ハリー・アップッ!! 作:炉心
この話、元は『小話諸種・弐』とひとつのものでした。
細かく場面転換をして話を進める予定だったんですが、話のバランスとかが悪かったので別けることにしました。
なので、
①作中のある人物達の名称を地の文では書いていない。
②年下の少女の服装等は『弐』同様です。同日の出来事の為。
以上の点を踏まえてお読み下さい。
週末の昼前の街中というのは、どこでもかしこでも人で溢れ返っている印象が強いが、クラナガン市内の有名な待ち合わせスポットになっているここ駅前中央広場では、そんな世間一般の認識に齟齬のない光景が広がっていた。
どこか芸術が爆発したような幾何学的で理解不能な造形のオブジェを中央に据えた広場の周囲では、待ち合わせか、単に隙を持て余しただけなのか、様々な年齢・職業・立場・グループの老若男女がそこらで各々の時間を過ごしている。
そんな広場の中で、数多ある私服姿でたむろっている学生達のグループ。その内のひとつの様子を見てみよう。
「んーと、皆だけか? あの二人は?」
集合時間ほぼぴったしに到着し、集まっていたメンバーの少なさに疑問の声を上げる少年。彼の予想では、あと二人は来ると思っていたのだが。
「さぁ? なんか二人揃って人生の一大転機がどうのこうのとかってメールがさっき届いてたけど……」
先に集まっていた者達の内、通信端末に目を落としていた少女が適当な感じで答える。
「あー、成程ね。いつものアレか」
少女の返答の意図するところに内心合点がいった少年。話題の渦中の二人にはよくあることだった。おそらくは、週明けの学校では人生の不条理と己の不運さに打ちのめされている男子学生二名の姿を目撃できるだろう。哀れである。
「じゃあ、今日はこのメンバーだけで――――」
「あれ? ルシーブル君?」
少年の後方を見てメンバーの少女の一人が本日来る予定のないはずの人物の名前を発する。
その言葉に導かれてその場に集まっていた全員が少女の見ていた方向に視線をやれば、全員の学友である少年がこちらに向かって歩いてきていた。
「お? 皆、おはよー」
「ルシーブル、どうしたんだ? お前、今日は何か用事があるから来られないとかって言ってなかったっけ?」
萌木色の髪に似た軽妙な感じの挨拶をしながら近づいて来る少年に向かって、集まっていた者達の一人から疑問が飛ぶ。
「そうだよ。この場所で待ち合わせなんだ」
集まっていた友人達の傍まで来たところで己の通信端末を取り出し、ディスプレイに表示されている時間を確認。「ちょっと早かったかな~」と呟いていると、
「あ、あの……」
不意に集団に向かってか細い声が掛けられる。
「「「「「???」」」」」
「あっ、ティミルさん。おはよう」
否、声を掛けた対象は萌木色の髪の少年だけだったようだ。振り向いた先の相手の姿を確認して、少年は多少オドつきながらも歩み寄ってくる少女の名を呼んで迎える。
「おはようございます。す、すみません、お待たせして……」
待ち合わせの相手を待たせたことに対する焦りでもあるのか、上気させた顔と上擦り気味の声で謝罪を口にする少女。
「大丈夫。俺もちょうど今来たとこだし、全然待ってないから。それに、時間的には待ち合わせ時間より前だしね。ティミルさんは真面目だね」
自身より数歳年下の少女の礼儀正しくも気にし過ぎな感の強い態度に、少年は己の萌木色の髪よりも濃い色彩の瞳の収まった目を細めて笑顔で少女に非のないことアピールし、寧ろ律儀な態度に対する称賛の念を込めて言葉にする。
「あ、あぅぅ……」
気恥ずかしかったのだろうか?
少年の笑顔を正面から見ていた少女は、左右に視線を彷徨わせたあと、真っ赤に染まりだした顔を隠すように俯いてしまう。
(あ~、可愛いな~。私もこんな感じの妹が欲しいな~)
(……ルシーブル)
(ついに、幼女にまで手を出したのか……。守備範囲広いな~)
(『無自覚』とか『朴念仁』って言葉を隠れ蓑にした確信犯なんじゃないの?)
その光景を見ていた友人諸氏の心の声である。
「……なんだろう? もの凄く誤解の篭もった失礼なことを皆が考えているような気がする……」
己に向けられた視線に、少年は顔が引き攣るのを感じた。自分に対するイメージとか株価がストップ安で急落している気がしたのだ。
「あの……それで、そちらの人達は……?」
漸く熱が引いたのか、赤みの薄れた顔を上げて待ち合わせ人と一緒にいる人物達のことを尋ねる少女。彼女にしてみれば、全員が自分より年上の少年少女が集まっているところに遥かに年下の自分が一人だけいるのだ。内心、肩身の狭い気持ちで一杯だろう。
「ああ、ゴメンね。全員、俺と同じ学校のクラスメイトなんだ。今日の待ち合わせ場所が偶然被ってね」
手を向けて年下の少女に紹介するような仕草を取る少年の言動に合わせて、各々が挨拶の言葉を掛ける学友メンバー達。
「それで、この子はティミルさん。前にちょっとしたことでお世話になって、今日はそのお礼をする予定なんだよ」
「はじめまして。ティミルと申します。宜しくお願いします」
今度は友人連中に少女のことを説明する少年。少年の言葉に追従して、少女も丁寧に頭を下げる。
(うわ……礼儀正しい子だな)
(トライベッカさん達とは随分とタイプの違う子ね。物静かで庇護欲を唆られるタイプって言うか……)
(服装もそうだけど、結構イイ家のお嬢さんだったりするのか?)
