ハリー・アップッ!!   作:炉心

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いつの間にか本編も9作目ですね。

サブタイトル通り、今回は時系列的には4作目の続きとなります。




ハリー・アップッ!! ~スローデイズ・祭~

 

 

 ベルカ自治領聖王教会本部にほど近い宿場町。

 

 時刻は暮方。逢魔が刻。

 

 沈み行く陽光が空を赤紫の色彩に染め上げ、後ろより迫り来る夕闇が徐々に世界を夜天の下へと誘っている。

 

「……盛況だな」

 

 本来なら物寂しさも憶える刻限にも関わらず、セアレが漏らした呟きは相反するものだった。

 

 それもそのはず。

 

 何故なら現在セアレの視界に広がっている光景は、とても夜の静けさを迎え入れようとする雰囲気ではないからだ。

 

 彼がいるのは宿場町の中央部に位置する広場。

 

 そこは今、多数の出店が立ち並び、人の行き交う往来には色取り取りの電飾が連なって明光を放ち、広場の入口や奥の噴水等は絢爛華麗にライトアップされている。

 

 全体的に見ればミッドチルダのどの地域でも時折見かけることのできる、正しくフェスティバル―――即ち、お祭り的な雰囲気なのだが、行き交う人々の装いを見ると、少々特異な印象を受けることになる。

 

 あまりミッドチルダ……いや、管理世界のどの地域でもそうそう見かけない格好をしている人達の割合が多いからだ。

 

 斯く言うセアレ自身もまた、周囲に合わせてか、平時はおろかイベント時ですらも着た覚えのない衣装に袖を通しているわけだが。

 

「まさか、こんな格好をする機会が在るなんてな~」

 

 知識としては知っていた。

 

 同系統の衣装自体は実はミッドにも存在するし、現行管理局の超有名人達の出身世界である某管理外世界のある地域での伝統的衣装として、その独特のデザイン性やファッション性が近年話題となって各ファッション誌や流行に敏感な若い女性達の間で取り上げられていた。極端なブームが起こったわけではないが、徐々に日常着としての認知度も高まっているとのことだ。

 

 同時に、イベントやお祭りでの衣装としての認識も広まっているらしく、そういった場面での装いとして好んで着る人達もいるとか。

 

「このお祭りの感じもそうだし……『縁日』とか言ったっけ?」

 

 異文化感満載の祭りの雰囲気。

 

 現在の衣装と同様に、某管理外世界のお祭りを模したものだったはず。と、セアレはうろ覚え気味の記憶を引っ張り出す。

 

「へ~、主催には聖王教会も入っているのか」

 

 入口付近に設置してある案内掲示板を見ると、協賛一覧の一番上にお祭りの主催として、宿場町の自治体と聖王教会の名が並んで書いてある。

 

 現在の聖王教会は宗教団体としては比較的リベラルで穏健的な姿勢を取っており、管理内外世界の文化や異宗教の風習等にも寛容で、積極的に文化交流を行い、様々な世界のお祭りや行事を率先して執り行っている。

 

 勿論、教会内部には保守的な思考を持ち、教会の伝統性を重視した思想派閥の者達もいないわけではないが、密接な関係にある時空管理局の次元世界での管理世界領域の拡大に伴い、それに追従して勢力を拡大していく中では少数派であることは否めない。

 

 なんにせよ、

 

「平和に騒げるのはイイ事だよな」

 

 である。

 

「強制的に参加させようとするのは、少々どうかとも思うけど」

 

 そこに疑問も湧いたが。

 

 今日の昼間、近場の町にツーリングで訪れていたセアレは、偶然にもそこで顔見知りの少女と遭遇。折角なので一緒に周囲を散策し、この宿場町でイベントが開かれているらしいとの情報を得て、ついでとばかりに足を延ばした。

 

 町へと入り、そのイベントが異世界のお祭りを模したものであると知ったあたりで広場に到着。

 

 その後は、この珍しいお祭りをゆっくりと見物して廻ろうかと連れ合いの少女と話し合っていたのだが……広場入口に設営されたお祭りの運営本部のテントから出てきた女性に話しかけられたところから話は予想外の方向に流れ始めた。

 

 

 以下はその時のやりとりである。

 

「あら? あなた……ねぇ、もしかして、ジークリンデ・エレミア選手!? 去年のインターミドル世界代表戦優勝者の!?」

 

 紅茶色の巻き髪に眼鏡を掛けた、年齢はおそらく20代半ばとおぼしき女性。町の自治体関係者兼お祭り運営員を表す腕章を腕に巻いたその人物は、セアレ達―――正確には、セアレと一緒に歩いていた長い黒髪ツインテールにいつものトレーニングウェア姿のジークの姿を見るなり、かなり興奮した様子で話しかけてきた。

 

「うえ? あ、はい……そうですけど……」

 

 そのあまりの勢いに、ジークは一瞬目を白黒させて戸惑い、思わず隣にいたセアレの袖を掴んでから返事をする。

 

