ハリー・アップッ!!   作:炉心

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 お待たせしました。

 『祭』シリーズの第3弾です。

 しかし、久々の投稿なのに蛇足的な設定話の多い内容になってしまった(汗




ハリー・アップッ!! ~スローデイズ・祭(その参)~

 

 人生と言うものは、時に様々な艱難辛苦や不意の試練に見舞われるものだが、いついかなる時もそれらの来訪は突然で、身構える暇もなく過ぎ去るのが世の常なのである。

 

 過ぎ去ってしまえば、もう全ては過去の出来事。後の祭。いつまでも囚われ続けるのは愚者の骨頂。人は前を向き、前進することの出来る生物なのだから。

 

 つまりは、

 

(――――よし! 今この瞬間から、三十分前までの出来事はマルっとズバっと全力で忘れよう!!)

 

 そう決意する少年、セアレ・ルシーブルがいたりする。

 

 ハプニング……と呼べるかは微妙だが、色々とありすぎた食事時間も一先ずは一段落して、腹ごなしを兼ねつつゆったりとお祭りを見て回っているセアレとジーク。

 

 共に表情は笑顔だが、数刻前まである種の惨劇(というか喜劇?)にその身を浸していたセアレが笑顔を作り続けられるのは、決して彼の胆力が優れている為ではない。彼の普段の日常生活の中で遭遇する、昔馴染みの少女を筆頭にした女性達より齎される様々な実体験による経験。そこから必然的に学んだことだったのだ。

 

 ――――何を於いても、笑顔は大事だ、と。

 

「美味しかった~。ウチはこんな感じの露店での食べ物って、殆ど食べる機会がなかったから、今日はもう大満足やよ♪」

 

「そうか、それは良かった」

 

 すぐ隣を歩いていたジークが振り向き、満面の笑顔を見せる。表裏のない爽やかな表情に、セアレも素に近い笑顔で応じる。

 

「でも……」

 

(???)

 

 急に顔を曇らせたジーク。その表情の変化に、疑問符を浮かるセアレ。解答は、急かす間もなく示されたが。

 

「セアレもそうやったけど。なんよ、ウチ等が食べている間中ずっと、周りの人達が凄く騒いでいたような気がしたんやけど……これ、ウチの気の所為なんかな?」

 

(……マジですか?)

 

 純粋な疑問といった感じで問い掛けてくるジーク。その向けられた瞳に嘘が見いだせず、セアレは思わず心の中で正直なツッコミを入れた。

 

 実際のところ、被害(?)の場は最初のチョコバナナからスタートし、次に矛先を向けたフランクフルトから姫リンゴ飴へと延々と拡大し続けていった。今夜このお祭りに参加していた幾つかのカップルには、セアレの預かり知らぬところで悲劇的な状況が訪れているやもしれない。危惧と謝罪の気持ちを、どうすることも出来ない無力感と共に僅かばかり抱いているセアレでもあった。

 

 因みにだが、セアレ自身にとっては、最後の方で食べた綿菓子の時が一番ヤバかったりした。それまでのどこか扇情的な雰囲気(何故、ただ食事するだけでそんな感じになるのかは不明だが)から打って変わり。キラキラした純真な瞳で綿菓子を見詰め、口に入れた時の感動をそのまま純粋な笑顔で「凄く美味しいね」と小さく小首を傾げながら耳元で囁かれた瞬間、完全に思考と視界が真っ白に染まった。危うく、『昇天』という言葉の意味を、我が身をもって実感する寸前までいったのだ。

 

「……あ~、まぁ、お祭りだし。きっとジークの気の所為だと俺も思うけど」

 

(ジークに天然が入ってるのはなんとなく予想はしてたけど……これはもう確信にすべきかな? ……しかし、それにしたって流石にあの怒濤の攻勢はキツかった。生物的にも、人生的にも、社会的にも死にそうな体験だったな。ホント、冗談抜きで)

 

 一端は忘却を決意したセアレだったが、実際にはそうそう簡単に脳裏に刻み込まれた記憶を忘れられるはずがない。てか、忘れるなんてMOTTAINAI!!

