くの方を見ながらの少女の言葉に、残りの二人は互いの顔を見合って暫し黙考。

 

「あ~、うん、大丈夫そうっスね」

 

「まっ、その辺りに関しては信用してやってもいいからな」

 

 お互い微妙な顔で頷きあって、賛同の言葉を口にする。簡単には納得できない複雑な思いもあるのだが。それでも、何故か急に三人の間の空気が軽くなったような気がした。

 

「明日、リーダーの家に押しかけようぜ。この前のカラオケの仕切り直しだ。久々に本気のバカ騒ぎといこう」

 

「いいっスね~。最近は大会のこともあってそんな機会無かったから、頭の中が空になるまで遊び回るのは大賛成」

 

「とりあえず、もう一回カラオケは決定かな。あたしは思いっきり叫びたい」

 

 希望的過ぎるかもしれない。けれど、少女達の心の中には確信があった。

 

 明日になれば、自分達の大切な仲間はきっと笑顔になる。明日会う時には、自分達の誇るべきリーダーはきっと復活している。明日一緒に過ごす自分達は、きっといつもの自分達でいられる。

 

 自分達は自分達の出来ることを精一杯しよう。それが、大好きな茜色の髪の少女に対する友情の証明なのだと、彼女達は知っていたから。

 

 

*      *      *

 

 

 ボンヤリと景色を眺めながらの散策をすること約1時間。

 

 セアレはゆっくりと来た道を戻っていた。

 

 ベルカ自治領にもほど近いミッドチルダ北部の自然保護地区内に存在する高原地帯。以前、ツーリングの際に偶然訪れて知った此処は本当に良い場所で、どこまでも広がる空と大地が織り成す開放感に、気持ちが自由になる場所だとセアレは思ったものだった。

 

 時折、隙を見て立ち寄っては草の絨毯に寝転がり、ただ何もせずにボーっと空を見ている。セアレなりに色々悩んだり落ち込んだり一人になりたい時の逃避先でもあったのだ。

 

 当然、誰かにこの場所を教えたり連れてきたりすることもなかった。

 

「あんまり待たせ過ぎると、ハリーの機嫌が悪くなりそうだな」

 

 自分では「1時間位は」と言ってみたが、実際は時間の制限に関しては微妙なところもあった。正直に言えば、戻るタイミングを探りながら進んでいると言っていい。

 

 ハリーの性格からすれば、セアレが宣言した時間に対して律儀に対応していてもおかしくはないのだ。普段は時間に関してルーズな面もあるハリーだが、ことコレと言った局面での時間厳守を怠ることはない。

 

「素直だからな」

 

 故に、待ち呆けを喰って怒っている可能性もあった。

 

「……情けないな」

 

 結局、ダラダラと時間をかけているのは、セアレ自身の問題なのだ。あれだけ意気込んでこんなことをしたくせに、今更ながら臆病風に吹かれた卑怯者。本気で嫌われても仕方ないのかもしれない。

 

「なんでこんな急にネガティブになってんだよ、俺」

 

 思考の迷宮は複雑だ。足掻いても足掻いても抜け出せない。

 

 ハリーならきっと大丈夫だ―――と思ってはいる。その結論自体には絶対的な確信があるが、そのこととは別に逃げ腰になっているのは、心の片隅に潜んでいた弱い自分が隙を見ては表に現れるからだ。

 

「やっぱり、怒ったかな……恨まれたかな……傷付けちゃったかな……」

 

 責任が生まれる。行動を起こせば当然の結果だ。

 

 全てを受け容れる覚悟はしていたつもりでも、いざその時が近づいて―――逃げたいと思ったセアレを責められる者は、きっとこの世に二人しかいない。

 

 拭い去りたくても拭いされない感情を抱えたまま、セアレはハリーの元に向かうしかない。

 

(どうか、張り手される程度で済みますように)

 

 信仰心を殆ど持たないセアレだが、らしくもない神頼みすらしてみる。何処の神に祈ったのかは本人にも不明だが。

 

「――――あっ」

 

 ハリーの姿が見えた。

 

 草の丘陵の所々に点在する岩のひとつに腰掛け、片膝を抱えた状態で空を見上げているハリーは、セアレ方向からは背中しか見えない。

 

 一歩一歩を踏みしめるようにして近付く。

 

 セアレの動悸は速まり続け、全身の体感温度が下がり続け、内蔵を中心とした体内の不快感が広がり続ける。

 

「……ハリー」

 

 距離はセアレの歩幅でおおよそ五歩程。張り上げたわけじゃない呼び掛けが聞こえたかどうか微妙な距離だった。

 

「セアレ……」

 

 風が――――届けてくれた。

 

「……お腹減った。何か食べに行こうぜ」

 

(あぁ……)

 

 その声を聞いただけで、セアレの中の不安が瞬時に霧散していく。

 

 視界に映る世界の色彩が、一瞬にして鮮明になった気さえした。

 

「―――お昼がまだだったな。近場の牧場に喫茶店があるから、そこで昼飯にしよう……今日は特別出血大サービスで、完全に俺の奢りだ」

 

「イイな。じゃあ、さっさと行くか」

 

 腰掛けていた岩から飛び降り、そのままセアレに背を向けたまま歩き出すハリー。

 

 さっさと先を行くハリーの背中を慌てて追いかける。自分は意外と単純だった。セアレは自然と口の端が上がるのを感じる。

 

 もう、大丈夫だと思った。

 

「少しはスッキリしたか?」

 

 この問い掛けに不安は無い。

 

 背後から届いた少年の穏やかな問い掛けに、少女は振り返ることで答える。

 

 少女の顔に見て取れたのは、僅かに赤らんだ目元と頬を何かが伝った痕跡。そして……

 

(やっぱ、ハリーはこの顔の方が……)

 

 セアレの好きな、ずっと昔から大切にしたいと思っている――――

 

(俺は好きだな)

 

 ――――彼女本来の勝気な笑顔だった。

 

 

 

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