「やっぱり!! あなたの去年の試合見たわ! 凄かった!!」

 

「あ、ありがとうございます」

 

 興奮もそのままに、更に接近して捲し立てる女性。その雰囲気は完全にジークのファンですと言っているようなものだった。

 

「私も若い頃に大会に参加したことがあったんだけど、もう全然レベルが違っていてビックリしたわ。今年は残念だったけど……でも、来年は頑張ってね! 応援してるから!!」

 

「そ、そうですか。あの……ありがとうございます。頑張ります」

 

 遂には掴みかかるんじゃないかと思えるほどに接近した女性。ジークの今年の大会結果を自分のことのように悔しがり、来年に向けての激励を掛けてくれる様子に、漸く警戒心が多少は解けたジークは引き攣った笑顔ながらも言葉を返す。

 

 因みにこの間、女性の視線は一度たりともセアレに向けられていない。というか、おそらく存在すらも認識していなかったのではないだろうか。

 

「嬉しいわ、こんな所でエレミア選手に会えるなんて。あ、都合が悪くなければ、サインとか貰ってもいいかしら?」

 

「は、はい。いいですけど……」

 

「ホント!? じゃあ、後でサイン色紙を持ってくるから…………あら?」

 

 と、ここで漸く興奮状態から若干冷めた女性は、ジークのすぐ隣で手持ち無沙汰に突っ立っているセアレの存在に気づく。

 

「あらあら? まぁ、へぇ~、そう……そうなんだ……」

 

 女性の視線はセアレの顔から全身へと移り、ついで隣にいるジークへと向け、ジークの表情や雰囲気を観察してから二人の全体へと流れる。

 

 そして、最終的に二人の中間、隣の少年の袖を小さく掴みっぱなしのジークの手へと視線を注いだ後、目の前の少年少女の目線に合わせてニッコリ微笑む。

 

(なんだ? この嫌な予感……)

 

 女性の向けてくる視線に何故か不吉な予感を感じるセアレ。女性の視線からは悪意は感じないが、好意のベクトルが微妙に勘違いを含んだもののように感じ取れたのだ。その結果、僅かに後退りもしたのだが、そのことについてはどうか女性にバレてませんようにと祈ることしかできなかった。

 

(セアレ、どうしたんやろ? )

 

 一方のジークは、セアレの様子の変化には気づいたが、その理由にまでは思い至らなかったようだ。一連の女性とのやりとりで、少々意識が剃がれていたからかもしれない。

 

「ねぇ、今日はこの町には観光で来たの?」

 

「ええ、まあ、そうです」

 

 不意にセアレに対して会話を切り出す女性。その姿は何故か非常に楽しそうだった。

 

「そう、でも、見ての通り折角の異世界文化のお祭り観光なのに、そんな普通のままの格好でいるなんて勿体無いと思わない? 思うわよね?」

 

「はぁ……」

 

 女性が何を言いたのか分からない為、セアレは生返事しかできない。

 

「うん、そう思うのね。じゃ、決まりね!!」

 

 何が決まりなんだろうか?

 

 間断無く話を進め、二人の意見を聞くこともなく話を展開してゆく女性。彼女の押し進める話の成り行きに対して、セアレとジークが同時に思ったことである。

 

「衣装はすぐに用意するわ。それに着替えて、お祭りデートを思いっきり楽しんでちょうだい!」

 

 ………………。

 

「「え?」」

 

 揃って目が点になったセアレとジークであった。

 

 

*      *      *

 

 

「ジーク……一瞬で連れ去られたからな……」

 

 淡々と回想を思い浮かべ、疲れが滲む呟きを発するセアレ。

 

 真っ赤に染めた顔で何やら支離滅裂な言葉を発するジークを、女神のような慈愛に満ちた笑顔で受け流し、流れるような動作でその場から衣装の置いてあるという建物へと誘う女性。ジークは必死に抵抗しているようにも見えたが、まるで意に介さずに連れて行った彼女は、昔インターミドルに出場したと言っていたことから鑑みても、相当な格闘技能の持ち主なんじゃないのかとセアレは思った。

 

 呆然とその様子を見送っていたセアレは、その直後におそらく女性から念話で連絡を受けてやって来た男性のお祭り運営員に案内され、男用の衣装の置いてある別の建物へと足を運んだ。

 

 建物の中には何種類かの衣装が用意されていたが、このタイプの衣装を初めて着るセアレにはどれが無難なものなのかは判別出来なかったし、違いもよく分からなかった。

 

 結局、『甚平』と呼ばれる、上衣と膝丈の下衣がセットになったタイプを着ることにした(本来は夏用らしいが、意外と今日の気温が高めだったので問題なし)。布地一枚だけで帯締めのみの、下衣の存在しない『浴衣』に多少抵抗があったのも理由である。

 

 因みに柄は派手目なものも結構あったのだが、オーソドックスな黒地に袖口の周りに露芝模様の入ったシックな柄のものをセアレは選択した。

 

「それにしても……」

 