 

 何より、無邪気な笑顔のジークから先程までの状況を話題として持ち出されれば、それが許されるわけもない。

 

 現状のセアレに出来るのは、ジークの話に相槌をうちながら、かなり達観と感慨が入った思考(即ち、現実逃避気味に)でもって話を受け止め、その場を遣り過すことくらいだ。まだまだ人生経験の少ない若輩者のセアレにとっては、それが現在採択しうる唯一の選択肢とも言えたが。

 

(……お祭りの空気に酔ってるのかな~)

 

 思考を冷静な状態で維持する為にも、気を逸らすような特に取留めのない考えを巡らすことにするセアレ。

 

 それ故だろう。数刻前から向けられていた、連れ合いからの視線に含まれていたものに気づかなかったのは。

 

(……セアレ、どうしたんやろ? さっきから何か考え事してるみたいやけど……あ、も、もしかして。ウチが知らん間になんか粗相を働いてもうてたんやろうか?)

 

 先程から微妙に視線を自分に向けないでいるセアレに、ジークの胸の内に不安がよぎる。

 

(それとも……やっぱりウチみたいな格闘技ばっかりやってる子と一緒にいるのが、本当は退屈になってもうたんかな?)

 

 食事の為もあって、完全に離してしまった手。

 

 何度握り込んでみても、空を掴むばかりの己の手へとジークは視線を落とし、籠巾着の持ち紐を両手で強く握り締める。

 

 一瞬前の楽しい気分から一転、ジークは憂鬱で悲観的な気分に急速に囚われ始めていた。

 

(番長とかやったら……どうなんやろうか? ウチなんかとは違って、もっと上手くセアレと楽しく過ごせるんやろうか?)

 

 非生産的な思考が頭の中を駆け巡る。

 

 他人と自分。異なることは当然で、比べることの無意味さを理解はしていても、止めることの出来ない愚かな渇望。

 

(なんで、ウチはこうなんやろ……)

 

 少し薄ボンヤリとした視界と遠ざかった気がする周囲の喧騒。

 

(人見知りやし、あんまり社交的やないし、鈍くて人様に迷惑を掛けることも多いし……。もっともっと、ヴィクターとか番長みたいに……他の女の子みたいに、普通に明るく……)

 

 僅かに心の奥底に芽生えたのは、負の感情。人が『嫉妬』と呼ぶかもしれないその感情が、ジークをより憂鬱な心地へと誘う。

 

(……ジーク?)

 

「…………」

 

 唐突に暗く重い雰囲気を纏いだして沈黙するジークの様子に、漸く違和感を覚えたセアレ。

 

 己の内心の処理にかまけて意識が散漫になり、ジークの様子が変化していたのを察するのが遅れたのだ。

 

(どうしたんだ、急に? 俺、ジークになんか変なことしたか?)

 

「ジィ――――」

 

「きゃっ!?」

 

 答えのない自問と生まれた不明瞭な焦燥感に突き動かされ、セアレはジークの名を呼びかけながら一歩傍に歩み寄ろうとするが、不意に増えた人混みの流れに圧され、小さな声を上げてジークがセアレの方に倒れ込んでくる。

 

 反射的に踏ん張りを入れたジークだが、

 

「――――痛っぅ!!」

 

 崩れた姿勢で静止したジークは表情を歪ませ、苦悶の声を上げる。

 

(あぅっ、ヤってもうた)

 

 瞬時にジークは己の現状を理解した。

 

「ジーク? どうした?」

 

 セアレの左腕に手を添え、俯き崩れかけた姿勢で唇を噛んでいるジーク。青褪めた表情は、それだけでセアレに状況を理解させた。

 

「大丈夫……じゃなさそうだな。ジーク、辛いと思うけど、少し我慢して移動しよう。確か向こうの林の方にベンチがあったから、そこまで行こう」

 

 腕に当てられていたジークの手を取り、おそらく痛めたであろう右足にあまり体重をかけさせないように支えながら、セアレは周囲の人達に声をかけて道を譲って貰いつつジークを先導して歩き出す。

 

「あっ……」

 

 小さく声を発したジークだが、結局そのまま何も言うことなくセアレに従うことにする。少しだけ白んだ顔を俯かせたのは、痛みに耐える為だけではなかった気もした。

 

(こんな状況でウチは……)

 

「ジーク、大丈夫? もう少しだけ頑張って。もうすぐそこだから」

 

 お祭り会場となっている広場を少し外れた場所に現れる雑木林。正確には、広場に隣接した公園の一部である人工の林だ。

 

 平時の昼間ならば、木漏れ日の降り注ぐ中を散策する市民や一時の休息を楽しむ人達が訪れることもある場所だが、陽が落ちた上にすぐ傍でお祭りを開催しているとあっては、今現在わざわざこの場所を訪れようとするモノ好き者はほぼ皆無だった。