年下の少女の行った堂々とした社交態度に、ちょっと押され気味な普通の学生な少年少女達であった。
「ティミルさんはあの無限書庫の立ち入りパスを持ってるんだ。凄いと思わないか?」
「「「「「えっ!?」」」」」
少年の言葉にその場から驚きの声が上がる。
「あ、えっと、それは色々と偶然が重なりまして……別に凄くなんかは……」
再び顔を赤らめて謙遜の言葉を口にする少女だが、そんな少女のことを見ている者達の視線は驚愕と尊敬の念一色だ。
(スゲェな。超優秀なんじゃないのか? この子……)
(何者?)
一般人にはそうそう縁のある世界ではない時空管理局の有名施設『無限書庫』。一般解放区画ならともかく、書庫自体の立ち入りパスを持ってるということは、無限書庫司書クラス以上と繋がりあり且つ相当に優秀な人物だということだ。どう考えても普通の初等科の年齢の子が、そう安々と手に入れられるものではないのだから。
「あの……何か私、変でしょうか?」
少年少女達が年下の少女の人物像にそれぞれの想像を馳せていると、不意に少女がおずおずとした声を発する。自身の姿を見詰めていた少年の視線が気になったようだ。
「いや、全然変じゃないよ。ただ、今まではティミルさんの制服姿しか見たことがなかったからね。制服姿も可愛かったけど……うん、私服姿もよく似合ってる。ちょっと大人っぽい印象で、凄く可愛いと思う」
「――――ッ!!!!」
音で表現すれば『シュボッ!!』と言ったところだろうか?
瞬間沸騰した顔を再び俯かせ、声も出せずにいる少女。
その決定的瞬間の目撃者達は、
(うぉいっ!! ルシーブルっ!!)
(顔色ひとつ変えずに言いやがったよ)
(あ~、ヤバい。ちょっと言われてみたいかも~。なんて~)
(これ、本気で天然よね。……成程、トライベッカさんにも普段からこんなことを脈絡なく言ってるなら、そりゃトライベッカさんも苦労するわ)
様々な心の中でのツッコミと多大な疲労感に苛まれていた。
「……なぁ、ティミルさん急にどうしたんだ? 俺、何かミスったことしたかな? やっぱ、年下だと思って子供扱いし過ぎた言い方だったか?」
地面とお見合い状態が続く少女の様子に、思わず友人達に自身の言動の是非を問う少年。彼としては褒めたつもりだったが、年下とはいえ女の子だし、もう少し大人に対するような扱いや褒め方を望んでいたのかもしれない。
「一回、病院行ってこい」
「脳外科がオススメね」
「なんで?」
友人からの返答は意味不明なものだった。
色々と諦めの入った視線を友人達から向けられても、少年には首を捻ることしかできない。
「―――とっ、結構時間を取っちゃったな」
ふと時間を確認すれば、なんだかんだで意外と時間を喰っていた。一応、この後は少女のリクエストで映画に見に行く予定となっている。
「んじゃ、俺はこれからティミルさんとお礼も兼ねて映画に行くから。皆、また週明けに学校でな……―――行こうか、ティミルさん」
「あ、は、はい!!」
本日の予定を履行する為に動き出す少年。
少年の言葉に俯いていた顔を上げて全力で了承の意を伝え、歩き出した少年のあとを追って少女もその場から動き出す。立ち去る前に集まっていた少年の友人達に振り返り、「それでは、失礼します」と再度礼儀正しく頭を下げて別れの挨拶を済ませれば、その後はもはや少女の瞳には連れ立って歩く萌木色の髪の少年の姿しか映っていないようだった。
「「「「「…………」」」」」
なんとも言えない表情で去りゆく二人を見送る少年少女達。
「ねぇ、どう思う?」
少女の一人が傍らの友人に向けて疑問を切り出した。
「少なくとも、あの女の子の方は違うわね。ただのお礼に一緒に映画に行くって雰囲気じゃないわ」
「普通に服装や髪型を見れば分かるよね~」
「気合入りまくり。しかも、薄くだけど化粧もしてたみたいだし……」
去った少女の年齢には似つかわしくない、ティーン向けのファッション誌で見るようなシックでちょっと大人びた印象の服装に、明らかに時間をかけて手を入れたのが分かる髪。肌はツヤめきを放ち、ナチュラルな色目のリップを塗った唇が柔らかな潤みを湛えていた。
「ん? 何してんの?」
少女の一人が取り出した通信端末に何やらメールを打ち込もうとしていた。
「クラスメイトの友人として、トライベッカさんに報告のメールを送ろうかな~って」
「……悪魔かよ」
素でえげつない行動をしようとしていた友人の少女に、引き攣った顔になるのは少年達。
「八方美人で節操のない男子は、一度みっちりとオ(・)ハ(・)ナ(・)シを受けてみるべきだと思わない?」
逆に笑顔で頷き合うのは少女達。
……笑顔がコワい。
背筋に悪寒が走り、一言ずつ区切るように言った「オハナシ」の台詞に、何故が圧倒的な恐怖を感じる少年達。
(なぁ……)
(あぁ、わかってる。何も言うな)
彼等は理解した。そして、己の脳に最重要事項として焼き付けた。
肝に銘じよう。女性の笑顔の持つ底の知れなさと、無自覚な行動が時に己を滅ぼすことになるという世界の真理を。
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これからも頑張って執筆させて頂きます。