 肩をグルグルと動かしてみるが、非常に動きやすい。生地自体が軽く、衣装全体も余裕のある作りをしている為か、今迄にない自由度のある服だった。

 

「結構イイな……これ。かなり楽だし、寝巻き替わりにも使えるんじゃないのか?」

 

 ちょっとこの衣装が気に入ったセアレである。値段が安ければ、御土産として買って帰ってもいいかもしれない。

 

「……ジーク、遅いな」

 

 持っていた通信端末に表示されている時間を確認。女性の着替えが長いのは充分に承知しているが、それでも結構な時間が経っている。

 

 一応、先程メールを送信。広場の入口横にある柱の頭頂に犬の模型を飾っているオブジェ(多分、狛犬を模したもの)前で待ち合わせようとは送ったのだが。

 

(大丈夫だよな……多分)

 

 成り行きに任せてジークが連れていかれるのを見守っていたが、今更ながら少し不安になるセアレ。連れて行った女性自体は良い人そうだったし、いざとなればジークならば大抵の状況は切り抜けられるだろうが。

 

 ただ、一抹の不安があるとすれば、

 

(なんか、着せ替え人形にされていそうなんだよな……)

 

 くらいなものである。

 

(ん?)

 

 何故か少し周りにいる人達……主に男性諸氏にざわめきが奔った気がした。

 

 その理由が分かるまで、あと1秒。

 

「――――セアレ。お、お待たせ」

 

(…………誰?)

 

 名前を呼び掛けられて振り返った先にいたのは、セアレの知らない人物だった。

 

 撫子色の布地に純白の百合と蝶の柄をあしらった浴衣に袖を通し、濃紺と浅黄色のリバーシブル柄の半幅帯を蝶結びに締めた姿。

 

 足元は草履に履き替えられ、手には小花模様の籠巾着を持っている。

 

 濡れ羽色の髪は全体を纏めて頭の後ろで結い上げられ、少し右肩へと懸かるように流し、淡い緋色の秋桜の飾りの付いたかんざしで挿し留められていた。

 

(ああ、ジークか)

 

 纏っている雰囲気が違ったのだ。

 

 長い髪を結い上げたおかげで普段はあまり露出することのない首裏のうなじがハッキリと晒され、そこから少々余裕をもって衣紋をぬいたことで、流れるような首筋のラインから僅かに覗く鎖骨へと至っている。

 

 薄く化粧の施された顔は生来の彼女の見目の良さを更に際立たせ、ジーク自身が想像したこともないような衣装姿をしている為か、それともこの状況に対する緊張の為か、普段のアスリート然とした精彩のある空気は抑えられ、清楚な雰囲気が強調されている。

 

 そこに在るのは艶やかさ。

 

 健康的で初々しいイメージの強い『少女』のものではない、異性としての印象を強く感じる『女』の持つ圧倒的な色気であった。

 

「そ、そんな見詰めんといてや……」

 

 セアレの視線を気にしたのか、恥ずかしげに顔を逸らすジーク。

 

「こ、こんな格好すんの初めてやから、なんよ……恥ずかしいなぁ」

 

 仄かに朱に染まった頬に両手を挟み当てて呟くジーク。

 

(―――うわぁぁぁ……)

 

 一撃必倒。

 

 正直、致命傷レベルの精神ダメージを与える威力を秘めたであろうその仕草。正面からそれを見ていたセアレがその場でノックダウンせずに済んだのは奇跡に近かった。

 

「……ヤバい。ドストライクなんだけど」

 

 訂正しよう、存外に混乱をきたしたようだ。普段ならこんな台詞はまず口にしない。

 

「……えっ? うぇ……あぅ……あぉ……おおきに」

 

 セアレの台詞にジークもまた混乱状態に突入。その顔は一瞬にして耳まで真っ赤だが……もはや当人達にはそんなことを気にかけている余裕はない。

 

「え~、あ~……よし、じゃあ行くか」

 

 自分の失言とジークの反応の対処に困り、自身も赤くなった顔を隠すように頭上を見上げながら頭を掻いたセアレは、とにかくこの場を移動することで切り抜けようと判断を下す。

 

「とりあえず、広場をグルッと廻ってみよう」

 

「う、うん……あっ」

 

 無意識なのだろうか?

 

 頷いたジークの右手を掴み取り、そのまま広場の人混みに向けて歩き出すセアレ。

 

 人々の喧騒と祭囃子の賑わいが益々昂まる中で、先行く少年の手としっかりと繋がれた己の手を見て、ジークの心臓の鼓動もまた加速度的に昂まっていく。

 

 既に日は完全に沈んでいる。だが、お祭りはまだまだこれからだった。

 

 

 

 







ミッドでこんなお祭りが本当にあるかは不明ですが、原作内でキャラ達が浴衣を着ている場面があったので、そういう文化や衣装が輸入されている可能性は大いに予想されます。

でも、今回の重要ポイントはそこじゃありません。

重要なのはただひとつ。

ジークの浴衣姿がどうしても書きたかった!! ……それだけなんです。


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