 

 周囲の木々によって祭りの喧騒が遮られ、静謐な空気が辺りを漂う中を進み、多少拓かれた場所に設置されていたベンチの元へと辿り着くと、そのひとつにジークは腰を下ろす。

 

「大丈夫?」

 

 一息吐いたのを確認するように、ベンチに腰掛けたジークに様子を尋ねるセアレ。

 

「セアレ、さっきからその台詞ばかりやね」

 

 少しだけ顔を綻ばせて、穏やかな口調で応じるジーク。次の瞬間、再び表情が苦痛に歪んだのだが。

 

「捻挫かな? 無理な姿勢で踏ん張ったみたいだし」

 

「多分……。そんなヒドいことはないと思うやけど」

 

 草履を脱ぎ、僅かに足を動かして、ジークは痛みと同時に怪我の状態を確認する。現役の格闘技競技者としてはこの手の怪我はつきもので、すぐに現状の把握は済んだ。

 

「やっぱり、軽い捻挫みたいやね。無理に動かさずに、少しのあいだ冷やしてればマシになると思うんよ」

 

 治癒魔法を使えばこの程度の怪我はすぐにどうとでも出来るのだろうが、生憎なことにジークは治癒関系の魔法に関しては門外漢だった。

 

 勿論、簡単な回復魔法くらいならば魔法戦技競技者として使用することはあるが、それは試合等の特定の場に限ったことで、このような日常の場での活用を前提にして習得しているものではない。普段の練習時も、怪我を負った時は無理に魔法で治療はせず、自然の回復に頼ることが多い。

 

(折角のお祭りやったのに……)

 

 怪我による苦痛とは別の方向で気が沈んでいくジーク。

 

 片や、何やら思案顔をしていたセアレだが。

 

「ふむ……ジーク、ちょっと失礼」

 

(……えっ!?)

 

 そこでジークは、今までに見たことのない、不思議なものを目にした。

 

(ええ!? ま、魔法陣!? セアレが? ううん、それよりも。な、なんやろ、この魔力光の色……薄い輝き……透明?)

 

 しゃがみ込み、差し出していたジークの右足に手を添えて軽く持ち上げると、サッと確認したあと、足首付近に両手を翳して魔法を発動する少年。

 

 そう、セアレがジークの前で初めて魔法を使用したのだ。

 

 展開された魔法陣は円を基準とした標準的なミッド式のそれだが、疑問となったのは発せられた魔力光の色合いだった。

 

 一般的な事実として、魔力光の色は個々人によって千差万別の色彩が存在し、時に探知系魔法による人物の識別や使用魔法の痕跡にも残滓として反映されることから、指紋等と同様に犯罪捜査にも大きく貢献することもある個人の特徴として広く認識されている。

 

 また、その識別し易い特徴から、血液型占いや星座占い同様に固有の色で運勢を占ったり性格等を分類したりすることも巷では広く行われている。

 

 余談だが、遺伝等によって受け継がれる特殊な色彩や珍しい系統の色はいつの時代でも人々の興味を惹きやすく、その手のことを扱った専門書や図鑑も数え切れないほど存在している。

 

「あ、セアレ……その色は……」

 

「うん? ――――あ~、珍しいだろ? 古代ベルカ時代の聖王様が持ってたとかって言う虹色の聖光。あの伝説的な『カイゼル・ファルべ』ほどじゃないだろうけど、俺の髪の色と同様に、数少ない俺の個性と呼べるような特徴かな?」

 

 それは、限りなく透き通る無色。澄んだ大気の色だった。

 

 古代ベルカの時代から連綿と続く家柄であるエレミア家。その星霜の過去の記憶を受け継ぐ人間として、こと魔法関連については多種多様な知識や情報を有しているジークだが、その彼女ですら終ぞ見たことも聞いたこともない色。

 

 本来であれば色彩として視認出来ない筈の大気の色が、僅かに輝きを伴うことで辛うじて色彩として顕現されるようになった。

 

 そんな、不思議で神秘的な印象を与える色だったのだ。

 

(冷たいような……暖かいような……。でも、包み込まれるような……不思議な感じがする。なんよ、急に夢の世界にでも迷い込んでもうたような感じやね……)

 

 人気のない夜の公園の雑木林の中、振り仰いだ頭上には満天の星空が広がり、射し当たる月明かりは地上の自分達を僅かりに照らし出す。そして、ベンチに腰掛けた自分の足元で片膝を着いて傅き、宝石でも扱うように差し出された足に恭しく接しながら、不思議な魔力光を放っている少年。

 

 ジークにとっては、毎夜の夢路の中でも見たことがないような、幻想的で白日夢にも似た光景だった。

 

「治癒魔法……。セアレ、魔法が使えたんやね」

 

 発動された魔法の効果か、暖かく柔らかに包み込むような感覚が足首を取り巻き、先程から感じていた痛みを徐々に和らげていく。

 

「才能が欠片程度しかないから、ほぼこれだけしか使えないし、技量的にも素人レベル同然なんだけどね……。魔法効果自体も実際のところ、精々が擦り傷や打ち身とか捻挫程度を癒すくらいのものだし」

 

 ジークの驚きを含んだ言葉に苦笑しながらも、真剣な表情で魔法を行使し続けるセアレ。

 

 普段とは違う精悍さを帯びた真摯な印象の強まったその表情に、ジークは落ち着いていたはずの己の心音が再び加速していくのを感じる。

 

「で、でも、なんでセアレが治癒魔法を……」

 

 激変する心状。

 

 容易に掴み取れない己の心の内。直視し続けるだけの勇気と覚悟をジークはまだ持つことができなかった。目を逸らすのではない、ただ平静でいる為には意識を別のところに向ける必要があると思っただけだ。

 

 セアレが治癒魔法を使える理由についての疑問を口にしたのは、そんな少しだけ臆病で弱気なジークの一面が何故か急に心の深奥から湧き上がってきたからだった。

 

「ん~……ハリーがさ、昔からよく無茶ばかりしてたから……かな? しょっちゅう擦り傷や痣を作ってて、ガキながらに本気で心配で……見てるだけで何も出来ないのも嫌で……ただ悔しくて。そう。それで、なんとか少しでもって俺にどうにかできないかって思ってさ。……多分、それが切っ掛け」

 

 治癒魔法の行使に集中している為か、殆ど独り言に近いような、昔のことを無意識に独白しているような感じのセアレ。

 

 だが、

 

「そう……なん……」

 

 ジークには、何故かセアレが凄く誇らしげに、愛おしげにそのことを語っているような気がしてならなかった。

 

 手を伸ばせばすぐに触れられる距離で跪いている少年。彼の記憶の中にいる一人の少女。

 

 ジークの知り得ない少年の持つ過去の思い出や考え方の方向性の始原。少年の優しさや親しさを長らく手に入れている相手。少年の人間性を現在の形に形成する上で、影響を与えた要素の一端を間違いなく担っているであろう少女。

 

 ハリー・トライベッカという、ジーク自身にとっても友人と呼ぶべき少女の存在が、セアレという少年の中でどれほど大きな比重を占めているものなのか。

 

 今この瞬間、ジークはその変えようのない現実を、まざまざと見せつけられているような気分だった。

 

(嫌な……気分や)

 

 仄暗い炎が、ジークの中の一番深い部分に一瞬だが再び灯った気がした。

 

 激しく昂まっていた鼓動は静かに終息を迎え、心は平常で冷静な状態へと回帰していく。いつだってそう。後悔とは、後になってからしたのではもう遅いということなのだろう。

 

「……――――よし、こんな感じかな?」

 

 どうやら治癒が終了したらしい。体を少しジークの足元から上げて、己の膝に手を置いたセアレは大きく息を吐き、薄ら額に浮かんでいた汗を拭い去る。かなりの緊張と集中を要していたようだ。

 

「久々に魔法なんか使ったからな。流石に不安だったけど、なんとかちゃんと行使出来たかな?」

 

 苦笑気味に呟きながら顔を上げたセアレ。

 

 その少し不安の混じった表情で、ジークに容態を問いかけるように見上げてくるセアレの顔を見て、ジークはすぐに自身の感情を恥じた。

 

「……うん、大丈夫やよ。もう、全然痛くない」

 

 素直に感謝の気持ちを伝えよう。

 

 自分の為に骨を折ってくれた相手に対して、蟠りのある感情で接するなんて無礼をしたくなかった。そんな自分を知って欲しくなかった。

 

 一瞬深く吸い込んだ夜の気配に心を浸し、切り替えた感情を表情へと転化させ、あらん限りの感謝の想いを込めた笑顔を咲かせる。

 

「ありがとう……セアレ」

 

「どういたしまして」

 

 返って来た穏やかな声が、ジークにはただ嬉しかった。

 

 

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